❖ 指揮官専属デリバリー・HONEY - 3/6

 

✟ 野菜たっぷりグリーンシチュー ✟

 

サイファー・アルマシーには、秘密がある。
最近話題の、疑似魔法の使用理論の改訂版。そのオリジナルとなった脳波と演算の原型。その推測先としても、密かに話題だ。
けれどその話題さえ、エスタが発信した〝疑似餌〟。
本当の真実は、サイファー・アルマシーが元々持っていたモノを隠すための、〝隠蔽情報〟に過ぎない。
疑似魔法の使用理論の改訂版。
その素となり原型となった、オリジナルの男であるならば、出来るかもしれない。

――――世間の人々が、そう納得できるように、誘導する為の疑似餌。

全ては、荒波を立てなくない人々を、守るためのモノ。
何故それを持たなければならなかったのか。
その理由を示す、答えを隠すために。
前の世の、
今の世の、
後の世の、

――――〝魔女の騎士を守る〟ための策略の一つ。

例え、エスタの超と称される異次元の科学力を持っても。
人類のバグともいえる、オダインの異様な開発力があれど。

――――〝遺伝子〟だけは、封じることも、排除することも出来ない。

否。
正確には違う。

――――〝彼女〟は、目覚めさせただけだ。

その血を、
その歴史を、

――――その身に隠れて潜んだ〝真実〟を。

もしも彼女が全てを暴いたならば、彼女は全てを手に入れただろう。
けれど。
幾重にも重なった〝真実〟を、
幾年も受け継がれた〝歳月〟を、
脈々と静かに受け継がれた〝血の才能〟を、

――――強大な力を持つ彼女は、些事だと無視をした。

そして手に入った〝道具〟を便利にする為だけに、その力を振るった。
それは、人類にとって〝幸いな事実〟であり、
長き連綿と続く一族の〝集大成〟ともいえる〝血の防壁〟だった。

――――故に〝その過去〟は、〝その秘密〟は、秘匿される。

知る者さえ、限られる。
元々〝昔からサイファーの過去を知っていた〟独自の情報を持つ、彼の脳を調べたオダイン博士。
オダイン博士の万が一の暴走を防ぐべく、〝過去〟を掘り起こしたエスタの大統領と二人の側近。
〝オダインが黙っている過去〟を掘り返すための、養父の協力者となったエルオーネ。
監視対象であるサイファーの身元引受人であり、サイファーの秘匿された過去を〝正しく知る〟クレイマー夫婦。

