「サイファー、キスがしたい」
また変な事を言い始めたな、とサイファーは自分より低い位置にあるスコールの顔を見下ろした。
ギラギラと美しくも恐ろしい光を帯びて、灰交じりの青眼が、興奮で瞳孔が開いている。
その視線の先にいるのが、自分であるという現実が嫌すぎる。
「お前、それは、今、ここで、言うことか?」
正気を失いかけている指揮官様に、サイファーは一言づつ区切って、しっかりと伝えてやる。
嫌味ったらしい指摘に、それでもスコールはサイファーだけを見つめて、微笑みさえ浮かべて言った。
「大丈夫だろ」
「どこがだ!?」
スコールにツッコミを入れた時、サイファーとスコールが隠れている岩陰の向こう側。
激戦中の激戦区から、爆撃音が空気を切裂いて轟いた。
現状を説明するなら、現在の彼らは任務中である。
先の魔女大戦による〝月の涙〟の影響からか、それとも単に環境と状況が良かったのか。
ヘスペリデス平原に、アダマンタイマイが大繁殖し、海岸沿いを中心に砂嵐が乱発。
天候悪化及び砂嵐の影響で、ガルバディア国内およびガルバディアガーデン近辺にまで砂が飛んできている。
また、天然の山脈に守られているドールにまでも、大量の砂が飛んでくる程に勢いが強い。高級リゾート地を抱え、観光業にも積極的なドールにとって、死活問題に発展する一歩手前である。
つまり由々しき事態だ。
そこで、砂嵐に悩まされているドール及びガルバディア国内の一部シティが、連名でバラムガーデンのSeeDにモンスター討伐依頼が送られてきた。
依頼書に書かれているのは、もはや絶滅させろと言わんばかりの勢いで、文句がぎっちりだったが。
みっちりミチミチに書かれた依頼書を受けて、バラムガーデンはSeeD派遣を決定。
序でに実戦経験を積むという一石二鳥を行うべく、実戦授業を担当する教師の一部により、バラムガーデンのSeeD候補生及び一般学生による実地授業の提案がされた。
繁殖したのは、アダマンタイマイ一種であるので、まぁ何とかなるだろうという緩い空気のもと、準備が開始された。
その情報を察知したらしいガルバディアガーデンが、じゃあこっちの生徒も頼むと、合同実地授業に発展した。
そこから、なんだか変な空気に変わっていった。
指揮官室で、SeeD動員人数にスコールとご意見番キスティスが頭を抱えたのが四日前。
一般生徒の選別に成績をひっくり返して、双方ガーデン教師陣が頭を抱えたのが三日前。
SeeD候補生と一般生徒の引率者に指定され、頭を抱えたベテランSeeDが多発したのが二日前。
高みの見物を決め込んで、指揮官室で優雅にスコーンを食べながら書類を捌いていたサイファーが、首根っこ掴まれて編成会議に放り込まれたのが前日。
SeeDの割り振り。
SeeD候補生の割合。
バラム・ガルバディア両ガーデン混合チーム編成。
全ての割り振りと工程が指揮官室で決定したのが、本日早朝3時。
――――で、現在時刻、午後2時。
「あー、ド派手にやってんなぁ」
「サイファー」
もはや授業か任務か分からなくなりそうな、大規模討伐戦線。
サイファーも、アダマンタイマイを、斬って斬って斬りまくった。
疑似魔法を駆使しても、基本的にただでさえ硬い体表を切裂くために、トリガーを引き続けたガンブレードが弾切れになったタイミングで、休憩を兼ねて岩陰に身を潜めた。
今回のサイファーは、チームを率いていない。
他の遊撃部隊が複数で動く中、ほぼ一人の単独遊撃員だ。
そもそも正規SeeDではないサイファーが、正規SeeDの様に扱われているのがおかしい。
おかしいのに、誰一人としてそれを指摘しないし、スコールに至っては任務に積極的にサイファーを引っ張っていく。
時折、なぜか臨時で部隊を率いる羽目になったサイファーに命令された正規SeeDも候補生も一般学生も、一つ返事で応じて去っていく事もおかしい。
……なんで俺の命令を聞いてんだよ。
給料事情もSeeDとほぼ同額支払われており、ますます意味が分からなかった。
しかし最近になって、指揮官直属補佐官の給料が任務に応じて変動している事実に気づいた。
手間暇かけて馬鹿かと。
もらえるものはもらっておくが、やっぱりおかしい。
「サイファー」
「うるせぇ」
「キスしたい」
「繰り返すな!」
ハイペリオンに弾倉を詰め替え、ざっと部品をチェック。
その間にも、トチ狂った指揮官が片手でコートを掴んで、ぐいぐいと引っ張ってくる。
邪魔過ぎる。
「お前なぁ!」
「……」
モンスターの血肉がべったりとこびり付いた刃先を、切れ味復旧のために簡易メンテナンスをしている時に、スコールはするりとサイファーの隣に潜り込んできた。
なんで指揮官が単独で動いてんだ。指令拠点にいろや。
岩陰に入り込んできたときに、スコールのライオンハートもべったりと血塗れだった。ここに辿り着くまでに、ばさばさ斬りまくってきたらしい。
それはいい。
それはいいが、なんでこうなった?
