❖ 指揮官専属デリバリー・HONEY - 5/6

 

✟ 肉巻きおにぎりとハンバーガー ✟

 

『門限には帰ってくるのですよ』

……俺様を何歳だと思ってやがるこの狸。
口から出そうな文句を飲み込んで、情報端末の画面を見ても文面は変わらない。
別に事前連絡する必要はない。それでも、長年の癖という物は厄介だ。遡れば、石の家にいた頃から、あの狸と約束させられた事だった。気が付いたら、反射的にメールを送った後だ。
そのメールに、律儀に返信してきた文面がこれ。溜息も出る。
頭の中で複雑骨折したような感情を噛み砕きながら、荷物をコンテナバッグに詰め込んでいく。縦長のリュックタイプなので、そこそこ長いのも入るのがお気に入りだ。
あちらには文明の利器など無いので、作りすぎた二段弁当も持っていく。
水筒は不要。疑似魔法のウォータで水分確保はできるし、ファイアを使えば湯も沸かせる。ただし沸かす為の道具と飲む道具は欲しいので、小型のヤカンとコップは持つ。
序でに、気が変わった時の為にコッヘル。小型鍋タイプでいいか。
後は情報端末の為の、任務中に持参する小型筒タイプの充電器。
他には、エスタから試作品としてスコール経由で押し付けられた、魔力式充電器。要するに人間が持つ魔力を電力に変換し、小型充電器のエネルギーとして使う代物だ。
相変わらず、あの国は未来に生き過ぎている。突き詰めれば恐ろしいシステムだが、今は何も考えずに、丁度いいから試運転するか。
いつもの白い一張羅を羽織る。ハイペリオンを入れたガンブレードケースは、チェックを終えた。荷物も最終チェックが今終わった。
コンテナバッグを背負って、ガンブレードケースを手に持って、自室の扉へ向かう。
ルームシューズではなく、外出用のいつもの靴に切り替えて、首をぐるりと一周回す。骨の成る音がしたが、そのまま一歩前に。
自室の扉に手をかける。
頭の中で久しく使っていなかった、〝とある疑似魔法〟の使用演算を開始する。
途端に、一気に視界が狭くなる。
普段使用している疑似魔法の比ではない高負荷により、脳が余分な処理を遮断し始める。
音が消える。
臭いが消える。
おそらく味覚も消えた。
狭まった視界が一気に暗く落ちる。
一秒。現状座標を使用演算に組み込む。
二秒。使用演算に記録された、目的座標を呼び出す。
三秒。一気に視界が復帰する。
味覚が戻り、
臭いを感じ、
音が聞こえる。
鍵穴が回るイメージが脳で結ばれた瞬間、

 

「〝■■■〟」

 

