ありとあらゆる文句を飲み込んだ。
物に罪はない。本当に、罪はない。
目の前の、無駄にきらきらとした輝く笑顔を浮かべる馴染の仲間に、反撃をしようとも思ったが。
こちらの手が出る前に、もう一人の馴染の仲間が、素早い蹴りを炸裂させる方が早かった。
宙を舞う紙袋をキャッチして、溜息一つ。
これを追加報酬として出す依頼者側も、いかがなものかと思いながら。
―――――――― ▼ ――――――――
連日の外出はきつい。
くわ、と大きな欠伸を噛み殺して、連日のスケジュールを頭の中でスコールは反芻する。
やり残しがないことを確認して、ひたすら脳内でチェックをして、一呼吸。
……やっと帰れる。
寮の自室に、文字通り帰ってこれた事に、安堵する。
最近は、着替えを取りに戻るだけで、帰ってきたと言える状況ではなかった。
それもやっと、今日で終わった。
明日はのんびりできそうだなと、ぼんやり考えながら、ジャケットだけ自室に放り込んで、足を別室に向ける。
最近、顔を見れていない。
最近、声も聞けてない。
最近、触れられてもいない。
外出先で言われた事が、無駄に頭の中をぐるぐる回る。
外出先で好き勝手に言われた事に、ふつふつと苛立ちが渦巻いたまま。
考えることは得意ではないのに、強制的に考えなければならない事が、ストレスになって仕方がない。
ガンブレードを振るって、モンスターを狩り取るような、肌が焦げ付くような勝負がしたい。
「さいふぁー」
そっと囁いた言葉に、応じる言葉はない。
当たり前だ。
現在の時刻は、深夜帯。日付を超えて、2時を示している。
相手はとっくに寝ている事も分かっているのに。
足は自然と動いて、気配を殺して動いていく。
そっと覗いた向こう側。
一度。扉を閉めた。
――――なんかいる。
見知ったはずのサイファーの部屋。
その部屋を覗いて、信じられないモノを見つけた気がして、一度扉を閉めた後。
大きく深呼吸をして、今度は部屋に進入する。
見間違いではなかった。
あまりに驚きすぎて、スコールはぎしりと身体の動きを止める。
サイファーの寝台の上。
なんか、よくわからない赤い物体がある。
いや別に、よくわからない物体ではない。
だって顔が見えるので。
顔が見えるのだが、脳味噌が現実を理解しきれていない。
恐る恐る、気配を殺して、足音を殺して、そろりそろりと寝台に近寄っていく。
まじまじと見下ろした先。
ぐーぐーとサイファーは気持ちよさそうに眠っている。見た目よりも、着心地は苦しくないのかもしれない。
ざっと全身を確認して、なんとなくモチーフの正体を掴む。
可愛くはない。
かっこよくもない。
小さな子供ならいざ知らず、身長188㎝の長身大男が纏うには、デザインもコミカルにされている。
でも、似合わないかと言えば、そうでもない。
……ご丁寧にフードまでついてやがる。
サイファーは寝相がいいので、フードを被ったままの姿だ。
口を模した牙が並ぶ内側から、無駄に白人系として整った、無駄に漢前の、黙っていれば無駄に男として綺麗な顔が見える。
女顔だ綺麗顔だと言われる事が、コンプレックスすぎるスコールからすれば、羨ましくもけしからん顔だ。
……つねりたい。
穏やかにぐーすか眠っているその、漢前の頬にそっと指を伸ばす。
もはや頭から、現在時刻のことは抜け落ちていた。
鍛えている事と、人種がらか。綺麗な頬骨とふくふくしていない形のいい頬。
本人曰く、適当過ぎる雷神を風神がせっせと世話を焼いた過去の巻き添えからか、なんとなく続けているという、簡単なスキンケアで整ったつるんとした肌がある。
頬に、スコールの指が降れると同時。
――――即座にカッ!と両目が開いた。
サイファーの目覚めたばかりとは思えない程、鋭い眼光。
即座に眼前の敵の首を、握り折る事さえ厭わぬ、殺意に満ちた怪物の眼光が、真っ直ぐにスコールを認識した。
こちらを見るサイファーの、一般的な感性を持つ相手ならば、震えあがり逃亡するような殺意の中。気にすることもなく、スコールはむにりと、薄いサイファーの頬を摘まんだ。
「……すこーる?」
寝起きの擦れた声に薄っすらと微笑むだけで、スコールは声を出さなかった。
指で摘まんだサイファーの頬は、知ってはいたが、しっとりミチミチしていて気持ちいい。
