❖ アザレアを掲げて殴れ【下】 - 2/7

 

こんなはずではなかったと、思う事は多々ある。
例えば、バラムガーデンに帰還する予定がなかったのに、引き摺られるように帰還させられたことや。
スコールの直属配下として、補佐官をさせられている事とか。
SeeDでもないのに、SeeD同等の扱いをされている現状とか。
指揮官室とかいう、わけわかんねぇSeeD運営陣営に、雷神・風神共々に入れられている状況とか。
なんで俺が厄介な客に対する交渉担当にされてんだよ。ふざけるな。てめぇで出ろや。
あとは、書類捌きが速くなっていく状況とか。

「んふふ、ふふふふ」

泥酔しているスコールを、膝の上に乗せてセカンドステージに突入している事とか。
おかしい。
明日は休日だから、酒飲むかと思って、飲んでただけだ。
スコールも飲むというから、一緒に飲み始めただけだったはずだ。
今日は、こいつもそこまで疲労してなかったし、さっきまで普通だったのに。
……なんでこうなった?
「さいふぁぁ」
「ん」
考えようとした頭を、邪魔するようにスコールに口づけられる。
……もう、一回目を経験しているんだ。
何があっても驚かねぇぞ俺は。
首に腕を絡めて、舌で唇の隙間を幾度も舐め上げられる。観念して口を開けてやれば、熱い舌がずるりと入ってくる。
「んぅ、んんー」
「……っ」
アルコールの染み付いた舌同士を絡めて、咥内をたっぷりと舐めまわして、吸われていく。
恋人同士さながらの、深い口づけに戸惑う。
俺たちは別に恋人同士でも何でもないのに、何してるんだコイツは。
「好き」
ぷはぁ、と呼吸の為に口を放される。
ぜぇぜぇと二人で荒い呼吸をしていれば、そっと耳に囁かれる言葉に、変な気分になってくる。
「好き、さいふぁぁ。好きぃ」
ふふ、ふふふふ……と笑いながら、何度も告げられる言葉。
たっぷりと唾液を滴らせた舌で、ぞろり、ぞろり、と首を舐められる感触。
「っ、おい」
「一緒。一緒に、ふふふ」
腕を絡めて、身体をがっちりと固定される。抵抗しようとすれば、ずるずると縋る様に、あの手この手で身体を抱きしめられる。
零れそうだったグラスに入った酒は、とうにテーブルの上に避難させていたが、このまま暴れられたらテーブルを蹴り倒しそうだ。
仕方なく、素直に拘束された。
勢いがつきすぎて、ソファーに横に押し倒される。
「ふ、はぁぁ~」
全身をぴったりと張り合わせ、どこもかしこも触れあうような体勢。ソファーの上に横になって、足まで絡められて、抱きしめられたまま。
熱い吐息と、満足そうな充実に満ちた、しみじみとした声。
俺はぬいぐるみでも、癒し効果があるグッズでも、温泉でもなんでもねぇんだが。風呂に浸かったようなジジくせぇ声を出すな。
……なんか、あらぬ所をぐいぐいと押し付けられているが、きっと気のせいだろう。
気のせいに決まっている。
そうだよな。腰をもぞもぞさせているのは、きっと幻覚か幻視。

――――というには無理があると、もうわかっている。

「……お前なぁ」
「さいふぁぁ?」
「なんで、俺と飲むと、こうなっちまうんだよ?」
「んんんー?」
腹いせに、顔を両手で掴む。
無駄に美しい美貌の頬を、両手でそっと触れて、ぐにぐにと揉みこむ。男の頬なので、そんなに弾力もよくない。それでも、ぐにぐにと動く様は少し面白い。
何をされているのか、わかっていないスコールの有様も面白い。
……現実逃避はやめよう。
「はぁ~~~~!」
「ん、ぅ?」
ぽやぽやスコール君を横に置いて、とりあえず考えろ。

一週間前の任務を思い出せ。

パーティー会場の潜入警備では、こいつはしれっとした顔でアルコールを何度も飲んでいた。
がぶ飲みというほどではないが、結構なハイペースで飲んでいた。それなのに、いっそ清々しい程に素面だったのだ。
泥酔なんてほど遠い。しっかりとした口調と足取りで、パーティー参加者を装った会場内警備を全うした。
俺よりも弱いが、別に致命的なまでに酒に弱いわけではないのだ、こいつは。
それなのに、今のこの、状況。
考えろ。
あのパーティー会場と、今と、何が違う?
「……あ」
喉仏の位置を、軽くがぶりと歯を立てて舐められる。ぞくっと背筋に走る何かに耐えて、考えて思いつく。
今と、あのパーティ―会場で、明確に違いがある。
「スコール」
「んー、んんー、ふぅ」
「だめだこれは」
頬を赤らめて、目尻を赤く染めている。発情した女のような顔をして、俺の首に口づけを降らしている。
なんだこの襲われているような状況。
いや違う。
……確実に、俺、襲われているな?????
今更に、やっと気づいた。
スコールだからか、酔っ払いだからなのか。
意識していなかったが、これは襲われてる。襲われているじゃねぇか確実に。まさに出るとこ出たら、勝てる程度に襲われている。
……だからなんだという話だが。
相手がコイツだしなぁと諦めつつ、スコールの髪を撫でて、考えを纏める。

えーと、なんだったか。そうだパーティーだ。

確か酒類は四種類の提供で、スコールはずっと一種類を飲んでいた。
一種類をずっと、がぶ飲みしていたわけだ。
対して俺は、色んな酒を適当に飲みあわせているわけで。
俺の気分で、場合によっては複数の、製造方法も異なる酒を飲み合わせながら、酒盛りしてるわけで。
「……ちゃんぽんか。お前、ちゃんぽんに弱ぇ~のかよ?」
きっと、スコールも知らないことだ。
そうではなければ、俺と同じものを、同じように飲んだりしないはず。
……負けず嫌いのせいで、同じことしてなければ。
「おいっ」
「はぁ~」
ずるりと膝で、股間を押さえつけられて、思わず声が出る。
テメェふざけんなボケ。
満足そうな声を出して、スコールは俺の首元をずっと舐めている。何が美味しいんだよそこの。
ぐりぐりと膝で刺激されて、変な気分になってきた。
ヤバい。
「ちょ、まて!」
「んぅ~」
「待て!こら!!」
……こらってなんだ????
今まで競い合ったり敵対したりと、数々の思い出がずらっと連想されていく。同時に、この泥酔状態が新たに追加されて、余計に分からなくなる。
……こらってなんだよ。スコール・レオンハートに言う事かそれは???
自分の脳味噌が、致命的なエラーを吐き出している中で、なんとか身をよじる。
「むぅ」
不満そうにスコールの顔が歪む。
ぐいぐいと腰も身体も何もかも押し付けてきて、ソファーと俺の身体の間に手を捻じりこむ。
「…おい!」
「さいふぁぁ」
はぁはぁと興奮した鳴き声。唾液でべたべたにされた首周りを、口で吸われ続ける。絶対に痕がついている。ふざけるな馬鹿。明日どうするんだよこれ。
序でに、ねじ込まれた両手は、俺の尻を鷲掴み、ぐにぐにと動かし始めた。
……冗談じゃない。
なんだって、テメェに尻を揉まれねぇといけねぇんだ。
せめて、正気に戻ってから出直してこい。
……………………????

 

――――俺は今、何を考えた?

 

「さいふぁぁ、さいふぁぁ」
スコールが鳴き声みたいに、俺の名前を連呼する。
荒々しい呼吸に、尻を揉まれる状況に、もう訳が分からない。
いや、わかってはいるんだ。
見て見ぬふりを、俺がしているだけで。
素面のこいつに、俺が聞くことができないだけで。
認めるには少しだけ、どうしていいか、分からないだけで。
……こいつが何を考えているのか、分からないから。
なにも読めない。
こんなこと、今までなかった気がする。
いつだって、自分の事の様に、わかっていたのに。
あの魔女大戦の後から、周囲に対して昔よりも柔らかく接する様になったとしても。
根本は全然何一つ、昔から変わっていない事を知っている。
「スコール」
「さいふぁぁ?」
頬を染めた、ぼんやり顔のスコールの顔を固定して。
一瞬、何してるんだと自分に自嘲しながら、そっと鳴き声を止めるように口づけた。
口と口を合わせて、舌を誘って絡めていく。ん、ん、と気持ちよさそうな男に、どんどん口づけを深くする。
半分夢見心地の男ができない、口づけだけでイかせてやる勢いで、激しく口の中を動き回ってやる。ぶるぶると震え始めるスコールの身体を、逃がさないようにがっちり捕まえる。この前は手刀で行った事を反省したので、これでなんとかする。
案の定、上手く呼吸ができないらしい。
じたばたと動いていた身体が、ぐったりと力が抜けていく。舌が力を失った辺りで、口を離してやる。
はぁはぁと荒い呼吸をしながらも、意識を失っているスコールを、じっと見る。
「よし」
思うより、上手く意識を刈り取れた。
ぜぇぜぇと荒い呼吸を整えて、唾液でべたついた口元を拭う。
「…………」
こんなキスをできる程度には、俺はコイツを嫌っていないらしい。
……そんなこと、随分前から、もう知っている。
俺が、認めるわけには、いかないだけだ。

数か月前に、コイツがあの女と別れた事は知っている。
何があったのかは知らないが、スコールが意気消沈していたことも知っている。
この前、早期に任務を離脱して帰ってきた過労の原因の一端は、確実にそれだろうから。
「やめろよ、俺は」
でもだからこそ、俺に好きだと告げる、泥酔中のお前が怖い。
そして襲い掛かってくるお前を、嫌えない俺も、ずっと怖い。
頭が痛くなってきた。
……今、考えても仕方がない。
溜息を飲み込んで、いつものようにスコールを抱きかかえて、自室に転がしに行く。

『好き、さいふぁぁ』

頭の中で反芻してしまった言葉に、首を振る。苛立ちを込めて、スコールを寝台に落として、蹴り飛ばした。ごろんごろんと転がって壁に張り付く。……起きない。
はぁ、とため息をついて、部屋を出る。
「本当に、勘弁しろよ」
耳元で何度も囁かれる言葉が、俺を縛っていく。
お前は俺を、どうしたいんだよ。
……だんだん、腹が立ってきたな。おい。
開け放たれた扉の向こう側。視線の先で、ぐーすか眠りこけるアホの背中がある。
じわじわと腹の底から沸き立つものは、とても慣れた感情だった。
……ぶっ殺してぇなぁ。
現役の風紀委員の時に、よく噴火しそうだった感情に、とてもよく似ている。

その首を斬り落とし、
その腕を切り飛ばし、
その足を地面に縫い付け、
その血を頭から浴びてみたいのだ。

――――いつだってそうだった。

スコールが大切なのに、こいつが忘れていく分、俺が覚えていようと思っていたのに。
いつか、こいつが探せなかった、探そうとしたことさえ忘れてしまった、姉に巡り会えたら。
こいつの事を話してやろうと、思っていたのに。
それなのに。
顔面の斬りつけたあの日。
ハイペリオンから滴る、その血を舐めた日。
いやそれよりも、もっと前。
地に伏してなお、獣の瞳で射抜かれたあの瞬間を。
その時の事が、最近ずっと、脳裏の片隅でチラついている。

……駄目だ。

どうして、いつだって俺は。
耐えていたのに。ずっとずっと、耐えていたのに。
モンスターの血肉が舞う中で、火薬の匂いとガンブレードで舞う、お前を――――。
「やめてくれ」
こっちに来るな。
俺は、お前から離れたかった。
逃げたいわけじゃない。
ただただ、離れたかった。
バラムガーデンに戻るつもりはなかった。
お前の近くにいるつもりもなかった。
でも、それが出来なくて。
お前が隣に引き摺りこんだから、どうにもならなくて。
でもお前が、あまりにも馬鹿馬鹿しい理由で倒れるから。
俺はただ、お前の世話ができるだけでいい。
それだけでよかった。
それだけで、もう十分だ。
……十分だと言い聞かせて、3年前に捨てたはずなのに。

 

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