「おいしぃ〜〜♡」
もきゅもきゅと頬を膨らませて、無邪気な顔で至福の時を過ごす。
「大袈裟な奴だな」
「大袈裟じゃないもん」
ごきゅり、と噛み締めた幸せを飲み込んで、リノアは切り分けたそれを下品にならない大口で食べる。
口いっぱいに広がる、ふわふわのパンケーキが美味しすぎる。
添えられているバニラアイスの、溶けた部分をぎゅむっと吸い込むスポンジのような、不思議なパンケーキ。
溶けた部分さえ口に放り込ませるつもりしかないそれは、やさぐれていたリノアの心をがっちりと掴んで癒してくれる。
「はふ~~~~♡」
「……まぁ、いいけどよ」
今や話題沸騰中の、半年前にバラムに新規開店したパンケーキ専門店。
一口食べるだけで他のパンケーキと違いすぎると、特に若い女性を中心に盛り上がっている、とても美味しいパンケーキ。
店内は連日満席。
持ち帰りも、1時間は必要経費と割り切って赴くべしという、大盛況のお店だ。
そんな9割の女性客がひしめく店に、パンケーキの為に3時間半並ばされたサイファーは、自分ものんびりパンケーキを食べながらため息をつく。
持ち帰りセットを3つ。そこそこ大きいパンケーキが、1セットに二枚入っており、小さな可愛いメープルシロップが詰まったボトル付き。
さらにそこに、素材にこだわった大玉のバニラアイスと、カットフルーツが追加された豪華版。
持ち帰る時の「……あ、あの人きっと彼女さんに頼まれたのね」みたいな憐れむような視線が、地味にムカつく時間だった。軽く変装をしていたので、沈黙を選んだが。
「んで、突然なんだよ」
「……んぅ?」
はぐっと、次を口の中に入れたリノアを見て、サイファーは頭を抱える。
太陽も登らない早朝に情報端末にコールが入り、反射で通話ボタンを押せば「話題のパンケーキを買うのです!三つ!!」という大声の後にワン切り。
無視してやろうかと思ったが、その顛末が面倒になりそうで、しぶしぶ買いに出た午前中。
買ってきたセットが痛まないように、せっせと冷蔵庫と冷凍庫に仕舞い、仕事を片付けていた最中。
「おハロー――!!道場破りです!」
謎の宣言と共に指揮官室に突貫していた、現代でおそらく一番有名な魔女が、黒髪を靡かせて飛び込んできた。
サイファーはその時、死んだ目をしていた自覚がある。
そこまでの半日分を振り返りつつ、サイファーは一口、紅茶を啜った。
「スコールは今日、帰ってこねぇぞ」
「帰ってくるよ?」
「……は?」
「ふふん」
口の中のパンケーキを飲み込んで、リノアはにっこりと笑う。
「すぐ来るよ」
そう彼女が宣言するのと、扉が開くのは同時だった。
サイファーが視線を向けた先。
「……ここにいたのか」
指揮官室の隣に隣接されたここ、仮眠室の扉を開けて、どこか疲れているスコールが入ってきた。
任務の帰還予定日は、明日のはずの男が、ふらりと入ってくる姿を見て、リノアを見る。紅茶をこくりと一口飲んだ彼女は、サイファーの言いたいことを理解しているだろうにニッコリと微笑んだ。
サイファーは視線を戻した。
仮眠室にある簡単に食事ができるようにと設置された、テーブルと椅子。リノアとサイファーの座る場所にふらっと疲れた足取りで近寄る男を見て、サイファーは溜息をついた。
「…………お早いお帰りで?」
「連絡機材がトラブルがあってな。傍受の可能性もあって、即座に撤退してきた」
はぁ、と深々と溜息をつくスコールは、本当に疲れていたようだった。
その事に、サイファーは脳内で任務状況のファイルを捲り、思い出していく。
今日のスコールの任務は、それほど難易度が高いものではなかったはずだ。
バラムガーデンの来年度の設備更新に関する会議だったはず。複数の会社との話し合いに、シドと共に向かったはず。
場所は相手側の都合でエスタ。バラムからすると遠い場所だが、エスタから委託管理を任されているラグナロクなら、恐ろしいほどの短時間で到着する。
……機材トラブルに、傍受、ねぇ?
「なんかトラブルでも?」
「………………………………………………………………別に」
何かあったか分かりやすい反応を返す指揮官様に、補佐官は溜息をついて立ちあがる。
こういう時に、スコールは意地でも口を開かない事は、長年の経験から知っている。入れ違いのように、スコールが着席したのを確認して、サイファーは冷蔵庫に向かった。
「おっハロ~!スコール、お疲れ様」
「おはよう。リノア。……もう昼過ぎているが」
「細かい事は気にしない!今日はですね~!スコールの為に、サイファーに頼んでとっておきのデザートを用意したのだ」
「……デザート?」
「ほらよ」
買ってきた最後のパンケーキセットを、スコールの目の前にサイファーが置く。
どん!と机に置かれたそれに、スコールは目を白黒させた。
大きくて分厚いパンケーキが二枚。添えられたバニラアイス。フルーツもゴロゴロ転がっている。
「…………なんだこれ」
「バラムで今話題のパンケーキ専門店のだよ!」
「…………そうか」
「疲れた時と悩む時には、甘いものだよスコール君!」
ビシッ!とスコールの顔に自信満々に指を突き出したリノアを見て、スコールは笑った。
サイファーが用意してくれたナイフとフォークを手に取って、パンケーキを切り分ける。刃を通すだけで、生地のふかふか状態がわかる。添えられた小さなボトルの口を開けて、とろりと零れる茶色の雫。メープルシロップを振りかける。
「ん」
一口。舌触りと触感に、スコールは瞬きをした。
表情にこそ出ないが、スコールが驚いている事を悟り、サイファーとリノアはお互いに無言で視線を交わす。リノアは悪戯が成功したような顔で笑い、サイファーは呆れたように肩を竦めた。
「……すごいな」
「でっしょ~~!」
バニラアイスを食べて、カットフルーツも摘まみ、パンケーキを食べていく。もぐもぐと素直に食べ進めるスコールは、確かに疲れていたし、腹も空いていたのだろう。
「えへへ、スコール」
「なんだ?」
「明日、一緒にこの店に行こうね?」
「…………え?」
一枚目のパンケーキをぺろりと平らげて、二枚目にナイフを通した段階で言われた言葉に、スコールは動きを止めて首を傾げた。
リノアはニコニコと笑っている。
「私、明日まで時間があるの。だからスコールとパンケーキ専門店に行きたい」
「…………いや、俺。明日も仕事が」
「俺様が片付けといてやるよ」
「え?」
予想外の所から、豪速球で自分の仕事が吹き飛ぶのを聞いて、スコールは疑問を浮かべる事しかできない。
なんとなくサイファーは、リノアが何を考えているのか理解できた。
「ありがとう!サイファー!!」
「……リノア?」
「スコール君」
「はい」
リノアはニコニコと笑っている。
「これで、デート五回ドタキャンした事は、チャラにしてあげるね♡」
ぎしり、とスコールの身体が固まった事が、サイファーからも分かった。
ここ数か月の間。
急な任務が入ったり、トラブルが続いて、リノアとスコールの逢引約束がご破算になる事が多々あった。お互いに忙しい身の上だから、それも想定してのお付き合いなのだが。
流石に当日キャンセルが5回続くのは、リノアもおかんむりらしい。
うろん、と視線をさ迷わせたスコールと目が合った。助けてくれと書かれている顔面を、サイファーはあえて無視して笑ってやった。
「そりゃいいんじゃねぇか?女が9割の店舗だけどよ」
「……女が、9割」
嘘だろ、と顔面に書かれているスコールの無言の訴えを、サイファーは視線で本当だと教えてやる。
リノアはニコニコと笑っている。
「楽しみだね、スコール♡」
スコール・レオンハートは、対人恐怖症気味の男である。
要するに人込みは好きではないし、はやりの店なんて、よほどのことがなければ近寄りたくもない。
自分の性格を把握しきり、かつ深刻なダメージにならず、お仕置きとして丁度いい塩梅の罰を持ってきたリノアに、スコールはパンケーキを食べながら肩を落とした。
ティンバーで活動していても、町の人々が〝リノア〟という個人で見てくれることが、本当に嬉しくて。
あの国の人々が大好きで。だからこそ、あの国の人々と共に生きていきたくて。
ティンバー独立という夢に向かって走る事を、仲間たちが皆で許してくれている。
何よりも。
畏怖と恐怖の象徴ではなく、迫害される魔女としてでもなく。
リノアという個人を愛してくれる人々がいる事が、本当に本当に嬉しくて。
まだまだ沢山の課題があり、未来への道は不透明で、いつか崩れてしまうとしても。
それでも、今が本当に楽しいと思う。
……それに、何よりも。
大切で愛しい自分の騎士がいて、自分の願いを最初に認めてくれた兄のような男がいて。
その二人が、視線一つで無言の会話をしている光景が、本当に嬉しい。
それを眺める事ができる、特等席に座っていることを許されている事が、本当にくすぐったい程に嬉しい。
「リノア?」
「ど~したよ?」
「ん~とね」
ぼうっとしていたら、声をかけてくれる。
その近い距離が愛おしくて、楽しくて、自分は世界で一番幸せな魔女なんだと実感できる。
だから、
「本当に二人は、仲良しさんだなって!」
この二人が隣り合って立ち。
無自覚で無意識にでも、お互いを支えあっている日々があれば、きっと未来は明るいのだと。
今や、ティンバーの魔女と囁かれている女は、確信している。
「「仲良くない」」
数多くの出来事を乗り越え踏みしめて、不足な部分を補い合うように、再び揃った二人。
お互いが同じ武器を持ち、お互いが額に傷を作り、お互いの思考を読みあう事ができる。そんな〝二人で一人〟にしか思えない男たち。
そんな〝伝説の男たち〟に出会えた幸運と幸いを噛みしめて、〝魔女〟は今日も元気に過ごしている。
二人が隣り合っているなら、きっと未来は大丈夫。

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