別に、見栄を張ったわけではない。
なんとなく考えていた事を実行しようと、あの手この手で伝手を頼っただけだ。
気にしていたわけではない。
でも、無理やり引きずり込んだ自覚はある。
身内に甘い相手の懐に飛び込んで、泣き落としか脅しの様に囁いて、捕まえた自覚はある。
それを許してくれた事に、優越感が堪らなく満ちて、毎日が充実し始めてストレスが軽減したことも。
自分の考えを秒速で理解できる〝頭〟を、もう一つ持つ事が出来る。
その奇跡的な事実は、多忙な時期に一番実感する。仕事が捗り過ぎて嬉しい。口から説明を出力するのだって面倒になる時に、視線一つで汲み取ってくれる事が凄くありがたい。
けれど最近。それに甘えていた自覚もあって。
でも手放すのも嫌で。
だから相手に合わせて、相手が好みそうな事を、あの手この手で調べ上げて。らしくもなく伝手まで頼って。仲間にまで頼って。
それが。
それが。
「はぁ~~~~!!」
座席に座り込んで、両手で顔を覆う。
ピコピコと情報端末が最新情報を伝えてくるが、全て無視する。
ぐんぐん動いている機体の重力を全身で感じながら、だるんっと座席に身を任せる。
「くそっ」
時計を見る。
本日は12月21日。日付変更まであと一時間。
間に合うと言えば、間にあうだろうが、部屋まで到達できるかは勝負だ。
……何を必死になってるんだ、俺は。
任された依頼チームを、仲間達のバックアップで抜け出すことに成功した。
12月22日だけ、この身はフリーだ。
23日の0時きっかりには戻らなければならないが、それまでは自由。
もう12月22日には、間に合うと確定している。
ラグナロクの自動航行は優秀だ。今もこうしてぼうっとしているだけで、目的地に辿り着ける。
特に今回は無理を言って、伝手でエアステーションと連携までしてくれている。全速力で飛んでも、事故率は限りなく低い全自動航行だろう。
それなのに。
どうして。
……なんで俺、12月22日になる瞬間を目指しているんだ?
ホテル代がもったいない、という意識はない。
バラムガーデンに在籍しているSeeDの中でも、稼ぎ頭である自覚はある。SeeD指揮官の職務手当もあるし、余程に高級な物でも買わない限り余裕はある。
……まぁ今回。高額な買い物をしたが。
科学超大国エスタの、超一流ホテルのスイートルーム。
防犯機能に防音設備を完備。伝手である大統領がお勧めしてきた、ゆったり寛げるプライベート空間とリラックス演出に特化した一室。
ルームサービスでさえ、注文品の運搬はロボットが行い、対人接触は必要最低限。やんごとなき身分や、正体を隠したい利用者に向けた、秘匿サービス付き。
夜景も綺麗だったし、ロマンチックが好きな相手が気に入りそうだな、と。
そんなこと考えながら、せっせと準備をして。
準備を。
準備をして、いたのに。
任務だって入らないように、色々と調整したり、断りができる体制を整えたのに。
まさか、捻じ込まれる任務があるとは思わず。
学園長もイデアも断り切れず、まさに金額でゴリ押しされるような状況になるなんて、思いもよらなくて。
情勢も悪かった。
バラムガーデンを含む三校は現在、設立国の影響はあれども、精力的に〝中立組織〟を掲げて動いている。
何処の国でも、どこの組織でも。
道理に反していなければ、依頼を申請する事ができる組織へ。
傭兵界隈の事情と依頼レートを考えれば、どうしてもSeeDは高額にならざる負えないが、それでも帳尻を合わせられるバックアップ体制を整えたりと、地味に組織改革に忙しく。
そんな中で、様々な組織が活性化がしやすい年末年始近く。あの宗教関係地方の依頼を断るのは、悪手だ。
何しろ、あそこは情報拡散力が凄い。
自分たちの依頼が断られると思っていない。ひとたび不況を買えば、しばらくは汚染物質でも垂れ流しているのかと思うほど、声も大きい。
……それを、真に受ける奴はそれほどいないが。
声がデカい事は国際的にも知られている。
かと言って、SeeDの評判を落とすようなことを、大体的に囀る機会を作るわけにもいかず。
対応に慎重にならざる負えず、任務を断ることもできず。
つまり期間中に、任務に赴くしかなくて。
すごく、ショックで。
それなのに。
『モテモテだな、指揮官様?』
悔しかった。
