✟ ベーコンとチーズの熱厚パンケーキ ✟
その日は珍しく、風神が落ち込んでいた。
個人的に失敗や失態だと思った事があれば、彼女は落ち込むより先に再起を考え、自らを奮い立たせて奮闘する。その凛とした姿が理想でかっこいいと、女子に密かにモテる女。それが風神だ。
例え落ち込むこともあれど、その姿をサイファーや雷神に見せるのは、とても珍しい事だ。深々と溜息をつく風神の姿に、思わず男二人で顔を見合わせる程度には。
抑々として、風紀委員は基本的に忙しい。
それは仕事の中身が、多種多様に満ちているというのもあるだろう。よく言われるのが、風紀委員が三人で成り立つのかという話だが、成り立つわけがない。
現在の〝風紀委員〟は三人だが、その下部組織として〝風紀係〟がある。
風紀係は基本的に、多種多様な年代が入学するバラムガーデンに構造上、同期入学者としてある程度纏められるクラスに一人、ひっそりと存在してる。
なぜひっそりなのかというと、そもそも風紀委員の成り立ちからして、普通の委員会ではないからだ。
バラムガーデンの風紀委員長は、代々番長系もしくは武力に達者な実戦成績の上位者が多い。それは、元々風紀委員の前任組織が、バラムガーデン内部の〝治安を守る学生ボランティア〟だったからだ。
傭兵部隊SeeDを有しているバラムガーデンは、そもそもとして他組織に狙われやすい。
それは最先端のG.F.研究に基づく疑似魔法理論と蓄積データであったり、SeeD式戦闘術というバラムガーデンが作り上げた特殊戦闘技術を教育する為の効率化であったり、そもそもの顧客データや依頼情報であったり。
つまり、SeeD運営という機密情報が転がっている唯一のガーデンだからだ。
故に、実はひっそりとスパイが入っている事がある。
治安を守る学生ボランティアは、あの手この手でバラムガーデンの情報を取得しようとする、スパイや他組織から生徒を守るために結成された、当時のSeeD及び候補生が中心となった集団だった。
それを、事態に気づいたバラムガーデン上層部が、学内直下組織として再構築したのが、現在まで続く風紀委員会だ。
つまり、風紀委員とは名ばかりで、内実は基本的に〝学内限定の治安維持部隊〟だ。
その実働部隊である風紀委員を支えるのが、風紀係だ。
彼らの目的は情報収集であり、バラムガーデンに諜報戦を仕掛けるスパイを見つける事。または、悪徳商法等に引っかかったアホ……もとい憐れな学生を、風紀委員に知らせる事が仕事だ。
つまり、学内限定の不穏な情報を収集する係である。言うならば、学園上層部が風紀委員に委託した公認スパイ。
即ち、正体を隠すに限る。
風紀係は決して表に出ることなく、風紀委員と学園長にのみ名簿が開示される。
また風紀係は指名制であり、人数は常にほぼ一定。継承性であり、秘匿契約と雇用に基づき、学園長と風紀委員長の承認を持って採用される。
風紀係になると、一種の特殊技能職としてガーデンから給料も支給される。要するに知る人ぞ知る、裏公認バイトだ。
この本来の仕事の隠蔽の為、校則違反等を取り締まる本来のよくある風紀委員の仕事もある為、意外と忙しい。
これらの仕事を担うせいで、風紀委員はある程度の独自采配を、ガーデン上層部から見逃される傾向が生まれた。
最も、サイファーがガーデンスクウェアに書き込んだ『犬の連れ込み禁止』というのは、サイファーが犬嫌いというのもあるが、数年前に訓練犬を迷い込ませて、その首輪で情報をやり取りしようとした馬鹿がいたせいでもある。
どちらにしても、犬に罪はない。
そんな理由で、風紀委員はとにかく忙しい。
風神が落ち込んでいるのも、スケジュール管理が上手く出来なかったらしい。
どんよりと暗雲を背負った姿に、サイファーはどうしたものかと考えて、一人おろおろする雷神を尻目に立ち上がった。
「お前ら、腹減ってるか?」
「……もん?」
「?」
時刻は、午後10時過ぎ。ガーデンの食堂が定める夕飯時刻を過ぎており、食堂職員は明日の仕込みをしている時間だ。
