❖ 指揮官専属グルメ・LEONHART - 3/6

 

✟ 不格好なおにぎり ✟

 

最初は、ソファーの上。
記憶が正しければ、その次にスコールの部屋に引きずり込まれていた。
その後は、ひたすら嵐の中を泳ぐような、呼吸が苦しい程の水の中を泳いでるような感覚。
……準備をしたと言っても、所詮は知識があるだけの素人だ。
どうせ何か失敗すると思っていたが。
スコールが準備万端で、ゴロゴロと取り出してくる道具の数々で、散々に泣かされた。
痛みはなかった。
苦しさと圧迫感に慣れないまま、脳に叩きつけられる刺激に、正気を保てた自信はない。
朝になっていた気もする。
夜になったような気もする。
スコールが、ずっと傍にいたような。
かといって、一人だったような気もする。

 

――――正直に言えば、ほぼ記憶がない。

 

やっと意識が戻ったと自覚して、時計を見れば10時頃。
カーテンから差し込む光から、午前中だと理解して、眉間に皺が寄った自覚がある。
……痛ぇ。
筋肉痛に似ている気がする。普段動かすことのない部分を、酷使した時の痛みに似ている。そして何より腹が立つのは、口にするのも嫌なあらぬ場所に、違和感がある事だ。
……なんだこの、まだ入ってるような感じ。
普通に気色悪い。
過去にティンバーの真夜中営業の店で、体験談を楽しそうに話していた意味不明な男は何だったんだと思うぐらい、気持ち悪い。
はぁ、と深々と溜息をついて、身体を起き上がらせる。
……重てぇ。
全身に広がる疲労感が、いっそ不愉快だった。
股関節がじんじん痺れている気がする。ルームウェアさえ着る気が起きず、気に入って購入してから愛用している、大きいタオルケットを身体に巻いて立ちあがる。
「……チッ」
上半身よりも、下半身に蓄積された疲労感に、思わず舌打ちをする。
歩けないほどではないが、微かに足腰が震えていて、なんとなく腹立たしい。
だるい両足を引きずるように部屋を出る。そこでやっと、今まで寝ている部屋が、自分自身の部屋だったことに気付いた。
共有エリアを見渡すが、キッチンにも食卓にも、ソファーにもスコールはいなかった。気配を探ってみるが、自室にもいないようだった。
視線をぐるりと向けた先の一つ。ソファーの上に無造作にぽつんと置かれていた、自分の情報端末の画面ロックを外す。
「……はぁ?」
表示された画面の日付は、自分自身の記憶していた日付から、三日が経過していた。
反射的に、画面をスリープにする。
片手で両目を覆い、深呼吸を三回。
きっと見間違いだと信じて、画面ロックをもう一度外せば、やはり日付は三日後のものだった。
信じられなくて記憶を探ろうとするが、秒で取りやめる。
どうせ、碌な記憶が浮上しない。分からないなら、そのままに限る。
……腹が減ったな。
三日が経過していた事実に頭が痛いが、それはそれとして気が抜けたのか空腹を感じた。
冷蔵庫の中を思い起こして、諦める。
三日経過しているという事は、冷蔵庫の中身は記憶にある備蓄品と差異があるはずだ。
……見てから決めるか。
気持ちを落ち着かせる為にも、もう一度だけ深呼吸。
だるいを通り越して、気怠ささえ感じる身体を引きずりながらキッチンに向かう途中。
ふと、それに気づいた。
いつも食卓で使う、ダイニングテーブルの上。

 

――――あると思ってもいなかった、歪なもの。

 