サイファーが睨みつけると、むっつりとスコールは黙り込んだ。ぎらぎらとした視線だけが、じぃっと睨めつけるようにサイファーを見据えている。
その顔に、サイファーは唐突に思い出した。
睨めつけるような不機嫌な顔で、黙り込んだその姿。
「……スコール、お前、いつ寝た?」
「…………」
ふいっとスコールが顔を背けた。その仕草が既に肯定している。
確定だ。
――――ここにいる指揮官様は、寝不足で不機嫌になったスコールくん17歳である。
ここより遠くの方で、再び爆撃音がする中で、サイファーは頭を抱えた。
先程から響いてくる爆撃音の正体は、先の魔女大戦時のガルバディアガーデンが被った被害における、賠償金や補填の一部だ。
具体的に言うと、ガルバディア国からガルバディアガーデン運営陣が毟りとった、ガルバディア軍の最新兵器。
強力な弾丸を発射し、着弾点に強烈な爆撃を引き起こす。この一連の動作を簡略化し、軽量化に成功。従来の3倍近い速度で連射できるようになり、持ち運びも簡単になった優れもの。
SeeD候補生でもない実戦授業の一般生徒でも、硬い体表を吹き飛ばせるとして、ガルバディアガーデン側が提供した秘密兵器として、今回実践投入されている。
ただ、遠くの方でぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえるので、思ったより体表を吹き飛ばせてないか、吹き飛ばしすぎて惨劇になっているのだろう。
……後片付けが地獄だな。
海岸が真っ赤に染まっている光景をまざまざと思い浮かべて、サイファーは溜息をつく。
序でにスコールの顎をむんずと掴んで、自分の方に向かせる。
じっと見つめると、スコールの目線が泳ぐ。
「スコール」
「……だって」
「俺は今朝、言ったよな?少しでも身体を休めるために寝ろって」
全ての準備が終わった早朝3時。
あわただしく出発準備をすることを想定しても、3時間睡眠でぎりぎりだ。
それでも寝ないよりはマシだと、指揮官室の仮眠室で二人で寝転がったはずなのに。
ちなみにサイファーは、疲労度からかお休み3秒だった。
「……サイファーが悪い」
「あ?」
「サイファーが、だってサイファーが」
もごもごと口ごもりながら、スコールはむっすりとしつつ、口を開いた。
「……美味しそうだったから」
……何言ってるんだこいつ。
予想外の事を言われて、サイファーは目を丸くする。先程まで感じていた苛立ちが吹き飛ぶ程の、意味不明さ。
固まったサイファーを置き去りに、スコールの口が回る。
余計なことまで、口からつらつらと。
「疲れてるのに眠れなくて」
「ああ、あるよなそういう時」
「それなのにサイファーの寝息が、すごく美味しそうで」
「何言ってんだお前」
「なんか腰がだるいし、そういえば最近は色々忙しくて、サイファーと一緒に寝れてないし、抱けてないし、なんか勃起っちゃったし」
「待て」
「このまま襲ってやろうか三十分ぐらい考えたけど」
「襲ってたら殺してたな」
「仕方ないから、サイファーの寝顔を見ながら抜いて」
「お前さ、今ここがどこかわかってるか?」
「でもやっぱりムラムラしたままで。今も勃起ってはないけど落ち着かなくて」
「やめろ思わずお前の股間見ちまったじゃねぇかやめろ」
「だからキスで我慢するからキスしろ」
「着地点おかしいだろうが!?」
正直に言って、こんなことしている場合ではない。
先程から情報端末が点滅しているし、騒ぎが大きくなっている気がする。
そもそも指揮官がここにいるのがおかしい。どうなってるんだ。
「サイファー」
「ああ~~~!くっっっそ!!」
ついに抱き着いてきたスコールを、逆に拘束する。
なんで嬉しそうなんだ正気に返った時に壁に頭打ち付けて呻き声を上げるのはお前だぞふざけるなこの野郎。
口から吐き出しそうな罵詈雑言を気合でキャンセルして、サイファーは腹をくくった。
外で、しかも戦場で、すぐそこに誰がいる分からない場所なのに。プライドがぐらぐらと揺れ動くが、仕方がない。
状況を打破するために、あらゆる全てを飲み込んだ。
この寝不足は確実に今日だけではない。下手をすれば、四日前辺りから始まっている。最悪、徹夜四日目だ。
「…………一回だけ、だぞ」
「うん」
ほわっと信じられない程に緩い顔で笑ったスコールに、もうダメだコイツはと、サイファーは見切りをつけた。
「ん」
目の前の男の企みなんて露知らず、嬉しそうにスコールがサイファーに口づけてきた。
緩く開いた口同士が重なり、すぐさまぬるりとサイファーの咥内に、スコールの舌が入ってくる。
性急すぎる進入と、熱すぎる舌にサイファーは眉間に皺を寄せる。
切羽詰まっているのは本当らしい。
状況が状況だけに、サイファーは集中するつもりがない。
それが不満らしいスコールが、じゅぅじゅぅ唾液を啜り、舌を絡めて上顎をこすってくる。ぞくりと、今感じてはまずい快楽が走り、サイファーはますます顔をしかめてしまう。
「んぅ」
「ん、ん」
……尻を揉むな!