そして――――。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

「おっハロー!」
「…………」
ガリガリガリと勢いよく動くミキサーの蓋を押し続けながら、豪快に扉を開け放って挨拶をしてきた女を、思わず一瞥した。
……あの狸親父。
指揮官室の隣。運営側の仮眠室。
そこにある簡易キッチンで作業中。扉を開いて、唐突に表れた〝よく知る部外者〟を一瞥する。
「あ、ごめん。料理中だった?」
「別に構わねぇよ」
上からしっかりと押さえつけて、電動の力で高速回転する刃に粉砕される野菜を見ながら、現状のバラムガーデンの防衛方面に思いを馳せる。
思いを馳せた所で、そもそもリノアという存在は、セキュリティをスルーされるだろうと確信もある。
上層部の過半数がこの女に甘いせいだ。
「それ、今日のお昼ご飯?」
「そーだよ」
視線を向けた先に、きらきらとした視線でこちらを見つめる、よく知ってる女の眼差し。
顔に全力で書かれている意思表示に、深々と溜息を付いた。
「食いたきゃ、そー言えよ」
「はい!食べたいです隊長!!」
「誰が隊長だ」
かつてティンバーで出会った頃。
名乗らなかった通りすがりの自分を、呼び止める為に隊長を呼んだ女がいた。
……どうやら覚えていたらしい。
片手でテーブルの方へ、シッシッと追いやるように手でジェスチャーをしてから、作業を再開する。
……別にメニューの変更はいいだろ。
そもそも、冷凍保存を考えていたので、人数が増えても問題ない。
保存分が少し減るだけだ。頭の中で残量計算しながら、ミキサーの蓋を開ける。
下処理した大量のほうれん草と、適量の牛乳を混ぜ合わせた緑色の色鮮やかなペーストが見えた。
理想的にどろりとした状態のそれを、とりあえず横に置く。
時短の視点からカロリー計算度外視で、本日はシチューの市販ルーを使う。
安全の観点から、火を止めていたコンロ。その上にどん!と鎮座する大鍋の蓋を開ける。
包丁で程よい形に切って、鍋に投下していた具材たち。
ジャガイモとブロッコリー、玉葱に人参、そして大きめに切った鶏肉。彩りとして、追加で缶詰めコーンを開けて汁ごとポイ。
軽く煮込んでいたその鍋に、再びコンロの火を点火。程よく沸騰した頃に、再び火を止める。
市販のシチュー箱を開封。厳重な包装を剥がして、白いルーを適量に投下。
綺麗に溶けるまで、木べらでぐるぐると鍋を掻き混ぜる。
「お前、米かパンか、どっちだよ」
「ん~~?パンな気分かな!」
「そうかよ」
再びコンロに点火。
ルーに火を通すべく、煮込んでいる間に冷凍庫から固焼きバゲットを取り出す。
トースターの扉を開けて、適当に並べる。
どれだけ食べるか知らないが、食べきれない分は自分が食べればいい。
タイマーダイヤルを回して、バゲットが温まる時間で手を放す。
鍋の中身がひと煮立ちした頃。ミキサーで刻んだ、ほうれん草のペーストを投下する。
一気に白いシチューが、色鮮やかな緑色に染まっていく。
「……ん」
スプーンで、味見一口。
ほんの少しだけ悩む。
食べる相手がスコールならば、問答無用でバターを突っ込む。
だが今日はリノアが相手だ。カロリー度外視と言えど、追撃を加えるのに少し考える。
「…………こっちか」
コンソメの素を取り出して、適当に投下。
具材が溶け過ぎないように火力を調整して、ぐるぐると木べらを回す。
ひと煮立ちさせて、もう一度だけ味見。
十分にコクも味もある。これぐらいで大丈夫だな。
「お前、どれだけ食うんだよ?」
「サイファーより少なくしてほしいな!」
「当たり前だろうが。腹減ってる方なのか、違うのかどっちだよ?」
「お腹減っております!」
「へいへい」
大き目の皿を一つ、一回り小さい皿を一つ、取り出して並べる。
なんだかんだと、SeeDは肉体労働かつ頭脳労働だ。
キスティスやセルフィを含めて、バラムガーデンの女子学生でも、男子学生並みに食べなければ頭も身体も耐えきれない者もいる。
それほどに、〝兵士養成学校〟の名は伊達ではない。心身共に戦場で耐えられるだけの力量を身に着ける事を主目的とする。
そうしなければ、先にあるのは〝何も残せなかった雑魚の死〟だけだ。
その点で言えば、リノアは意図せぬ当代一有名な魔女でありレジスタンスの一員だが、消費カロリーという点では、SeeDより下もそのまた下のはず。
お玉で掬って、器に盛っていく。
温めたバゲットは籠にキッチンペーパーを敷いて、その上にどかどか盛る。
「私もやるよ?」
「座ってろ、お客様」
「む~」
不満そうに口を尖らせる女を着席させて、皿やバゲット、冷蔵庫から出したお茶ポット、ガラスのコップを着々と配膳する。
最後に、バゲットの受け皿として小皿と、その上にスプーンを乗せる。
「ほらよ」
「おぉ~~。すっっっっごい!……緑だねぇ」
「グリーンシチューだ」
「余ったのは、どうするの?」
「非常用の冷凍」
「おかあさん」
「誰がだ殺すぞ」
「んふふ」
何が楽しいのか。部屋に入ってきた時から、ずっとにやにや笑っている。
どうせ碌なことを考えていない。
「「いただきます」」
リノアもいるしやるかと気まぐれを起こした食前の挨拶が、偶然にも被った。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

