❖ アザレアを掲げて殴れ【下】 - 3/7

 

カーテンから差し込む朝日に、朝が来たことを実感する。
昨晩の記憶がまた無くなっている現実に、顔面を両手で覆う。
頭ががんがんと痛む。
そして何よりも、自分の現状に頭が痛い。
どうしてだ。
どうして、サイファーと飲むときだけ、記憶が飛ぶんだ。
……何かが、おかしくないか?
サイファーが、酒に何か盛っているという予想はゴミ箱に捨てている。
そもそも、そんなことするなら、サイファーはたぶん首を斬り落としてくる。根本的な事として、そんな七面倒臭い事はやらない。
あと、初めて泥酔した時に、困惑していた事だって、説明がつかない。
だいたい、あの酒はサイファーの酒だ。
俺はそれを厚意……厚意?で一緒に飲ませてもらっているだけだ。というか、待てよ。あいつ、なんであれほどの酒を持っているんだ?買った?サイファーが??
買うより外に飲みに行く方が似合いそうなのに?
……いや違う。考えるのはサイファーの事じゃなくて、俺の事だろうが。
寝台の近く、手の届くサイドテーブルを見れば、普通に鎮座しているペットボトル。
はぁ、とため息をつきながら、有難く手に取ってペットボトルの蓋を開ける。
それと、見慣れてしまった、グレープフルーツ入りのヨーグルト。
サイファーにとっての二日酔い用の、もしくは酒を飲んだ翌朝のルーティーンと化した食べ物なのだろう。ご丁寧に、三叉の先割れスプーンも付いてる。
致せりつくせりで、ちょっと困る。

――――このままだと、堕落するっ!

一家に一人、サイファー・アルマシーが欲しくなってしまう。
いや違うだから考えるのは俺のことなんだって。いやでもダメだ。もうサイファー無くして俺の快適生活がないというか、いや駄目だろこれ。堕落してる!俺はとっくに堕落してたんだ!!
寝台の中で頭を抱える。
何があったのか考えても、埒が明かない。
何があったのか、どんなことを自分がサイファーにしてしまっているのか、全貌が何もわからないのだ。今日もサイファーに聞いたが、ぎこちなく視線を逸らされて「何もなかった」と言われてしまった。
……嘘だ!!!
絶対に嘘だ。俺にはわかる。いやもう、俺以外にも分かるぞ嘘だと!!
それほどにサイファーは動揺していた。動揺していたし、なんだか少し違和感があった。いつもの彼らしからぬ、悩んでいるような、少しだけ憂鬱な空気。
……俺のせいだろうな。
自分がやらかしたことのせいで、サイファーが困っている。
それはとても、致命的な程の失態だ。よりにもよって、サイファーに迷惑をかけたという事実自体が、嫌だ。
ライバル意識もあるが、それよりもこれだけ日常的に世話をしてもらって、挙句の果てにこの失態続きは、モンスターの群れに突貫したくなる。
「……はぁ」
手で顔を覆い、深々と溜息をつく。
ぐだぐだ考えても仕方がない。そして、一度冷静にならないと動けない。
「寝よう」
幸いにして、今日は休みだ。一度頭の中をリセットするために、寝てしまおう。
食べ終えた食器を、有難く思いながらシンクに置きに行く。水につけておいて、洗うのは後にする。申し訳ないが、今は眠ってしまいたい。
幸いにも、部屋にサイファーはいないようだった。
気まずい思いをすることなく、寝台にダイブする。そのまま、重たい頭を抱えて眠りについた。
精神的な疲労が強いせいなのか、あっけなく意識が眠りに落ちていく。

 

――――これは夢だ。

 