「…………」
思わず無言で、まじまじと見つめてしまう。
憶測交じりだ。たぶんきっと、おそらくと、予防線の言葉を大量に散りばめた上で、それを見る。
シンプルな平皿に乗った、歪なおにぎりらしき物が5つ。
それが無造作に、しかも中央に置かれている。
綺麗な三角形でも、俵型でも、ボール型でもない。
どれかと言われたら、恐らくボール型が近い。ただしデコボコしているし、海苔も巻かれていない。
この部屋で、こんなことをするような奴は、自分以外に一人しかいない。
「……馬鹿だな」
炊飯器が動いた形跡はない。
なら、あいつがしたのは単純だ。
忙しい時の為、冷凍庫にストックしていた冷凍米を電子レンジで解凍し、そのまま握ったのだ。
余程、慌てていたのか。それでも保管という概念はあったらしく、無造作にかけられている半ば破れたラップを捲る。
一つおにぎりを手に持ち、確認するまでもない有様を見つめる。そのまま、立ったまま一口齧る。
……料理できねぇにも程があるだろ。
歯で齧りついた時点で、既に何かが違う。
もっぎゅもっぎゅと歯で、恐らく解凍し足りない硬めの米を噛み砕く。耳の奥で、がりごりと異音が聞こえる。気のせいだと思っておく。
しかも力を入れすぎたのか。米粒は普通に握力で潰れているので、余計に硬く思える。
舌で感じるのは塩っぱさだ。塩味にも程がある。適量が分からず、きっと味がある方がいいと、塩を心持ちどころか物理的にたっぷり手に出して握っている。
味があるところと、ないところの差が激しいので、きっとそうだ。
せめて塩水という概念を搭載してから、おにぎりとして握れよ。
……食べられないこともない、が。
食べたいかと言われれば、遠慮したいおにぎりだ。
それでも、もう一つと手を伸ばすのは、きっと腹が減っているからだ。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

ぐずぐず泣いている子供がいる。
石の家にいた頃から、エルオーネに引っ付いて、活発に動かなかったせいなのか。生来の臆病さからか、どこか動きがぎこちなくてよく転ぶ時期だった。
武器の代わりに木刀や棒など、木製の武器を手に取って振るったり、襲ってきた相手を回避する護身術の訓練授業。
そこで対戦相手にコテンパンにされて、ぐずぐず草陰で泣いている。
一緒に草陰の隣に座って、泣いている相手に呆れてしまう。
スコールの相手は、よりにもよって両親が軍人家系の子供だった。3歳から護身術を習っていたというし、経験者と未経験者では差が歴然だ。
サイファーだって、その相手にだけは負けたのだから。同年代の中で一番強い相手だった。
「さいふぁ」
「……んだよ」
「…………次のクラス、行くって本当?」
「ああ、それか」
スコールが負けた相手は、クラスで常勝だった。
サイファーは次点の成績ながら、その相手にだけは負けなかった。
武力的に突出していると判断されたのだろう。その相手とサイファーは、次の授業で上級生に交じって訓練を行う事が決まっていた。
いわゆる、飛び級だ。
経歴も力量も、入学時期の年齢さえ異なるバラムガーデンでは、飛び級は珍しくもない。
特に今は、バラムガーデンが開校してから日も浅い。
相次ぐ飛び級は、最近の名物だった。
自分もまたその一例になるだけだと、大した感慨もなく思っていると、歯軋りの音が聞こえてきた。
「……ずるい」
「あ?」
「ずるい。サイファーだけ」
負けたから、泣いていると思っていた。
なんだかんだと負けず嫌いだから、悔しくて泣いていると思っていた。
けれど違った。
スコールが泣いている理由に思い至って、サイファーは呆気にとられてしまった。
悔しさからか、歯をぎちぎちと歯軋りをし始めた隣の同胞を、思わずまじまじと見つめてしまう。
「僕も行く」
「……いや、お前は無理だろ」
「行く!」
ボロボロと涙を流しながら、それでも睨むようにこちらを見つめている。
感情に揺れ動く、美しい灰色の入り混じる不思議な青色。

 

「……サイファーまで、僕をおいていかないでっ!」

 