その閉まっている食堂の一角を借りて、風紀委員としての仕事を纏めていたのだが、よく考えれば今日は忙しくて真面に夕飯を食べられていない。
答えはなかったが、二人同時に首をかしげる姿に、少し待っていろと声をかけてサイファーは立ち上がった。
勝手知ったる食堂の職員に声をかけて、片付けを約束して使わせてもらう。材料費を払おうしたら、豪快に笑われていらないと言われた。なら、有難く使わせてもらう。
材料もそれほど数はいらない。
必要なのは、混ぜる事と、焼き加減ぐらいだ。
さっさと作り、出来上がったものを持って、風神の前に置く。
序でに、雷神の前にも。
風神はゆっくりと目を開いて、こっちを驚いた顔で見つめてきた。
「悪いな、本家より不格好でよ」
思ったより不格好な形になったことを詫びれば、風神は首を振った。
首を振って、ナイフとフォークを手にした。切り分けた一欠けらをゆっくりと食べると、彼女は驚いたように瞬きをした。
ごくり、と飲み込んだ後。
「……サイファー、感謝」
風神は、美しい微笑みを見せてくれた。その顔に、先程までの陰りはない。少しは気が紛れてくれたことに、少しだけ胸が温かくなる。
風神の様子にホッとしたのか、雷神もでっかい口で頬張ると、驚いたように美味いと言った。
彼らが驚いた理由を知っていて、サイファーも笑っていた。
懐かしい夢を見たと、サイファーは目を開いた。
視界に広がるのは、自室の壁だ。それをぼんやりと寝起きの頭で見ながら、くわりと欠伸をする。
起き上がろうとした時に、背中にぴったりと引っ付く存在に気づく。すぅすぅと寝息が背中にかかり、少し擽ったい。
「……またかよ」
ふぅ、と小さくサイファーは溜息をつく。
最近なぜかスコールは、任務から帰ってくると、サイファーの寝台に潜り込んでくることが多い。
そしてサイファーも悪いのだが、自室という安全な場所で、一々同居人の気配を探るような事など、やってられない。
異常があれば即座に跳ね起きる自信があるが、馴染があり敵対していないスコールの気配に反応する余力を割いていない。面倒すぎて。
ゆっくりと起き上がり、身体を捻る。見下ろした先で、最低限の上着は脱いでベルトも外したのだろうが、部屋着に着替えてさえいないスコールが眠っている。
バラムガーデンの基本備品として、寝台サイズはセミダブルだ。多様な人種に対応する為に、初期備品として採用されたらしいが、サイファーとスコールには普通に狭い。
サイファーが無造作に起き上がっても、スコールは起きなかった。
余程疲れているのか、深く眠っているらしい。
サイファーから見れば、いつも無駄にセットに時間をかける髪を撫でれば、きゅぅっと眉間に皺が寄る。その様が面白くて、こっそりクツクツ笑ってしまった。
……今日はなんだか気分がいい。
スコールもサイファーも、今日は休みだ。
なら、朝食を心持ち豪華にしても文句はないだろう。食べる相手は眠っているし、時間をかけても問題はなさそうだった。
今朝見た夢の中で、雷神と風神が驚いていた、〝あの多国籍料理の店〟のパンケーキでも作ろう。ちゃっかりレシピを聞いていたので、いつでも作れるのは強みだ。
レシピを素人に教えてしまう、あの店の店主も大概だと常々思っているが。
―――――――― ▼ ――――――――
大きな戦いがあった。
国際情勢が乱れるような、現代の魔女を巡り、未来の魔女と戦う者達がいた大きな戦いが。
しかしながら一般市民としては、沈黙を突き破って開国した大国エスタと、先の大戦で大ダメージを負った大国ガルバディアの情勢の方が気になる。
とは言えども、一般市民にとって、それさえも実感はあまりなく。
どちらかといえば、日々の生活に影響がなければ、そこまで忙しなく感じる事もなく。
「はぁ~~!いいなぁ」
「ま~た、言ってる」
「だって~~!すごくいいんだもん!」
「はいはい」
小さくても粘り強くひっそりと生き残る。
そんなドール公国の片隅にある、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