血飛沫が、黒い刃に沿うように、共に彼を彩る様に舞っている。
翻る白いコートが、彼の動きに合わせて裾を広げて、美しい軌跡を描いていく。
モンスターの咆哮が、火薬の匂いが、G.F.に頼らない疑似魔法を演算する揺らぎが、その男が纏う全てが美しい。
野生の中で生きる凶悪な獣の、生死の狭間で見つめる、圧倒的な野生美がそこにある。
それを見つめる自分は、地面に無様に倒れている。
脇腹からどくどくと脈打ち流れる血潮を感じながら、それでも目の前の光景から、目を逸らす事は出来なかった。
ガーデンの武闘派教師の半数以上が、「奴は正気ではない」と言い張る、振動剣の本質から両手使いが推奨されているはずの、ガンブレードを片手で使う圧倒的な技量。
天賦の才に満ちた中で、それでも弛まぬ努力と鍛錬の軌跡が描く、圧倒的な一撃。
それをジャンクションすることなく、軽々と扱える肉体。
何もかもが、自分の嫉妬を呷ってやまない、気にくわない年上の昔馴染。
いつからいたのかも、もう覚えていない。
……気が付いたら、その場所に、彼は隣にいた。
自分の選んだ武器のせいもあるだろう。自分の反面教師役として、実戦授業の教員は、サイファーと自分を対戦カードによく引き出した。
奇天烈な片手使いと、スタンダードな両手使い。
対戦カードの中で、最初は負けてばかりだった。相手の方が、早くに鍛錬を積んだという事もある。けれどそれよりも何よりも、圧倒的に肉体性能が違い過ぎた。
成長期の1歳差は、すぐに体格差に表れる。
それが、悔しくて、腹立たしくて。
地に伏して、睨みつけた数は数えきれない。その睨む視線の先で、不敵に笑う相手の顔も、幾度見ただろう。
それが互角になってくると、徐々に相手の戦法も変わってきた。
あれが本気ではなかったという程の、王道から逸れた数々の技。卑怯だけれど、戦場ならありえないわけではない攻撃の数々も、対処できるようになってきた頃。
モンスター討伐に、実戦授業の一環で放り込まれて、無様に自分は転がっている。
……思い出してきた。
そうだ。
班員がミスをして、群れに喧嘩を売る形になってしまって、団体戦になった。班員はどこに行ったか分からない中で、多数対一で戦う羽目になり、疲労して油断した時。
……無様にも、脇腹に一撃を貰ってしまったんだ。
正直に言えば、ここで死ぬかもしれないと思った。ケアル系のストックもなく、こんな集中できない中で、疑似魔法を一から使用理論の演算で編む事なんて、俺にはできない。
だから、ここで死ぬのかと思った。
けれどその予想を打ち砕くように、彼が歩いてきたから。
俺とモンスターの間に、美しい黒い刃を差し込んで、斬りこんできたから。
何かを言われると思ったのに、言われなかった。ただ、ちらりとこちらを見てから、白いコートを翻して群れの中に飛び込んでいった。
――――そこから、殺戮の祭りだ。
今まで届くと思っていたからこそ、今一分からなかった事。〝力量の差を思い知る〟という事を、あの時に俺は学んだと思う。
当時の俺は、多数を相手取る戦いを苦手としていた事を、この時に実感した。一方でサイファーは、多数を相手取る戦いを得意としていた。
あの技量に物を言わせた奇抜な回転技も、多数を吹き飛ばし、切り刻むという一点において有用すぎるカードだった。
「よぉ、スコール」
やがて、全てが沈黙した。
サイファーと自分だけが残る世界の中で。
血飛沫と血肉が舞い散らばる惨劇の地で。
彼は、うっとりと血に酔うように、碧色の瞳をべったりと殺意に満たして、舐めまわすような視線で俺を見下ろしていた。手足を、胴体を、首を、じっくりと見つめて、首を傾けていた。
そしてそのまま、ずっと見つめてきていた。
俺の傷を癒すでもなく、誰かを呼びに行くこともなく。
ただ立ち尽くして、俺をぼうっと見下ろしていた。夢見るような視線でうっとりと。
ガーデンの引率教師が、俺達を探しに来るまで。

 

――――思い出した。

 

そうだ。
俺は、あの視線を知っている。見た事がある。
あの視線の先に自分がいたのは、これが最初じゃない。
この時よりずっと前。
訓練施設で初めてアルケオダイノスを戦って、その血肉を斬り飛ばして、血潮を浴びていた時に。
振り返った先で、サイファーが立って俺を、――――〝あの目〟でずっと、見ていたんだ。
俺は、それがとても嬉しかったんだ。
嬉しかったんだよ、サイファー。
あんたが俺を〝獲物〟として選んでくれた証だから。知っていたよ、ちゃんと。
俺に対して、あんたが何を考えていたのか、わかっていたよ。
――――だって俺も〝同じ〟だから。
きっと根本的に一緒ではないと思う。それはきっと違うはずだ。
でも、出発点が違っても、過程が違っても、結末が一緒なら同じでいいだろう?
だからいつしか〝あの目〟で、あんたが俺を見なくなった事が悔しくて。
もう一度、〝あの目〟で俺を見て欲しい。
殺したい程に好きだから。
その首を斬り落として天に掲げてしまいたい程に、誰かに殺されるなら、俺が殺してしまいたい程に。
〝あの目〟を俺に向けるあんたに、

―――――俺は、一目惚れしたんだ。

 

―――――――― ▼ ――――――――

『ばいばい、スコール』
黒い髪の彼女が、俺に手を振っている。
慈愛に満ちた微笑みで、納得した晴れやかな顔で、俺の心臓に指を差した。
『私はですね。スコール君。一番になれないのが嫌なの。嫉妬しちゃう』
ぐるぐると心臓の上で指を回して、呆然と見つめるだけの俺に、彼女は困った顔をした。
『やぁだ。自覚してない!』
『リノア……?』
『あのね、スコール。私はスコールの事が好きよ。スコールも私が好きだとわかってる。でもですね、スコール君』
何もわかっていない生徒に仕方がないなぁと言いながら、教える教師の様に、彼女はスコールに言い聞かせるように言った。

『もう心臓を奪われちゃって、相手がいないと歯車も回せない男は、天下のリノアちゃんでも難しいですぞ』

言い放たれた言葉を、脳が咀嚼するのを拒んでいた。
心臓が馬鹿みたいに鳴り響き、忘れた何かを引きずり出そうとする。耳鳴りが激しくなって、頭痛がしそうな程に。
『……え?』
疑問の言葉が出る前に、
『あいつのこと、よろしくね』
スコール自身よりも、おそらくスコールの心を読み切った彼女は、晴れやかな顔で去っていった。
追いかけられるはずもない。
好きだった。
本当に、好きだったんだ。
ずっと傍にいたいと、本当に思っていた。
ガーデンを離れる事になっても、傍にいたいと思っていたのは本当だ。

その大好きな彼女に、「お前、他の人の事が一番好きなんだぞ?」って言われて、追いかけられる奴がいたら見てみたい。

そして俺が彼女曰く、彼女よりも好きな奴の事を、彼女の方が把握している現実に。
情けなさ過ぎて涙が出るし、ショックだし。
序でに、その相手が――――。

―――――――― ▼ ――――――――

 

「……さいあくだ」
スコール・レオンハート。バラムガーデン在籍SeeD総指揮官。御年17歳。
メンタルに致命傷を負って、現在布団を要塞化して再起不能中。
別名、引き篭もり。

 

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