❖ 指揮官専属キッチン・ALMASY - 7/8

 

✟ 肉々しい肉まん ✟

 

トントントン、と机にペンを打ち付ける。考え事をする時に出てしまう、癖の一つだ。
それを自分がしているという事を認識して、サイファーは小さく舌打ちした。
周囲に視線を向ければ、嫌なほどに慌ただしい。指揮官室の中は、通常業務で考えられない人数が動いている。
……腹が減ったな。
時刻は夕方4時を過ぎたあたり。夕飯にするには早い。それどころか、食堂が開いている夕食時刻に、間に合う気がしない。
考えたのは数秒。ためらう時間は一秒もない。
執務机から立ち上がり、ペンを放り投げる。綺麗にペン立てに入った。
ある程度の切りがいいところまでは、書類を進めている。少し抜けても問題がない。
「サイファー!実は手が空いたりしてない!?」
「空いてねぇ」
頭を抱えているアーヴァインを横目に、指揮官室に隣接している仮眠室の扉を開ける。
後ろで何か言っているが無視して、仮眠室の扉を閉める。三つある寝台は、どれも使われていない。今、この部屋にはサイファーが一人だけだ。
さて、と仁王立ちして考える。
仮眠室は、当初は寝るだけの場所だった。しかし今では立派に指揮官室の面々の簡易食糧庫も担っている。
それもこれも、稀に訪れる修羅場で缶詰になり、食堂へのデリバリー連絡もできない事があったせいだ。
「……そういえば、あれ持ってきてたな」
1週間前。深夜まで仕事が終わらなかった時に、スコールと一緒に食べた物の残り。そこそこの数を作るために小振りにしたが、間食にはいいだろう。
簡易キッチンの方に向かう。ドドンッと鎮座している中型冷蔵庫の横にある、大型冷凍庫を開く。扉を開ければ、寒すぎる冷気がぶわりと顔に当たる。
自分がよく使う最下段を開ければ、誰にも触れられた形跡のない、中身が透けて見える大袋が鎮座している。
「……確か」
この前食べた時は、自室から持ってくるのが面倒でフライパンで代用したが、スコールは気に入らなかったらしい。
まさかなと思いながら、鍋等が詰め込まれている棚を覗けば、この前は存在しなかったセイロがある。
……買ったのか?
買ったんだろうなと、最近のスコールの勢いの良さを知っているので納得する。有難くセイロを引っ張り出して、準備をする。
……ちょっと待て。
「なんかこれ、でかくねぇか?」
手に持って見ると、想像以上にデカい。ざっと見るが、どう見ても一人か二人用の代物ではない。
少し前に見た記憶を引っ張り出して照合するに、恐らく市販で見る最大サイズの30㎝セイロだと思われる。
それが、
「どんだけ食う気だよ」
三段サイズセット。
全部使うなら、大家族の一食分が余裕で出来上がる。むしろ多いかもしれない。
流石のサイファーでも、このサイズは持っていない。
昔、ティンバーでぶらりと風神・雷神の二人と一緒に遊んでいた頃。
迷子必須の道の先、目立たない片隅にあった小さな料理店を見つけた。
雷神が餃子が好きになった切欠の店であり、サイファーにとってバラムでは目にしたことのない、多国籍料理の知識を多く教えてもらった、お気に入りの店だ。ついでに風神は、あの料理店のパンケーキに胃を掴まれていた。
セイロも、あの店の店主が快く教えてくれた調理道具の一つだ。
発祥がセントラ料理だから、今ひとつピンとこなかったが、慣れた今では自室で使うまでになっている。
その時に聞いたのは、セイロは基本的に18㎝~21㎝が、一人分の目安だという事だ。
一時期、蒸し料理にハマったせいで、サイファーの自室にもセイロはある。
ただ、サイズは21㎝の二段重ねだ。風神・雷神のお裾分け分も込みで、二段にした。一人分の時に利用しやすいし、多く食べたい時に二段で利用できる事が便利だった。
……最近は大体が、スコールの胃袋に消えるが。
そこから考えると、30㎝の三段セットはやり過ぎた。
やり過ぎだが、
「……まぁ、今はいいか」
現在仕事中の面々に配る予定だったので、全部使っても大丈夫だろうと納得する。
まずは、そこそこ大きな鍋を引っ張り出す。ちゃっかり存在していた、蒸し板と大鍋を合わせてサイズを確認。大丈夫そうだ。
確か結構前に、修羅場の時に闇鍋……持ち寄ってきた素材ごった煮のブツを作った時の、大鍋だったような気がする。
……使えるなら何でもいいか。
大鍋に、たっぷりと水を注いで、コンロに置く。火をつけて、湯を沸かす。
セイロの蓋を取って、置いておく。
次に流しで、セイロ全体を濡らす。まずは一段を濡らし終えて、クッキングペーパーを下に敷く。
食品保存用の大袋を開ける。中身を確認して、残りを確認。数はありそうだった。
取り出した、少し小振りの肉まんをセイロに敷き詰める。好みもあるだろうが、小振りなので七個を入れてしまう。
これを、二回繰り返す。
よく見たら18個だったので、7個・6個・5個のセイロができたが、気にしないことにする。
ぼこぼこと大鍋で湯が沸騰したら、蒸し板を蓋の様に大鍋に設置。
蒸し板の上に、セイロを置く。
蒸すので、蒸気が立ち上る火加減を維持したまま、タイマーをセット。大体10分を目安とする。
ぶわり、と蒸気が立ち上るのを、ただ見つめる。
何をするのか少し考えるが、10分で出来そうな事がない。
油断していたのだと思う。