想像よりも頬肉が柔らかい。他の所は筋肉がミチミチしている分、むっちりとした感触なので、逆に珍しくて面白い。
殺意はあれど、迎撃する相手ではないので、無意識化の敵対行動を停止したのだろう。
思考がまだ寝ているサイファーを無視して、スコールはむにむにとサイファーを堪能する。こんな時でもなければ、頬をつねったり揉む事なんて出来はしない。
むにむにとサイファーの頬を摘まんでは伸ばすスコールを見ていたサイファーの目が、ぐるんっと周囲を見た後に、邪魔なスコールの手をパシッと振り払う。
抵抗もせず手を離したスコールは、振り払った手もそれで覆われている事に、見てわかる事なのにしみじみと感動してしまった。
「…………なにしやがる」
「気持ちよさそうに寝てたから、つい」
顔を顰めるサイファーに対して、スコールはしれっと答えて、寝台の横に座る。
ぎしり、と軋んで揺れた寝台に不満そうなサイファーを無視して、スコールは手を伸ばした。
「これ、どうしたんだよ」
「…………もらった」
サイファーの纏う、変わった形の寝間着。
もしくは、ルームウェアと呼ばれるもの。
ここ最近になって市場に流通を始めた、主に小さい子供か女性をターゲットにした、着ぐるみの様に被るルームウェア。
モチーフになった動物やモンスター、もしくは物語のキャラクターを模したデザインが多く、通常〝着ぐるみパジャマ〟と称されるそれ。
決して、成人間際のでっかい男が着る事を選択するような、そういう代物ではない。
いや違う。もしかしたらいるかもしれない。
しかし、それをサイファーが選ぶことは絶対に無いと、スコールが言い切れる程に選択肢にも入らない代物だ。
それを着て、ぐーすか眠っていること自体が、スコールにとって興味津々だ。
扉を一度、すぐに締めるぐらいの衝撃は受けたけど。
「誰に?」
「雷神」
「あー……」
ありそうだな、とスコールは思ってしまった。
サイファーよりでかい大男だが、雷神の陽気さは結構凄い事だ。サイファーに受け入れられているという、一点において。
「……触り心地、いいな」
さわさわとサイファーの着ぐるみパジャマを触りながら、スコールは思わず感想を呟いてしまった。
思ったよりも気持ちがいい。
着心地も悪くなさそうだ。デザインから目を逸らすとして、この素材のルームウェアなら欲しいかもしれない。デザインから目を逸らすとして(二回目)。
「なぁ、これって」
「アルケオダイノス」
「だよな」
全体的に赤茶色を中心としたカラー。
横縞のような黒っぽい模様。
立ち並ぶ牙。
尻から飾りなのか垂れ下がっている立派な尻尾。
バラムガーデン訓練施設名物であり、一種の登竜門。
これを倒せるようになれば、討伐任務も問題はないと話題のモンスター。
そんなアルケオダイノスをモチーフにした着ぐるみパジャマを着た、サイファー・アルマシー18歳が寝台の上で気だるそうに寝転がっている光景。
映像が強すぎる。
何とも言えない顔をして、こちらを見ているスコールに、サイファーは溜息をついた。
着たまま眠ってしまったのは自分の失態だが、思ったより着心地がいいのが悪いと責任転換をして、起き上がる事もせずに、ごろんっと仰向けに身体を整える。
「アーデルハイト」
「……?」
「アーデルハイト社だ。知ってんだろ?」
「知ってる。確か、衣類関係を扱う会社だ」
アーデルハイト社。
〝高貴なる姿〟という意味を冠する名を、自らの社名として名乗り続ける、高品質・高級路線で衣類関係を扱う会社だ。
繊維開発にも着目し、自社内に研究施設と加工・製造工場も有しており、顧客に対する守秘義務も徹底している。
「そこに雷神が、任務で行ったんだよ」
「ああ、依頼書にあったな。確か5人チームでの警備任務だ」
「そう、それで。雷神がスパイを捕まえたんだよ」
「へぇ」
それはすごいなと、スコールは一つ頷く。
スパイを捕まえるのは、容易ではない。なんせ相手も必死だ。正体を隠し通し、情報もしくは現物を奪い取る。それを行えなければ、社会的にも業界的にも死ぬことは確実だ。
場合によっては、各国の法律やら警察やらも介入する事になる。雇われ傭兵側としては、手続きが色々と面倒になる。それがスパイ案件だ。
「その特別ボーナスで、着ぐるみパジャマを貰ったんだとよ」
「…………なんで?」
なぜ、と問うスコールの一言に詰め込まれた思考に、自分が聞きたいものだとサイファーは溜息をつく。
アーデルハイト社は、高品質・高級路線で衣類関係を扱う会社のはずだ。
それなのに、なぜ着ぐるみパジャマが出てくるのか。
雷神からまた聞きした事を総合すると、新しく画期的な繊維を開発したが、それで簡単な服を作ろうという話になり、社内の意見を統合して〝着ぐるみパジャマ〟になったらしい。
なぜ、そこで、着ぐるみパジャマだったのか。
もっとなんか、ワンピースとか、色々あったと思う。
……それに、簡単な服じゃねぇだろ、これはもう。
腕を天井に伸ばして、サイファーはしみじみと思う。
着心地の良さもそうだが、何よりもデザイン。
アルケオダイノスをモチーフにした理由は、この着ぐるみパジャマに、アルケオダイノスの素材が使われているからだ。
それはそうとして、デザインが凝りすぎていると思う。
「素材としては?」
「データ通りなら、属性防御値が高いぜ?下手すると、来年か再来年のガーデン制服の素材変更を考えてもいいかもな」
「そこまでか」
ぎし、と寝台が軋んだ。
思考に沈んでいたサイファーが、瞬きをした向こう側。
――――いつの間にか、スコールがサイファーの上に覆い被さっていた。
「……なんだよ?」
「別に?」
お互いに明言はしない。
無造作に伸ばされたスコールの指が、サイファーの着ぐるみパジャマの留め具を摘まんだ。
無駄に精巧に作られたせいで、パッと見て見えないように加工されたジッパーを、留め具を外して、金具を摘まんで下げて行く。
ジジジ、と独特な音と共に下がっていく金具。
その光景を、ただサイファーは見ていた。
ぱっくりと開いた分け目から、スコールのもう片方の手が入ってくる時も、ただ見ているだけだ。
「…………………………あんた、下、着てないのか?」
「これで十分だったんだよ」
ジッパーで腹を大きく開かれた、アルケオダイノスの中で。
パンツしか纏っていない、半裸のサイファーが収まっている。
「ふぅん?」
「っ」
無造作に右胸を鷲掴みされて、思わずサイファーの息が詰まった。
着ぐるみパジャマの中で、ぬくぬくと暖かかった素肌に、スコールの少し冷たい手指は刺激が強い。
「抵抗、しないのか?」
「……して、欲しいのか?」
「いや」
頭を横に振って、スコールは身体をさらに沈める。
サイファーの身体は、ぬくぬくと暖かい。スコールの想定より、着ぐるみパジャマに使われた新素材は、断熱性に優れているのかもしれない。
そっと胸にスコールが耳を当てれば、ミチミチと筋肉の詰まった素肌が頬に触れて、気持ちがいい。しっとりとした健康的な肌と、その下から響く力強い心臓の音色は、触れあうだけで居心地がいい。
「ん」
「変な奴」
着ぐるみパジャマの中で、サイファーの身体に腕を回して、そのままじっと寝転がるスコール。
満足そうに喉を鳴らす、猫のような男。そのブラウンの髪を手櫛で整えてやり、サイファーは苦笑する。
スケジュールは共有しているからこそ、最近のスコールが多忙を極めている事は知っていた。
自室にも、中々戻ってこれない程の過密スケジュール。
シドやイデアが手を出して、指揮官室の面々が調整しても、どうにもならない多忙期間になってしまった。
真面にこうして顔を合わせたのも、実は一ヶ月ぶりだ。
「サイファー」
暫くスコールの頭を撫でながら、ぶり返してきた眠気にうとうとしていたサイファーは、眠気を根性で散らして瞼を押し上げる。
自分の胸に頬を押し当てて、じっとこちらを見るスコールの視線を、見つめ返す。
とろりとした欲望が滴るような、色のついた視線。
スコールが身じろぎ、サイファーの素肌と、スコールの服が擦れあう。
大きく伸びをする様に、口を寄せてきた男を、サイファーは拒まなかった。
そっと触れあい、舌を擦れ合わせる。
ちゅぅちゅぅと吸うように唾液を交わして、お互いの口内で、お互いの舌が暴れては遊ぶ。
「んぅ、んっ」
「……ふっ」
お互いの口の周りをベタベタにしながら、スコールの手は休まず動く。
アルケオダイノスの腹の中。
サイファーの胸を揉んで感触を堪能し、腹筋の筋を辿るように指で擽り、臍を擽って、形の良い尻を撫でながら、パンツに縁に指をかける。
