❖ 指揮官専属キッチン・ALMASY - 3/8

 

✟ ゴロゴロ肉感ハンバーグ ✟

 

――――切欠は、本当に些細な事だった。

 

鍛錬だけでは物足りず、もう少し身体を作ってみたくなった事だ。
自分もそこそこ大柄な方ではあるが、なぜか筋肉が想定より付きにくい。エネルギー効率が良すぎるのか、油断すると直ぐに細くなる。
体重にそこまで変化は見られないのに、なぜか見た目がすぐ変わる。
「……っち」
思わず鏡の前で舌打ちする程度に、また細くなった。
ハイペリオンを振るう事に、何一つ不便はない。しかし、今日の実戦授業で当たり負けしそうになったことが、気にくわない。
……何からやるべきか。
自主鍛錬の方を見直すべきか。
それとも、食事を見直すか。
今はバラムガーデンの食堂で朝昼晩の三食きっちり取っているが、一食を自炊にするか。
このガーデンは、当然の如く食堂で食事は完備されているが、自炊も推奨されている。卒業後に軍事関係に携わるにしろ、フリーライセンスの傭兵に成るにしても、いやそもそもどんな職業であれ。
日々の生活に欠かせない、食事を疎かにして倒れるのは、無様すぎる。
そんな理由で倒れるのは、馬鹿がやる事だとサイファーは考えている。
しかしながら、バラムガーデンのシステムにも問題はある。兵士として身体に欠かせない栄養をしっかり取れるように、栄養士が日々組み立てた食事が、安易に提供されるのがバラムガーデンだ。
学生生活中に食堂に頼り過ぎて、卒業後に栄養失調で倒れる奴らが年に数人いるらしいと、裏話をサイファーは耳にしている。
最近はガーデン生であれど、自炊も推奨されているのは、そういう馬鹿馬鹿しい卒業生がいたせいだ。
でも、そのおかげ自炊の食材は、手に入りやすい。
週に一度。食堂が食材を発注する際に、申請すれば個人分も一緒に発注してくれる。料金は月末に纏めて払う形だ。
「申請するのも、手か」
どうせ、サイファーの同室はいない。
正確にはいたのだが、数か月前に退学した。
SeeD認定の為の実施試験で何があったのか、耐えられなかったらしい。戦場に向いていないのは、致命的だった。
相方が退学したせいで、しばらく一人暮らしだ。場合によっては、ずっとそうかもしれない。サイファーと同室になりたい男がいるとは、到底思えない。
ちなみにサイファーは、雷神と同室になりたくない。
奴は、片づけられない男だ。突撃、風神の部屋チェックが同室者に歓迎されている時点で奴は終わっている。そして風神が対処しきれないとサイファーも手伝う。どうして奴は山にするんだ。定期的に片付けろや。
……雷神で思い出した。
あいつの身体も、筋肉凄いんだよなと考えて、サイファーは自分の身体を見下ろした。
比較対象が悪いとわかっているが、気になってしまうのだから仕方がない。
「今のうちに、手を出しておくか」

――――サイファーが料理を始めたきっかけなど、そんなものだ。

朝と昼は、風紀委員の仕事で忙しい。やるなら夕飯だけだ。それでも変わるだろう。
料理レシピを調べたり、自分好みに作るのは、性にあっていた。
手間も、ある程度は時短で減らすこともできる。忠実に再現することを省けば、代用技術でそこそこ時間も短縮する。
それを考えるのが、楽しくなってきた。
その後、「サイファー、一緒に鍛えるもんよ!」と陽気な雷神に誘われて、しばらく一緒に鍛錬を行った。結果として、理想には届かないが、しっかりと身体が作れたので満足だ。
流石、雷神である。
あの男、なぜか才能が一部に特化しすぎだ。ちょっとでも勉学に回せれば、担任教師が頭を抱える事態も減るだろうに。あと掃除。

 