秘匿された疑似魔法を発動したタイミングで、自室の扉を開けて一歩前に出る。
身体が扉を潜った段階で、扉から手を放す。
海の匂い。
草花の香り。
石造りの床。
文明と人気が失せた静けさ。
バラムガーデンの自室ではなく、麓の町でもない場所。
「はぁー」
……久しぶりに使うと疲れる。
脳が疲弊した結果として、一気に糖分が欲しくなる。
用意していた氷砂糖を袋から一つ取り出して、口の中に放り込む。ゆっくりと口の中で溶かしながら、懐かしい場所を歩く。
セントラのグッドホープ岬。
国家人口的に滅亡寸前とネタにされながら、荒廃した大地さえ国際的にジョークとして飛ばす、逞しい人間が暮らす国。
逆に言えば。雄大なる自然に負けず、荒廃した環境に負けず、モンスターさえ逆に殴り飛ばす逞しい人間しか、生き残らなかった。
遥か昔の、偉大なる古代文明の名を残し続ける国家。それがセントラだ。
一方で国家人口が全体的に少ない。要するに国土に対して定住者が圧倒的に不足している事から、迫害や差別の対象にされやすい種族が集い、暮らしている傾向が強い。
それはセントラという国が、環境からして誰かを迫害するのに適さない大地だという、背景事情もある。
無駄なマウント合戦やってる暇があるなら生きる為に動け。
どうでもいいから集団生存率を上げろ。
人間で争ってる場合かモンスター殴って生活可能エリアを拡大しろ。
迫害したいなら別大陸に行け。
モンスターそこそこ撲滅戦力はよ。
人間社会に疲れた。そうだセントラ行こ。
古代セントラ文明の遺跡を掘りに来るのはいいけど戦え学者。
むしろ人口増加の為においでよセントラ。
電波障害から復興した、情報黎明社会。電脳世界で飛び交うセントラ関連の言葉も、決して少なくはない時代になった。
そしてその言葉を、肯定できる全てがセントラにある。
荒廃した大地。
定住者が少なすぎる国。
そう言われるだけの、環境。
それでも、人間がいなくなる事はなかった。
かつての悲劇。かつての古代の激動時代。生まれ故郷を、それでも離れたくない。
そう意地を張った古代の血を脈々と受け継ぎ、生きる為に全力すぎる精神が発達し続けて、今がある。
だからこそ現代では、多種多様の人間や亜人が暮らし、その環境に適応したが故に定住者が生き抜ける、少人数国家がある。
対外的に見れば謎の団結力と、長すぎる歴史を持ち、独自路線を突っ走る。
国際社会の政争も何のその。勝手にやってろと、地面を掘ったら出てくる遺産に発狂しては、自国発展の政治家と遺産保全大好き考古学者が殴りあう。
国内整備に全力の、何故か滅亡しない不思議な国。
それがセントラだ。
……イデアも、その一人だったんだろうな。
言われたことも、教わった事もない。
けれど、こんなセントラの中でも辺境の端に、まるで隠れ潜むように孤児院を開いた。
それが、少しだけ答えのように思える。
ただ諦めの悪さと覚悟の深さは、流石セントラに生きた人間だと感心もする。
「はぁ~、荒れてんな」
誰も住んでいない家は、荒れる。
それは石造りの家でも変わらないが、そういう次元ではない壊れ方に荒れ方だ。別に不思議でもない現状を見ながら、歩く。
戦闘用の分厚く頑丈な厚底のおかげで、地面に何が散らばっていても安心して歩ける。このメーカーは特に頑丈だから、お気に入りだ。
所々に置かれたままの、木製の家具が現存しているのが奇跡だと思う。その一方で、イデアの魔力の残滓を感じて、魔法で維持されている事も分かる。
海に近い事もあるが、モンスター同士が争うだけで、余波で様々な物が壊れる事は日常だ。家も例外ではないし、この場所は周囲に人間もいないから、余計にだろう。
だからこそ、モンスターハンターは傭兵以上に食いっぱぐれる事がない、戦闘職の中でも安定した業界だ。バラムガーデンの卒業生も、この道に進む者達は多い。
くだらない無駄な事を考えながら、石の家から出て裏庭へ降りる。
かつて洗濯物が棚引く事もあった海岸近くの場所は、今ではすっかり廃墟だ。
使用演算でホーリーを発動して、周囲を浄化する。
人体の害がある細菌や汚物は、ホーリーで9割何とかなる。何故かは知らない。聖属性はこういう時に、謎の働きをするので便利だ。
ただ光を発する攻撃魔法の為、普通に眩しい。攻撃力のパラメーターを下げ、生命魔法の本質を底上げて発動しているので、石柱等は無事だ。目は無事じゃない。
比較的無事な、横倒しの石柱に腰掛ける。
記憶よりも錆びついた景色。
それでも自らの原風景の一つだからこそ、どこか安心感がある。
暫くぼうっと景色を眺める。
風の音。海の潮騒。遠くで聞こえる鳥の囀り。
人間が生きていようが死んでいようが変わらない、世界の動き。自分の存在なんて、ちっぽけに思えてくる。ありのままの景色。
ずっと見ていられるが、海風が少し厳しくなってきた。
……作るか。
まずは簡易的な拠点作り。
空を見上げるが、怪しい雲の動きはない。海も穏やかなものだ。
それでも、通り雨や突然の海荒れ等。天気の乱れも視野に入れて準備をする。
……つっても、屋根だけありゃいいしな。
ただ屋根だけあるっていうのも、味気がない。
コンテナバッグから、細長い重量物を取り出す。
袋を開けて、中にある骨組みを中心に掴む。比較的平地に移動して、地面に置いて、四方に布を広げて、中央にある骨組みの中枢。その頭を上に引っ張る。
それだけで、一気に骨組みが傘のように広がって展開。自立して丸屋根のテントになった。ワンタッチ式のテント。四方の固定具にペグを打ち込んで、地面に固定。
剥き出しの骨組みを保護する為に、ちょっとした屋根付きの外装を被せて、骨組みに固定。
これで終わり。
約1分足らずで展開・自立する、モンスターハンター向けの頑丈なテント。
ティンバーで遊んでいた頃に入手した代物だが、中々にいい品物だ。
モンスターハンター向けというだけあり、所々にモンスター素材も使われている。頑丈さが売りなだけあり、モンスターの激突もある程度は耐える。
入り口のファスナーを下げて、コンテナバッグを中に置く。
両面入り口タイプの為、向こう側にある入り口も開ければ貫通するが、それは止めておく。
代わりに、左右にある小窓のファスナーを開ける。虫除けのメッシュがハマった部分だが、通気性はいい。
何も敷かなくても、元々の床材が防御力とクッション性があるモンスター素材の為、そのまま寝転んでも違和感がない。
想定している業界が業界なだけ、即時展開・即時利用・即時撤収の三文字を掲げているテントなだけはある。
荷物を置く場所と、一日過ごす拠点はできた。
「……あとは」
周囲の安全確保。
ガンブレードケースから、ハイペリオンを取り出す。
弾倉をセットして、手の中で一回転。弾倉のセットミスによる揺れはなく、いつも通りのハイペリオンだ。
握り込んで、深呼吸を一つ。
頭の中で、自らのスイッチを入れる。
日常を過ごす俺から、戦闘をする時の俺にギアを切り替える。
生存の為の道筋。
闘争の為の狂気。
殺し殺される生存戦略と意地の張り合いだけが、必要な世界。
何かが欠ければすぐに死ぬ。そんな世界に沈む為の思考スイッチ。
周囲の煩わしさを排除する為に、もう一度呼吸をして、殺気と威圧を開放する。
周囲から音が消える。
虫の騒めき。
鳥の囀り。
――――モンスターの気配さえ。
十分に周囲の気配が消えた辺りで、ハイペリオンを地面に突き刺した。
……暫くは持つか。
モンスター除けなんて上等なものは持参していない。
本気で殺気をばらまけば、争う気のないモンスターは〝危険な縄張り〟に入ってこないから、こちらの方が安上がりだ。
準備ができたので、あとは適当に過ごすだけだ。
靴を脱がず、外に足を投げ出す形で座る。
テントのサイズは、成人男性2人が悠々と過ごせる広さだ。屋根がいい塩梅で日光を遮り、四方の壁が海風を軽減して、居心地がいい。