叫ばれた言葉は、サイファーに衝撃を与えるには十分だった。
縋るように伸ばされた両手が、サイファーの服の裾を、ぎゅっと握りしめる。
自分の胸に顔を押し付けるように、ぐずぐずと泣いている子供を見下ろして、サイファーは感情の整理が追い付かなかった。
スコールにとってエルオーネだけが特別で、たまたまサイファーが残っていたから、隣にいるに過ぎないと思っていた。
……思って、いたのに。
「一人にしないでっ」
擦れたような小さな声。
聞かせるつもりのない、ただの感情を吐き出すだけの羅列。

『サイファー、スコールのこと、お願いね』
『サイファー、スコールを守ってあげてね』
『サイファー、スコールの事を、気にかけてあげてくださいね』

ある日、エルオーネに告げられた。
最後の日、そっと囁くようにイデアに言われた。
最初の日、滞在先の寮室に向かう中で、背中を押したシドに囁かれた言葉。
その言葉に背を向けて、何もかもを振り払って。

――――飛び出すつもりだった。

そんなに泣きそうな、悲しそうな、それでいて決意に満ちた瞳で行くのならば。
……俺も連れて行って欲しかった。
守るから。貴方の騎士の代わりに、守ってみせるから。
守って、貴方の帰りたい所に、必ず帰してやるから。
俺も連れて行って欲しかった。
だから探しに行くつもりだった。
あの人を。
あの寂しそうな苦しそうな背中で立つ、泣いて縋る事もできないシドの所に、帰すために。
二人が並んで笑う光景が、理想の家族のようで、嬉しかったから。
なのにどうして。
いつも、そう。
飛び出そうとすると、いつも近くに来るんだ〝これ〟は。

「僕も行くから、おいてかないでっ!」

泣きながらすがりついた、同郷の子供を。
唯一の同じ存在を、振り払えないのが、既に自分の答えだった。
「……わぁったよ」
泣き喚かれて縋られたせいで、服の一部はべしょべしょに濡れている。
またスコールを泣かせていると、教員に言われそうだと思いながら、それでもいいと力を抜いた。
ひっく、ひっくとしゃくり上げる一歳年下に見えない子供の背中に両腕を回して、抱きしめる。
「……さいふぁ?」
溶ける程に涙を流す、青灰の瞳を見つめ返して、一度目を閉じる。
異口同音の言葉。
何からかは分からない。
それでも〝スコールを守れ〟と、それを告げられた言葉が、きっと後々の〝呪い〟だと分かっていて。

「――――置いていかねぇよ」

全てを飲み干して、背負う覚悟をした。
「待っててやるから」
涙の代わりにキラキラと瞬く瞳が、嬉しそうに緩む中で、仕方ないと笑ってやる。
俺自身が、そう決めた。
「早くここまで来いよ。遅いと本当に置いていくぜ」
「……うん!」
泣いていたのが嘘のように、嬉しそうに笑いながら、それでもその眼光は鋭いままだった。
遅ければ置いていくという言葉に、覚悟を決めたのかもしれない。
それとも、何か別の感情か。
「すぐに追いつくよ! その時は、僕と勝負してね!」
「へぇ~、勝負ね。お前が俺様に勝つつもりか?」
「勝つよ!」
ぎゅっと抱き着いてきた子供が、挑戦的な瞳を向けてくる。
今思えばそれは、獲物を捕らえた猛獣の瞳だったのかもしれない。
「だってサイファーは」
そして叫ばれた言葉こそが、

 

「僕のライバルなんだからっ!」

 

サイファー・アルマシーの意識に、〝ライバル〟という存在を刻み込んだ。
そう、最初にライバルだと。
好敵手だと、高らかに叫んだのはサイファーではなくて。

――――スコール・レオンハートこそが、サイファー・アルマシーをライバルと定めたのだ。

それからも、交流は続いた。
寮室が同室ではなくなっても、所属クラスが異なる事があっても。
言葉の通りにスコールはすぐにサイファーに追い付いて、同じ訓練を受けるようになった。
その後も、どちらかが飛び級すれば、すぐに追いついて同じクラスになる。
それをずっと繰り返し、いつしか教員からも〝スコールとサイファーはライバル関係〟だと思われるようになった。