そんなこれまでの、くだらない事を思い出しつつ、上の肌着を脱ぐ。
上半身裸のまま、鏡の前で立つ。
雷神に言われた方法で鍛錬した数ヶ月の結果は、腕に顕著に表れていた。数か月前に、細くなってどうしようか考えていたが、今はしっかりと肉がついている。
欲を言えば、もう少し、雷神ぐらいの見てわかる屈強な筋肉が欲しかった。
すらりとした筋肉に少しの不満。しかしこれは体質的というより、人種の違いのような気もする。
「サイファー」
今後、どうするかを考える。
自主鍛錬の見直しをして、食事メニューも考えて、と色々と鏡の前で考えていた。
だから、部屋に勝手に進入して、ずかずかと入り込んできた男の出現は予想外だった。
「あんた」
後ろを振り返れば、勝手に入ってきたスコールがいる。
俺の身体を、上から下までざっと見てから、不満そうにだんまりと沈黙した。
……こういう所が、こいつは本当に変わらない。
俺を忘れても、忘れっぽくなっても、小さな仕草が変わらない。
顔にべったりと、〝なんであんただけ〟って、しっかりと書いてある。
「んだよ?」
「…………」
むすっとしたまま、だまりこんで睨んでくる。どうせ、頭の中でぐちゃぐちゃ独り言を言っているんだろうが、出力するまでのラグが変わらず酷い。
……何を言いたいのか、知っている。
俺以上に、こいつが自分の身体作りに悩んでいることも。力はあるのに筋肉がつき辛く、女顔もあって見た目で侮られるのが、すごく腹が立っていることも。
今だって俺の身体が変わって、今までより筋肉がついているから、イラっとしていることも。
その理由が気になるのに、プライドが邪魔して言えやしないことも。
……こいつ馬鹿だなあ、本当に。
これが他の人間だったら、無視するんだろうが。
俺に対してだけ、なんでこうも負けず嫌いなのか。それが面白くて好きだが、これはこれで面倒なことも多い。
時計を見る。
丁度、夕飯に近い時間帯だ。目の前の男は変わらずに、むっつり黙り込んでいる。ジト目が、全てを物語る。自分が語りたい事を、俺が把握していることも。それを俺が敢えて、無視してることも。
ハッと鼻で笑ってやる。
眉間に皺が寄っていき、歯を噛み締めているのが分かる。
……これ以上、揶揄うのはやめてやるか。
「飯は食ったか?」
「……まだ」
「じゃ、食ってくか?」
「は?」
「俺、夕飯だけは自炊始めたんだよ。身体作りの序でにな」
Tシャツを着ながら聞くと、少し考えているようだった。冷蔵庫を開けて、材料を取り出しながら振り返る。立ち尽くしていたスコールが、興味津々にこちらを伺うのが分かる。
「……食べる」
「へーへー」
適当に返事をながら、二人分の材料を取り出した。
どうせ、作り置きを作ることも多い。最近は、風神と雷神にお裾分けをすることもあるから、材料はいつも多めに取り寄せている。
一人分増えたところで、支障はない。
フライパンを取り出した所で、どことなくそわそわとしたスコールが、キッチンに近づいてくるのが分かった。
……野良猫みてぇだな。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

――――きっかけは、すごく、くだらない嫉妬から。

 

何をしているのかは、知ってはいた。
サイファーは努力家だ。それを微塵も見せやしないし、誇る事もない。自分が定めた目標に向かって、黙々とタスクを熟していく姿を知っている奴らなんて、そうそういないだろう。
だから、雷神と二人で訓練施設の片隅でごそごそしていることも、風神がそれを応援しているのも、いつも通りの風景だとは思っていた。
……思っていた、が。
眉間にぎゅっと皺が寄るのが自分でもわかった。ここ最近、サイファーの身体がどんどん良くなっている。
元々、俺がここまで欲しいと理想を描いていた身長。いや違う。俺の方が伸びなかった腹いせじゃなくて本当に180㎝は欲しかった。欲しかったんだ俺は。
だから少し前の実戦授業の時に、体格のいい対戦相手に当たり負けしかけて、ふら付いて舌打ちしていたのに。今回は平然としていたのが、無性に腹が立った。
……あんた、これ以上に身体鍛えるのか。
そうなのか。そうか。
『レオンハートは、筋肉がつきにくい体質なのかもしれんな』
……力はある。
ガンブレードを振り回して、踏ん張れる。連続で斬り付けることだってできる。リボルバーのトリガーだって、タイミングよく引き金だって引ける。
それなのに、見た目に全く、反映されない。
サイファーと同じぐらい、力はあるのに。
……いや、あっち程ないかもしれない。俺は片手でガンブレードを振り回すキチガイ戦法は取らない。
ゆるく首を振る。けれどキチガイ戦法すぎるのも、わかってる。
わかってはいるけれど。
こっそりと、歯を食いしばる。

――――追いていかれたくない。

サイファーは、そもそもが戦闘欲の方が強い戦闘狂いだ。それはガーデンの武闘派系教師全員が認めているだろう。
武器を渡せば、天性のセンスですぐにコツを掴み、武器を自在に操り始める。ただ、サイファーはガンブレードで戦うのが好きだから露呈しないだけで。知っているんだ俺は。あの男が、なんだって使える事を。
独特過ぎる構えに何か言われた時は、「映画に憧れて真似た」と奴は言い張る。それが真実だろうとは、わかっている。好きな映画は俺も知っているし、確かになんかそれっぽい場面もあった。
……けど、中身はまるっきり別物だ。
恐らく出発点は、片手で武器を振るうという事だった。けれど、ガンブレードを片手で振るう実例なんて、探したところで見つかりはしない。

その結果、出来上がったのが、――――完全なる〝初見殺し〟だ。

映画を参考にした、あの癖が強い構えだって釣り餌だ。
そもそも、下手な武器より重量級のガンブレードを、片手で支えて構えられる意味が分からない。
先程も考えたが、ガンブレードを片手で振るう参考人物なんて、どこにも参考資料がない。それこそ映画で出てくるぐらいだ。実戦を元にした映画の場面であったとしても、それは撮影だからだ。実戦でやれと言われて、やるやつはいないだろう。
そんなサイファーの、癖が強すぎる構え。
変な構えだな、と首をかしげる実践授業の入門者が侮っては、メンタルも肉体もボコボコにされるのは、既に実践授業の風物詩だった。サイファーの事を知ってる奴らは、こっそり賭けをする程度に風物詩だ。
担当教師も、誰も止めなかった。
むしろ油断するとどうなるのか、見た目で判断するとどうなるのかという、体のいいサンプル扱いをしている有様だった。
俺は詳しいんだ。
しかも、理論的な話。片手でガンブレードを振るって、片手はハンズフリー。これが曲者だ。
自由な片手が何をするか、土壇場にならないと読めない。疑似魔法を放つ、ガンブレードを両手持ちにする、殴りかかってくる、相手の武器を奪ってくる、サブウェポンとして別の武器を握り始める等、実例を挙げればキリがない。サイファーを侮っていた対戦相手が、交戦中に武器を片手で強奪される光景だって、沢山見たんだ。
俺は詳しいんだ。
そしてあの、美しく艶やかな漆黒のハイペリオン。
刀身がすらりと細身に見えるせいで、俺のリボルバータイプのガンブレードより軽量かと思われているが、そんなことはない。むしろ、同じぐらい重量があるかもしれない。
だって俺のガンブレードと鍔迫り合いになっても、刀身が折れないんだぞ。
軽量系だとしたら、当たり負けというか、鍔迫り合いで折れるはずだ。折る自信が俺にはある。だって重量系だぞ俺のガンブレードは!
なのにどうしてあの見た目で、俺のガンブレードとギチギチ鍔迫り合いできるんだ?おかしいだろ!
どんなカスタマイズしたんだ、あんたは!!
いつもずっと気になっているのに、肝心なところを絶対に見せてくれなかった。今でも不満だからな俺は。
……いやそうじゃなくて。なんだった。
そうだ。あのハイペリオンを、片手で支えている実態がヤバい。
あの着膨れ必須の白コートで勘違いされやすいが、サイファーは能力値で考えると、信じられない〝細身〟だ。
もちろん鍛えられた体躯をしているが、数値的に見えても強靭さがあるフィジカルモンスターなのに、健康診断の医師が首をひねる体格をしている。
けれど、その専門家が首をひねる体格をしているが、パワーはある。それにしても限度がある。
ガンブレードを実践で通用する太刀筋で、にやにや笑って、片手でぶんぶん振り回しているのだ。ガンブレードを調べれば、調べるだけ思う。
ガンブレードは一時的に片手で振るう事はあるだろう。けれど、片手特化の扱い方をするような代物では断じてない。振動剣にする都合上、衝撃の強い弾倉発射で基本的に肩がイかれる。
つまりサイファーは、色んな意味でおかしい身体と戦闘センスの塊だ。びっくり箱だ。
俺は詳しいんだぞ。
サイファーが映画好きだと知って、「構えから入った片手使い」だと誤解され、突き抜けたコアファンだと思われることもある。
それは事実だ。
けれど、その認識で挑むと地獄が待っている。
ガンブレードを片手で振るったのは、バラムガーデン史上、サイファー・アルマシーが最初であり、ほぼ独学で彼は鬼神の如く強さを手に入れた、天性のセンスと努力の男だ。
……その方向性が、キチガイだとしても。
映画に憧れた事実はあれど、〝両手で振るうより、手数の増える片手でガンブレードを振るう事で、戦略性の幅が広がる〟実例を見せつけたのは、彼一人だけだ。
そんな男が、ただでさえ、勢いが止まらない実戦の鬼が。
身体作りをもっと発展させるなんて、すごく嫌だ。

――――追いていかれる。

このままだと、俺は置いていかれる。
ガンブレード使いとしては、それを抜きにしても、実戦成績はいい。けれど、サイファーにまだまだ叶わない。
サイファーは、15歳でSeeD実地試験を受けれたのに。その結果が不合格だとしても、試験を受ける事が出来たという事実が、俺の心を焦らせる。
15歳を過ぎた俺は、まだ受けられないのに。
わかっている。これが嫉妬だって。
一歳しか違わない、年上のライバルに向けた、嫉妬だって。

……気が付いたら、サイファーの部屋に突貫していた。

鍵はかかっていなかった。そもそもバラムガーデンの学生寮は、基本的に鍵がかからない。
機密任務を扱う、SeeDがいる寮部屋なら違うだろうけれど。
一般学生の同室前提の玄関に、鍵はない。鍵があったら締め出されたり、喧嘩の時に扉が吹っ飛んだり、鍵破壊が相次ぐと思う。もちろん個室は鍵はかかるが。
ということで、普通にサイファーの部屋に突貫できた。
扉を開け放ち、ずかずかと部屋に入る。

――――目の前に飛び込んできた、理想的な背中。

小さく息を飲んだ事が、気づかれないといい。
鍛えすぎというわけでも、肉が大きく盛り上がっているわけでもない。程よくバランスが美しく、野生美に満ちた、しなやかな筋肉。綺麗に鍛えたと分かる、程よい逆三角形を模る肩幅と括れ。
鏡の前で立っていた、サイファーが振り返る。
訝し気に、こちらを見ている視線が分かっているのに、逸らせない。頭の上から、足の先まで、ざっと見つめてしまう。全体的なバランスもいいし、腕の筋肉も凄い。
俺とは違って、ぜんぜん侮られる身体の作りじゃない。ちゃんと見た目で筋肉が分かる。いつもの白コートの上からだって、最近なんか変わったなって分かるぐらい。

俺の頭に毒過ぎる、鍛え直された、理想的な生体武器。

全然、俺は肉体的に恵まれていない。
G.F.のジャンクションで、身体がぶつかった時の当たり負けを阻止するぐらいなのに。こいつは素の身体能力でそれを熟すんだ。
俺がジャンクション頼りなのに、こいつはそれさえしないんだ。
教師が言ってくるG.F.との相性の良さだって、何の慰めにもならない。
俺だって欲しかった。
ジャンクションせずとも、ジャンクションした相手を打ち直す、理想的な身体が。
……羨ましい。
なんで、こいつだけ。
こいつと同じように鍛えているはずなのに。なんでサイファーだけ、いつもいつも綺麗な身体になるんだ。腹が立つ。ものすごく。
頭の中がぐるぐるする。言いたいことが言えなくて、黙り込むしかない。
そんな俺に、サイファーが夕飯を誘ってきた。
切欠は、それだけだ。
それだけだけど、俺は確かに救われた気がした。

 

「不味そうに食うなよ」

 

いつも通りにしたつもりだった。
遠い昔に、誰かに言われたとおりに、きちんとした作法で、丁寧なやり方で。
サイファーが用意してくれた、予想より美味しい夕飯を食べていたのに。
メニューは、ハンバーグだった。
でも食べた事がない触感だ。ごろごろと肉の小さな塊が入っていて、挽肉のハンバーグなのに噛み応えが凄い。予想以上に美味しい。俺は自分で料理をしないから、手際が良かったことしか分からないけれど。
それを味わっているのに、美味しいのに、その発言は腹が立つ。
口の中に物が入っているから、何も言えない。
ぎろりと睨みつけると、こちらを見ていたサイファーが、溜息をついてナイフを置いた。
「誰も見てねぇよ、俺以外」
お行儀よく食いやがって、と苦笑してこちらに手を伸ばしてきた。
机越しに、ぐいっと指で頬を拭われる。何かついていたらしい。
その行動を、何も言えずに見てしまう。
ぺろり、と俺から拭ったものを、舌で取っていきながら、

「お前の好きに食えばいいだろうが」

――――揶揄うように言うものだから。

 

責任を取ってくれ。
あんたのせいで、俺はもう、戻れなくなったんだぞ。
全部が終わった時に、あんたのいない部屋で、思い知らされたんだぞ。
だから、責任を取れ。
責任取って、俺の傍にいてくれよ。

 

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!