『サイファー、貰って欲しいものがあるの』

こんな突貫作業で石の家に来たのは、数日前にイデアに声を掛けられたからだ。
何かとは言われなかった。
何処とも言われなかった。
ただ優しい微笑みで、どこか縋るような視線で、イデアが俺に告げた言葉。貰って欲しいと表現するものなど、一つしか思い浮かばなかった。
つまり、この場所の事だ。
「立派な廃墟だな」
かつての景観は残っているが、現状は家として使えない。
もはや初見の人間が、廃墟と言っていい地。
それがバラムガーデンの前身と言ってもいい、石の家の現状だ。
……イデアの、まま先生の考えは、納得できる。
現状の俺を一番理解できているのは、おそらくイデアだ。
俺が何に惹かれて、何を考えて動いて、何を思っているのか。
幼い頃。石の家に引き取られた直後に言われた言葉も、何もかも覚えている。
……俺様、後追いで死ぬと思われてるな。
昔、イデアと約束した。
俺の仕える〝本当の魔女〟。本当の母が死んだからこそ、死に惹かれている俺をイデアは知っている。
仕えるべき魔女を、母を失った瞬間から、騎士が魔女に惹かれて死へと向かう事は、俺の一族ではよくある事だった。
だからこそ、よくある魔女の騎士の末路を進む俺に、イデアは約束した。狸爺とも約束した。

 

『あの人の代わりに、私を手伝って欲しいの』
『僕の代わりに、イデアを助けてあげてください』

 

魔女の騎士の代理騎士。
あの日、石の家に辿り着いた俺は、確かに代理とはいえ〝魔女の騎士〟に再び就いた。
その結果として、精神が安定した事でイデアは安堵していただろう。
けれど、宿命とも運命の果てともいえる、あの魔女大戦が終結した。
バラムガーデンに引きずり込まれた後、スコールの手伝いをしている俺を見ながら、イデアが気にかけてくれている事を知っている。
だから、あの手この手でスコールのサポートをしていた事も。
スコールが、俺の生きる為の縁に成ればいいと思っていた事も。
……石の家もその一環だ。
俺の生きる為の重しになればいいと、ここを別荘や避難所として使っていいと、イデアは俺に土地を譲ろうと考えている。
全部、もうわかっている。
わかってはいるが。
「…………めんどくせぇ」
二十年も生きていないのに、今を人生の余暇と言った俺に、狸は困った顔をした。
俺は、俺が選んだ道を歩いた。
誰に何を言われていても、それを選んだのは俺だ。
だから責任を感じられても困る。
今は、もう人生を賭けた仕事もない。
好きに生きて、好きに死ねればいい。

 

『……絶対に、責任を取らせるからな』

 

思い浮かんだ言葉に、思考が止まる。
思えば、あれから続いている。
スコールの猛アピールというか、理解したくない言動と行動の数々が、思い浮かんでは消えていく。
「……飯食うか」
現実逃避だと分かっているが、とにかく食べるか。
エネルギー不足で考えた所でいい考えは出ない。ましてや今は疑似魔法のせいでエネルギー不足だ。補充するに限る。
コンテナバッグから、二段弁当箱を取り出す。
作りすぎた品物のせいで、ずっしりと重たい。食べきれなければ、残りは夕飯の足しだ。
流石に持参していた除菌シートで、手を拭く。
机なんて持ってきてないので、二段弁当の一つ。一段目はテントの床に置く。平地で展開したので、斜めになる事もない。
蓋を開ければ、知っている中身がある。
持参した割り箸を割って、手に持ったままの二段目から、ずっしりと重たい逸品を持ち上げる。
一晩タレに付け込んで焼いた薄切り肉で、ぐるぐる巻きにした肉巻きおにぎり。
巻いている途中でバラバラにならないように、もっちりとした食感の米を選んだから、箸で持ち上げても纏まりがいい。
一口齧っても崩れない。モチモチとした食感。味が強い肉の旨味と醤油ベースのタレの味。
残った部分も噛み締めるが、やっぱり自画自賛だが美味い。
もう一つ、味噌ダレベースの肉巻きおにぎりも食う。
美味いが、冷まして食べる弁当として考えると、醤油ベースに軍配が上がる。
……味噌の方は、熱い内に食うやつだな。
頭の中のメモに書き入れて、残りも口に放り込む。
よく噛んでいる間に、持っている段を入れ替える。
まだ種類があるが、ひとまず次。
おにぎりを詰めた下段から、床に置いた上段へ。
箸は下段に置いておき、下段の中身を手掴みで持つ。
丸っこいバンズパンを切り、具材を挟んだハンバーガー。
具材は無難に、レタスとトマト、チーズにハンバーグを挟んだスタンダードな物を手に取る。
考えるのが面倒になり、味付けはトマトケチャップとマヨネーズを同量混ぜた疑似オーロラソース。
由来は忘れたが、昔ながらの本格的オーロラソースは面倒臭いと思ったので、簡単に代用できる疑似ソースにした。
……思ったより美味い。
普通に無難なハンバーガーだ。これは普通に凝った朝飯でもいい。
食べ進めて、本日の問題作の一つに手を伸ばす。
塩胡椒で焼いた分厚く切った丸茄子。醤油ダレで焼いた厚切りベーコン。適当に毟ったレタス。バラバラにならないように、接着剤目的で入れた焼き溶かしたスライスチーズ。
それを、バンズの挟んだ野菜バーガー。
……スコールが食うか知らねぇが。
あれは圧倒的に肉食だしな、と思いながら意図的に大口で齧る。
味は自分としても合格。丸茄子は想像以上に噛み応えがあり、肉厚で美味い。組み合わせはこれでいいと、自画自賛をしながら食べ進める。
……ベーコン、厚切りじゃなくて薄切りの方がいいな。
普通に口を開けて二口目。
噛み砕く中で、丸茄子の噛み応えが強いせいで、丸茄子より硬いベーコンの噛み応えが邪魔に思えてきた。噛み千切りにくいのは、食べる時にだるい。今度作る時は、厚切り一枚より薄切り二枚の方にするか。
自己評価をそこそこに終えて、残りの半分を食べ進めようとした時。

