❖ アザレアを掲げて殴れ【上】 - 3/5

 

バラムガーデンと科学超大国エスタは、先の魔女大戦から関係が深い。
それは表向き、〝未来の魔女〟という共通の敵に、表と裏から立ち向かった、知っていて知らない立ち位置があったからこそだ。

――――と、いうのが表向きの話。

実際は違う。
公然の秘密として、石の家の仲間達、もしくはあの時に最前線を走った者達、そして今の指揮官室の面々は知っている。
現エスタ大統領と、バラムガーデンのSeeD総指揮官が、実の血縁関係を持つ親子である事を。
もちろん、公的に認められていない。
公的に表明するには、差し触る案件が山のように積み上がっているので、もしも公表するにしても年単位の調整が必要になる。
それでも運命に立ち向かい、それを乗り越えた実の親子。
面識がなくても、顔を合わせた事がなくても、存在を知らないまま十年以上が経過していても。
少しでも関わりを持って、親密になって欲しいと思う姉枠が一人おり、それに同意した学園長がいるならば話は別だ。
スコールは頻繁とは言えずとも、時折周囲の後押しを受けて、エスタへの任務を受理して向かっていく。
それはモンスター退治であったり、大統領の護衛であったりと、任務内容は多岐に渡るが、エスタに向かう事に変わりはない。
そこに大好きな人達同士を、仲良くさせたい姉心を察知している分、彼らはなんとなく協力してしまう。
血は繋がらなくとも、姉は強い。
石の家の面々が、その遠く古い記憶で知っている事実である。
その気持ちは嫌ではない。
嫌ではないのだが、時折ふと苦しくて怖くて辛い。
そのスコールの不調を見抜いて、任務を早期に切り上げてくれたのがエスタ側であり、スコールは編成チームから早期離脱する形でバラムガーデンに帰還した。チームリーダーはシュウ先輩に引き継いでいるので、任務続投に問題はない。
早期帰還理由は、エスタ側の病院でしっかりと診断書に記載がされている。

 

曰く、――――〝過労〟。

 

「はぁ」
何度見ても変わらない文面を見て、スコールは診断書を寝台に放り投げた。
診断結果も情けないが、こんな理由で早期離脱する羽目になった自分にも腹が立つ。
手っ取り早くベルトを剥ぎ取り、服を脱いで、さっさと部屋着になる。洗濯に持っていく気力もない。
先程一気に飲んだアルコールがゆったりと頭を巡り、疲労とのダブルパンチで思考が鈍くなっていく。
「…………」
何かを言おうと思ったのに、何も言えない。頭の中でぐるぐると嫌な事だけが、巡っていく。一人だと嫌な事しか考えられなくなる。
それが嫌で、苦しくて。
眠ることもせず、ふらりと部屋を出て、サイファーの所に向かう。
自室を出て、すぐに目に飛び込んでくる共用エリア。そこの大部屋で、ソファーにどっかりと座り込んで、雑誌を捲っている後ろ姿。腹が立つ事にかっこいい。
「戻ったのか?」
「…………」
「はぁー、ったく。ほら、こっちに来い」
ぼんやりと立ち尽くしていると、サイファーが呼びかけてきた。ひらひらと手を振って、呼ばれる通りに身体が動く。ソファーを回り、足を組んで雑誌を捲っているサイファーの隣に腰かけた。
程よい柔らかさと身体を受け止めるソファーが、気持ちいい。
ここが仕事先ではなく、自分たちの生活の中心であることも、精神が緩く解けていく心地よさ。
何よりも、隣に――――。
「ほら」
「……?」
ぼうっとしていると、隣から手が出てきた。その手に捕まれているのが、アルミフォイルで包まれた何かだ。
手に取れば、仄かに温かい。
「ど~せ、飯食ってねぇんだろ?食っとけ」
サイファーの声に促されるようにして、アルミフォイルをぺりぺりと剥がす。中から出てきたのは、四角い食パンで具材を挟んだ、ホットサンドだった。
「俺様の明日の朝飯になるはずだった物だぞ。ありがた~く食えよ?」
隣から届く、からかい交じりの声を聞きながら、頷いて齧り付く。
程よいパンの厚みに、焼き茄子とツナ、それとチーズが入っている。お腹に重くない、程よくあっさり食べられる味が、口の中いっぱいに広がる。美味しい。
もぐもぐと口を動かして、もう一口、もう一口と食べていく。昼から何も食べていなかった胃に、するりと落ちていく食べ物が心地いい。
全て食べ終えてしまい、ちょっとだけ物足りない。もぐもぐと最後の一口を噛み締めていると、再び手が伸びてきた。
視線を向ければ、酒を煽っているサイファーが皿を差し出している。
その上に乗っている、一口カプレーゼを手に取って、空っぽになった口に放り込む。串を引き抜いて、口の中で解ける組み合わせが美味しい。
サイファーが作ってくれる、サイファーの料理の味。
いつの間にか食べなれてしまった、ここに戻ってきたと思う味。
「……腹減りかよ」
くつくつと喉の奥で笑う声が横からする。
普段なら腹が立つけど、今はそれもない。
ひたすら美味しい。美味しいのと、安心する部屋の中で、もぐもぐと口を動かした。

 

―――――――― ▼ ――――――――

『ばいばい、スコール』

 

落ち着いたせいか、落ち着いてしまったせいか。
数か月前に、ひらりと手を振った彼女の姿を思い出して、手が止まる。
好きだったし愛していた。あの怒涛の中で、確かに心を交わしていた。
それでも、二人で話し合って、考えて、悩んで、それでもと思っていたのに。
全てを捨ててでも、ついていこうと思っていたのに。

 

『ばいばい』

 

彼女は晴れ晴れとした笑顔で、手を振って去っていった。
大きく周り道をして、様々な事に巻き込まれて、自分の進退を左右する魔女になってしまっても。
今度こそ自らが決めた道。ティンバー独立への道に向かって。
傭兵部隊SeeDとの契約は途切れた。
一つのレジスタンスに肩入れをするSeeDなど、必要がない。
金もない組織に、それでもとついていくのは、もはや中立的な傭兵ではない。
そして彼女と自分の血が、魔女とSeeDの関係が、今のあらゆる国際情勢が、足を引っ張ってしまう。
俺たち二人の、個人としての関係ではなくて。あらゆる付属品が足を引っ張っていく。
だから、全てを捨ててでも、ガーデンから離れてでも、傍にいたかったのに。
彼女はそれを拒絶した。
其々の道を歩こうと、慈愛に満ちた笑顔で。

 

『――――――――――』

 

彼女はあの日、別れの最後に、何を言ったのだろう。
それがどうしても、思い出せない。
聞く勇気も、ない。
でもその言葉を聞いたから、俺は彼女を追いかけられなかったんだ。
晴れやかな彼女の顔が、脳裏から離れないのに。

―――――――― ▼ ――――――――

 

「スコール?」
いつの間にか、虚ろな表情で虚空を見ていたらしい。
ひらひらとサイファーが、視界の中で手を振って、呼びかけてきた。瞬きを繰り返して、ぼんやりとしてしまう。
今はもう、何も考えたくない。
考えたくないんだ。

 

『貴方にぴったりの、お似合いの方がいますの。ご紹介したいぐらい』
『似てますなぁ。やはり血は争えないのですかな?』
『将来はどちらに腰を据える予定で?』

『貴方の補佐官に、是非とも我々の研究に協力をお願いしたいのです』
『魔女の魔力をたっぷりと浴びて、洗脳された人間はガルバディア国内で困らない数おりますが』
『魔女に直接、頭を操作され続けた人間は、貴方の補佐官以外に存じておりませんので』
『疑似魔法の威力も、平均的な数値から跳ね上がる、素晴らしい適性だとお聞きしております』
『もしかしたら、公的記録として、男性で初めて魔女に至る人間かもしれない』
『興味深いと思いませんか?』

 

うるさい。
うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!
好き勝手に言いやがって!
俺が何処で生きようが、俺が何処に行こうと、俺の勝手だろうが!
俺が誰に似てるとかうるさいんだよ!血縁だからって、それがお前に関係あるのかよ!ほっといてくれよ!
俺が誰と恋人になっても、俺の人生なんだから、俺が選んでいいだろうが!
サイファーはお前らの研究材料じゃない!そんな事をさせるために、俺の隣に捕まえたんじゃない!
サイファーは、サイファーは!
俺の――――?

「おい、スコール?」
いつの間にか、両手で顔を覆っていたらしい。顔から手を放せば、珍しく心配そうな顔でサイファーがこちらを見ていた。
余程、俺の状態は酷いらしい。
サイファーが放っておけないぐらいに。
「…………酒」
「あ?」
「飲みたい。サイファー」
「……お前」
「酒、駄目か?」
じっとサイファーの顔を見つめると、驚いた顔をしたサイファーが、溜息をついた。
「何が飲みてぇんだよ?」
「……おすすめで」
複数の酒瓶を、指で手に取ったサイファーに言えば、彼は困ったように苦笑した。

 

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