そこで、黒髪の女性は携帯端末を手に、羨ましそうに突っ伏している。テーブル越しに目の前に座って珈琲を啜る、金髪に赤いメッシュが入っている女性は、そんな親友を呆れた顔で見つめている。
「ねぇ~~~!見てぇ!これぇ!美味しそうぅぅぅ~~!!」
「ぐいぐい画面を突き付けてくるな。見えてるよ」
黒髪の女性がぐいぐいと顔の方へ突き出してくる、その情報端末に視線を向ける。
そこにはずらりと並ぶ、美味しそうな写真の数々がある。
世界はまさに、情報社会黎明期。
数十年ぶりに電波障害の楔から解き放たれ、情報ネットワークの海に様々な人間が飛び出してきた。
その中の一環として、通称SNS。ネットワーク上で交流できるサービス業が始まった。
新規サービスながら、その利便性と拡散力から、メキメキと評判を育てて一躍有名になったネットワークサービスの筆頭だ。
様々な問題はあれども、顧客獲得と情報発信の場として、これほど利用できる場所もない。
雑誌やニュース等、メディアの手が入らない場所で、自分達で情報を発信できるのは強みだ。ただ、利用者の目に留まるかは、運と活用方法次第だけれど。
各国企業が様子を見る中で、いち早く公式アカウントとしてSNSに顔を出したのが、話題沸騰中のバラムガーデンだ。
外部に対して秘密に包まれていた、私立の兵士養成学校。
秘密に包まれているのは仕方ないとしても、なんだかんだ一般社会の表に出てくることはなかった教育機関だ。
先の大戦で注目度が高まった中、突如としてSNSに公式アカウントが出没。
何事かと思う人々に、バラムガーデン側の公式発表として、〝公式アカウント試作運用の任務として運用開始します〟という一文があり、SNS運営陣からの依頼で開設した事を明かした。
エリートと名高き傭兵部隊SeeDは、そういう任務も受けるんだと人々が感心する中で、バラムガーデンの公式SNSとして、複数のアカウントが産声を上げた。
そんなバラムガーデン公式アカウント群の中で、しばらくそれが公式アカウントだと気付かれなかった所が一つだけある。
それが、今ではSNS内部で話題を攫っていく、ユーザーネーム〝S.Leon〟。
当初は、あまりにもやる気のない公式アカウントと言われた。
しかしある日、プロフィールコメントで『飯を取れと怒られたので、記録する。』いう一文が入ると、状況が一変した。
というよりも、そもそもこいつは何言ってるんだと、初のSNS公式アカウントの一つに注目がちょっと集まった。
そこから延々と続く、本日の夕飯写真。
必ずコメントに『いただきます』と入り、次の投稿は空っぽの皿と共に『ご馳走様』。
なんだこれと視聴者が首をひねる中、バラムガーデン公式SNSの中枢アカウントである〝バラムガーデン広報部〟が、そのアカウントはSeeD指揮官が直々に運営していると明かした。
つまりこの写真は、魔女大戦にて有名になった英雄の一人の、優雅な夕飯である。
飯だ。
指揮官が夕飯食ってる。
……で、なにこれ?
当初の投稿に対する反応なんて、こんなものだった。
けれど、延々と続く夕飯写真の献立に注目が集まった切欠は、バラムガーデン公式アカウント群の一つ〝バラムガーデン食堂〟が投稿する本日の献立と、中身が違うという事だ。
つまり、夕飯を自炊している。
SeeD指揮官は自炊をするらしい、と視聴している物やフォロワーは思っていたが、どうやら違うとわかってきた。
なぜなら最近、写真に腕が見えるから。
料理を作っている腕、
食器を運び、料理を盛り付ける腕、
包丁を握って素材を斬る手指。
どれも両手が映っていたりして、とてもではないが写真撮影ができる構図ではなかった。
有識者により、食べる寸前の写真に写っている指揮官の肌色と、料理を作っている骨格からして恐らく男の肌色が異なる事も分かった。
結論。
SeeD指揮官、誰かに作ってもらった飯食ってる!
今では当たり前の情報だが、当時の謎多きやる気なし公式アカウントから射出される情報にしては、色々と吹っ飛んでいた。
え?
これ公式アカウントだよね?
……と、二度見した者は数知れず。
今では〝夕飯飯テロbot〟として名を馳せており、最近は〝おやつテロbot〟とも言われている。
――――話題になっているのは、それだけでもないけれど。
そんな話題のアカウント画面を、眼前に向けられて、金髪赤メッシュの女は苦笑する。
「なにこの分厚いパンケーキ!美味しそう!!」
画面を押し付けながら叫ぶ黒髪の女は、半泣きの顔をして羨ましそうでである。
わぁわぁ叫んでおる親友の、確かに美味しそうだと、金髪赤メッシュの女も思う。
「そんなに叫ぶことか?」
「叫ぶ~~!羨ましい!!私も仕事終わったらホカホカのご飯で出迎えて欲しいよぉおお!!」
「実家に帰りな」
「そうじゃなくてぇえ!!私の為に料理作ってくれる恋人欲しいよぉおお!!」
「……いや、恋人とは限らなくないか?」
「恋人だと思ってます私は」
「おぉう」
「〝俺だけの料理人〟は〝俺だけの恋人〟だと思ってます私は。てか一部は皆思ってる」
「……否定できないんだよなぁ。その疑惑も」
スンッと無表情になった黒髪の親友に、金髪赤メッシュの女は苦笑する。
一ヶ月ほど前に、〝S.Leon〟のアカウントに投稿された一枚の写真。
頭は映っていない。けれど、写真ギリギリの首の先に、微かに見える金髪。
すらりとした背筋と、鍛え上げられたと分かる、美しい逆三角形の背中。
上半身を支える、きゅっと絞られた腰と、その腰に縛られた恐らくエプロンの黒い紐。
途中で写真が途切れているが、ズボン越しでもわかる、形がよい男の尻。
キッチンの前に立ち、料理をしているだろう、男の背中の写真。
そこにつけられた『俺だけの料理人』という、背景事情一切無視の一言コメント。
SNSが沸き立つのは時間の問題だった。
正直に言えば、同性婚という制度は珍しくない。
もちろん国家的・文化的な一面で認めていない国もある。ガルバディアやドール公国は認めていない国家に分類される。
それでも、この世界で〝死〟は身近だ。
各地の戦争だけではなく、モンスターの被害や災害等、ふとした所で人は死ぬ。戦争孤児が、そしてモンスター孤児が、溢れる事は多々ある事だ。
だからこそ、人々は精神を重んじる事が多い。
この広い世界で、好きな人と巡り合い、そして一緒に生きていくことが、幸福であると知っているから。そこに性別という問題は、本人たちの心次第であり、他人がとやかく言う事ではない。
……とは、言えども。
「この写真、〝あの魔女の騎士〟じゃないかって言われてるな」
「ああ~、それもあるねぇ。でも私、その話題は横に置いてる。もっと気になる事あるの」
「ん?」
「SeeD指揮官の胃袋を掴んで離さない料理人さんの腕前、すっごい気になる。レシピ欲しい」
真顔で言い切る黒髪の親友に、金髪赤メッシュの女は頷く。
「確かに」
数多くの疑惑と、数多くの話題性を攫って行く、ユーザーネーム〝S.Leon〟。
フォロワーの多くが考えたり気になるのは、料理人の正体よりも、彼の持つレシピだったりする。
レシピブックとして出版して欲しいぐらいに、多くの人々が気になっている。
恐らく今一番話題の強い、英雄の胃袋をがっちり掴む料理。
私たち、気になります。
―――――――― ▼ ――――――――
世の中のそんな声など露知らず。
サイファーはいつもの定位置から、お気に入りのパンケーキミックスを手にする。
このメーカーは、小麦の味がしっかりと残り、なおかつ吸収率があるふんわり生地に仕上がるので、サイファーは好きだ。
あのティンバーにある小さな料理店から、自分たちの使う粉の配合に近いと教えてもらったメーカー商品だが、その頃から気に入って使っている。
ボールに、卵に牛乳を入れて、よく混ぜる。やり過ぎかというぐらい混ぜる。
そこに、パンケーキミックスを一気に入れる。泡だて器で、教わったように混ぜていく。生地が重ったるく、普通のパンケーキの生地より粘りがあると丁度いい。
フライパンに油を薄く敷いて、ベーコンを入れる。序でに目分量でどかっとチーズも入れる。いつもはもう少しベーコンを入れるが、生憎と数がないのでチーズを増やしてみる。
生地をフライパンに入れて、弱火で焼いていく。じりじりと火で焼かれる、ベーコンとチーズと生地の匂いに、腹が減ってくる。
タイマーをだいたい、約2分でセット。少なければ、また約2分をやればいいので、あくまで目安でいい。
いい匂いが漂ってきたら、生地の側面を見る。丁度、タイマーも鳴ったので、停止する。
側面にふつふつと焼き目が付いていれば、フライパンで引っくり返す頃合いだ。
ベーコンとチーズの面が上になり、ぶわっといい匂いが立ち込める。
くわり、とサイファーが欠神をしたところで、慣れてきたスイッチ音が背後からした。
そしてするりと腹に回る腕に、首を後ろに傾ける。
「……美味そう」
「二枚食うだろ?」
「うん」
「足りなけりゃ、また作ってやるからよ」
「うん」
出来上がった一枚を丸皿に盛り、もう一枚同じ工程で焼いていく。
「冷めるからよ。先、食ってもいいぞ」
「嫌だ」
間髪言えずに戻ってきた返答を、不思議そうに見るサイファーの目を見て、スコールは微笑んだ。
「一緒に食べよう。サイファー」
「……へいへい」
パンケーキは一般的に、一枚一枚そこそこ薄い物が多い。
けれどサイファーが作るパンケーキは、風神があの店で虜になったパンケーキは、普通のパンケーキより分厚く小麦粉の味がしっかりと味わえる。
デザートというよりは食事の一品。
文字通り、ケーキのようなパンであり、生地の高さ自体が分厚く仕上がる焼き方をされる。
そこに、ベーコンとチーズが追加されていれば、立派な食事の逸品だ。
ふんふん鼻歌を歌いながら、ふらりと自室に戻っていくスコールに苦笑しながら、サイファーは次を焼いていく。
やがて、手慣れた動きでパンケーキが四枚、綺麗に出来上がった。
二枚づつ盛られた丸皿を、スコールが攫って行く。
テーブルに皿を置いて、自分の定位置に腰を下ろしたスコールの視界に、ナイフとフォークが差し出される。
それを受け取って顔を上げれば、昨晩仕込んでいた水出しコーヒーのガラスポットと、マグカップを二つ携えたサイファーがいる。
マグカップを一つ受け取って、机に置く。目の前の椅子にサイファーが座るのを見届けると、スコールはうっとりと皿を見下ろした。
サイファーの作る熱々で分厚いパンケーキの中で、スコールが一番好きなトッピングが乗っているそれに、ごくりと生唾を飲む。
サイファーがパンケーキを焼いている間に、スコールが準備したバターとメープルシロップに手を伸ばす。
最初は、バターから。バターケースを開けて、中からバターの塊を取り出して、パンケーキの上にぽいっと置く。パンケーキの余熱でじんわりと溶けていく様を見ながら、次いでメープルシロップを握る。注ぎ口の蓋を取り、豪快にメープルシロップをかけた。
バターとメープルシロップに飾られたそれを、うきうきとスコールはナイフとフォークで切り分ける。
ずどん!という音がするんじゃないかという豪快さで振り下ろされたナイフは、パンケーキをあっさり両断する。間髪を入れず、息の根でも止めるつもりかと振り下ろされたフォークが、切り分けられた一口にしてはデカい物体を、二枚重ねで貫通させる。
とろりと垂れるメープルシロップと、つやつや光る液体となったバター。こんがり焼けたベーコンに、カリカリに焼けたチーズ。ふかふか分厚いパンケーキ生地。
それら全てを纏めたフォークが、ぐわりと大きく開いた口が、狙いすました様に獲物を一息に頬張った。
頬をぱんぱんに膨らませて、もごもぐもごごと口を動かしているスコール。
これが美味しいと全身で表す、そのスコールらしい野生の姿に、サイファーは自然と微笑んだ。
心持ち豪華に出来上がった甘じょっぱい朝食は、あっさりと二人の男の腹の中に消えていく。
「まだ食うか?」
「お願いしたい」
空っぽの皿を悲しそうに見ていたスコールに声をかければ、間髪言わずに返答が飛んでくる。
それが楽しくて、それが面白くて。
笑って了承して、おかわりをキッチンに作りに行くサイファーに、スコールは目を細めて、その背中を椅子に座って見送る。
キッチンで作業を始めたその背中を見つめながら、べろりと舌で唇を湿らせて、がじがじとフォークを噛んだ。
――――食べたいなぁ。
無自覚すぎる獲物の背中を見つめて、飢えた獣はじぅっと睨めつける様に見つめる。
勝てない勝負をするつもりはない。
勝てる勝負だと知っていて、賭けに出ない男でもない。
情報端末で、珍しく朝にSNSの更新をしながら、スコールはうっとりと微笑んだ。
目立つ外堀は全部、埋め尽くしたと理解して。

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