人も気も知らないで、寝不足の指揮官様に尻を揉まれて、サイファーは苛立ちが最高潮に達してきた。
スコールが不満そうに言っていたが、こっちだって不満だ。
最近は忙しくてご無沙汰だし、かといって自慰で満足できないようにした元凶はこんな有様だし、ここは戦場だしで、サイファーの頭の中は、すっかり快楽より苛立ちでいっぱいになっていく。
ただでさえ短気の男である。火が付けば早い。
「ん!?」
スコールが驚いた声を上げたが、知った事ではない。
今までされるがままだった舌を逆に絡めて、サイファーから吸い付く。逆にスコールの咥内に侵入し、上顎を擦り、歯並びを舐め、舌を絡めて弄ぶ。
「んん~~!」
不満そうな声を上げるが知った事ではない。頭の後ろに腕を回して、より深く口づける。
がくがくスコールの足が震え始めているが、気にしない。とにかく攻めて攻めて攻めまくる。
どんどんと胸を叩かれ始めたころに、ようやくサイファーは口を離した。つぅっと唾液で糸を引くのを見届けて、ぶつっと無遠慮に断ち切る。
「はぁーはぁー、さいふぁぁ?」
「スリプル」
「う゛っ」
頬を赤く染めて、女顔でまさに女みたいな反応をしているスコールに、右手を挙げてサイファーは顔面で疑似魔法を無慈悲にぶっ放した。選択したのはスリプル。安らかに眠るといい。
直撃したスコールは、対抗手段も意識もなく、呻き声をあげてあっけなくひっくり返った。
「はぁ……、よし」
ごしごしと飲みきれなかった唾液を口元から拭って、サイファーは無様すぎる指揮官の無力化に成功して、気合を入れる。
チカチカ灯りが明滅している情報端末をポチポチと押して、連絡先を呼び出した。
すぐさま耳に飛び込んできた声は、お馴染みの女だ。
『ちょっとサイファー!いつまで定期連絡をサボって』
「寝不足の頭あっぱらぱー指揮官を無力化したからそっち運ぶぞ」
『…………ああ、やっぱり貴方の所だったのね』
「やっぱり?」
『だってあの子、サイファーに会ってくるって唐突に立ち上がって、出て行っちゃったんだもの』
「………………こいつ何徹目だ?」
『三日じゃないかしら』
「……はぁ」
『とにかく了解よ。さくっと運んであげて』
「りょ~かい」
キスティスの呆れたような、困ったような、安堵したような複雑怪奇な声を聞いて、サイファーは再び頭を抱える。
このぐったり指揮官を運ばなければならないのはもちろん、転がっているライオンハートも運搬しなければならない。しかも、アダマンタイマイが大量発生している場所を抜けて。
「本当に、何してんだこいつ」
これからどうやって指令拠点に戻って、キスティスに押し付けようか考えなければならないのに。
アダマンタイマイの大群と戦う各部隊を乗り越えて、突き進まないといけないのに。
――――『サイファーに会ってくるって唐突に立ち上がって、出て行っちゃったんだもの』
「はぁ~~~~~~~!」
深々と溜息を吐いて、サイファーは片手で顔面を覆う。
幸いにしても、ここはアダマンタイマイが殲滅し終わった地区だ。暫く誰も来ないことは、わかっていた。だから、休憩としてこの場所に飛び込んだのに。
「なんで俺を優先してんだよ。馬鹿だろ」
ハイペリオンの弾切れを起こした弾倉を取り出したタイミングで、飛び込んできたスコールのほっとした顔。
理性が飛んで、感情だけで突き進んで、サイファーの隣に飛び込んできた姿。
「ほんっと、これだからお前は、馬鹿なんだよ」
恋人が曝け出した本音に、羞恥心で赤く染まった頬を隠しながら、サイファーはしばらく立ちすくんでいた。
後日、寝不足を解消して正気に返ったスコール・レオンハート17歳が、羞恥心と情けなさで自室に立てこもり事件を引き起こした。
その解決のために、強引に扉をハイペリオンで吹き飛ばしたサイファー・アルマシー18歳と、大喧嘩をする羽目になるが、それはまた別のお話。

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