――――床に転がしていた情報端末が、着信音を響かせた。

一先ず齧りかけを弁当箱に戻して、手拭きで手を拭く。
情報端末の受信先を見れば、名前は想像通りだった。
通話許可のボタンを押しながら、耳に情報端末を押し付ける。
「なんだよ」
『あんた、どうやってそこに移動した?』
語るに落ちるとはこの事だと、思わず苦笑が出そうだ。
それだけ、あっちが焦っているという事か。
『ラグナロクは俺達が使っている。バラムガーデンも移動していない。あんたが即座に、そんな場所に行ける移動手段はない。いったいどうやって…』
「やっぱりな」
『なんだ?』

 

「お前、俺様の情報端末に何か仕込んでやがるだろ?」

 

耳に届く声が途切れた。
異様な程の、通話中とは思えない沈黙が流れていく。
……石の家に行くと告げたのは、狸にだけだ。
他の誰にも告げていない。
そして、俺が使う〝あの移動手段〟を知っているのは、現状ではあの夫婦ぐらいだ。
リノアにもまだ伝えていない。懸念すべきはエスタの〝アレ〟だが、アレが情報を漏洩するとは思えない。
……漏洩するなら、俺様を〝隠したり〟しなかったはずだ。
沈黙を無視して、弁当箱に置いた野菜バーガーを手に取り、齧る。
あちらにも咀嚼音が聞こえているだろう。だが、知った事ではない。
噛み砕きながら待っていると、耳元で小さく息を吸う音が聞こえた。
『……………………ソンナコトナイ』
「はっ」
丁度良く飲み込んで、鼻で笑う。
あまりにも片言の発音。動揺を隠せない震えた声。
元々、薄々気づいていたが、やっぱりという納得感しかない。
「別に、気にしてねぇよ」
バラムガーデンSeeD総指揮官と、その補佐官。表向きの役職は立派だが、実態は監視対象と監視役。その関係上、何らかの監視装置はあると思っていた。
だから、気にしていない。
『……違う。あんたが思っているような事じゃない』
残りを咀嚼していると、スコールの声が聞こえてくる。こちらの反応を窺っているような声色に、噛み砕きながら待ってみる。
『俺が、あんたを見失いたくなかっただけだ』
「…………お前、俺様のストーカー?」
『この野郎』
本当に言いたい事は分かっているが、言葉足らず過ぎる。
食べ終わってからすっとぼけてみれば、通話先から地獄の底から響くような不機嫌な返答が来たので、思わず笑ってしまった。
『まぁいい。戻ったら色々聞く』
「へーへー」
確かに通話でいう事ではない。話が長くなるし、どこで傍受されているか分からない。
……こんな会話を傍受した所で意味不明だろ。
対外的に聞けば指揮官様のストーカー行為だ。それを上司に報告してどうなる。頭が痛くなる奴が増えるだけだ。
『なぁ』
迷うように静かに呼びかけられて、何を言われるのかと耳を澄ませば、
『あんた、今何してる?』
くだらない話の幕開けだった。
一番の目的だった、石の家の現状は見た。あとは弁当食って、のんびりするかと思っていた所だ。どうせ他にやる事もない。
……付き合ってやるか。
「聞こえなかったか?飯食ってる」
『いや凄く聞こえていた。美味しそうで殴りに行くか悩んだ』
「なんで殴るんだよ」
『今、あんたの飯を食えない八つ当たり』
「理不尽すぎるだろ」
そういえば、こういう会話をするのも久しぶりだった。
バラムガーデンに回収されてから、基本的にずっと傍にいて、仕事も同じ事が多い。
メールで少しやり取りはしたが、これだけ離れて、声を聞かないのは久しぶりだ。
『そういえば、あんた授業受けてるか』
「受けてねぇ」
『なんでだ、卒業できないだろ』
「必要ねぇだろ」
『……それは駄目だ』
「知った事かよ」
『…………これも帰ったらだ』
「へーへー」
くだらない話題が積み上がる。話題の種類はころころ変わるが、その全てが普通の事だ。重要な事は何もなく、ただ日常会話をしているだけの通話。
あちらが任務中だと考えれば、ある意味で贅沢な時間の過ごし方だろう。