う~~ん!
SNSでも見てたけど、美味しそう~~!!
今日は一番大事な用事でサイファーを尋ねたけれど、サイファーのご飯に巡りあえるのは幸先がいいな。
スプーンをシチューに入れて、掬ってみる。
良いとろとろ具合の、とろりとした緑色のシチュー。熱々のそれに、ふーふーと息を吹きかけて、まずは一口。
……これ、本当に市販のルー?
じっくりコトコト煮込まれた野菜の旨味と、とろとろの楽しい舌触り。
時々開催されるレジスタンスの仲間集会で、森のフクロウの皆と一緒に食べる時に作る、市販ルーのシチューと違いすぎる。
それに、味が凄く濃厚。
バゲットを一つ手に取って、シチューに浸す。どろりとしたルーが、バゲットに染みるように拭って、一口。
「……ぉ、おおお~~!」
……美味しい!!
濃厚な味が、バゲットと合わさって美味しい。これはまさに固いバゲットと食べる為に、調整された濃厚なルーだ。
グリーンシチューも美味しいけど、主役がバゲットだとしても不思議じゃない。
自然と頬が緩んで、笑顔が浮かんでいる自覚がある。
すぐに二口目。三口目と、食べ進める手が止まらない。
……本当に美味しい。
森のフクロウの皆にも作りたいな。
レシピ貰えないかな。
「……はっ!」
気が付いたら、皿からシチュー消えていた。
……失敗した。
美味しすぎると、すぐに食事の時間が終わっちゃうから、もっと味わえばよかった!
考え事しながら食べてたの、失敗だ。反省反省。
「……おかわりは?」
「え?」
名残惜しそうに、空っぽのお皿を見ていたからだと思う。
何処か楽しそうな、悪戯を思いついたような顔で、サイファーがこっちを見ていた。
「いるか?」
「…………………欲しい!」
頭の中でカロリー計算や、これからの運動量などが、ざざーっと流れていく。
けれど、気にしない!
今、巡り合えたサイファーのシチューが美味しいので、お皿を片手に突き出してみる。
サイファーは、笑って受け取ってくれた。
あの頃のように、兄がいたらこんな気分だったのかと思うような、素敵な顔で。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

キラキラとした顔で、皿を差し出す姿が、変わらないと思う。
二杯目もぺろりと食べ終えて、幸せそうな笑顔で食後の紅茶を飲んでいるリノアの前に、どっかりと座り込んだ。
「んで、用件は?」
「ん~」
どう言おうかな、と顔に書いてあるが、それを気にしないで続きを促す。
内面が顔に出やすいのは、あの激動の大戦をくぐり抜けても、相変わらずらしい。
「私がさ、イデアさんに魔女の事を学んでいるの、知ってる?」
「知ってる」
ある意味で、リノアが現状のバラムガーデンの部外者と言い切れないのは、この要因が絡んでいる。
あの魔女大戦において、魔女の力を意図せずして受け継いだリノアは、よくある〝突発的に自然発生した魔女〟の一人だ。
本当ならば。
自分が何者か悟り、何をすればいいのか、どうすればいいのか分からないまま。周囲の疑心と裏切りと迫害の中で、失意と共に暴走する魔女が多い中で。
リノアは幸運だった。
先代から正しく魔女を受け継いだ、代々魔女を正しく受け継ぐ一族出身の、イデアがいた。
何一つ分からないまま、暗闇を彷徨う事はなく、魔女の先人から知恵を与えてくれる者がいる。
それは本当に、幸運な事だ。
「それで、イデアさんが言ってたの」
「何を?」

 

「サイファーに、〝魔法を教えてもらってください〟って」

 

