三国に創立させたガーデンは、兵士養成学校である。
特にバラムガーデンは、その中でもSeeDという傭兵部隊を抱え込んだ、ガーデンの中枢である。
そしてバラムガーデンが腰を下ろしているバラムという国は、18歳で飲酒を公的に認め、購入を可能とする法律がある。また家庭内での飲酒のみ、16歳で合法である。
SeeDという傭兵任務につく学生を抱え、なおかつSeeD候補生や一般学生も、実戦経験を積むために外に出る事もある。
以上の事情を踏まえて、バラムガーデンはガーデン内部において各個人の判断にて、16歳で飲酒を許可している。
外部での飲酒はバラムの法律に沿って、18歳で解禁となる。
これは、とあるSeeDが傭兵任務に就いている最中、過去にアルコールを強制摂取させられ、あわや酔っぱらいの惨劇(G.F.付)という事例を踏まえた上での学内ルールである。
ちなみに、16歳の学生が酒を確保したい場合、食堂を通じて学園が代理購入する形で支給となる。あまりにも凄い高級酒の希望があった場合、そっと教師が話を聞きに来ることもあるので注意だ。
場合によっては生活指導が発生する。
つまり、サイファー・アルマシー18歳は、学内でも外でも、バラムなら公的に飲酒できるのだ。
彼が、自分の身体が〝アルコールに強い〟と実感したのは、16歳の頃。
当時の風紀委員長だった先輩から、14歳の生徒から没収したという、ワインを飲まされたことがきっかけだった。
バラムガーデンでは、「16歳になったら一度でもいいからアルコールを飲んでみろ」というのが、暗黙の了解で存在する。
それは代々先輩から後輩に受け継がれる伝統的なものであり、それによってアルコール耐性を図るのが恒例行事化している。
なんせここは、兵士養成学校。
アルコールで酔っぱらって機密を漏らすような奴は必要ないので、そうなる前に〝失敗させる事〟を目的としている。
一度でも痛い目を見れば、飲酒に慎重になるだろうという発案からである。
なお、教師もこの伝統は知っており、むしろ推奨している。
無理やりアルコール摂取を強制することは禁じているが、一度は飲酒に触れるべきだと考えているからだ。
二度目になるが、ここは兵士養成学校。
酔っぱらって情報をすっぱ抜かれるような間抜けは、とっとと見抜いて生活指導に回されるのだ。
そんなこんなで、サイファーは風紀委員長だったこともあって、アルコールに触れる機会は多々あった。
風紀委員が見つけ次第に没収する項目の中に、堂々と〝酒〟が入っていることからも、酒に興味津々の生徒は意外と多い。
もちろん煙草もだが、手に入れやすいという一点で酒の方が強い。
サイファーが携わった案件だと、12歳の学生が何処かからくすねた酒を、こっそり嘗めている場面を見た事がある。もちろん生活指導行きであり、酒は没収であった。
そして風紀委員が没収して積み上がった酒は、大体が教師に引き取られていく。
そんな引き取られる前の酒を入手する事が出来るのが、風紀委員の特権の一つと言える。
つまり没収された酒類は、大体が風紀委員か教師の腹の中に消える。
過去の先輩たちから、風紀委員および風紀委員長を引き継いだ時に、サイファーはしっかりとそれも引き継いだ。
そしてサイファーが風紀委員を後任に引き継がせる際にも、しっかりと後任にも引き継いだ。
伝統は、きっちり伝統として引き継いでおく。
次をどうするかは、次が決めるだろ精神。後は知らねぇ。
序でにサイファーは、風紀委員長を降りた時に、選別として様々な酒を引き取っておいた。
――――のを、思い出したのが数か月前である。
注がずともわかる、上物の瓶ビールを開けて、久方ぶりに一杯やるかと準備をする。
色の濃い黄金の色彩が、鮮やかにグラスを彩り、ふつふつときめ細かい泡が縁ギリギリまでを演出する様は、アルコールに成れた舌には目に毒だ。
バラムは自然豊かな島国のせいか、それとも海が近いせいか、なんだかんだと酒好きも多い。
島国ながら、西の大陸と海底トンネルで繋がっているせいもあり、流通も盛んだ。
また、世界三大珍味に数えられる一つの原産国であり、観光名所も抱え込んでいる。
これらの事情を踏まえても、市場に酒が多く流通し、酒好きが育まれる土台は十分にあるのが、バラムという国だ。
また、酒の肴になる魚だって沢山取れる。恵み豊かな海に囲まれている島国の利点の一つは、海鮮類が豊富で美味しいことだろう。
……という下らない蛇足をつらつら考えつつ、袋を開ける。
密封されていた袋が、力強い指の力で閉じた口をこじ開けられて、中からコロコロと美味しそうなミックスナッツが顔を出す。
くわっと大欠伸を噛ましつつ、机の上に自分が好きなセットを揃えてしまう。
数種類の酒に、替えのグラスに、本日の肴であるミックスナッツ。追加分は、バラムで捕れた魚の乾物大袋。
序でに、夕飯を作っている最中に思い付き、何個か作成して冷蔵庫に入れておいた物。ミニトマト・チーズ・バジルを串刺しにした、食べやすい一口カプレーゼ。
最後に用意するのは、最近なんだかんだと忙しくて読めていなかった、積み本と化していた何冊かの雑誌をどさどさとソファーの横に積み上げる。
もはやトイレ以外に動くつもりがない、完璧な布陣。
「はぁ~」
どっかりとソファーに身体を沈ませて、一息。ここ最近、本当に忙しくて、自分の時間を持てなかった。
しかし、今日は違う。
明日は休みだし、例え飲み過ぎようと何とかなる日だ。
注いだグラスに手を伸ばし、冷たいそれを掴み取る。
注いだ酒によって冷えたグラスに口をつけて、ぐぃーっと一気に喉に流し込む。ビール特有の喉越しに、アルコールが胃に流れ込む久方ぶりの感覚。
パーティーの護衛任務やら潜入調査とは関係がない、自分の好きな時に、好きに飲めることの素晴らしさ。
プライベート空間で飲んでいるという、精神的余裕も相まって、すごく美味い。
半分を流し込んだあたりで、一度止める。
一気に飲むのはもったいない。そこそこお高い、訳ありビールだ。じっくり飲んでこそ価値がある。
無造作に袋に手を突っ込んで、掴み取った何個かのナッツを口に放り込む。ガリゴリと噛み砕けば、ナッツ独特の触感と慣れ親しんだ落ち着く味が美味い。
そのまま流れるように、一口カプレーゼも口に入れる。
串を歯で挟み、すっと口から串だけを抜く。トマトとチーズとバジル、味付けの塩胡椒とオリーブオイルの味が混ざって美味い。
再びグラスに口をつけて、ぐっと一杯目を飲み干していく。
最初から飛ばしている気もするが、問題ないだろう。
なんせここには、自分一人しかいないわけで。
同室の相方は、今日帰ってくる予定がない。
だからこそ、広い共用エリアを独占するような形で、こんな事をしても支障がな――――。
「おい」
聞こえるはずのない声。
ごくんっ、と最後の一滴を飲み干して、振り返る。
目が据わった、不機嫌な顔でこちらを凝視している男が一人。
その視線は、酒を飲んでいる状況を確認し、机の上を確認し、膝に広げられている雑誌を確認。
ぐるりと部屋を見まわして、ぴたりと視線が元に戻る。
つまり、忙しい己を置き去りに、優雅な夜を過ごしている男の方に。
「おっさんにしかみえない」
「うるせぇよ」
部屋に帰ってくる予定の無かった同室の相方こと、SeeD総指揮官スコール・レオンハートの言葉に、一応彼の補佐官に分類されるサイファー・アルマシーはシンプルに悪態をついた。
―――――――― ▼ ――――――――
最近は、本当に忙しい。
〝月の涙〟の影響からか、モンスター討伐依頼は増える一方。
魔女大戦による伝説のSeeDの噂から、ガーデンもSeeDの知名度も上がった。
沈黙を破った科学超大国エスタの影響で、国際情勢と他国間貿易は活発化。
先の魔女大戦にて渦中の的となった、ガルバディアは国内外の情勢不安定が続く。
あらゆるニーズに合わせられる傭兵業や何でも屋、名の知れたモンスターハンターは仕事に困らない程に、案件が山と積まれていく状態が続く。
それは、バラムガーデンも例外ではない。
SeeDの知識や高度な戦闘技術などを求めて、入学目的で来る人々がいる一方で、深刻な教員不足は中々に解消されない。
マスター派が一斉に消えたのもあるが、そもそもマスター派が裏で金儲けの為にやらかしていた、裏取引目録なんて〝マスターノーグの遺産〟が発掘されて、阿鼻叫喚の地獄絵図である。
経営者として優秀だったのに、金に釣られて出してはならない領域に出した証拠が出てきて、学園長も頭を抱えていた。
そのあおりを受けたのが、指揮官室の面々だ。
他のSeeDに押し付けられる案件ではないし、在校生で手一杯の教師に頼めることでもない。
学園長も頑張って奔走して、ここが踏ん張りどころだと、奥さんに尻を叩かれている状態である。
〝ノーグの遺産〟の裏取り。
情報漏洩がなかったかの精査。
現状のガーデンの組織内改革。
SeeDの依頼受理の有無、依頼報告書の確認。
SeeD候補生の為の試験項目のチェック。
実戦用の任務の選定。
教員募集と募集者の裏取り、等々。
ここ数か月、本当に忙しい。
ようやっと通常運転までの目途がついて、奔走していた面々が、一人一人と休日を満喫できるまでに回復。
あと少しでなんとかなるという所で、指揮官室の面々のシフト調整にて、突如スケジュールにグサッと休みを入れられたのがサイファーである。
そして、スコールはまだ休めていない。
というより、スコールはそもそも、三日前からバラムガーデンから姿を消していた。
「……なんでいるんだお前。エスタで任務だったはずだろ?」
立ち尽くしているスコールを気にせず、サイファーは袋に手を入れて、ミックスナッツをガリゴリ噛み砕きながら聞く。
空いている片手で雑誌をソファーの上に戻して、空にしたグラスに空けた瓶ビールを適当に注ぐ。
一杯目は丁寧に入れる事を気にしていたが、二杯目以降は気にしない。店でもあるまいし、好きに飲むに限る。
満たされた黄金の液体を見て、グラスを再び手に取る。
口に持っていこうとしていたグラスを、後ろから伸びた手が掴んだ。
サイファーには、誰がしているのか分かっている。
振り返れば、眉間に皺を寄せた不機嫌丸出しスコールが、いつの間にか近づいてきていた。
彼が手に持っていたはずの、ガンブレードケースと荷物は無造作に床に置かれており、スコールの疲労度が透けて見える。
荷物はともかく、ガンブレードケースを床に転がしておくことは、原則スコールが行わない暴挙だ。
つまり、今のコイツはヤバい。
「……くれ」
「おい」
力はそれほど入れていなかった。
そして、行動を予想していなかったかと言えば、嘘になる。
それでも、本当にされると不愉快なものだ。
手からするりとグラスを抜き取られて、サイファーはその行方を追う。
黄金の液体に満たされたグラスは、立ったままのスコールの喉にぐいっと注ぎ込まれた。
その姿に、サイファーは顔をしかめた。
スコールは、酒を積極的に飲まない。
そもそも、サイファーよりアルコール耐性が低いのと、興味がない事が大きい。
酒で金を使うより、シルバーアクセサリーやガンブレードの部品など、趣味に金を積み上げる男である。
それは、サイファーも例外ではない。
ただサイファーの場合は、風紀委員だったことが大きい。いうなれば、風紀委員の活動ボーナスが酒である。酒が報酬の時期が多いのも大きい。
特に、クリスマスとニューイヤー。
どちらもパーティーが活発化し、酒に手を伸ばす学生が増える時期。酔っ払いSeeDや候補生から、酒を霞める悪ガキ(兵士育成教育中)が増える時期だ。
だからこそ、サイファーは金をそれほど浪費せずに、酒を確保できる日々を送っていた。
今は風紀委員ではないので、引き継いだ際に受け取った今の貯蓄分を捌いてしまえば、生涯で初めて酒を購入する事になるだろう。
「ぷはっ」
今年はどうなることかな、とぼんやり考えている間に、スコールの一気飲みが終わったらしい。
グラスから口を放して、大きく息を吐いている。
「お前もおっさんだろ」
「うるさい」
その姿は、女顔の美貌とは裏腹に、酒場にいるおっさんにしか見えなかった。
つまりとても荒んで見えるし、きっとそれは錯覚ではない。
「……ほんと、どうしたんだお前?」
スコールが握りしめたままのグラスを、手を伸ばして抜き取る。じっと親の仇の様にグラスを睨んでいたスコールの視線が、瞬きと共に少しだけ緩和する。
「……着替えてくる」
ふらりと自室へ向かうスコールの背中を見送って、サイファーは一口カプレーゼを口に放り込みながら、新しい酒瓶を開ける。
独特の炭酸の抜ける音が響く中で、すんっと匂いを嗅ぐ。大丈夫そうだ。
よくよくラベルを見れば、ライムのフルーツビールとある。普通のビールが苦手な人間でも、とっつき易くて飲みやすい、フルーツ系の酒だ。
生憎とサイファーは酒全般が飲めるので、苦手なモノはそれほどない。余程変わったものでもなければ、普通に飲んでしまう。
面倒だったので、使っていたグラスにそのまま注いでしまう。
そのまま、無造作にぐいっと呷る。
ライムの爽やかな匂いと果実の味を感じながら、甘めのビールを胃に流す。美味い。
美味いのだが。
「…………………はぁ」
我ながらどうしようもない。
溜息をついて、サイファーは立ち上がった。

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