――――そんなある日。

「サイファー、一緒に卒業しようね」
「あ?」
「僕はお姉ちゃんを探すから、サイファーも手伝って」
「……はぁ?」
「その代わりに、僕はまま先生を探す手伝いをするよ!」
スコールは知っていた。
サイファーがどうしたいのか、知っていた。
だからこそ、一緒に行こうとした。
一緒にガーデンを旅立ち、お互いの探し人を探す旅に行く。その夢を語っていた。
世界は広い。
その中から一人を探すなら、人手はあった方がいい。
だからこそ、同じく誰かを探そうとしたサイファーを、誘ってきた。
一人で生きていくんだと、石の家で言っていたくせに。その言葉を撤回するように、キラキラとした瞳で自分を見つめてくるスコールが可笑しくて。
「いいぜ。付き合ってやるよ」
「うん」
「卒業に遅れたら、置いていくからな」
「サイファーこそ! 一緒に卒業するんだから、サボっちゃだめだよ!」

――――果たされない、約束をした。

G.F.のジャンクション適性の授業が始まり、その適正が高い事に喜んだスコールが率先して授業を受けた結果の顛末など、語るまでもない。
泣き虫だった子供は、感情の起伏が見た目で分からなくなった。
置いていかないでと叫んだ子供は、もうどこにもいなくなった。
一緒に卒業しようねと、約束した同郷の子供は、もうどこにもいなかった。

 

――――俺の〝本当のライバル〟は、どこにもいなくなった。

 

バラムガーデンから飛び出すなら、今だ。
約束した男はいない。
守れと言われた子供は、もうどこにもいない。
それでも。

『サイファー、僕を。……どうか許さないでください』

どういうことだと、怒鳴りこんだ俺を抱きしめて。肩を震わせた無力感に苛まれた男を、どうしても殴れなかった。
どうして俺が拒絶するのか理解しているのか。表向き契約したG.F.は豪快に笑って、俺のあり方を受け入れていた。
古くから繋がりのあるG.F.は、ただ穏やかにこちらを見守るだけだった。
ジャンクション等、頼らなくてもいいようにする。
ただその目標の為に、脳が壊れるのではないかと思うほど、修練を積む。
呼吸をするように起動して、疑似魔法を即時展開できるように、ひたすら反復。不足分は使用理論をこねくり回し、自分が使いやすいように使用理論を改造した結果。
展開された疑似魔法は、ジャンクションをしていないと思わせない領域にまで昇華した。
全ては、G.F.をジャンクションしなくても、現役SeeDで通用する力を会得する為に。

『あー、またか。サイファー、申し訳ないがスコールに連絡を回してくれ』

G.F.のジャンクションを使えば使うほど、エピソード記憶が滓に成り下がり、一部の記憶力が低下していく。
それを長年の経験上で理解し、かつガーデンの方針上は何も言えないマスター派ではない教師から、スコールの連絡係にされる事も珍しくなかった。
例え、スコールが忘れても。
バラムガーデンで刻まれた歴史は、俺たちを〝ライバル関係〟としたままだった。
事あるごとに、どうしてセット扱いされるのか。その不満そうな顔を見る度に、お前のせいだと口に出したい衝動に駆られた事は多々あった。
それでも時間は進んでいく。
止まってしまう時間などない。
ジャンクションが嫌いだとしても、完全なゼロにはできない。バラムガーデンに在校している以上、ジャンクションしなければならない場面は、必ず現れる。
だから、俺自身も記憶を失っているだろう。
正式名称が、記憶障害なのだとしても。

――――記憶が失われたことを自覚できず、記憶を思い出せない時点で、それは失われたと同義だ。

きっと知っているのは、シドだけだ。
学内治安維持部隊という裏の顔を持つ〝風紀委員会〟は、必ず〝ジャンクション適性が低い者〟の中から選ばれる。
治安維持部隊として、それは失ってはならない重要な記憶を持たねばならないからこそ。記憶障害のリスクを最低限に回避する為に、必要な素質だ。
SeeDとしてはマイナスの一面でも、バラムガーデン防衛という一面では、大変有用な素質だった。
だからサイファーは、ジャンクション適性が低い。
――――という事になっている。
シドにより検査データの書類が改竄され、マスター派に渡らないようにされた情報。
そもそもの話として。
超常現象を引き起こすG.F.。
超常現象を引き起こす魔女。
それらを模して理論として構築された、疑似魔法。
その適正が高い者が、ジャンクション適性が低いと、何故言えるのか。

 

――――本当は。

 

どこか頭がふわふわする中。意識が半分、夢を見ているような感覚。
握りしめた秘密だけは、決して紐解かないようにして、ガルバディア軍の施設を練り歩く中。
『男で、ここまで居心地がよく通りがよいのは、お前が初めてだ』
嘲笑うように囁かれた言葉の意味を、理解してしまった瞬間に、全てを悟ってしまった。
G.F.のジャンクション適性。
かつて聞いた、俺だけの魔女の言葉。
そして今、自らの近くにいる知っている魔女。
その皮を被った、見知らぬ魔女の言葉。
……ならば、魔女とは。
女だけに宿っていく、〝魔女の力〟とは、――――G.F.のような何かではないか?
大いなる力、と称される言葉には心当たりもあった。
伝説や神話を読むのも、聞くのも好きだから。
そして何よりも。
代々己の一族に受け継がれた言葉の意味を、本当の意味で理解して。
故にこそ〝三文字の名〟を思い浮かべては、何も考えないように思考を停止した。
何かを考えない事は、得意だった。
自らの大切な記憶だけを、防衛するのは得意だった。
その技術だけは、ずっと訓練させられていたから。

 

『私の騎士よ。伝説のSeeDを知っているか?』

 

羅列された条件に、該当するものが一人だとして。

 

『――――知りません』

 

その問いを跳ねのけるだけの、思考の停止は得意だった。
表面上の心を差し出して、本当に大切なものを守る事は、得意だった。それは一族で、必ず行われる訓練だったから。
心を閉ざして守り続けたイデアほどの力量はなくても、魔女の問いを退けるだけの技術は会得できていたようだ。

『サイファー、スコールを守ってあげてね』

昔の話。
泣いているスコールの手を引いて、バラムガーデンに赴く日。
囁かれた〝あの言葉〟は、確かに呪いだった。
幾重にも重ねられた言葉は、呪いそのものだった。
未来の魔女の言葉を、跳ね除ける程に、強力な呪いだった。
恐ろしいと感じる程の、子供への無償の愛だった。
けれどそれを、受け入れたのは俺だ。
その言葉に誓ったのは、俺だ。
〝俺の魔女〟ではないけれど。
大切な魔女のお願い事を聞ける事が、本当に嬉しかった。

 

 