「……ん、……ぉ、い」
「ん」
抗議するように、片方の腕を皮から引っこ抜いたサイファーの、半裸の腕がスコールの胸を軽く押す。
素直にスコールが身を引いたから、口と口が離れて、唾液の糸が伸びてぶつっと切れた。
はぁはぁ、とお互いに少し荒い呼吸を繰り返す。
「……だめか?」
「突然、盛るんじゃねぇよ」
ふぅ、と小さく吐息を零して、サイファーは無造作に口を拭った。口から零れたお互いの唾液で、ベタベタする事に少しだけ腹が立ち、自然と眉間に皺が寄る。
「あんたが」
「?」
スコールが自分の服を脱ぎ始めた。
Tシャツも肌着も無造作に脱いで、ぽいっと床に放る様を、なんとなく見つめてしまう。
下には手を付けないまま、また覆い被さったスコールは、何一つ抵抗をしないサイファーを楽しそうに見つめている。
「アルケオダイノスよりも凶暴なあんたが、俺の腕の中に納まってる事が」
腕を回して。
抱きしめて。
耳元にそっと囁く。
自然と甘ったるい声になった自覚をして、スコールは自嘲気味に言葉を紡いだ。
「すごく、気分がいいだけだ」
嫌なことが全部、消えてしまうぐらいに。
アルケオダイノスの皮こと、着ぐるみパジャマを剥ぎ取るように、器用に身体を動かされる事に抵抗もしないまま、サイファーはそっと目を閉じる。
馬鹿な奴だな、と思う。
英雄と言われる存在になって、欲しい物はある程度、揃うような権力さえ手に入れる程になって。
なのに。
どうしようもないコンプレックスの塊の自分自身に、立ち返ってしまった時に。
スコール・レオンハートを確かめるために、サイファー・アルマシーに縋るしかないお前が。
俺の所に戻り、自分自身を実感し、安心感を得ないと眠れないお前が。
どうしようもなく、愚かで可哀想で。
――――愛しいと、思ってしまった時点で、サイファーは負けている。
「スコール」
「?」
「おかえり」
スコールが引っ張った毛布の中。
獣同士が体温を分け合うように触れあう中、そっとサイファーが伝えた言葉に、スコールが小さく笑う。
「ただいま」
自分自身を確かめる事が出来る、唯一無二の男の所に帰った事に、実感を噛み締めて。
スコールは、疲労から蓄積された欲望のまま、獣性をむき出しにして、獲物にむしゃぶりついた。
―――――――― ▼ ――――――――
しっかりの堪能して、朝を自堕落に過ごして。
しかしながら報告書は待ってくれないので、嫌々ながらに午後は出勤をした。
もくもくと書類を作成するスコールは、自室で萎びた男の機嫌を、どうやって取るか考えつつ仕事をこなしていた。
一時間が経過した頃。
唐突に、指揮官室の扉が開いた。
「あ、いたもんよスコール!」
「……?」
仕事をしていたスコールの元に、雷神がにこにこ笑いながら入ってきた。
雷神は本日の出勤シフトに入っていなかったはずだと思い返して、顔を上げる。
どうしたのかと視線を向けていると、無造作に紙袋を差し出される。
「これスコールの分だもんよ!なんかいっぱい貰ったから、配布してるもんよ~!」
気に食わなかったら、他にもあるかんな!と言いつつ、嵐のように雷神が去っていく光景を眺めて、スコールは紙袋に視線を落とした。
遠くの方で、雷神の悲鳴が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
ペンを机の上に置いて、そっと紙袋を開ける。
幸いにも、現在指揮官室で仕事をしているのは、スコールだけだ。
そっと覗きこんだ紙袋を向こう側。
水色の布が見えて、なんとなく顛末を悟り、スコールは顔をひきつらせた。
その日の夜。
自室で着ぐるみパジャマを着ているスコールを見つけて、サイファーは爆笑してしまった。
全体的に淡い水色。
頭ににょきっと生えた飾り。
どう見てもまごうこと無き、コヨコヨの着ぐるみパジャマを着て、スコールは深々と溜息を吐いた。
無駄に性能がよく、着心地がいいのに腹が立つ。
でっかいコヨコヨが途方に暮れている最中、いそいそと小さいアルケオダイノスが現れるまで、あと三十秒。

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