 

「……差し入れるのか、それ」

 

気配を殺し、音を消し、そっと近寄っていた存在に気付かなかった。
するりと腹に腕が回って、ぴったりと背中に体温が密着する。こんなことをサイファーにする存在なんて、現状は一人しかいない。
首を後ろに傾ければ、見慣れた頭髪が見える。ぐりぐりとサイファーの身体に頭を擦り付けている様に、奇行は治っていないらしいと溜息をつく。
「なんだよ。腹減ったのか?」
「……差し入れるのか、それ」
「あ?」
もう一度、同じ言葉が聞こえる。その声色は低く、不機嫌を隠そうともしていない。
サイファーはやっと、後ろに張り付く男の様子がおかしいと気付いた。
「あの二人と、俺以外の奴に」
「……は?」
様子がおかしいと気付き、身体ごと振り返ったサイファーに、スコールは両手を伸ばした。
次いでぐっと背筋を足を伸ばして、サイファーの首を引き寄せて、

――――スコールは、その唇に強引に口づける。

ぼやけた視界の中で、碧眼が大きく見開かれる。
それを確認して、灰が混じる青眼をゆっくりと瞼に隠しながら、スコールはサイファーの唇をぞろりぞろりと舐め続ける。
最初は頑なだった唇が、根負けしたようにおずおずと隙間を開けると、すぐさまスコールは進入した。興奮で熱くなった舌と、戸惑うサイファーの心なし冷たい舌を絡めあう。
吸って嬲って、挨拶する様に絡めていく。口の中で戸惑うサイファーの舌を、その咥内を存分に愛でる。
思うままにサイファーの舌を味わって、スコールは口を離した。戸惑うように瞬きをするサイファーの顎を掴み、こちらに向かせる。
サイファーが行動を起こす前に、スコールは睨みつけた。
「あんた、本当に鈍い」
文句を言おうとしたサイファーの口が、何かを形作る前に止まった。
「俺も悪かったかもしれないけど、本当に俺に対して鈍い」
戸惑う碧眼と、灰青眼の視線が、交じり合う。
「俺は、あんたに責任取らせるつもり満々なんだからな」
「責任取れよ」
「俺を甘やかした、責任を取れ」
ぎらぎらと欲望に溢れた視線で、スコールはサイファーを真っ直ぐに射貫いてくる。
「……お前、何言ってんだ?」
意味不明なことを連続して言われて、サイファーは腹が立ってきた。
顎を掴んでいたスコールの手を払いのけ、眉間に皺を寄せて、サイファーはスコールを睨む。言っている意味が、ほとんど何もわからないのはストレスだ。
そのサイファーの反応に、スコールは溜息をついた。
文句を言おうとしたサイファーの言葉を遮るように、タイマーが鳴る。
サイファーが反応する前に、スコールが反応した。
即座にタイマーを消して、サイファーの横に立ち、コンロの火を消す。セイロの蓋を取れば、ぶわりと湯気が立ち込める。
「おい?」
サイファーの声を無視して、スコールはセイロの一番上の段を下ろす。
セイロの中の肉まんを一つ手に取って、熱々のそれを手の中でぽんぽんとお手玉をするように冷やす。
そしてお手玉していた肉まんをそのまま掴み、
「んぐっ!?」
何かを言おうとした、サイファーの口に突っ込んだ。
ぐいぐいと捻じ込むように肉まんを押し付けられて、サイファーは思わず歯を立ててしまった。ぷちりと蒸された薄皮が破れ、ほかほかの生地の味と、中から溢れる肉餡が口いっぱいに広がる。
仕方がないので、もごもごとサイファーが食べ始めると、スコールは再びセイロから一つ取り出して、ぽんぽん手の中で肉まんお手玉をした後に、自分も齧り付く。
男が二人。
なぜか肉まんをもぐもぐと食べる音だけが、部屋に響く。
「美味しい」
先に食わされたのはサイファーなのに、大食いのスコールが先に食べ終わる。
ごくんっと飲み込みながら、手指についた肉餡を舐めとり、スコールは目を細める。
「前よりすごく美味しい。……〝俺好みの味〟だ」
ごくり、とサイファーも食べ終える。何かを言う前に、スコールの目がサイファーを捕まえる。その視線の鋭さと力強さに、何も言えなくなってしまう。
その目はまざまざと告げてくる。
逃亡することは、許さないと。
「あんた、昔。俺に〝自分好みの味で食べれるから、料理してる〟って理由の一つを言ってたよな?」
それは本当に、最初の頃。
スコールが不味そうにテーブルマナーを守って食べていて、サイファーが自室で食事に誘ったあの頃。
肉体を鍛え直す理由とは他に、料理をしている理由を聞かれて答えた、サイファーの回答。
「俺は勝てる勝負を、捨てる気はないんだ」
「っ!」
スコールは頭をサイファーの首に埋める。そして、剥きだしの肌の所に、強く口づけた。
色鮮やかに痕を残し、その場所を舌で舐めた後、何事もなかったかのようにセイロを三段に重ねていく。
「……絶対に、責任を取らせるからな」
何も言えず立ち尽くすサイファーの、戸惑いと苛立ちに揺れる碧眼を見つめた後に、スコールはセイロ三段を積み上げたまま、それを両手に抱えて仮眠室から指揮官室の方に帰っていった。

