✟ 三色餃子リターンズ ✟
「いらっしゃい、サイファー」
「オジャマシマス」
ふんわりと微笑んで迎え入れてくれたイデアに、何と言えばいいのか分からない。
発音が少し乱れたが、素直に室内に入る。
ここは、バラムガーデンの半地下とも言うべき場所だ。
かつてクソや……前マスターが座していた、マスタールームを改装して、新しく来客室を増設した所。
マスターに就任したイデアはここで、日々のガーデンの最終報告や会計など、経営と資金面での情報を精査している。
ここはバラムガーデンにおける、資金面での中枢だ。
それ故に、外部との行き来がしにくいという立地は、防衛という観点から推奨された。
イデアと共にここで仕事をする職員も、人格面も背景事情も全て調べた上で配属される。今のところは、問題が発生したことがない。
イデアの案内で新しいマスタールームに入り、仕事中の職員に頭を下げながら、来客室に案内される。
「ごめんなさいね。呼んでしまって」
「かまわねぇよ」
そう、自分は構わない。
構わないのだが。
ちらりと横目で、隣を見る。
先程から、ムスッと黙り込んだまま、じとりとイデアを不満そうに見つめているスコールがいる。
「もう、スコールったら」
なぜこれ程に、スコールが不満なのか知らない。
しかし、イデアは知っているらしい。
進められるままに、椅子に座る。
流石に来客用だけあって、上等な革のソファーだ。
ニコニコと嬉しそうに笑ってお茶の準備をしているイデアを見ながら、隣に引っ付いて不機嫌そうなスコールをどうするか考えて、秒で捨てた。
何も言わないなら、もうこのまま置いておこう。
……俺はスコールより、イデアを優先する。
今までも。
これからも、きっとそうだ。
「サイファー。スコールから何も聞いてないのよね?」
「ああ。何も聞いてねぇよ」
「困ったわね。それほど嫌なのかしら」
「嫌だ」
「あらあら」
顔を歪めて、スコールが吐き捨てた言葉に、イデアは微笑ましそうに笑っている。
理由が分かっているから、あちらは余裕かもしれないが。
こちらは余裕じゃない。
「鬱陶しい」
まるで抗議する様に、腕にしっかり抱き着いてくるんじゃねぇ。
睨みつけるな。睨みてぇのはこっちだぞ。
イデアなんで微笑ましそうに見てるだけだし、なんなんだ。
「仕方ないわね。スコールにお願いしたのだけれど、いつまでたってもサイファーに伝えてくれないのだもの」
「……俺は、嫌だ」
「ふふっ」
嫌だ、ともう一度言って、ふいっと視線を逸らすスコールに、イデアが笑っている。
なんなんだ、本当に。
「サイファー、お願いがあるのです」
「なんだよ?」
「これはね。バラムガーデンの〝マスター〟としての、お願いなの」
「マスターとして?」
ガーデンは創立時より、二つの頭を持つ組織だ。
教育面を管理する学園長と、経営面を管理するマスター。
各ガーデンによって兼任もあるが、基本的には教育と経営を分けて考える。
マスターノーグがいた頃は、学園長が圧倒的に権力争いに負けていたが、現マスターがイデアになってからは穏やかなものだ。
それでも、教育を優先するシドと、経営を優先するイデアという、二人の役割故に意見が食い違う事も多々ある。そういう時は、さらに指揮官室など周囲を巻き込んで大会議に発展して、話し合いで解決する事もある。
……一歩間違えると、夫婦喧嘩かって思う事もあるが。
二人とも真面目に仕事を行っているので、時々出てくる夫婦不満は聞かなかった事にして、子供は口をつぐむのだ。
そんな仕事では一歩も夫に引かない彼女が、マスターとして俺に頼みたい事?
