不機嫌で帰ってきたかと思えば、酒を一気飲み。
自室から出てきたら、疲労をべったりと全身に張り付けた男になっている。
どこか虚ろで、空虚に満ちた空気が、スコールの精神疲弊を示している。その有様が、既に異様な空気を纏っていた。
とりあえず、休ませないとまずい。
望みどおりスコールに酒を飲ませ、連絡端末でぽちぽちと明日の指揮官室勤務の奴にメールを送る。確保できるなら、最低でも三日は休ませてやりたい。
もしエスタで診断書が発行されているなら、明日はそれを持って保健室に突っ込みに行く。
それでどうにもならなさそうなら、バラムの病院だ。
最適解はこれだ。
……俺の明日の、休日プラン終わったな。
まぁ大した用事もないし、いいだろうと納得して、五つ目の瓶を開けて酒をグラスに注ぐ。
ぐっと勢いよく、アルコールを流す。これも美味い。聞いたことのない酒だが、どこで購入できるんだ。後で調べよう。
「ふふ、ふへ…ふふ、ふふふふふ」
……ところで、隣にいるヤバい奴はどうしたらいい?
頭の中の雷神と風神に呼びかけるが、お互いが「がんばるもんよ、サイファー!」「気合一発!」と拳を振り上げて応援してくれる。ありがとうよ。でも今、欲しいのはそれじゃねぇんだよ。
ちらりと横目で見れば、酒が半分入っているグラスを両手で持ったまま、普段なら絶対に聞けない声で笑っている。怖い。
顔が下を向いているせいで、表情が全く見えないのも怖い。
流石に、男二人で食べているせいで、つまみも少なくなってきた。まだ未開封を維持している、魚の乾物大袋を開けるか一瞬迷う。隣の男が気に成り過ぎるので、そろそろ切り上げるか。
「んく、んく」
「あー」
手に持っていたグラスの中身を、スコールがいきなり一気に流し込む。勢いがつきすぎて、唇の端から微かに零れた数滴の雫が、つぅーっと喉まで滑り落ちていく。
もはや自暴自棄の酒だ。
よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、それとも何か忘れたいのか。
俺があれやこれやの騒動と一緒にバラムガーデンに回収され、スコールの補佐官なんてモノに縛られて。序でに、ルームシェア要員として同居人にさせられた。
その目的として元々は、スコールは俺の監視員として、俺はスコールのずぼら生活のサポーターとしてだ。後半に比重を置いている事は、明らかだった。
キスティスの頭を抱えた姿。セルフィの困った顔。ゼルの呆れた顔に、アーヴァインの苦笑顔。狸の困ったような顔と、イデアのどうしようもない子供を見守る慈愛の微笑み。カドワキの頭痛そうな顔。
栄養失調一歩前で力尽きて倒れる事、3回。
寝不足で力尽きて倒れる事、4回。
華々しい戦績だ。泣けてくるな。
俺が同居してから、倒れる回数が激減したと感謝されたものだ。それもどうなんだ。
……コイツ、ちゃっかりしてる割に、日常生活へたくそなんだよなぁ。
グラスを飲み干して、テーブルに置く。次をどうするか。
「さいふぁぁ」
「ああ?」
空っぽのグラスが、ソファーの上に落ちている。
危ないので、さっさと拾って、テーブルの上に置いておく。
溜息をつきながら視線を向ければ、アルコールで頬を染めて、灰交じりの青眼がゆるゆると潤んでいる、スコールの顔がある。
いつもは無表情が張り付き、きりりとした眉もへたれて、子供のような顔をしていた。
そして何よりも、目元を赤らめた顔が、どう見ても女にしか見えない。女顔もここまでくると凶器だ。
「んんー」
「おい」
拙い子供が親に両手を伸ばす様に、スコールはサイファーに抱き着いてきた。
両手を広げて、がっちりと腰に腕を回された。
そこそこ大きいソファーで助かった。
抱きしめて、すりすりと頬を胸に擦り付けて、ずるずると上半身が折れていく。だらりと半身を投げ出すように、サイファーの腰に縋るような、ぐったりとした姿に進化した。
……ヤベェなおい。
普段のスコールからは考えられない。泥酔した姿がヤバい。
「ううー!さいふぁぁ」
「……おい、大丈夫か?」
思わず心配になり、声を恐る恐るかけてしまう。
これはヤベェ。
スコールを知っている馴染の仲間にさえ、見せられそうにない。何見ても大丈夫な俺でよかったなお前。
「さいふぁぁ、さいふぁぁ、さいふぁぁあ」
「鳴き声かよ」
動物の鳴き声にしか思えない調子で名前を連呼をされて、サイファーはどうすればいいのか途方に暮れた。そして何よりも、位置がやばい。
「おい、そこはやめろ!頭あげろって」
「や!さいふぁぁぁああ!」
「やべぇって!そこはやめろ!!」
ぐだぐだになったスコールが、ぎゅぅぎゅぅ抱き着いてきた挙句、頭をぐりぐりと押し付けてくる。
――――サイファーの股間に。
意地でも放さない腰に抱き着いている影響からか、頭が重いのか。位置が絶妙にR指定の所である。正気になったらガーデンから飛び降りるスコールの未来しか見えず、何とか頭を引き剥がすべく、がっちりとサイファーはスコールの頭を捕まえる。
……何やってんだよ俺は。
内心で意味不明な状況に頭をひねりつつ、スコールの頭を起こす。ぐきっと首が変な音を立てそうな勢いで動かしたが、なんとかなるだろう。こいつだし。
腰に回っている腕も、なんとか振り払う。
「やぁ!」
「嫌じゃねぇよ」
サイファーから引きはがされて、スコールが潤んだ瞳で睨みつけてくる。とりあえず、サイファーの股間の安寧は守られた。
後はこの、アルコール混入による不良物件スコール君をどうするかだ。
「あー、ったくよぉ。ほら」
引きはがされて、じたばたしているスコールの、ぐったりとした身体を引き上げる。
我ながら面倒見がいいなぁと、自画自賛という名の現実逃避をしながら、スコールを膝の上に乗せる。
アルコールのせいか疲労のせいか、ふにゃふにゃになった身体のまま、スコールは首を傾げた。
よくわかっていないスコールに苦笑する。
……そういえば、俺もお前も、縁がないスタイルだったよな。
誰かの膝の上に乗る、という事になった記憶はほとんどない。あったかもしれないが、記憶に残る程にされた覚えはない。
サイファーにだって、このスタイルの縁はほとんどない。
ただ、遠い記憶の彼方。誰かがされているのを目にしたのを、真似しているだけだ。
「ほら」
両手を広げてやる。
首をかしげていたスコールは、何をしていいのか理解したらしい。
普段からは信じられない程にゆるゆるに緩みきった表情筋。その顔を満面の笑みに彩って、潤んだ目を歓喜に染め上げて。
「さいふぁぁ!」
酔っ払い率100%超えのスコールは、サイファーにしっかりと抱き着いてきた。
ぎゅうぎゅうと苦しい程に、力いっぱいに抱きしめて、頭をサイファーの首元に預けてくる。
そのまま満足するかと思えば、そうでもないらしい。
んぁ、と大きく開いた口で、サイファーの首を飾る、長年の愛用品であるシルバーチョーカーを、がじりがじりと軽く食み始める。
頬を染めて満足そうで、すごく嬉しそうで、幸せそうな顔でチョーカーを食んでる。
そんなスコール・レオンハート17歳。
凄まじい有様が様々な意味で直撃して、サイファーは片手で顔を覆い、天井を仰ぐ。
「…………お前、くっそやべぇぞ」
「さいふぁぁ」
どうするんだこの惨劇を、とため息をついたサイファーは、呼ばれて首を元に戻す。
零れ落ちそうな程に、潤んだ瞳。
とろりと惚けた瞳の奥に、煌めく異様な色。
どうしたんだと首を傾げれば、スコールがぐっと身体を伸ばしてきて。
――――そっと、サイファーの唇に、口づけた。
「好き」
「さいふぁぁ、大好き」
「一緒にいて、ずっとずっと」
「もう二度と」
「追いていかないで」
「一人にしないで」
「連れていって」
「死ぬなら」
「俺があんたを殺すから」
「死んでしまうなら」
「それまで傍にいて」
「誰にも渡さない」
「誰にも、誰が来ても、誰が言っても」
「さいふぁぁの首は」
「――――俺の、なのに」
ちゅぅちゅぅと口づけの音を鳴らし、両手でゆったりと首を撫でて、熱の籠った吐息を吐き出して。
囁かれる言葉に、だんだんと狂気の色まで乗ってきて。
サイファーは何も言えなかった。
「―――――」
サイファー・アルマシーは、あまりの恐ろしさに。
あまりのアルコールの、恐ろしさと威力に。
アルコールに壊れてしまっているスコールの惨劇に。
「う゛!?」
「あ」
反射的に、振りぬいた手刀でスコールに止めをいれてしまった。
思いっきり振りぬかれ、絶妙な角度で吸い込まれるような一撃。ここに風神がいれば、「完璧!」と称賛してくれるであろう。
意識を一気に刈り取られ、スコールが崩れ落ちる。
ぐったりと自分の身体の上から転がり落ちそうなスコールを、そっと支えて抱えなおす。目を閉じてくたっと脱力した身体が重い。
頬を赤らめて意識を失った、その無駄に美しく、実は好みの造形である美貌を眺めながら、サイファーは口元を顔で覆う。
何をリアクションすればいいのか分からず、これ以上に酒を飲む気分にもなれず。
そもそもが。
「どうするんだこれ」
何をどうすればいいのか、サイファーは人生で初めて、途方にくれてしまった。
人はそれを、恋路と呼ぶ。
――――はず。

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