❖ ヘクセンハウスの子供たち - 3/4

 

❖◆ 巣穴の中で二匹 ◆❖

 

まるでやり直しているみたい、と言ったのは誰だったのか。

 

そんなことを思いながら、サイファーは目を覚ました。
カーテンの隙間から届く光は、まだ太陽が昇り切らない明け方であることがわかる。
目が覚めるのが早かったかと思うが、ふと背中にぴたりと引っ付いている温もりに、自然と眉間に皺がよる。
サイファーは寝相がいい。
布団を蹴飛ばしたことはないし、寝台から転がり落ちたこともない。
そして、新陳代謝がいいこともあり、基本的に眠るときに半裸で布団に潜り込んでいた。
もちろん冬は寒いので着る。下半身だけで上半身は裸のままだったが。
なお、夏はパンイチである。
それがサイファーの睡眠時の普通だった。
いや、半裸で眠るのが普通だったというべきだろう。
今は違う。
なんせ同室になった男が、半裸で眠ることを怒ってきたので。
仕方がないからと、ゆったりとした羽織るルームウェアを着用して眠るようになった。
……なったの、だが。
「…………」
小さく吐息をついて、サイファーは上半身を捻るようにして、布団をそっと捲る。
ちらりと横目に見れば、予想通りにブラウンの髪が見えた。
すー、すー、と深い寝息も聞こえてくる。幸いにも、腕は前に回ってきていない。
「………………」
何かを言おうとして、何も言えず、サイファーは口を閉ざす。
最近のスコールの、鬼のようなスケジュールを知っている。場合によっては分刻みにまで発展してしまい、てんやわんやしていたのも、思い出す。
静かに身じろいで、身体をゆっくりと反転させる。背中にあった温もりが、自分の前に来るように。
そっと覗き込んでみる。万全な体調ならば、とうに起きているはずだ。
けれど、全く起きてこない。
いつもの冷たく無表情に見えるが、その瞳の奥に激情を宿す苛烈な目は見えない。緩く瞼を閉じて、疲労の濃い顔色をしている男が、すやすやと安心したように眠っているだけだ。
その顔を見ながら、ぼんやりとサイファーは考える。

〝魔女の騎士〟を監視するという名目上、スコールとサイファーは同室している。

あの戦いの後に、大改修されたバラムガーデンの寮エリアに作られた、SeeD用のシェアルームの一角。
役職SeeD用のエリアに存在する部屋に、共々に押し込まれた事を思い出す。
困惑しているのはサイファーだけで、スコールはしれっとした顔で「早く準備するぞ」と新しい自室で荷物を片付けていた。
いつの間にか、同室することが決定していた事に、様々な文句を飲み込みながら。
今もまだ、同室を続けている。
けれど、いつからだろうか。
スコールが、サイファーの部屋に侵入して、布団に潜り込むようになったのは。
いつもではない。
ただ、どうしようもない疲労が溜まった時なのか。
それとも、ストレスがどうにもならなくなった時なのか。
いつもいつも。
疲れた顔をしながら潜り込んでくるので、拒絶するタイミングをサイファーは逃してしまった。
ゆっくりと考えていたことが、眠気でとろとろと溶けてくる。くわり、と欠伸をしてサイファーは目を閉じた。
すやすやと眠る寝息が、眠気を誘ってくる。それに逆らわずに、二度寝をすることにした。
きっと、今は添い寝をすることが、大事だと思うから。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

僕は、ひとりぼっちだ。

そう言って、泣いている過去の自分を、スコールは無表情で見下ろした。
これは夢だとわかっている。あのアルティミシアを倒した後の、時間圧縮で辿り着いた場所でもない。
ただの、夢だ。
それでも。
ひとりぼっちだと、泣いている自分に、そっとため息をつく。
……嘘つきだ。
この子供は、本当に嘘つきだった。
過去の自分は、自分に対して嘘ばかり得意だった。
知っていたはずだろう。
生家の記憶はない。気が付けば、姉と共に石の家で、多くの子供たちと共に孤児院で過ごしていた。
その時も、ひとりぼっちでもなかった。
大好きな姉と一緒にいて、姉がいないと世界が終わるような、そんな依存を持っていたけれど。
姉がどこかに行ってしまって泣いている時にだって、まま先生も、皆も一緒にいてくれた。
それなのに。
周りに人は沢山いて、スコールを気にかけてくれていたのに。

ひとりぼっちだと、泣いている自分は傲慢だった。

これほど周りに人がいたのに。
世界に一人っきりのような気分で、わんわん泣いていたのだから。
石の家の閉鎖が決まり、バラムガーデンに入校が決定しても、そうだった。
一人、一人と、引き取られていく中で。
やっぱりひとりぼっちなのだと泣いていた俺の隣には、いつだってあんたがいたのに。
あんたがずっと、傍にいたのに。
ひとりぼっちだと泣いている癖に、その隣に人がいたのに。

わんわんと泣いている自分を見下ろして、もう一度ため息をつく。

……見るに堪えない。
どうしてこんな夢を見ているのかも、わからない。
それでも今のスコールにとって、この自分は見ていたら恥ずかしい存在だった。
世界にひとりぼっちになった気でいる子供。
そう言って泣いていれば、〝お兄ちゃん〟が傍にいてくれると知っていた子供。
贅沢者だった。
乱暴者で、
威張りんぼで、
怒りんぼうだった男が。
自分にだけ優してしてくれる事に、優越感さえ持っていた。
身内に優しく甘いことに付け込んで、彼が絶対に〝自分を見捨てない〟ことを知っていた。