「サイファー、お店を出して見ない?」
「…………はぁ?」
―――――――― ▼ ――――――――
カチカチと、必要な食材をカートに入れる。
「んー、どうするかねぇ」
頭の中で献立を考えつつ、必要な食材を入れていく作業は慣れたものだ。
先月から、一念発起して自炊申請をしてみたが、凡そ上手くいっている。
野菜を入れて、肉を入れて、不足しがちな調味料を入れて……というところまできて、ふと気づく。
「あれ?」
トップページの所。
普段ならば、『野菜・果物』『飲料水』『缶詰・保存食』『調味料』等と、ページ毎の分類を紹介しているページに、でかでかと光っている異物。
なんというか、凄く目立つ。派手だ。
「……〝Knight’s Supper〟?」
その意味からしても、商品分類に思えない。
しかしガーデン食堂に表示されているという事は、何かしら売っているのだろう。
好奇心に逆らわずに、クリックしてみる。
パッと切り替わったページは、いつも見ている商品分類のページと変化はあまりない。
ただし、
「……期間限定屋台?」
タイトルページに、でかでかと記入されている期間限定の文字。
その下段に書かれている、期間を定める日付の表示。
さらに、そこに表示されている商品に、驚いて一瞬息が止まる。
「まじかよっ!?本当にやりやがったのか、食堂のおばちゃんっ!?」
よっしゃ!と歓喜の声を出しながら、バラムガーデンの一般学生は片っ端っから商品をカートに突っ込んでいく。
一日に出品する数が限られている限定商品は、念入りに。
その日、〝ガーデン食堂〟のアクセス数は飛躍的に上昇。
自炊申請が開始されて以来、初めての接続過多による『ページが読み取れません』エラーが出た。
システム担当者は泣いた。
―――――――― ▼ ――――――――
「……ナンデコウナッタ?」
「俺の、せいですね」
「ナンデ?」
「……ごめんなさい」
大量の餃子の皮になる、生地の山。
色がついた生地を合わせて、山は三つ。
大量の餃子餡になる、食材の山。
中身に合わせて、山は三つ。
そして皮と餡により、せっせと作られる大量の、デカい三種類の色がついた餃子。
ひたすらに中身が間違ってないか確認しながら、作っていく作業。
慣れた調子でせっせと両手を動かしながら、何と表現していいのか分からない複雑な感情が合わさり、すっかり無表情になったサイファー。
その多忙になってしまった彼の追及に、スコールはしおしおと萎びながら謝罪を繰り返す。
――――事の起こりは、スコールが運営しているSNSである。
ただただ只管に、スコールがサイファーの料理を自慢して、美味しいものを食べているという、運営者曰く自慢するだけのSNS。
そこで紹介された〝俺だけの料理人〟と、有名になった誰か。
それが誰かなんて、バラムガーデンにいる人間ならすぐわかる。
むしろ、秒で分かる。
わからない奴はもぐりかスパイである。殺せ。
話が逸れた。
スコールはせっせと、自分が食べた夕飯の報告を行っていた。それは元々、カドワキから言われた事だったのでそれはいい。
――――問題は、有名になり、人気になりすぎたこと。
まさか、スコールのSNSアカウントを見ている人間達が、『#ライオンの食卓』という専用タグを生み出して、料理の再現に走ると誰が思うだろうか。
その再現に、プロの料理人が参戦すると、誰が思うだろうか。
作った料理が珍しい地方料理の場合、その地方に注目が集まると、誰が思うだろう。
再現されたであろう料理を見て、自分も食べてみたいと思う人間が生まれるのに、さほど時間はかからなかった。
それがバラムガーデンの生徒ならば、向かう先は一つだけだ。
当人に告げるなんて愚は犯さない。
犯してはならない。
眠れる獅子に斬り裂かれるので。
ならば、向かう先は限られている。
だからこそ、イデアまで話が旅立ち、イデアからサイファーに伝えられる事になった。
一番、問い合わせがあった料理を、バラムガーデンの食堂。
正確には、〝ガーデン食堂〟で売ってみないかと。
「いやぁ~!ありがとうね、サイファー!」
