✟ ハロウィン・スイーツ ✟
切欠は何だったのかと言われれば、ハロウィンだったのだろう。
10月31日。バラムガーデンでは、ハロウィンイベントが開催される。
ただし、それは大々的なものではなく、細々としたイベントだ。
バラムガーデンの中で、仮装をして練り歩き、チェックポイントで判子を貰う。
全てのチェックポイントを巡り終われば、晴れてお菓子が貰えるという、簡単なイベント。
対象年齢は、5歳から10歳まで。
毎年この時期になると、仮装服をきた子供たちがガーデンの中を練り歩く、季節の風物詩だ。
要するに、小さな子供のイベントとして行っている。
その対象を拡大しようと考えたのが、現バラムガーデンのマスター・イデアだ。
様々な事が起こり、後始末に奔走していた時期は過ぎた。
落ち着きを取り戻しつつある今日、元からあったイベントを少し拡大して、開催することを提案。
それが11歳~15歳までの、少し大きな子供たちに対する、食事会イベント。
各クラス成績上位者2名と、応募者から抽選クジ引きで選ばれた子供だけが招かれる、マスター主催の特別な〝ハロウィン限定のディナー〟。
これは、カトラリーの使い方を確かめる意味合いもある。
教育を発揮できる場の一つとして、話題の為の一要素として、イデアはサイファーにレシピを依頼した。
最初は渋っていたサイファーを説き伏せて、イデアはレシピ開発をマスターとしてお願いした。
なんだかんだと言い訳を重ねていたサイファーが根負けして、任務を受理。
ここ数ヶ月、ずっと特別なレシピを考えていた。
それがやっと実を結ぶ。
時は、10月31日。
ハロウィン当日だ。
―――――――― ▼ ――――――――
パーティーの影の立役者。
イベントを盛り上げる実行役であり、準備をする者達の中で、当日はひっそりと過ごす者達もいる。
スコールとサイファーは、まさにそれだった。
準備期間に忙しかったので、イベント当日はゆっくりしようと、自然と二人で寮の自室に引き籠る。
日常のように、サイファーの作った夕飯を二人で食べて。
ハロウィン気分を味わえる、片手間にサイファーが作った料理。試作した中で不採用になった、カボチャのクッキーを食べながら、二人はソファーに座っていた。
なんとなくスコールがつけたテレビでは、ハロウィン当日の特集が、ダイジェストの様に流れている。
それをぼんやりと見ていて、ふとサイファーは思いついた。
思いついてしまった。
「なぁ、スコール」
「ん?」
サクサクと美味しいのか、幸せそうなゆるゆるの顔で、クッキーを食べていたスコールがこちらを見る。
隣り合ったソファーの上で、二人とも視線が絡み合った。
「トリックオアトリート」
リラックスしきった、気だるげな空気を纏いながら、サイファーはゆっくりと言葉を作った。
サク……、と次のクッキーを口に含んでいた、スコールの動きが止まる。
もぐもぐとクッキーをかみ砕き、
「………………え?」
言葉の意味が入ってこないのか、首を傾げた。
その小さな子供のような姿に、サイファーは思わず笑う。
「トリック・オア・トリート、だ」
一つ一つ、区切るように告げながら、サイファーはニヤッと悪戯を思いついた子供のように笑う。
瞬きをした後に、スコールは無駄にきょろきょろと周囲を見渡した。
その目に飛び込んでくるお菓子は、サイファーが作ったカボチャのクッキーしかない。
何を思ったのか。
スコールが、カボチャのクッキーが入った菓子皿を、そっと震えた手で差し出してきた。
……いや、お前それは。
「俺が作ったんだよ、そりゃ」
「…………確かに」
サイファーからツッコミの様に、脳天に手刀を軽く入れられて、スコールは納得して頷いた。
地味に痛いのか、スコールが頭を擦る。
次の手を考えているのか、他に何かないかと、うんうん唸っているスコールの姿。
それが面白くて笑いながら、その肩にサイファーが触れる。
「菓子はあるかよ、指揮官様?」
そっと零された言葉は、スコールにとって死刑宣告に等しい。
何が飛んでくるか、分からないという意味で。
「……ないです」
「そ~かよ」
ふと、スコールの両手からひょいっと片手で菓子皿を取られて、そのままサイファーがテーブルに置く。
何の脈絡もなく、何の予兆もなく、自然な仕草のままで。
様子を伺っていたスコールの形のいい顎に、その手が触れた。
くいっと顔の向きを変えられて、まさかという思いが、スコールの脳裏に横切る。
いつも、スコールから動いていた。
いつも、スコールが願っていた。
いつも、スコールがしがみ付いていた。
サイファーから、動きがあったことは、殆どない。
サイファーがそういう事が苦手だと、知っていたからこそ、無理強いをしたこともない。
――――それなのに、この状況。
スコールの心臓が、微かに跳ねる。
自然と、ごくりと、生唾を飲み込んでしまう自分を、スコールは止められない。
仄かに羞恥からか、赤く染まるスコールの頬を見つめて、サイファーはゆっくりと顔を寄せていく。
座っているとしても、身長差はサイファーの方が高い。
自然と、サイファーの身体が、前のめりになる。
煩悩が形になったようなシチュエーションに、スコールの瞳が微かに潤む。
期待しているのが分かってしまう視線に、サイファーは笑う。
自分でも捻くれているという自覚を持ちながら、相手の希望に沿う事がない行為。
その形のいい唇を、自分の唇で塞ぐこともなく、ぞろりと口から伸ばした舌で、スコールの唇を舐めとった。
まるで、野生の獣が毛づくろいをするかのように。
「……?!」
予想外の攻撃に、びしり、とスコールの身体が固まった。
ひと舐めしただけで、固まってしまったスコールに、心なしかサイファーの気分が落ち着かなくなる。
「ばぁ~か」
だから誤魔化すように、クツクツと喉の奥でサイファーは笑って見せた。
「悪戯なんだから、イイコトするわけねぇだろ?」
瞬きを何度も繰り返すスコールに、少し反応が予想外だが、サイファーは悪戯が成功した事に満足してしまった。
一方のスコールとしては、とても面白くない。
目元を赤く染めながら、スンッと表情が抜け落ちる。それでも、その瞳はぎらぎらと欲望を隠しもしない。
その獣の瞳は、サイファーは羞恥心を誤魔化す為に笑った事を、見抜いていた。
「サイファー」
「……なんだよ」
身体を起こすサイファーの首に、スコールがするりと両腕を回す。
どこか気まずそうなサイファーの視線と、欲を隠さないスコールの瞳が、交差する。
「あまり、俺を呷らないでくれ」
ソファに隣り合って座りながら、お互いの吐息が吸えるほどに密着して、スコールは艶やかに笑う。
「あんたを食いたくなる」
それは脅しだった。
大好きなデザートを差し出されて、食べるのを待てと言われた、獣の抗議。
けれど、それは間違いだ。
「…………いい」
「え?」
「お前なら、いいよ」
普段の堂々とした、自身に溢れた男からは、想像がつかない程に。
小さく、ぼそぼそと告げる。
そんなサイファーの、自信がないような小さな声が、スコールの耳に届く。
まるで、それは。
スコールが、夢にまだ見た、願望の様な展開で。
呆然とこちらを見るスコールに、視線を少しだけ向けて、すぐにサイファーは逸らした。
サイファーは、スコールを信じていないわけではない。
ただ、未だに実感が湧かない。
頭の天辺から足の爪先まで、食われていても、なお理解できない。
それでも分からないと、自分ばかりが逃げるのも癪なので。
スコールから逃げるなんて、自分自身が許せないので。
「それとも、俺は食いごたえねぇか?」
自分なりの反撃として、サイファーはそっと言葉を紡ぐ。