 

――――扉が閉まる音が、嫌な程にサイファーの耳に残った。

 

「責任って、なんだよ」
何を言われたのか、理解できない。言葉は頭に入るが、その意味を咀嚼するのを、脳が拒むように何も分からなかった。
ただわかるのは、スコールが怒っている事と、突然自分に口づけてきたことだけだ。
突然の口づけに戸惑ったまま、そっと唇に指で触れる。咥内に突っ込んできた舌と、絡められた舌の感覚がおかしい。
「俺はただ」
『〝自分好みの味で食べれるから、料理してる〟って理由の一つを言ってたよな?』
脳裏に横切った、先程のスコールの言葉を反芻する。
さっきの肉まんの味を、思い出す。
自分にとって、あの肉まんは肉が多いと思う。もう少しバランスよく入れた方が、自分の好みだ。だが、スコールは肉が多い方が好みで……。
そこまで考えて、サイファーは一つ瞬きをした。
『〝自分好みの味で食べれるから、料理してる〟って理由の一つを言ってたよな?』
あの言葉に偽りはない。
肉体を鍛えるだけだったはずだが、料理が好きになったから。自分の好みの味を食べられる事が楽しくて、料理をしている事実はある。
だが、今は、違う。
何時からだろう。
――――何時から、サイファーは、自分好みの料理を作らなくなった?
最近作った料理を思い出す。レシピを思い出す。
記憶にある限り、ずらりと並んだ料理の数々。レシピはもちろん自分好みに調整したものだ。その後、作る段階で〝スコールの好みに合わせて〟整えて―――――?
「……あ?」
スコールが不味そうに食べるのが、不満だった。他の人間に何を言われようとも、好きに食べればいいだろうがと、いつだって思っていた。
だから、自分の目の前で、自分の料理をうまそうに食べられるのは、好きだった。
あの日。
久し振りに見たから。
ただ、美味そうに、満足そうに。
あの魔女大戦後から、バラムガーデンに回収された後も、それは変わっていなくて。
頬をぱんぱんに膨らませて食べる姿が。在りし日の泣き虫の姿そっくりで。
日々疲れているお前が、少しでも楽になれるように。
どうせ外に容易に出られない身だからこそ、そこそこに甘やかしてやりたいと思って。
そうだ。
俺のことを素直に聞くお前が―――かわい、く……て?