「あたしらが作るのも、なんか違うよねって話をしててさぁ~!」
「……おう」
出来上がった餃子をできる限り冷凍し、凍った状態でバラムガーデンの食堂まで運搬。
凍らせたことで、嵩張るが運搬が容易になったことはよかった。
「サイファーの料理、ついに旅立っちまうもんよ~」
「残念」
「でもよ。俺の為だった美味いもん、皆にも食べてもらえるのは嬉しいもんよ!サイファーの料理、美味いからな!」
「同意」
「でも、俺の分もまだまだ欲しいもんよ~!」
「意見一致」
「わかったわかった」
運搬を手伝ってくれた二人に、思わず笑ってしまった。
元々、雷神の為に作った料理だ。風神だって美味いと食べてくれたもの。
だから、イデアから話を聞いて、真っ先に雷神に一声かけた。
例え雷神が何とも思っていなくても、この餃子は雷神の為に作ったものだ。
一声かけて、もし雷神が嫌なら、断ろうと思っていた。
話の内容に驚いていたが、いつも通りに豪快に笑って、また作って欲しいと言ってくれた。
「それで、本当にいいのかい?」
「めんどくせぇよ。そっちで作ってくれりゃいい」
「はぁ~~!太っ腹だねぇ。あんたの師匠にも一声かけた方がいいかい?」
レシピを売る際に、オリジナルのレシピが〝とある店〟の代物だと話してある。
色々と手続きを調べるとイデアは言ってくれたが、義理は通しておく事にする。
「……まぁ、あいつなら、何も言わねぇ気もするけどよ。俺も連絡するけど、そっちも頼むわ」
「あいよ」
結局、サイファー自身が作るのは、初日の販売分のみ。
後はバラムガーデンの食堂職員が、サイファーから買い取ったレシピで作って、売るという寸法だ。
レシピを改良して、バラムガーデン食堂バージョンの、デカい餃子も作るという。
もし、食堂のラインナップに並んだ日に縁があれば、食べていいかもしれない。
「そうだ、サイファー」
「ん?」
帰るかと、風神と雷神とたわいもない会話をしている中、呼びかけられて振り返る。
昔から見慣れた、なんだかんだで変わる事のなかった、長い付き合いの食堂の長たちが笑っていた。
「売上もとい小遣いは、たーんまり用意しておくさね!」
「ちゃんと振り込んでおくから、見るんだよ!」
「煩わしいのは、こっちで対応しておくからね!」
「わかったよ」
期間限定一杯、売り切る気満々の食堂職員に、思わず笑ってしまった。
後ろで風神と雷神が、うんうんと頷いて、職員にサムズアップしている事には気づかなかった。
―――――――― ▼ ――――――――
情報端末の画面を、流し見る。
ずらりと並んだ投稿の中で、美味しい、上手い、また買わせて、というコメントの数々を見て、笑みを浮かべる。
それと共に、ついに食堂やったな、やった楽しみ、等の期待を寄せるコメントを見る。
『明日の昼食は、ライオンの食卓レシピからだよ!』
『ばっちり許可済みだからね。バラムガーデン食堂流、ご賞味あれ』
突如として出てきた〝バラムガーデン食堂〟の予告に、内外からのコメントが止まない。
「なぁ」
ぽこぽこと湧いてくるコメントを見つめていると、呼びかけられて顔を上げた。
気まずそうに、こちらを見ないで立つ、サイファーがいる。
「なんで、この名前にしたんだよ。てめぇは」
〝ガーデン食堂〟に出店ページを作る為の、申請書類のコピーを見つめているサイファーの目に、困惑が見えた。
期間限定屋台、と称したのはお祭りの屋台をイメージしてだ。
その屋号をつけたのは、自分だ。
Knight’s Supper。
即ち、騎士の晩餐。
もしくは、――――騎士の夜食。
何度も何度も、繰り返し使われる事になるかもしれない。
もしくは、使われないかも知れない。
どちらになるか、わかりはしなかった。
だから逆に、真剣に考えた。
「なんでって」
思わず笑ってしまった。本当に分からないらしい。
立ち尽くすサイファーの、腕を引く。
素直にこちらに崩れてくる男に、自分の隣のソファーに座るように誘導する。
「なんとでも取れるだろう?これなら」
崩れ落ちるように隣に座った男の耳元に、そっと囁いた。
バラムガーデンで、わざわざ〝Knight〟と冠する、期間限定屋台。