それは紛れもなく、〝夜のお誘い〟だった。
そういう行為が苦手で、愛と恋がよくわからないという、戦闘狂いの男からの、精一杯のお誘い。
悪戯という手段で、そっと伸ばされた合図に、逆らうことなくスコールの喉が渇いてくる。
分かっている。サイファーが自覚できない事を。
分かっている。サイファーが気に食わなければ、とっくに胴体と頭が離れている事を。
分かっている。
サイファーが自覚できないだけで、スコールを好いてくれている事を。
どんな感情であれ、どんな切欠であれ。
自分に身体を委ねていいと、心を預けていいと、思ってくれている事を。
スコールは、きちんと理解できている。
けれど、それとこれは、話が別で。
よくよく思う。
サイファーはどこか、世間の感性からズレている。
スコールも大概だと自分自身で思っているが、サイファーを見ていると思う。
……自分はまだマシだな、と。
少なくとも、スコールは違う
こんなに〝貴方を食べたいです〟というスケベ男に、〝なぜ食べないのか〟と問う事はしない。
こんなの据え膳だ。
それをサイファーは、あまり分かっていない。
もしくは、見知ったスコールだからこそ、そういう発想が出ないのかもしれない。
それを理解できてしまったから、スコールはずっと攻勢に出ている。
スコールとサイファーの間に、凄い勢いで温度差があると分かっていても。
「ふざけるな」
言いたいことは、山のようにあるけれど。
むしろ首根っこを掴んで、揺さぶりたいけれど。
それは後回しにする。
まずは素直に、サイファーの言葉に逆らわずに、スコールは動いた。
困ったような、恥ずかしそうな、怒っているような、複雑な顔を浮かべるサイファーを睨みつけて、身体をさらに密着させる。
ゆらゆらと揺れる碧色の瞳を眺めるのもいいが、スコールは少しだけ慈悲を与える事にした。
サイファーの両目を覆うように、片手で塞ぐ。
そっと力を入れれば、抵抗もなく喉が反りかえる。
緩やかに反り返り、抵抗もなく差し出された、その喉仏に食むような口づけを。
「極上のデザートに、決まってるだろ」
びくり、と跳ねる身体を誘導する様に、ソファーに横たえる。
このソファーは、スコールとサイファーが、二人で使う事を想定していた為、そこそこ大型のソファーだ。
こういう時に便利だなと思う一方で、こういうつもりはなかったと言い訳しながら、スコールは何度も喉に口づけた。
サイファーの身体が、微かに震える。
ずるりとスコールの方に身体を引き寄せながら、丁寧に横たえれば、長い足が持て余し気味にソファーから飛び出す。
視界を隠していた手を離せば、こちらをじっと伺っているサイファーの視線がある。
その綺麗で、羨ましくて、美しい身体に乗り上げて、スコールは笑った。
ここまで抵抗されない事が、優越感に浸れる特権だ。
こちらの様子を伺うサイファーの耳元に、とてもはっきりと分かるように宣言する。
「今のあんた、一番、美味そうだ」
滴る唾液を隠すこともなく、猛る牙を見せつけるように。
獣の視線で全身を射貫いてくるスコールに、サイファーは負けじと美しく微笑んだ。
「残したら、殺すからな」
「心外だ」
服の裾から手を差し入れて、しっとりと手に吸い付くような肌を堪能しながら、スコールは鼻を鳴らす。
途端に跳ねる身体を押えて、微かに羞恥に滲む、美しい碧色の瞳を覗き見て、空腹の獣は牙を出した。
「骨も残さず、食い尽くすさ」
10月31日の、かぼちゃのお化けが踊る夜。
バラムガーデンの中で、子供たちが美味しく楽しい時間を過ごす一方。
彼等二人だけの。
この世に、二人ぼっちの怪物が過ごす。
――――そんな秘密のスイーツタイムが、静かに幕を開けた。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます