❖ アザレアを掲げて殴れ【下】 - 4/7

 

ティンバーという地は、古くから政治的思想が熟成され、住民によってこねくり回してきた文化を持つ。
多くのマスメディア関係の会社があるのも、多様な思想と意見を反映し、それを元に人々が自らの意思を固めて、国を見つめる下地があるからだろう。
だからこそ、武力制圧と思想の制限を行う軍事国家ガルバディアは、侵略国家と言う一面だけではなく、その行動結果にもティンバー国民の反感を今なお煽っている。
魔女大戦後。
国民感情と国際世論、そして独裁政治を行っていた指導者の欠如。
あらゆる要因により、穏健派へ舵取りを余儀なくされ、混迷を極めるガルバディア国内は、今まさにこれまでの侵略行為の結果に晒されている。
即ち、活発化した各地の独立運動という名の騒動に。
その煽りを受けて、地下では情報のやり取りが活発化していた。
国際情勢だけではなく、地下組織やレジスタンスにテロリスト、犯行予告を考える愉快犯まで、多種多様な者たちが蠢く、策略と混迷の情報社会に至っている。
世はまさに、電波障害から解き放たれた、技術発展と普及の真っただ中だ。
そしてその技術の最先端を、仮想敵国エスタが担っている事が、ガルバディア国内の強硬派の意欲を呷っている。

 