何もかもが終わって。
さぁ、どこに行こうかと考えた。
まま先生は、自らの騎士の所に帰ったはずだ。
なら自分のロマンチックではない子供の頃の願いは、叶ってしまったという事だ。
ロマンチックな願いの方も、ある意味で叶ったような挫折したような感じで終わった。
元々、俺の本当の願いは叶わない。
ロマンチックな願い事は、その代用のようなものだった。
だから、もう十分だ。
砂嵐のような記憶の中、見た所によるとスコールはリノアと付き合っているらしい。
ならば、もうスコールは大丈夫だろう。
あの破天荒な女に捕まるとは、ご愁傷様としか言えない。まぁ頑張れよ。
と、いう事は。
〝スコールのお守り〟だった俺は、もう必要ない。
――――人生で最初に請け負った依頼は、達成したってことか。
呪いという願い事は、人知れず受け取った任務は、成就した。
ならば、どこに行こうか。
時間圧縮の中で死ぬつもりだったが、母親と縁があった科学狂いの博士の勝手な協力と、勝手に動いたお節介G.F.に引っ張られた先。
自分が生きるべき時代に戻り、足を踏み入れたのは、縁も所縁もないF.H.だった。
海の囀りを聞き、戦闘に無縁のような町の端で、考えてみる。
自己主張するように、普段は動かないハイペリオンが、ガタガタ震えた。
お節介で昔から知っているG.F.の訴えだ。
……仕方ないから生きるか。
例え裁かれて死ぬとしても、見つかるまで自由に世界を旅するかと、なんとなく足を踏み入れた所で。
どこからか駆け寄ってきた風神と雷神に、殴り蹴り飛ばされた挙句に抱きしめられて、三人で海に落ちた。
……あれは。今思い出しても傑作だった。
雷神のパニックが。
俺と風神を両肩にのせて、海から必死に上がった様を見たF.H.の人間が、慌てる程の有様だった。
ばたばた慌てている雷神を、風神が再び海に蹴り落とす姿。
騒がしい音の様子を見る為に来て、その豪快な姿を見てしまい、呆然とするF.H.の男。
その光景が、なんだかおかしくて。
一人でどこかに行こうとしていたのに、なんだか楽しく思えてきて。
自然と大口を開けて笑っていた。
この二人となら、きっと地獄でも楽しいのだろうなと。
道連れにするつもりなんて無かったのに、どうやってか追い付いてきた二人を突き放すのも違う気がして。
そんなことをぼんやり考えていると、恐る恐る男が話しかけてきた。
ずぶ濡れの三人。身寄りがない事を告げて、面倒な身の上である事も話したが、それでもいいと言う。そんなもの好きな男が管理している空き家の一つに、一時的に身を寄せて。
旅立つための準備を行いながら、息抜きで釣りをしている最中。バラムガーデンが飛んでいく光景を見送って。
急ぎでもないので、のんびりと行き先の目的地を選んでいる最中。鬼の形相をしたスコールに、捕獲される未来なんて一欠けらも思っていなかった。
気が付いたら、スコールはリノアと付き合っていなくて。
俺はバラムガーデンというか、スコールにがっちりと捕まっていて。
責任を取れと、真顔で言われ続けて。
焼け焦げるような視線の矛先が、絶対に違うと思いながら。
それでも逸らすことも、逃げることも考えられず。
人生でずっと存在していた道標が無くなった道で、途方に暮れている。
……途方に暮れて、惰性で生きてるはずだった。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

気が付いたら、最後のおにぎりに手を付けていた。
口を開いて、それを頬張る。
所々が固くて、美味しいと言い切れないそれ。それでも、米だから腹は膨れていくし、空腹感は薄まっていた。
咀嚼する中で、ふと思う。
……あれはどんな気分で、おにぎりを握ったのだろう。
記憶を見てきたと、言っていた。
忘れたものを思い出したと、言っていた。
……馬鹿だ。
忘れたままでよかった。
何も気づかないまま、好きに生きていればよかった。

――――俺が勝手にした事だ。

まま先生の、イデアの言葉が呪いだと理解しながら。
狸の、シドの言葉が自分に対する逃げ道の為の言葉だと、理解しながら。
……それでも、この道を生きると決めたのは俺だ。
忘れられた事に腹が立って、自暴自棄になってG.F.をジャンクションしても、一番消えて欲しい記憶が消えない事に怒り狂った事だってある。
思春期だ馬鹿だと言われながら、それでも手放せない物を握り続けて、道化になった事だってある。
憂さ晴らしに、風紀委員長になった頃に、変な命令を出したり。
〝骨のある奴リスト〟なんて馬鹿らしいリストを作って、狸にとって安全な生徒をリストアップしたり、堂々と〝スパイ候補を記録する遊び〟をした事だって、ティンバーで暴れた事だってある。
何度も喧嘩をしたし、何度も訓練というじゃれあいをした。
会話なんてしない事もあった。関係が途切れそうな時だって、もうバラムガーデンをやめてしまおうかと思う事もあった。
……それでも、お前から離れないと決めたのは、俺自身だ。
例えお前に忘れられても、お前に他人だと思われても。それでも〝その時まで〟近くにいると決めたのは俺だ。
お前が理由じゃない。
お前の言葉なんて、とうに理由になっていない。

