その内容を聞いた時に、依頼主は正気じゃないなと思った。
そして、それにゴーサインを出した奴らも正気じゃないなと、強く思った。
序でにその任務の指名に最初から自分の名前が入っていた事に、ふざけんな死ねと思った。
履いたそれが、自分の足にぴったりだったことに、作った奴を殺しに行くか数秒悩んだ。
けれど、不満も怒りも何もかも、どうでもよくなった。
「おい」
呼びかけに反応はなかった。
それどころか、全く動く気配もない。
「おい」
「………………」
もう一度呼ぶが、指がぴくりと動いただけだった。
起き上がる気配もなければ、その行動をとる様子もない。ただ、倒れ伏したまま時だけが過ぎる。
あからさまに、溜息をついてみる。
それでも動きはない。
ただ、倒れ伏して、沈黙している。
仕方がないので、一歩を踏み出した。
「おい」
三度目。
反応がある。腕から顔を上げて、ゆっくりとこちらを伺うような視線。
「スコール」
名前を呼びながら、大股で歩く。
我ながら、呆れる程に、穏やかな声が出た。それに内心で苦笑する。
カンカンカン、と軽やかではないが、力強い音が床を叩く靴の感覚に、違和感があった。
普段から地を踏みしめ、蹴りぬける靴。要するに、思う存分に暴れ、切り裂き、血にまみれようと戦闘ができる靴ばかり選んでいるから、余計に違和感が強い。
体軸が傾きそうになるのを、無意識に修正していく自分に気づいた。
……案外、簡単だな。
一つ頷いて、自分の状態で納得する。
これなら雑魚散らしで、複数の敵に同時攻撃を当てる方が難易度が高いぐらいだ。
三歩目で慣れて、容易く、すぐ目的の所に辿り着いた。
仁王立ちになって、崩れ落ちている男の、その目の前に立つ。
見下ろすような形になってしまったが、起き上がらないこいつが悪い。
無様にすっ転んで、顔を覆っている男が、あまりにも憐れだった。
思わず零れそうだった笑いは、少しの不安に変わる程だった。無事だったか確認しようと動く程に、盛大にすっ転んでいた。
遠くの方で、女性陣がけらけら笑っているのも、メンタルにぐっさりと突き刺さった事だろう。
「スコール」
仁王立ちのまま、前に上半身を折って覗きこむ。
流石になれない足元だ。バランスを取るために、腰に両手を当てておく。程よく両足を開けて仁王立ちのまま、綺麗に腰から上半身を曲げる。
「……なんで」
ゆっくりと腕の中から顔を上げたスコールが、こちらを上目遣いで見上げてくる。
その顔が、眉間に皺を寄せて不満の顔になっていくのを、ただ見守る。
「なんで、あんた。……そんなに、動けるんだ?」
「あ?……なんでって」
視線を自分の足元に向けた後に、スコールの足元にも視線を向ける。
そこまで自分の物と高低差はないので、なぜスコールがスッ転んだのか謎だ。
「別に、歩けるだろ。ふつ~に」
――――この三半規管の天才野郎が。
スコールも自分と同じように歩けると信じて疑わず、さりとて転んだ事に困惑している男を見つめ返す。
睨むようなジト目になってしまうのは、仕方がない。
スコールは、頭の片隅にいる幼い自分が、地団駄を踏んでいるのが分かった。
幼い頃から存在していて、サイファーを見つめ続けた自分の一面が、嫉妬に狂う寸前である事実も受け止める。
そして、それが爆発しないように、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
こういう時だ。
こういう時に、スコールの中の、サイファーへの嫉妬に火が付く。
負けず嫌いと言えば、聞こえはいい。
それがどうしようもない、自分への劣等感と、肉体性能の違いに対するコンプレックス。そして何よりも、ライバルと謳われながら、事実上一歩も二歩も先を行く、天賦の才を有する男へと、止まらない嫉妬の炎に炙られる自分を見つめる時だ。
こういう時に、沸々と思い起こす。
魔女大戦で勝ち越したと言われる事が、不満で仕方がないことを。
……何も知らないくせに。
あの時、サイファーは一人だった。
スコールには、共に戦う仲間がいた。
事実上、単独戦力と集団戦力の戦いの末に、スコール側が勝ったに過ぎない。
それを勝ち越したと称する周囲が、おかしくて仕方がない。
……バラムガーデン内部で、そういう声がないのは、ありがたいが。
主に、スコールのストレス的な意味で。
けれど、バラムガーデン内部の声も、スコールを別の意味で煽ってくる。
魔女大戦後にスコールが引きずって無理矢理参加させた、モンスター討伐任務で暴れ散らかした事で、評価に変化が生まれてきた。
魔女大戦中に、サイファーが本気になれなかった。つまり正気ではなかったという評価が、じりじり広がる事になった事だ。
それほどに、サイファーは圧倒的な力量で暴れまくった。
それは、自分の意思に反して〝回収〟された事が気にくわなかった、鬱憤晴らしも兼ねていたのだろう。
振るわれる一撃で絶命するモンスターの数々を、自分は一滴も血に触れる事なく、周囲に血と肉の雨を降らして突き進む姿は、目撃した新人SeeDが「鬼が出た」と震える程だったという。
それでもなお、スコールを称賛する声はやむことなく。
それがいっそう、スコールの心に不満を散り積もらせる。
……何も知らないくせに。
仲間でさえも、皆が言う。
サイファーとスコールは別格だと。互角だと。
……そんなことあるわけないだろふざけるな。
互角と言えば、聞こえはいい。
けれど、ジャンクションに頼る自分と、ジャンクションに頼らない男。
それが、互角と称される評価の方法が、囁かれる事実が、そもそもスコールの嫉妬に火をつける。
昔からだ。
昔から言われ続けている事が、サイファーへのコンプレックスに火をつけて煽り、凶悪な獣が嫉妬に狂う寸前にする。
この事実は、既にスコール自身が自覚している事だ。
G.F.と相性がいいという評価は、スコールの耳には〝都合のいい言い訳〟にしか聞こえない。
どれだけ鍛えても、サイファーより肉体性能は低い。
どれだけ頑張っても、サイファーのようなバランス感覚はない。
どれだけ願っても、サイファー程に身長が伸びない。
どれだけ、
どれだけ、
どれだけ、
どれだけ!!
負けたくない思っても、同じ身長がよかったと願っても、同じぐらい筋肉が欲しいと思っても、女みたいな顔だと言われる度に、サイファーの無駄に男らしくて無駄に羨ましい顔に腹が立っても!
自分に手が入らない全てを、自分が欲しいものをしれっと持っていて、しれっと使うサイファーが気にくわない!
そして何よりも。
何よりも、きっと現状におけるバラムガーデンの戦闘員の中で、最も厄介な男が。
天賦の才に恵まれた男が、身体性能が怪物のごとく、両手使い必須の振動剣であるはずのガンブレードを片手で、しかもトリガーが引ける頭イカれてる男が。
スコール(ライバル)は、この自分と並んで当たり前だと、越えても不思議ではないと、無意識に思っている事実に、腹が立つ!
「くっそ」
思わず声が出る。顔が歪んで、苛立ちが身体を震わせる。
あんたと同じことを、しれっとできると思われている事実に、腹が立つし嫉妬する。
どれだけ、こっちが頑張っていると思っているんだ。
どれだけ、あんたの見えない所で、足掻いて頑張って踏ん張って、並んだと思っているんだ。
振動剣の威力に耐えきれず、ガンブレードを手放してしまった鍛練初期の頃。
ガンブレードは諦めた方がいいと、教員に三回言われた事実は脳裏に刻まれている。
あいつは始めた時に、一発で認められたのに。
……ムカつく!!!
過去のあれこれがフラッシュバックして、苛立ちは最高潮だ。
両腕で身体を起き上がらせる前に、敗北感を振り払うように、足から邪魔な物を外して捨てる。
軽い音を立てて床に転がるそれを、忌々しく見つめながら立ち上がった。
自分の目の前で、仁王立ちになっている男を見る。
身長差が、いつもより大きい。
不思議そうにこちらを見る視線が、腹が立つ程に憎たらしい。
その碧色の瞳が。
いつも愛しくて憎たらしくて腹が立って恋しくて羨ましくて懐かしくて、不思議と沸き立つ罪悪感から、逃げたくて仕方がなかった。
今なら、その意味も全部分かっているけれど。
「……はぁ」
ごちゃごちゃした思考回路を閉じて、視線を振り払うように、目線を下に向ける。
サイファーの、腹が立つ程に美しいバランス感覚の、両足を飾っている物。
目が覚める程の、美しいピジョンブラッドを思わせる珠玉の色彩。
爪先の部分はまるで、浸食されるような歪さで、鱗模様が甲の部分まで模られている。
鱗を引き留める様に、踵の部分に豪華に強調される、まるで装甲のような銀細工。
翼のような銀の装甲に守られる、中央に嵌め込まれた、クロスソードを模るブラックパール。
踵の銀細工の装甲から、ゆったりとしたシルバーチェーンが伸びて、足首に嵌められた枷のような銀環に、ぐるぐると絡まって接続させている。
頭がおかしい程に豪華な。
それでいて、疑問に思わない程にぴったりと、サイファーの足に嵌っている。
女性が履くことが圧倒的に多く、戦闘するには不向きすぎて、バラムガーデン内部でも滅多に見ない。
踵の下が、鋭く尖り、棒一本で支えているような形状。
いわゆる〝ピンヒール〟を、サイファーが履いている現実がそこにある。
ハイヒールなら、履いている女性をバラムガーデン内部でも見た事がある。
ただ、棒一本で支えているような、踵のパーツが細すぎるハイヒールの中でも難易度が高い、ピンヒールだと滅多に見ない。
どっちにしても、男で履いているのは見た事がない。
見た事がなかったのに。
スコールは、堂々とピンヒールを履いて仁王立ちしている男を見上げた後に、自分が転がした物体を拾う。
ぬらりと滴るような深い漆黒に、それを覆うように銀の蔦模様が生い茂る。
爪先の下は厚底で、蔦の生い茂る根や草を思わせるように、銀から黒へのグラデ―ジョンがかかっている。
甲の部分には琥珀色の金属装飾。中央に小さなアンバーの数々で模られた、獅子の横顔が装飾され、主張が激しい。
踵には、光沢のある琥珀色にグラデーションされたフリンジリボンがあしらわれ、ヒール部分の半分を隠している。
踵のフリンジリボンから伸びた、数本の組紐が垂れ下がっており、それは足首に巻いて縛る飾りだと察する事が出来る。
そんなピンヒールを、忌々しそうに見つめながら、スコールは溜息をついた。
見てわかる程、サイズが自分の足にピッタリである事実が憎たらしい。
「そんな顔するなよ」
忌々しい顔をしている自覚はある。
サイファーの方を見ると、苦笑してこちらを見ていた。
「受けちまったもんは、仕方ねぇだろ?」
「…………」
出そうになった不満を全て飲み込むが、沈黙しか出てこなかった。
だから、スコールは深々と溜息をつくしかない。
この任務だけの不満で、腹が立っていると思われていると分かっている。
けれど、そろそろ気づいて欲しい。
スコール・レオンハートは、昔からサイファー・アルマシーに嫉妬しているという事実に。
そうでなければ。
そうでなければ、きっと。
襲ってしまいそうだ。
―――――――― ▼ ――――――――
前任マスターのノーグが、金の亡者であった事は、もはやバラムガーデン内部でも有名な過去話だ。
それ故に魔女大戦以後も、一部の権力者やリピーターから、〝SeeDは金を積めば何でもしてくれる〟という風潮を払拭できないままだ。
その流れを変えるために、あの手この手で、バラムガーデン内部にて組織改革をしている事を表明しているが、それでも一度張り付いた評判は覆すのが難しい。
それはサイファーの〝魔女の騎士〟という異名しかり。
それはスコールの〝伝説のSeeD〟という看板しかり。
そして〝SeeDは金を積めば何でも受ける〟という、傭兵に頼むことじゃないだろそれという、案件しかり。
それが、断る事が難しい相手からなら、なおさらに。
今回の任務も、その一つだった。
ガーデンという組織は、生徒の制服にも金をかけている。
求められる機能が、運動機能を阻害しない事、モンスターの攻撃からのある程度の防御、疑似魔法を邪魔せず魔法耐性があること等、地味に高性能かつ複数の性能を求めている事も要因の一つ。
そして何より、SeeDという傭兵ブランドを守るために、とりわけSeeDの正装に力を入れている。
ただでさえ、SeeDは若い。
旧体制下では、満20歳で満期終了であったことからも、若い人間しかいない。魔女大戦以後の人手不足から、SeeDの満了年齢を25才まで引き上げたが、それでも20代で満了だ。
ならばこそ、見た目で侮られないように、きっちりとした服装を。
そしてその服装に負けない、礼儀作法を。
そうやって、歴代のSeeDは傭兵ブランドとして自らを鍛え上げてきた。
SeeDの正装とは、本人たちの意識以上に、依頼先に刻まれたSeeDという傭兵ブランドの証なのだ。
そのガーデンの制服一式を、一手に引き受けてくれている大手の服飾関係企業。
シドの旧知が営む、そこから依頼が飛んできた。
それが、新たに始める靴のオーダーメイド事業における、宣伝モデルの依頼だった。
それこそモデル業界に打診しろと思う事だが、先方からSeeDにお願いしたいという、熱意が凄かった。
一度は任務を断ったが、別方面からアプローチしたらしい。シドが、困った顔で指揮官室に入ってきて、嫌な予感がした。
その予感は的中したから、サイファーとスコールが、ピンヒールを履く羽目になっている。
―――――――― ▼ ――――――――
「まぁ、お前が文句を言いたいのも分かる」
椅子に腰かけて、ピンヒールを履きなおしているスコールの近くで、ペットボトルのミネラルウォーターをごくんっと飲み込んでサイファーが話している。
「でも一番、文句を言いてぇのは俺だからな?」
「…………わかってる」
ピンヒールの装飾である組紐を足首に結び付けて、ふぅっとスコールは深々と溜息をつく。
サイファーは、指揮官直属の補佐官という役職についているが、厳密にはSeeDではない。
故に、本来ならばサイファーは、SeeDに宛がわれる任務を行う必要はない。
あくまで彼がSeeDの任務を実行しているのは、直属上司であるスコールの命令を受けての物だ。
そういう、表向き体裁になっている。
「でも、あんただって、最終的には折れただろ」
「…………」
もう片方のピンヒールを履きなおしながら、拗ねたようにスコールが言えば、サイファーは沈黙した。
SeeDではないからと逃げるつもり満々の中で、さりとてシドの言い分を聞いて頷いたのは、サイファー自身だったからだ。
「お前だって、断ればよかったじゃね~か?」
「…………」
スコールもまた、沈黙を返した。
どんな理由を掲げても、承諾したのはスコール自身なのだから。

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