対外的に見てその騎士が、今話題の〝魔女の騎士〟を差すならば、深掘りするならどちらか分からないだろう。
未来の魔女の騎士たる、サイファー・アルマシーが主体なのか。
現代の魔女の騎士たる、スコール・レオンハートが主体なのか。
それは、当人たちにしか理解できない情報だ。
なんといっても二人とも、新旧の違いはあれど〝騎士〟なので。
つまりそれは、あるかもしれない批判も、文句も、何もかもを、スコールも共有するという事で。
何とも言えない顔をしてこちらを見る、愛しい男の唇に、そっと触れる。
「嫌だったか?」
「……嫌、というか」
わからねぇよ。
小さく呟かれた言葉に、少しだけ可哀想だなと思う。
同時に、すごく嬉しいと思う。
沢山の迷惑をかけて、沢山甘えて。
サイファー自身が何とも思っていなくても、その人生の半分以上を、未来の為に消費させたのは。
『……可哀想な少年』
かつて、〝あの魔女〟がサイファーに告げた、始まりの言葉。
それはきっと、間違いではなかった。
サイファーが居なければ、俺はきっとここにいない。
サイファーが居なければ、俺はきっとガンブレードを握っていない。
サイファーが居なければ、俺は〝額に傷のある〟ガンブレード使いになっていない。
サイファーが居なければ、俺はもっと孤独な独りぼっちの日々だった。
サイファーが居なければ、
サイファーが居なければ、
サイファーが居なければ、
――――俺はきっと、アルティミシアを倒す程の、技術も度胸も何も身についていない。
可哀想なサイファー。
未来の為に、俺の為に、俺の血肉になる為に、――――運命に消費された愛しい人。
でもだからこそ、嬉しいと思ってしまった俺は、酷い男だ。
イデアは、知っていたのだろうか。
シド学園長は、知っていたのだろうか。
知っていたのかもしれない。
サイファーこそが、俺を〝伝説のSeeD〟に押し上げる、大切な歯車である事に。
だからこそ彼らは、今のサイファーを、大切にしているのかもしれない。
大切にできずに、消費してしまった彼自身への償いの為に。
自分たちが消費してしまった過去の代わりに、彼に少しでも明るい未来を進ませるために。
……なんてことを考えていると知られれば、きっと大暴れするだろうな。
サイファーは、守られる事を好まない。
自分が守られる存在であるという、自覚もない。
その必要性も、きっと感じていない。
だからきっと、俺がサイファーの外堀を埋め立てている活動だって、彼にとって意味不明な事も多いのだろう。
それでも、わからないなりに、理解できない事でも、それでもいいかと妥協してくれているのが嬉しい。そう思ってくれている事が、わかる事が嬉しい。
隣に引きずり込んだサイファーが、自分の意思で隣にいてくれる日々が、嬉しくて仕方がない。
嫌ならきっと、彼は自らを守る檻の全てを破壊して、世界に飛び出しているはずだ。
「サイファー」
「……なんだよ」
困ったようにこちらを見るサイファーに、それを無視して笑う。
恋も愛も分からないと言い張るなら、自覚できないならば、俺が教えるから。
イデアもシド学園長も、きっとこの辺りに苦労しているのだろうなと、悟ってしまったから。
だから、
「付き合ってくれ」
サイファーと一緒に、生きる許可をくれ。
ゆっくりでいい。
のんびりで構わない。
愛が分からないままでもいい。恋をしてくれなくてもいい。
ただ傍にいて欲しい。
こちらの言葉に、ゆっくりと瞬きを繰り返して、何度か口を開け閉めして、そして――――。
「嫌だ」
「この野郎」
真顔で告げられた言葉に、舌打ちをしてしまった。
そんな俺の態度に、サイファーが笑っている事に腹が立って。
両手で顔を、こちらに強引に向けて、無理やり口づけしてしまった。
舌は入れてない。
触れるだけの、子供のような口づけだ。
殴られる事を、覚悟の上でした行動。
けれど、
――――抵抗も、拒否も、されなかった。
ああ、本当に。
こういうところが、本当に、ずるい!

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます