燦燦と降り注ぐ太陽の光が、眩しくて暑い。
しかしそれ以上に、水の冷たさと、濡れた肌が渇いていく感覚が心地いい。
サイファーは全身を脱力させて、つるりとしたビニール製の乗り物に全身を預けている。どこにも繋がれておらず、ぷかぷか水面に浮かぶだけの浮島と化したそれは、独特の形をして嫌に目立つ。
それだけではなく、そもそも188㎝の鍛え上げられた肉体を持つ男が乗っていて、微動だにしないその素材が素晴らしい。いったい何処から持ってきたのか、サイファー自身も知らない。
ただ、このイベントをセッティングした女が、「ばーん!面白そうでしょ?」と引っ張り出してた夏アイテムだ。元凶の一人である女は、黒い髪を靡かせて、楽しそうに奥で作業をしている。目を閉じたサイファーには見えていないが、遠くから鼻歌が聞こえるのできっとそうだ。
「おい」
ざぶざぶとした水を掻き分ける音と共に聞こえた声に、サイファーは目を開けた。
眩しい光に目を細めつつ、声のした方へ首を巡らせる。かちゃりと、首のネックレスに引っ掛けたサングラスが音を立てた。
「……んだよ?」
「もうバテたのか?……書類仕事で、体力落ちたか?あんた」
「ぬかせ」
鼻で笑って、身体を軽く起き上がらせるサイファーの姿に、スコールは何とも複雑そうな顔をした。本人に自覚があるのか分からないし、もし自覚していても、話題性を掻っ攫っている事を気にしていないだろう。
――――サイファーはプールの水面で、チョコボ型の浮き具に陣取っている。
正確に商品名を言うならば、ウォーターソファーの一種と言えるだろう。
ただし、全体的に普通の代物ではない。
何が異様かと言えば、そのサイズ。188㎝の戦士体系の男が乗っても、ビクともしない頑丈さと浮力。そしてそのチョコボ型の首に飾られた、花飾り。陣取る男のお供として、防水加工が地味に施されたコモーグリのぬいぐるみ。隣に転がるボトルは置いておくとして、視界の端にちらつく、セット商品のドリンクホルダーとなっている子チョコボ型の浮き輪も可愛い。
そう、全体的に可愛い。
よく言えばファンシー。
乗っている男に向けて悪く言えば女性的。
そんなアイテムに囲まれているのに、嫌に似合う。体格は男らしいし、別に女性的な要素は皆無なのに。
……すごく似合います。
色かもしれない。同じイエロー系で纏まっている事と、彼の海パンが白色だからこそ、反発しないで調和したのかもしれない。ただでさえ彼はスコールより肌が白い。夜のそういう時に、痕をつけると目立つぐらいには。
そんな立派なデカい男が、大きなチョコボ型に乗ってぷか~っと浮かんでいるのだ。近づく者はいないが、あちこちからすごい見られている。
ちょっとだけ遠い目をしながら、スコールはこっそり溜息をつく。
そんなスコールと楽しそうに、もしくはプールの冷たさの心地よさに、彼が守る魔女が「ねぇ、この子可愛い!ど~したのかな!?」と元気いっぱいに数日前に拾ったらしい暫定モーグリが、サングラスの奥からこちらをにやりと笑ってみている。
お前、絶対にモーグリじゃないだろって言いたくなるのを堪えて、スコールは見なかった振りをする。
本当にモーグリだったとしたら、なぜピンポイントで彼女に拾われたのか、尋問する気満々だ。
だって怪しい。
それはともかく横に置いておく。いつだってできることだし、即座の危険性もない。様子見がいいだろう。
何より野生の勘を持つサイファーが無視してるので、何とかなるだろう。
「……おい、スコール?」
頭の中を目まぐるしく、いつものように十倍ぐらいぐちぐち独り言を回しながら、スコールは思考を一度切る。
呼びかけられた声を、スコールは綺麗に無視して、下ろしていた腕を持ち上げた。ザバッと水に半分浸かっていた物が、太陽の光の下に露になる。
スコールの持っている一品を見て、サイファーは盛大に顔を顰めた。
それは本体は真っ赤で目立ち、弾倉となるボトルは黄色に塗られた、ウォーターガンだ。100%が遊びに満ち溢れた、プール遊びの代表格の一つである。
胡乱な顔でサイファーは、スコールを見た。
スコールは、何も言わずにウォーターガンを手に持って、じっとサイファーを見た。
――――数秒の沈黙。
溜息を吐き出して、サイファーはプールの水に片手を突っ込み、水の中で指を鳴らした。
それを起点とし、G.F.ジャンクションを利用したストック魔法ではなく、一から使用理論を元に演算された疑似魔法が水を微かに動かした。サイファーの陣取るチョコボ型の近くに、水に漂うだけだった子チョコボ型ドリンクホルダーを引き寄せる。
そして、呼び寄せた子チョコボ型のドリンクホルダーから、ドリンクカップを引っこ抜き、ストローを咥える。
ずずーっと飲み干す音の後、ゆっくりとストローを口から離したサイファーは言う。
「俺様の勝ちだろ」
「嫌だ」
秒速で飛んできたシンプルかつ彼の恋人の、その性質をまざまざと突き付ける返答に、サイファーは眉間に皺を寄せた。
正直言えば、スコールとウォーターガンで五回戦分も競っている。
最初は大型のプールエリアで遊んでいたが、あまりにも白熱した戦いが展開された。写真撮影する者が出る程度には。
そして、他に行けと何時もの面々に蹴りだされ、辿り着いたのが片隅の二回り小さい個別プールが並ぶエリアの一つだ。
確かに、大型プールエリアは彼らの貸し切りではないので、他の客の迷惑だったかもしれない。しかし、この個別プールを貸し切りにしているとは聞いておらず、スコールと顔を合わせて数秒停止した。
どうするかと顔を突き合わせる事、数秒。
個別プールの柵を開けて、ティンバーの魔女(彼女が主張する暫定異名)こと、黒髪の元気娘が「へいらっしゃい!」と迎えてくれたので、彼女が何をしているのか丸わかりだったが。
要するに、この激務極まり混迷を極めたバラムガーデン指揮官室面々に対する、慰安イベントを企画した中枢メンバーの一人である彼女は、ちょっとした出店をやりたい気分らしい。
飲み物に食べ物に、プールで遊べる玩具にと、貸し切りブースとなったここには、彼女の〝面白そう〟という一直線の好奇心が盛大に詰まっていた。
そこで彼女の許可を取って始まった五戦目で、見事に勝利したのがサイファーだ。
2対2のイーブンからの接戦を満喫したので、サイファーは休憩するためにチョコボ型に陣取って、今までぷかぷか優雅に浮かんでいたわけだ。
ドリンクカップを荷物として戻して、再び水面を放流させた子チョコボ型を見送りつつ、サイファーはどうしたものかと考える。
その顔にべったりと、面倒くさいと書かれている事に、スコールは不満を隠さず睨みつける。
戦え、と書かれているスコールの無表情顔に、
嫌です、という返答を込めてサイファーは睨む。
お互いに、一般的な国軍兵士が対応できない程の、突出した戦闘技量持ちだ。
もちろん本気ではない、軽いじゃれあいだ。それでも、負けず嫌いと乗り気ではない男同士の、尋常ならざる戦力持ちが睨み合うだけで、ピリリとした緊張感が場の空気を少しだけ刺激する。
「も~!喧嘩しな~~~~い!」
それを、吹き飛ばす事など、彼女にかかれば造作もない。
元彼同士(片方は疑惑)の争いをあっさり終結させたリノアは、自分を見る二人の状況をざっと確認する。
だるっとした姿で休憩しているサイファーと、ウォーターガンを構えて準備万端なスコール。
チキチキと彼女の中の、賢いとは言い難い思考の歯車が回る。
例え賢さとは無縁でも、人と人を繋ぐコミュニケーションパワーにおいては、欠陥や齟齬はあれど目の前の二人よりも余程優秀である。
二人が性格に難があり過ぎて論外とも言う。
「…………そうだ!!」
花開くように満面の笑みを浮かべた彼女が、設置されていた屋根付きの拠点の中に小走りで入っていくのを見て、二人ともが顔を突き合わせる。
お前が聞け、というサイファーの視線に、
あんたが聞けよ、とスコールの視線が返答する。
この間、彼ら二人は全てが無言である。
こんなことをしているから、バラムガーデンにおいて〝脳味噌直結型ツインズ〟と影で言われることになるのだという事を、彼らは知りもしない。
実際、沈黙したまま視線交わした後に、まったく同じ作業を二人で始めるのは怖いと評判である。
シンクロすると言われている双子でもないのに。
血が一滴も繋がっていないのに。
実は数年前からバラムガーデン七不思議の一つに数えられているという、地味な偉業を持っている二人の特性である。
余談だが、前世が同一人物説とかいう与太話を、ガーデン内オカルト研究会がぶち上げているが、彼らは知らない。
閑話休題。
さてどうしたものかと二人が考える前に、リノアは戻ってきた。
「えへへ、お待たせ~!」