 

『サイファー』

 

声色が変わった。
くだらない日常会話を終えて、何かを決めたのか。
一歩踏み込むように、強く名前を呼ばれた。

 

「んだよ」

 

だから答える。
何があっても、お前に呼ばれたら答え続けた。
それは、昔から変えたことはない。
……お前はきっと、知らないだろうが。
『帰ったら、話をしよう。これからの事を、沢山話したい』
色々と情報を仕込んでいるんだろう。
俺と話すために、俺が言っていない情報を探っているのか。
それとも何も関係なく、ただエスタで任務を熟しているのか。
「いいぜ。話してやるよ。気に食わねぇ事は知らねぇがな」
どちらでもいい。
何だっていい。
……ただ、お前が俺をもう■■■■なら、なんだって。
『あと、あんたを食いたい』
「脳味噌ピンクやめろ。任務中だろてめぇ」
『今は待機中だから問題ない』
これと話していると、時々本当に馬鹿らしくなる。
考えている事が、何もかも的外れな気がして、どうでもよくなってくる。
それでも、決めた事はある。
これからどうなるとしても、決着は付ける。
多くの問題が散らばっているが、それでも一つだけは決めた。
例え、俺の望み通りにならなくても。
例え、俺の知っているお前ではなくても。
……〝お前〟を諦めた俺でも、それでもいいと〝今のお前〟が言うなら、もういいか。
俺との〝約束を忘れたお前〟でも、お前である事に変わりは無かった。
お前がお前なら、もうそれでもいい。
「そうだな」
そうやって思えるのは、きっとお前と過ごした日々があるからだ。
……なら、もういいか。

 

「お前になら、食われてやるよ」

 

通話を即座に切る。
答えを聞くつもりはなかった。
もう鳴る予定のない情報端末を床に転がして、下段の弁当箱を掴んで持ち上げる。
箸を掴んで、塩ダレベースの肉巻きおにぎりを持ち上げて、噛み千切る。
三種類用意した肉巻きおにぎりの中で、一番シンプルなそれは、味付けを失敗したのかしょっぱかった。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

通話接続が切れた画面を、見下ろした。
再び接続するつもりはない。きっと慣らしても、通話に相手は出ない。
それぐらいわかっている。
それと同じぐらい、理解している。
……サイファーが何かを諦めた事を。
今はもう、何を諦めたのか理解している。
理解できるだけ、ここで過去の自分を掘り返して、自己嫌悪で内心七転八倒してる状態が続いている。
正直に言えば、精神状況は任務どころではない。
それでも、一応はプロなので。
傭兵部隊SeeDの、SeeD指揮官なので。
知っている奴らばかりだけど、踏ん張って任務を熟している。
熟して、いるのに。

『お前になら、食われてやるよ』

耳に届いた言葉が、何もかも砕いていく。
俺の事を侮った事を、絶対に後悔させてやる。
何処にもやらない。
あんたを逃がすつもりもない。
死者に惹かれるあんたの襟首掴んで持ち上げて、俺だけ見るように体も心も何もかも、滅茶苦茶のぐちゃぐちゃに踏み潰してやる。

 

待機中のスコールを呼びに来たSeeDの一人は、呼びかけるはずの口を引き攣らせた。
無表情で怪しくも恐ろしい光を宿した、灰交じりの青眼。
それでただ静かに情報端末を見下ろし続ける、一種異様なその姿。
そのあまりにも恐ろしい雰囲気に、しばらく呼びかけるか悩み続け、話しかける事もなくそっと退出した。
人はそれを戦略的撤退という。

 

 

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