❖ ヘクセンハウスの子供たち - 2/4

 

❖◆ あんたのモノは俺のモノ ◆❖

 

〝それ〟を最初にしてきたのは、
バラムガーデンが創立して幾日も経っていない頃。

石の家からここに移り住んで、授業も始まっていない、オリエンテーション期間の時。

伸ばされた手も、
伺うような目も。
まるでこちらを試しているようだった。

潤んだ瞳は決壊寸前で、
それでも雫は溢れる事はなく、
ただちらちらと、
こちらを見て、
そうっと伸ばされた手。

それが何をしたいのか、
理解して。

それが何を試しているのか、
悟って。

言葉は発していなくても、
目で分かる。

だから。

あちらが動く前に、
こちらから動いてやれば、
目をまん丸にして、
口元が緩く弧を描いて。

――――馬鹿な奴だなと、思ったのが最初。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

バラムガーデンの食堂は、食べ盛りの学生の胃袋を支え、身体が基本のガーデン生徒の肉体面を支える重要な施設だ。
そして同時に、入学可能な年代が幅広いせいで、カリキュラムと卒業時期の差はあれど、〝同期〟になる者達が一堂に会する事が出来る、
または、同期ではない者達が、先輩・後輩が、別クラスの存在が、気軽に訪れ出会う事が出来る。
そんな学生の社交の場という一面もある。
もちろん、学生と教師の立場を超えて、出会うことだって。
雲の上のような地位の者を、一般学生が見る事が出来ることだって。

――――可能な場所が、バラムガーデンの食堂だ。

今日は何にしようかな、とぼんやりと考える。
ぐぅぐぅと鳴るお腹は限界に近い。
本日の定食セットのメインは、Aセットはハンバーグで、Bセットはフィッシュフライ。
ちらりと座席を見る限り、フィッシュフライもそこそこ大きくて立派。お腹いっぱいになりそう。
……とは言えども、気分は肉食な感じ。
順番が来たので、食堂のおばちゃんに注文一つ。定食のAセット。気前のいい返事にお礼を言いながら、受け取り口へ向かう。
着々と捌かれていく学生の波に、流石は歴戦の食堂職員と一つ頷きつつ、空いているカウンター席に滑り込んだ。
一番端っことは、ラッキーだ。
思わずにやけそうな口元をモゴモゴと取り繕いつつ、トレーを見る。
食べ盛りの学生食堂らしい、分厚くてそこそこ大きいハンバーグ。
付け合わせは、人参グラッセにフライドポテト。ドカッと盛られた千切りキャベツ。
メインお供は、ふっくら焚き上げられた、つやつやライス。
お腹に止めを刺すがごとき、たっぷりオニオンスープ。
極めつけで添えられたデザートは、果物が盛られたミニカップ。
相変わらずのボリューム。
そして、懐に優しく、お安い。素晴らしい。
全てに感謝しつつ、ぺこんっと小さく頭を下げて、両手を合わせて頂きます。
ハンバーグを、ナイフとフォークで切り捌く。
個人的には、最初に一口サイズに斬ってしまう派だ。
日常生活としてのマナーを、バラムガーデンは授業で教えはするが、強要はしない。
それは国も地方も異なり、さらに種族も異なることも稀にある。そんな各国津々浦々から入学生が集う、国際的な一面を持つガーデン。
その中でも、バラムガーデンは個性豊かを尊重する特色からだろう。
ガルバディアガーデンは、ガルバディア流マナーを率先して教えるというし。自分にはバラムガーデンが合っていたので、選択肢はよかったのだろう。
過去をちょっとだけ振り返りつつ、全て切り分けたハンバーグの一つを、フォークで刺す。
切り分けた時に溢れた肉汁もあるのに、さらにじわっと滲む肉汁が、憎たらしくも嬉しい。
熱々のそれを、ふぅっと息を吹きかけて、一口。
遠慮なく噛み締めれば、じわじわと甘い肉汁が口に広がって、空腹のせいか余計に美味しい。
すぐにライスを一口分だけフォークによそって、口に放り込む。
幸せを噛み締める。
「相変わらず、美味しそうに食べるね。ディアナ」
もぎゅりもぎゅりと噛み締めていると、横から声がかかった。
ちらりと目を向けると、年下の同期がいる。
「……美味しい、から」
「見れば分かるよ。楽しみになる」
微笑みながら、失礼しますと声をかけてきて、横の席に座る。
セリオは、145㎝の自分よりも5㎝も高い、150㎝の身長を持つ10歳の男子学生。
個人的には、少しだけもやっとする。
4歳も違うのに、身長が逆転している、このモヤッと感。
けれど、ご飯にこの感情は無粋。
人参グラッセを頬張る。美味しい。
バラムガーデンに入学してよかったと思う、最大の理由かもしれない。
前にいた所は、ご飯があまり美味しくなかったので、最初にここで食べた時の感動は忘れられない。
流石は天下のバラムガーデン。英雄様のお膝元だ。
「あれ?」
「……?」
もくもくと食べていたセリオが顔をあげて、こちらを見ていた。
違う。
自分を通り越して、遠くを見ていた。
キャベツをもぎゅっと頬張って、視線をセリオが見ている方に向ける。
珍しい。
……指揮官室の人達が、一つのテーブルで食事をとってる。
自分も、セリオも、同期入学者は皆が皆。
今ではエスタの魔女戦争と区別をつける為、国際的に〝魔女大戦〟と称される、〝あの戦いの後〟に入学した世代だ。
自分たちの世代は、入学時の説明にもあったが〝試作世代〟と言われている。
いわく。
組織改革に伴い、新しい教育改革に基づく、〝新生ガーデン生徒〟の〝第一期生〟。
バラム、ガルバディア、そして再建と同時進行で再出発を遂げたトラビア。
現状の三校が話し合い、新しい取り組みの元に、国際的に〝永世中立〟である事に重きを置いたプログラム生。