じゃーん!と見せびらかす様に二人の前に提示されたのは、美しいグラスに盛り付けられたドリンクだ。
カットされたフルーツと花々で飾られたそれは、どこかの喫茶店で出されても疑問を感じない出来だ。
彼女の遊びと、努力とセンスが光る逸品である。
「ジュース持ってきたよ~!」
見れば分かる、と顔に書いてある二人に向けて、リノアは舌を出して悪戯っ子の顔で笑う。
「勝った方だけだよ!」
ニコニコと笑顔のリノアの言葉に、サイファーは目を閉じた。そして、深々と溜息をつく。
スコールは何度か瞬きを繰り返した後に、リノアと似た悪戯っ子の微笑みを浮かべて、彼女に返答した。
つまり、リノアが言いたいことは簡単だ。
――――私も、二人の戦いを見たいから見せて。
思えば、二人の五戦目。
リノアは色々と準備をしていて、こちらの勝負を見れていなかった。
場の主から許可を得て、スコールは無表情だか内心喜々として、弾倉であるボトルに水をパンパンに満たしていく。
弾切れという失態は、二度と起こさないようにしっかりと残量を確認して、きっちりウォーターガンに嵌め込む。
「あ~~~~、ったく」
〝三人集まれば派閥ができる〟とは、よく言ったものだ。
リノアが見たいと思った時点で、サイファーの負けは目に見えていた。そして、断られると微塵も信じていないリノアのキラキラとした目が、嫌にサイファーの背中を押してくる。
仕方がないので、サイファーは諦めた。
「ん」
サイファーが無造作に差し出した手に、丁度良くウォーターガンが投げ付けられてきた。
吸い寄せられるように手にジャストシュートを決めてきて、それに疑問を感じる事もなく、サイファーはウォーターガン本体とボトルを分離する。
そして、器用にチョコボ型のウォーターソファーから降りた。ざぶんっとプールが大きく波打ち、余剰分の水が排水装置に流れていく。
外した弾倉ボトルに水を満たしている中で、視界の先でもう一つのウォーターガンを投げつけてきたスコールが、ドリンクホルダーの子チョコボ型をそっと避難させているのが見えた。
サイファーは後ろを見る。
自分を乗せていた立派なチョコボ型を退避しようか考えたが、そのまま置いておくことにした。場合によって障害物として、活躍してくれるかもしれない。
たっぷりと水に満たした弾倉ボトルを、ウォーターガンにセットする。ガチャリとロックがかかる音が聞こえて、サイファーは片手でそれを構える。
視線の先。
十分な距離を取った所で、スコールもこちらにウォーターガンを向けていた。
「……ルールはさっきと同様。三回被弾で終了。どうだ?」
「了解した」
ルールの擦り合わせを済ませて、二人の男は同時に、勝負の発端に視線を向ける。
〝勝利のジュースグラス〟を用意した女は、二人から視線を向けられてきょとんと不思議そうな顔をしていたが、彼ら二人が待っているモノを見て思い立ち、笑顔を浮かべて片手をあげた。
「それではっ!」
サイファーは、スコールを見た。
スコールは、サイファーを見た。
お互いに耳を澄ませて、このくだらなくも穏やかな日常の一戦を、現世に生きる魔女に捧げるために。
「Ready Go!」
振り下ろされた手と共に、魔女の掛け声を合図に、二人は同時に引き金を引く。
二人の戦士が水を掻き分け動く様に、プールの水が盛大に水飛沫で悲鳴を上げた。
「うっわ……。えっぐぅ」
「あ?何見てんだお前?」
「見て見ろよ。あの貸し切りプール。すっげぇわ」
「……え?なにあれ?プロ?プロの軍人でも来てんの?」
「応戦がえっぐい。サバイバルゲーなんて目じゃねぇわ。こっわ」
「…………ああいうの見てると、本職ちげぇなって思うわ」
「それな。……それとして友よ」
「なんだ友よ」
「あの二人をどっちも応援している、かわい子ちゃんどう思う?」
「可愛いと思うが、どうしたよ?」
「あの三人、どういう関係だ?」
「……彼氏と彼女と、その友達?」
「普通、そんな三人で来るか?」
「え、じゃぁどっちか兄弟……に、みえ……ねぇな?」
「ちょっと気になる」
「俺も気になる」
「でも本職の人を見ると気付かれると思うのでここらへんで止めます」
「賢明な判断だと思います」
「「流水プール戻るか!」」

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