「おっや~?こんなところで発見」
「あ゛?」
予想外の場所で声を掛けられ、なおかつ見知った声である事を確認してから、サイファーは振り返った。
「おっハロ~!珍しいじゃん」
「……お前か」
フード付きの黒いコート。その下に隠された、軽量アーマーが付いた漆黒の防弾服。隠し収納袋が付いている漆黒のカーゴパンツと、全身が黒尽くめの出で立ち。
闇夜に紛れると言えば機能性抜群だが、真昼間に闊歩するには向いていない。
サイファーはそんな、真昼間に出歩けば、一歩間違うと不審者とも言える姿で、店内に座っていた。
普段はヘアワックスで固める金髪も、自然そのままに下ろし、漆黒のフードを被って見えずらい。フートの影になった顔の上半分から、室内の明かりを反射した碧眼だけが鋭く光る。
「よくわかったな?」
「それはもう私だからね!……って言いたいけど、ちょっと違うかな。匂い?って感じ」
「……匂い?」
「うん。――――〝魔女の匂い〟がする」
リノアはこっそり近寄って、サイファーの耳元で囁いた。
その言葉を聞いて、サイファーは一瞬だけ顔を顰め、次の瞬間には笑ってその顔を消す。
「てめぇは犬かよ」
「ひっどい!!特徴的な香水つけてるからでしょ?!」
「つけてねぇよ」
つんっと顔を背けるサイファーに、リノアは不満そうに顔を歪める。頬を膨らませて、ぐるぐる指を回しながらサイファーを見下ろし、お互いにじゃれ合った。
気になることは多々あれど、二人ともが〝その話題〟を終える。
その話題を、こんな所で深堀するわけにはいかないからだ。
誰の耳に届くか、予想できないが故に。
「なんだい?リノアちゃんと知り合いかい?」
「おっ、マスター!待ってたよ~!そうそう知り合い!」
「元依頼主と雇われ者だよ」
「はは~。優秀だねぇ」
少しの嘘と真実を練り混ぜた返答は、彼のお気に召したらしい。
けらけら笑いながら、はいよ、と老人はサイファーに封筒を差し出してきた。その封筒をサイファーは受け取り、懐から漆黒の封筒を取り出して老人に渡す。
老人は、ぴりぴりと慣れた手つきで黒い封筒の一辺を破り、中を確認して頷いた。
「確かに。毎回、律儀に丁度で嬉しいよ」
「そりゃよかった」
「マスター!私のは~?!」
「はいはい」
どっこいしょ、と立ち上がったマスターと呼ばれた老人が奥に姿を消す。
ここは、ティンバーの中でも地元民でも知らないと迷う、入り組んだ道の先にある小さなバーだ。
寂れた空気に満ちた場所だが、金儲けを重視していない空気に満ちている。
そんないつ潰れても不思議ではない空気を醸し出す、小さなバーが取り扱っているのは、酒と〝情報〟だ。
ティンバーだけではなく、バーの主である老人曰く〝世界中の暇つぶし仲間〟と集めている多種多様な情報を、金銭や物品と取引できる場所だ。
元々は凄腕の傭兵として名を馳せていたらしい男が、重度の怪我を負って40年前に開業したというのだから、人生何が起こるか分からないとよく本人が口に出している。
そう、つまりそんな老人が営むバーがここだ。
ちなみにサイファーは、この店の常連になって久しい。
始まりはバラムガーデンの風紀委員長を継いだ時に、前任の紹介で訪れたのが最初だ。数年前に、ティンバーで闇業者に引っかかって、危うくガーデンの防衛情報をすっぱ抜かれる寸前になった不良学生がいた。
頭を抱えていた当時の風紀委員に、それを阻止するきっかけとして情報を与えてくれたのが、気まぐれを起こしたバーのマスターだったという。以来、ひっそりとバラムガーデンの風紀委員長とバーの店主は、交流を続けている。
サイファーも、風紀委員長を後任に引き継ぐ際に、きちんと紹介し引き継いだ。
ここを使用するもしないも、後は当代次第だ。最も、ここを利用するという事は、ガーデンの風紀委員として対応しきれない事態に陥った時のため、利用率ゼロが一番いい。
ちなみに当時のサイファーは、ガーデン学生が勢いに任せてヤバい所に突っ込んだ時に、利用した。残念ながら利用率はゼロにできなかったのは、ちょっとした不満である。
そんな背景もあり、バーの店主こと老人は、漆黒に身を包んだサイファーの正体を知っている。
悪い意味で名を売った自覚もある。それはサイファー自身も承知の上だし、彼が承知の上で来ている事を、老人も把握している。
それでも、お互いの間に横たわるのは沈黙だ。
老人は、サイファーの情報を売らないだろう。売ったとしたら、老人はその〝誰かに情報を売った〟事を、サイファーに売り込みに来る。
なぜならば、そういう事態に陥った人々を見た事があるからだ。
このバーの中で、実際に。
だからこそ、老人から客の情報を買おうとする者など、基本的にいない。いるとしたらそれは潜りか新参だ。そして痛い目を見て帰る。
「ほい、リノアちゃん」
「ありがとう!」
封筒の中に入っていた情報を、ざっと確認する。バラムガーデンのSeeDを標的にした愉快犯の情報が、ずらりと並んでいる。実行されるか否かは、五分と五分。様子見をするしかない事を確認して、封筒の中に紙を仕舞った。
情報デバイスが普及しているとしても、ハッキングを懸念し、このバーはあくまでマニュアルでやり取りをする。
その懐から物理的に盗まれたら、受け取ったお前の落ち度だという態度は、サイファーから見てもいっそ清々しい。
懐に封筒を仕舞ったサイファーの視線の先。
老人からリノアもまた封筒を受け取った。彼女はそれを確認することもなく、いそいそと鞄にしまい込む。レジスタンスの本部で、仲間と一緒に情報を確認するのだろう。
用は済んだと、椅子から立ち上がったサイファーだったが、むんずと腕を掴まれて動きを止める。
視線を向けた先で、腕を掴んだリノアが微笑んでいた。
「ダンスの彼は元気?」
名前はない。ただ、誰かはすぐわかった。
「……今は少し、ストレス過多だな」
「そっかぁ。ねぇ、告白された?」
「…………誰に?」
明言を避けたサイファーに、彼女は小悪魔の様に微笑んだ。
指をサイファーに向けて、楽しくて仕方がないとワクワクを隠さない悪ガキの顔にも見える。
「わかってるくせに」
全てを見透かしているようなリノアの言葉に、サイファーはフードの陰で、顔を歪めるしかなかった。
沈黙したサイファーに、リノアはふと店内を見渡して、思いついたような顔でサイファーの目を見つめる。
「そうだ!ねぇねぇ」
「あぁ?」
「ちょっと、私と〝彼で〟遊んでみない?」
くすくすと笑っている彼女の顔は、どこまでも楽しそうだ。
その笑顔に嫌な予感がしないと言えば、嘘になる。しかし、拒否したところで、止まるような女でもないことをわかっていて、サイファーは溜息をついた。
情報を求めて来店したが、どうにも面倒な女に捕まったなと思いながら。
そんな二人の男女のやり取りを、老人はにこにこと楽しそうに見つめていた。

 

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