自分の誕生日を祝ってくれていたから。だから余計に悔しくて。
恋人から誕生を祝福されると、一欠けらも思っていない瞳が、悔しくて。
俺が嫌がる姿を、珍しそうに面白がる姿が。
その察しが悪い態度に、ふつふつと湧き上がる感情が火をつける。
ものすごく、腹が立った。
……あの魔女大戦から、俺はよく変わったと言われるけど。
あんたも変わったと思う。
祝い事の対象から、無意識に自分を除外する、その思考回路が。
あまりにも腹が立ったので。
絶対に逃がさない。
「こちら、コール1」
「は~い♡こちらコール2です!」
「首尾は?」
「もちろん、ばっちり!」
「こちらコール4だよ~!対象は、結構ふつーに誘拐されてくれたよ」
「こちらコール3!対象は大人しいです!私たちの分もよろしく!」
「コール……あれ?俺、何番だったかな?えーと、……あっ」
「こちらコール6。コール5共々、警備任務を続行中。チームに異変はなし。楽しんで頂戴」
「了解。……ありがとう」
小声で感謝の言葉を伝えると同時に、情報端末の音声を切る。
返事を聞くのが恥ずかしいので、聞かない事にした。
――――時計は、もう見なかった。
事前の話し合いで取り決めた、着陸場所でラグナロクを降りる。遠隔操縦で動く機体を横目に、走り出す。
借りていた車に乗り込んで、エスタの都市部法定速度ギリギリを飛ばす。ホテルの駐車場に飛び込めば、話を通していたホテルマンが対応に出てきた。
車を預けて、専用のカードキーをもらう。
直通エレベーターに乗り込んで、階層ボタンを押さない。隣のカードリーダーにカードを通せば、目的階層に動き出す。
到着したエレベーターを降りて、セキュリティ上存在する扉に駆け寄る。鍵の代わりについているカードスロットに、カードを通せば開錠音。
急いで足を踏み入れて。
「……本気で来やがった」
そのスイートルームを予約した時。
一番の決め手は、部屋の扉を開いた通路の向こう側の、光景だった。
メインルームまで見通しがいいこと。
そしてメインルームの目玉である、どんな都市部でも見ることができない。エスタ文化特有の、超科学大国らしい不可思議な夜景が、全面的に目に飛び込んでくる。
カラフルな光源と高速に飛び交う夜間車両の光。ビルの警備光。宙を飛び交う飛行交通網の光源。
言葉で伝えるには難しい、独特の風景。
――――それを背中に背負って立つ、サイファーの姿がある。
肩を竦めるようにして、呆れたような態度と言葉は、聞こえているけれど。
それよりも、何よりも。
色鮮やかな夜景を背負う姿に、目を奪われる。
……思ったとおりだ。
この夜景を見た時に。この部屋の目玉だと言われた時に。
……サイファーに似合うなって、直感的に思っていた。
「スコール?」
首を傾げたサイファーの、しっとりと濡れた髪。
それに部屋の明かりに負けないような、夜景の光源の色が、微かに混じっている。
……キラキラしてる。
すごく、キラキラして見えた。
別に儚くもなんともない。
むしろ頑丈で化物みたいな身体能力を持っている男だ。
今時の大型化と重量化が激しいガンブレードを、そこそこ軽量化をしている(と信じたい)事を前提条件に、片手で振るキチガイだけれども。
なんだか。
すごく。
あの時のように。
あの時に、俺に手を振った時のように。
……遠くが似合う男だな。本当に。
腹が立つぐらい。
「うぉ!?」
思わず駆け寄って、サイファーに抱きついた。勢い余って激突するぐらいの勢いだったせいで、あのサイファーがたたらを踏む。我ながら快挙では。
風呂に入ったのか。しっとりと水気を帯びた気配。鼻を擽る、嗅ぎなれない石鹸の匂い。
「…………なんだよ?」
「サイファー」
ここまで、色々な事を考えてきたけれど。
たぶん。人生で一番。
四六時中、サイファーの事を考えた準備期間だった。
風神や雷神にアドバイスをお願いしたり。
サイファーの好みの相談として、リノアに協力をお願いしたり。
恥を承知で、血の繋がった伝手で、某国の大統領の手を借りたり。
キスティスに、任務時間の調整をお願いしたり。
ゼルに警備システム関係で、頼ったり。
アーヴァインに、サイファーの軽い監視を頼んだり。
セルフィに、サイファーの誘拐計画を頼んだり。
サイファーに休暇を押し付けて、自室にいるように促したり。