俺は、俺自身の考えで、あの時にマスター派の命令に、腹が立ち命令違反をした。
あの日は俺自身の選択で、バラムガーデンの懲罰室を飛び出した。
俺はあの瞬間に、俺の魔女ではないけれど、予言の通りに〝魔女である女達〟の手を取った。

――――俺の選択は、俺自身のモノだ。

何を言われていても、あの魔女大戦で行った全ての行動に、俺は後悔なんて微塵もない。
いや、違うな。
もし後悔があるとするなら、俺の呪いに風神と雷神を巻き添えにした事だ。
それだけだ。
けれど最後に、二人も俺から離れてくれた。
だから、もう十分だった。
石の家で世話になった大事な魔女は、望んでいた騎士の所に帰った。
呪いのように傍にいた腐れ縁のライバルは、自らの殻を破って、理解者となった仲間と歩いている。
……俺がいる理由は、もうどこにもない。
バラムガーデンに戻る理由も、どこにもない。
だから、俺は自由だった。
未来の魔女に、本当の騎士の事を伝えられないのは、〝先達の〟魔女の騎士として心苦しかったが。
……もうあれは、手遅れだった。
当の昔に〝自身の名前を失っている〟魔女に、何を告げても意味はない。
〝アルティミシア〟の名とは、そういうモノだ。
御伽噺の〝あの三文字〟さえ、人間がつけた〝崇める為の仮の名前〟なのだから。
だからこそ、もはや首を落として肉体を殺してやることだけが、救いになる存在だった。
それも伝説のSeeDにより、達成された。
もう何もやり残したことも、残すべき事もない。
……だからこそ、時間圧縮の中で死んでも、構わなかった。
構わなかったのに。
最後の最後であの女は腹が立つ事に、〝俺の魔女〟である事を存分に思い知らせてくれた。
当の昔に死んでるくせに。
俺をおいて逝ったくせに。
〝俺様の魔女〟の厄介な置き土産は、存分に力を発揮した。
普段は何もしない癖に、ここぞという動かなくていい時に動いて、存在のアピールに余念がない。
とっとと消えて欲しいのに、全く消える気配がなくて困る。
この分だと寿命で死ぬまで存在して、何が何でも生かそうとするのは目に見えている。
……あのG.F.、勝手すぎるんだよな。
制御しようにも制御できる気がしない。
なんせ、赤ん坊の頃から知られている相手だ。
……本当に、勝手すぎる。
付いてくるG.F.も。
イデアも。
シドも。
エスタの奴らも、
ガルバディアの一部も。
指揮官室の奴らも。
……スコールは、特に。
俺が離れようとするタイミングで、俺が消えようと考えた時に、必ず近くにいる。
何も覚えていなかったくせに。
俺を、俺の事を、忘れたくせに。
そのくせに自分で言ったことも忘れて、なんで卒業資格をとらないのかとか。

「………昔から、わがまま放題のクソガキが」

机にあった、美味しくないおにぎりは一つも残っていない。
全て自分の腹の中に消えた。
それがなんだか無性に、癪に障った。
癪に障ったので、この部屋から出る事にする。
着替える準備をする為に、自室に帰る途中。
寮室と外界を隔てる自動扉。そこに大きく張られた紙。

『 外出禁止。外出したら見つけたその場で食う 』

二度見したが、黒いマジックペンで大きくこれ見よがしに書かれた文字は、何一つ変わりはしない。
「……………………あの野郎」
やれるもんならやってみやがれと、飛び出す気力はない。
もう既に理解している。
振り切れたスコールは、ヤると言ったらヤる。

 

 

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