知っていたから、〝安心して〟泣きわめいていた事を、もう知っている。

G.F.のジャンクションで、その事さえ忘れてしまったけれど。
今はもう、思い出している。
サイファーの世界が広がっていく事に、サイファーが外に出て遊んでいることを知った時に。
どうすれば、サイファーが〝自分を見捨てない〟か考えていた、幼い自分の依存と独占欲を。
もう、思い出してしまった。

だから最初に決めた。
弟から抜け出そうと決めた。
まずは、弟分から、守るべきものから、抜け出そうとした。

俺だけ見て。
俺だけがあんたを満足させられる。
俺だけを見てて。
あんたの好きな武器で、あんたと渡り合ってみせるよ。
俺だけ見てよ。
俺があんたの首を落として笑ってやるから。

最初の目標は一つだった。
あんたに、泣き虫と呼ばれないこと。
もう二度と、あんたに泣き虫と呼ばれないような男になること。
だから。
俺を置いて、勝手にどこかに行かないで。
行ってしまうなら。
連絡先ぐらい寄越せこの野郎が。

 

 

『「泣き虫スコール」』

 

 

幼い頃の〝兄〟の声と、今の男の声が重なって聞こえた気がして、目を開いた。
ぼんやりと滲む視線の先が、ぼやけて仕方がない。瞬きをすると、ぼろぼろと大粒の涙が零れて、不快な気分でぎゅむっと自然と眉間に皺が寄った。
くつくつと、頭の上で小さく笑う男の声がする。
ぎろりと睨むように視線を向ければ、自室の外で見ないような、穏やかな顔で見下ろす視線がある。
「……なんだよ」
「寝ながら泣いてるからよ」
「泣いてない」
「泣いてたぜ。泣き虫スコール」
「泣き虫じゃない」
ぱちぱちと瞬きをして、ぼろぼろと零れる雫を、そっとサイファーの指で拭われる。
それでも自分は泣いていない。
だから泣き虫ではない。
「ど~したよ。さっきまで、すやすやおねんねだったじゃねぇか」
「言い方」
「ははっ」
笑いながら、くわりと欠伸をする男を、器用だなとスコールは見上げていた。
半裸で眠っている男に苦情を言ったことで、ゆったりとしたルームウェアを羽織って寝るようになったサイファーの、その体にぴったりと張り付く。
そっと目を閉じれば、頑丈な男の、力強い心臓の鼓動が耳に聞こえてくる。
……昔々、そうだった。
眠れなくなると、悲しくなると、寂しくなると。
隣のサイファーの布団に潜り込んで、引っ付いて眠っていたこともあった。
今は違うが。
絶対に違うが。
これはそう、寒かったから天然暖房を求めただけだ。
「……本当にど~したよ?」
「うん」
目を閉じると、ゆっくりと髪を梳いてくれる手が心地いい。
不快感はない。苛立ちも、不満もない。
サイファーのこの行動が、まま先生を参考にしていることも、もう知っている。
今日は本当にどうしたのか。
スコール自身もそうだが、サイファー自身もそうだ。
まるで昔々の、二人っきりで過ごした石の家の頃。
小さな子供二人で寝台に潜り込んで、まま先生を待っていた頃みたいだ。
「もう一度、 寝る」
「あ?」
「二度寝しよう」
「……今、朝日が見えてんぞ」
「いい」
オブラートに包まれた、遅刻するぞという忠告も無視して、スコールはサイファーに体をもっと近づける。
ぺたりと頬を、腹が立つ程に自分が望む程度に鍛えられた胸筋に添えて、深呼吸を一つ。
「二人で、遅刻しよう」

 

指揮官の言葉じゃないな、という声は音にならず、サイファーの口の中で嚙み殺された。
まるでサイファーを抱き枕のようにして、至福の二度寝に落ちていく男の頭を撫でる。
自分とは違って、きっちりと寝間着を着ている男の姿が、あの昔の石の家の光景とダブって見える。

――――まるで、子供の頃をやり直しているみたいだわ。

特にスコールはと、困ったようにそう告げたのは、誰だったのか。
やり直しているわけではないと、サイファーは思っている。
周囲の者達から、よく言われることがある。
随分と大人になったなと、サイファーに対して皆が言う。
子供っぽくなったなと、スコールに対して皆が言う。

違う。

サイファーは隠すことをやめただけだ。
周囲に威圧するように、攻撃的に見せる必要がなくなったから、牙を隠して生きているだけだ。
気に食わない敵対勢力(マスター派)が、すっかりバラムガーデン内部から失せたから、普通に過ごしているだけだ。
スコールは表に出すようにしただけだ。
いつだってそうだった。
頭の中では愉快な独り言をこねくり回している、隠れ激情家。子供っぽいのではない。いつだってスコールは、我儘で繊細でコンプレックスの塊で、サイファーに理解できないこだわりを発揮する子供だった。
やり直してはいない。
ただ、二人だけでこっそり遊び過ごしていた日々を、隠さなくなっただけだ。

 

 

太陽が昇り、朝日が強くなっていく中で。
とある寮室の中。二人の子供が眠っている。
お互いがお互いを守るように、寄り添って眠る姿は、とても仲の良い兄弟のようだった。

 

「やっぱ寝るべきじゃなかったぜ」
「うるさい。あんたが抱き心地いいのが悪い」
「いや勝手に人を抱き枕にして、何ほざいてんだよ一人で寝ろ」
「寒いから天然暖房を使っただけだ」
「俺様の無敵のボディを勝手に使うな。使用料取るぞ」
「あんたは俺のなんだから、俺が使っていいだろうが」
「俺様は俺様のもんだよこのクソガキ」
「あんたに自分の所有権があると思っているのか下僕の身で」

 

「あ?」
「は?」

 

「そこのクソガキ問題児二人。さっさと仕事してちょうだい」

 

 

――――そして仲良く、遅刻した。

 

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