「サイファー」
きっと、自分が思っているよりも、俺は重たい。
執着は人一倍だと思うし、他人に奪われるのも嫌だ。
手元から俺の大切なモノが無くなるのは、もっと耐えられない。
俺に何も言わずに、離れたり消えてしまうのも、もう嫌だ。
「サイファー」
身長差が憎たらしい。
腹が立つほどに、体格差もムカつく。
でも見上げた先に、見知った顔がある安堵感は変わらない。
……結局、サイファーより大きくなれなかったな。
一度でいいから身長差を逆転してみたかった。
でも、これはこれでいい。
「何度も呼ぶなよ。……ちゃんと」
ほら、下から見上げると、サイファーの顔はよく見える。
表情を隠せない角度だから、余計にはっきりと。
「聞こえてるっつーの」
ほんのり目尻が赤くて、恥ずかしそうな表情が、よく見える。
「サイファー」
「んだよ」
「誕生日。おめでとう」
「くくっ」
噛みしめるように祝いを言うと、もにゅりと口元を歪めて、サイファーがなんとも言えない顔をした。
なんとも言えない表情に、少しの違和感を覚えるが。
思考が巡る前に、回答がきた。
「俺様の誕生日。あと5分後だぞ?」
「――――え」
首をかしげる。
目線の先、なんとも言えない、嬉しいような恥ずかしいような、サイファーの顔。
ゆっくりと、壁掛けの時計に目線を向ける。
全速力でラグナロクを飛ばしても、丁度ガルバディアとエスタは反対側だ。安全航行を心がけていれば余計に、そこそこ時間がかかる。
ラグナロクを降りた時も。
車両に乗り込んで、ホテルに急いだ時も。
時計を見る時間さえ惜しくて、何も見なかったけれど。
「……俺、間に合ってたのか」
「ぶはっ!!」
どんなリアクションをしていいのか分からなくて、思わず呟いた言葉に、サイファーの笑い声が決壊した。
げらげらと笑うサイファーの爆笑に、羞恥心から顔が赤い。
抗議するように、身体を締めあげるが如く抱く力を強くするが、ますますサイファーの笑い声がわかるだけだ。
腕の中にある身体の、震えが酷い。
「サイファー!」
「はははっ!!」
流石に笑いすぎだと思う。
イラッとしたので睨みつけるが、爆笑しすぎて涙の滲んだ碧色の瞳が、こちらを見下ろしてきた。
――――その瞳の色に、文句を言えずに、息を呑む。
傍にいて欲しいと告げたのは、俺からだ。
恋人になりたいと言ったのも、俺からだ。
付き合って欲しいと告げたのだって、抱きたいと訴えたのだって、俺からで。
本当は。
本当は、ずっと不安だった。
サイファーは本当に、了承してくれていたのか。
本当はあの大戦を気にして、不本意ながら俺に付き合ってるんじゃないかとか。
不安で。
怖くて。
決定的な言葉を言われるのが、嫌で。
でも。
「スコール」
見慣れた瞳の色が、見慣れない色に染まっている。
意思が強くて、野生に満ち溢れた、強い眼光はそこにはない。
昔々。
イデアが。あの頃のまま先生が、石の家で手渡してくれた。
甘い飴玉みたいな、どろりとした艶のある、柔らかい光。
「スコール」
するいな。
本当にずるい。
俺が、サプライズをするはずだったのに。
俺が、あんたを楽しませたかったのに。
俺が、嬉しいと思ってくれたくて、考えてたのに。
「愛してやるよ」
言ってることと、表情が、全然違うんだよ。
愛してやる、なんて強気な言葉を言っておいて。
きっと俺が何を思っているのか、知っていたくせに。
黙って俺が不安がるのを、面白がっていたに違いないんだ。
そうじゃなければ。こんなに。
「愛してる」
重い。
あんた、こんなに重たいのか。
過剰摂取で、溺れそうだ。
これじゃ俺のほうが、まるで。
「スコール」
祝われてるみたいじゃないか。
「あんた本当に、憎たらしい」
「はっ」
余裕な表情がムカつく。
自覚している。自分の顔が、真っ赤になっているって。
俺の精一杯の口答えを鼻で笑って、サイファーが笑う。
「知ってるだろ?そんなこと」
当たり前の事実を告げられて。
顎に指を掛けられて、上を向いた口を塞ぐように。
温かい口付けが降ってきた。
まずい。
雰囲気で負ける。
やばい。
ムカつく。
――――これじゃ逆だろ!!!!!!!

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