 

「――――――――っ!!!??」

 

声にならない声を噛み殺して、サイファーはその場に蹲った。
彼らしくなく、頭を抱える様に、誰にも顔を見られないように。
「ちが、……おれは、ただ」
か細く零れる言葉は震えていて、蹲り両手に覆われた顔は、外から見ることはできない。
ただ、その耳は、真っ赤に染まっていた。
「ちがう」
口からは何とでも言える。
それでも今までに積み上げた彼の行動は、何一つ否定の説得力などなかった。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

バーンッ!と勢いよく仮眠室の扉が開いた。
何事かと視線を向ける指揮官室の仕事中の人々が、一斉に視線を向けた先。デカすぎるセイロを三段担いだ指揮官が、仁王立ちしていた。
「差し入れだ」
シンプルな一言と共に、机の上に置かれたセイロの蓋を取れば、ぶわりと広がるいい匂い。
出されたそれが、ほかほかの肉まんである事に、歓声が上がる。
「わーーー!スコール最高ーーーー!!」
「指揮官素敵!!」
「ありがとうスコール!でもよく温められたわね?」
「寝ていたサイファーを起こして温めさせた」
「流石」
「下僕化進み過ぎだろ」
「それできるの指揮官だけです」
セイロを三段崩して机に並べれば、わいわいと言いながら各々が肉まんを手に取っていく。
誰も彼もが美味しい生き返ると言いつつ食べる光景を見ながら、スコールは笑う。
誰も、その肉まんの出所を聞くことはなかった。
彼らの中で、この肉まんはスコールからの差し入れだ。
サイファーのサの字も言われない事に、一人でこっそり満足感を味わう。
「スコール?何かいいことあったのかい?」
アーヴァインに呼びかけられて、スコールは小さく笑う。
「いや、少しな」
「ええ~、気になるなぁ」
「大したことじゃない」
そう、本当に大したことではない。
無意識すぎる無自覚尽くし系ロマンチストに、思い知らせただけだ。
目の前にいるのは可愛い弟分ではなく、獣だと。
「ただ思っただけだ。自分本位の奴が、他人本位になったら、言い逃れ出来ないって事をな」
「へぇ~?」
アーヴァインは、それが誰の事か悟った。
彼もまた、スコールのSNSを覗き見ている一人だ。
スコールが行っている外堀作戦を、よくよく知っている。
一般人の人々の世論は確実に、〝魔女の騎士であった彼〟よりも、〝スコールの料理人扱いの彼〟に興味を持っている。
今一番話題の伝説のSeeD。英雄スコール・レオンハートの、その胃袋をがっつり掴んでいる、そのレシピに興味を持った。
何とも平和な事である。
そしてあまりにも平和過ぎて、旧政府体勢下にて影響力を有していた、ガルバディア国戦争推奨派の身動きが鈍ってきた。
戦争犯罪者として突き上げるにしても、旧体制からの脱却の証明に処刑するにしても、バラムガーデン内で問題を起こせば横槍を突けるのに、全く何もない。
それどころか、平和的な話題しか出てこない。
しかも最新情報では、なぜか指揮官と付き合っている恋人疑惑まで浮上した。
あちらとしては意味不明だろう。あの魔女大戦で敵対していた者同士が、付き合っているという疑惑が浮上するなど何事かと。
その仲良しアピールで、世論はどんどん動き、外堀はほぼ完全に埋まった。
即ち、サイファー・アルマシーは未来の魔女に操られていた人間で、スコール・レオンハートと元々仲がいい人間だったという、人々の予想図は完成した。
もし今更ガルバディアの戦争推奨派がサイファーを確保しても、世論は確実に横槍を入れる。操られていたかの是非を明らかにしろという、人道に乗っ取った反応として。
SNS一つで、ここまでガルバディア旧体制派閥を牽制するのも凄い。

それはそれとして、サイファーが〝自分の為に作ってくれる料理〟を、ただスコールが自慢したいだけだった気もするが。

肉汁が溢れて、ふかふかの皮が美味しい。小振りなのも、おやつとしていい塩梅だ。
そう思いながら、ごくんっとアーヴァインは肉まんを飲み込む。
スコールは誰からの貰い物か言わなかった。それでもアーヴァインは悟ってしまう。
これを誰が作り、誰が齎した料理なのか。
「君、こういうところが怖いなぁ~って僕は思う」
「そうか?普通だろ?」
「いやぁ、思いっきりの良さは凄いよ。特に守ると決めた人に対してね。リノアの時もそうだったけどさ」
「……守るつもりはないぞ」
「そうなの?」
「そうだ」
スコールは、艶やかに笑った。
見る者が見れば、見惚れる程に、勝利を確信した男の顔で。

 

「逃がさないつもりなだけだ」

 

勝てる勝負を捨てる程、スコールは男を捨ててなんていない。
今頃、頭を抱えている男に、早く諦めて落ちればいいと思っている。
美味しい料理はデザートまで、全部食べる主義なので。

 

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