ーーーー英雄と呼ばれた者達が育てる、第一期生。

とは言えども、先輩や教師に言われても、同期組の間ではあまり実感が湧かない。
なんせ、その〝英雄と呼ばれる人々〟と関わりがない。
現在のバラムガーデンにおける、SeeD統括・運営を担う〝指揮官室の面々〟と、直接的にやり取りしたことがない。
各々の人々が、忙しいのもあるだろう。
そもそもが、自分たちは新入生という立場だ。常識的に考えて、これだけ大きな組織の上層部に会う機会なんて、滅多にない。
本拠地バラムガーデンの食堂でさえ、時間帯が合わないのか、出会った事はなかった。
……今日までは。
「間違いなさそうだね」
「うん」
話には聞いていた。写真や映像も見た事がある。生身では見た事がなかった。
これは、あれだ。
有名人に会った時の、なんかそわっとする感覚だ。
嬉しいと感じる事はない。どちらかというと、ご飯食べてる方が嬉しい。このハンバーグ美味しい。許されるならば御代わりしたいぐらいに。
もぎゅ、もぎゅ、と食べる。美味しい幸せをたっぷり味わっているのに、でもやっぱり気になる。
ちらっともう一度、視線を向ける。
凄く逞しくて、筋肉も凄い。鍛えられた大柄な上級生。
細身ですらっとしていて、銀髪が綺麗な上級生。
その二人の、向かい側。
……〝魔女の騎士〟だ。
先の魔女大戦の物議の矛先。
大国同士の意見の相違点。
賛否両論の的。
魔女の有する力に対する研究対象。

彼は加害者か。
彼は被害者か。

新入生である自分がわかるのは、彼はバラムガーデンに確保され、英雄の筆頭といえる伝説の男。スコール・レオンハートの管理化にあるという事実だけだ。
そして、その魔女の騎士。補佐官に就くサイファー・アルマシーの隣に座っている人。
魔女の騎士と対のような傷跡の、スカーフェイス。
それが美貌を一切損ねていない、恐ろしき美貌の指揮官様。
……あれが、スコール・レオンハート。
後の世で、今の世で。
伝説のSeeDと謳われる男。
個人的には戦い方が凄く気になる。魔女の騎士もそうだけど、ガンブレードでどのように戦うのだろう。
廃れたと言われていた武器だ。
今では英雄が使用しているからと、見直されている動きがあるけど、扱いが難しいことには変わりない。
それと、入学前に聞いたような情報と、雲泥の差だ。
「……すごく、仲良さそうだね」
「うん」
セリオの言葉に、頷くしかない。
そう。
入学前の事前情報というか、飛び交う様々な噂では。
伝説のSeeDと魔女の騎士は、今でも対立しているというのが、もっぱらの噂だった。
ようするに、あいつら仲が悪いぜ、というのが多くの噂話だった。
それが。
それが。
……えーと?
スコール・レオンハートの手が伸びている。自分のトレーではない。
その手が伸びているのは、隣のサイファー・アルマシーのトレーだ。
サイファー・アルマシーは、一切の目を向けていない。
自分の前に座っている、黒銀凸凹な二人と会話をしている。時々笑っているから、話題が盛り上がっているのかもしれない。
その、三人の会話を聞きながら。
スコール・レオンハートの手は、サイファー・アルマシーのトレーにある皿を手に取った。
……あ。
果物が入ったミニカップを、スコール・レオンハートが取っていく。
サイファー・アルマシーのミニカップを傾けて、自分のミニカップに中身を入れた。どっさり盛られた、豪華な果物カップができた。
一方で。
中身を全て取られて、空っぽになったサイファー・アルマシーのミニカップの行方。
……ええ?
スコール・レオンハーㇳが、せっせと人参グラッセとフライドポテトを、空になったミニカップに入れている。
ハンバーグを口に放り込みつつ、思わず見てしまう。
もっさりと、盛られた野菜のミニカップは、そのまま元あった場所に戻された。
…あらー。
自分がもしやられたら、普通に殴ると思いつつ、様子を伺う。
一連の行動を無表情のまま完遂し、スコール・レオンハートは何食わぬ顔で食事をする。
Aセットのハンバーグを切り分けて、もぐもぐ噛み締めている。平然と食べている。
……あ。
思わず行く末を気にして、見てしまう視線の先。
サイファー・アルマシーが、横目で自分のトレーを確認した。さらに視線が動いて、スコール・レオンハートのトレーも見ている。
「……反応、ないね」
「うん」
やはり気になっていたらしい。隣でご飯を食べていたセリオが、こそこそと囁いてくるのに、力強く頷く。
サイファー、・アルマシーは、見ただけ。
ちらりと見ただけで、終わった。
一連の行動を見て、気づいていたはずの前に座る2人も、何も言わない。
つまり、あのスコール・レオンハートの行動は、彼らにとって日常なんだ。
それはとても、見ているこっちがくすぐったく思うような、小さな子供のようなやり取り。

「……誰だろうね。仲悪いって言い始めたの」
「それね」

二人で視線を合わせて、うん、と頷いて。
自然と二人で手を合わせて。

「「ご馳走様でした」」

今日は、とても良いものを見れたな。
これからの日々が楽しみだと二人で笑って、食堂のトレー返却口に食器を片付けて。
次の場所に向かって歩いていく。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

「…………見られてたな」
「普通に見られてたもんよ」
「同意」
選んだBセットのフィッシュフライを噛み千切り、サイファーはもぐもぐと咀嚼しながら周囲を伺う。
三人の言葉を聞いているはずのスコールは、果物をもぎゅもぎゅと食べて、聞こえないふり。
「食堂でやるんじゃねーよ」
「……知るか」
午前中に腹立たしい事があり、それで指揮官様が不機嫌である事実は、元風紀委員三人組も把握している。
鉄壁の無表情のままだが、分かる者には分かる不機嫌オーラを振りまいているスコールに肩をすくめ、サイファーは増やされた野菜に手をつける。

 

 

昔々のお話。
バラムガーデンから、遠い遠い石の家で、多くの子供達が旅立ってから。
孤児院をたたむ手続きでイデアは忙しく、バラムガーデン創立と開校にシドも忙しく。
いつもが終わる異様な空気を感じて、普段の強がりは鳴りを潜めて、スコールはサイファーに引っ付いて。
それをサイファーも、拒絶することはなく。
スコールとサイファーは、いつも一緒にいた。

朝起きる時も。
外に出て遊ぶ時も。
ご飯を食べる時も。
夜眠る時も。

多くを話すことはなく。
さりとて、喋らないわけでもなく。
段々と二人の口数は減り、視線を合わせることが多くなり。
やがて、視線だけで、目線だけで、お互いに考えていることがわかるようになった。

――――それは一種異様な程の、沈黙の会話。

脳が直結していると錯覚するような、双方共に双方の動きを予測する反射思考。
思い違いでもない。
考え違いでもない。
お互いが、お互い以外の存在に対して、なぜコイツ(スコール/サイファー)の考えが分からないのか分からないと言い捨てる、二人ボッチの世界。
それが確立された頃に、彼ら二人はバラムガーデンに入校した。

一歳違いでも年齢差と言えるせいで、一時期カリキュラムが異なり、離れ離れになった時。

再会したバラムガーデンの食堂で。
昼食を食べているサイファーの隣にそっと座り、もそもそと食べるスコールが、ふいに起こした行動。
そろそろと伸ばされた手。
泣きそうな瞳で、伺うような視線。
べったりと顔に張り付く、不安の感情。
だから、それに気づいたサイファーが、デザートの苺をスコールの口に放り込んだ。

石の家にいた頃。
お互いに大皿に乗った食事を、分け合った日のように。

無理やり口に放り込まれた苺を噛み締めて、ゆるゆると安堵の顔をしたスコールに、馬鹿だなとサイファーは思う。
これから競う相手に、安心感を得てどうするのかと。

 

 

それからだ。
大多数の視線がある中では行わず。
サイファーと二人だけの時。
もしくは、風神と雷神だけが、サイファーと主にいる食事の時。
スコールは、不機嫌なこと、不安なこと、嫌なことがあると、サイファーの食事を奪っていくようになった。
特に、自分の好物がある時に頻度が多い。
もちろん一方的な搾取はしない。
しかし、トレードとして成立するのかと言われれば、ならないだろうというラインナップが多い。
スコールがG.F.を多用するようになり、記憶障害が進行すると頻度は減っていった。
それでも、ふと思い出したように、サイファーから食事を奪うのは変わらなかった。
その強欲なまでに子供じみた行動を、堂々と食堂でするようになったのは、サイファーが彼に回収されてからだ。
何があったのか知らないが、記憶障害を乗り越えて、昔々を思い出したらしい。
サイファーから食事を奪う時の、微かな戸惑いさえなくなり、堂々と手を出してくる。
そのスコールの行動に文句を言うという発想は、サイファーにはなかった。
彼にとって、それがある意味で〝いつものスコール〟だったから。
とは言えども。
「いい加減、俺様のモノに手を出すんじゃねぇよ」
あまりにも子供じみた行動を、バラムガーデンの指揮官という役職に就く男がするのは、どうかと思う。
「なんで」
サイファーの考えをわかっているはずなのに。
知っているはずなのに。
それをまるっと無視をして、あまりにも堂々と切り返された言葉に、サイファーは胡乱な視線を向ける。
その視線を真っ向から受け止めて、最後の一口を口に放り込み、スコールはさも当然のように言った。

「アンタのモノは、俺のモノだろうが」

堂々とした発言に、風神と雷神はお互いに視線を向けて、肩をすくめる。
このやり取りを二人がしていることに、彼らは慣れっこだった。
サイファーは、その発言の裏にある言葉に、呆れた顔でため息をつく。

――――俺のモノも、アンタのモノ。

二人で大皿の料理を分け合った、あの日のように。
スコールの皿からも、奪っていいという許可。
しかしそれを行う事を、サイファーが己自身に許すのかと言えば。

「ばぁか」

最後の一口を放り込んで、サイファーはいつも通りに沈黙した。
その事を不満に思っている事を、悟りながら。

 

 

むすりとした顔で、スコールは不満を飲み込む。
この男が昔から、自分に与えてばかりなのが不満なのに。
スコールを振り回しているように見てて、実際はだいたいスコールが彼を振り回しているのに。
それを受け入れて、許してしまうものだから。
だからこそいつだって、我儘をやめてはやらないのだ。

あの日。
迎えに来たスコールに、仕方がないなと笑った顔が。
在りし日にいた、昔々にこっそり思っていた、〝自分だけの兄〟の顔にそっくりだったから。
いつか本当に嫌がる日まで、スコールはサイファーを困らせ続けると決めている。

そうだ。

あの頃の石の家で、スコールは十分に幸せで、十分に贅沢者だった。
いなくなってしまったけれど、〝大好きなお姉ちゃん〟も。
ずっと隣にいて、独り占めできた〝お兄ちゃん〟も。
スコールのものだったから。
――――だから、〝自分の兄(もの)〟を回収して、何が悪いのか。
スコールにはさっぱりわからないし、寄越せという者達の言葉だって、しらんぷりしてやるのだ。
自分が認めた相手にしか、〝兄(自分の半分)〟をくれてやるつもりは一切ないので。

 

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