その一言から。
自分の顔から、表情が抜けた自覚はある。
紅茶の入っていたマグカップを置いて、リノアは真っすぐにこちらを見ていた。
「イデアさんから、お話を少しだけ聞いて。後は、私とサイファー次第だって」
マグカップを手に取って、紅茶を一口飲む。
イデアがわざわざ、リノアに話した理由や、自分に選択を委ねた理由は察しがついた。
知っている。
俺は、知識として知っている。
体感として、全てを知っている。

――――〝魔女を代々継承する〟事は、本当に大変な事だと。

〝俺の一族〟と違って、〝イデアの一族〟は、長らく継承者不足に喘いでいた。
イデアが5歳の頃。
先代の魔女からすぐに力を引き継いだのは、それが原因だ。
ようやく生まれた、魔女の力を継承できる子供。肉体的だけではなく精神的に限界だった先代の魔女は、力を託して力尽きた。その後、イデアが必要とする魔女教育は、一族の他の者が担ったはずだ。
しかしだからこそ、〝イデアの一族〟は魔女の力の制御と、魔女の騎士に関する事を重点的に教えていたはずだ。
それ以外の、〝魔女の物語〟の継承には失敗している一面がある。
受け継がれるべき〝星々の記憶〟を、偉大なる愚かな〝三文字の神の名〟を、その真の系譜を。
我ら人間が、〝いかなる存在〟であるのかを。
それら〝神話の継承〟に失敗しているからこそ、〝神話の系譜の魔法〟を失伝している。
〝俺の一族〟は、ある〝技法と契約〟によって、その継承に成功している。
イデアはそれを、俺がいいなら、リノアに教えて欲しいと思っている。
今、リノアが俺の前にいるのはそういう事なのだろう。
〝俺の一族〟からも、知識を与えて欲しいという協力要請。
もしくは、俺から〝一族〟に連絡をして欲しいという、遠回しのお願い事。
現代で最強の魔女になってしまった、〝最も強力な魔女の力を持つ少女〟を助けて欲しいという願い事。
そして来るべき未来の為。
伝説のSeeDが、〝魔女アルティミシアを殺す為〟の、過去から脈々と続く継承を行えるように、正しい知識を与えて欲しい。
後続の魔女を思う、先代魔女としての願い事。
「私ね、色々考えたの」
「そーかよ」
「うん」
こちらの頭の中も知らず。
考えなんて、一つも分からない癖に。
それでも、何でもないようにリノアが笑う。
何でもない普通の、あの頃のように。

「サイファー、お母さんってどんな人だったの?」
「――――は?」

何故かキラキラとした瞳で言われた言葉が、脳を素通りした。
てっきり、俺の事について聞かれると思っていた。
一族の事や、何故イデアが俺に誘導したのか。どうして俺が話題の上がるのか。他にも様々な疑問点はあるはずだ。そのはずなのに、
……最初に言う事がそれか。
なんだか少し、呆れてしまった。
「私、考えたの。サイファーの実のお母さんが〝魔女だった〟って聞いた時に、本当に考えたの」
そうだ。
俺の実の母は、俺を産んだ母親は、魔女だった。
先祖代々魔女を受け継ぐ、イデアの一族のような、異なる一族の魔女だった。
‶一つの目的〟を達成する為に、遠い遠い昔に離れた、星々の一族の一つ。
「まず、どんな人か知りたい!……って」
「なんでそ~なる?」
「だって、サイファーのお母さんだよ!」
目の前で言われた言葉を、理解するのに一拍かかった気がする。

「どんな人か知りたい!」

魔女としてではなく。
イデアに聞いたであろう、謎の一族としてではなく。
気になるはずの、魔法の事でもなく。
まず最初に、俺の母が知りたいのだと、わくわく好奇心を隠さない女の瞳。
それは、知り合いの母親がどんな存在だったのか知りたい、子供の視線に見えた。
何かを言おうとして、口から何も出ず。
身構えていた自分が馬鹿になるぐらい、楽観的な女の様子に、深々と溜息を付く。
……まぁ、リノアだしな。
この女はいつもそうだった。
気になる事があるはずなのに、ここぞという致命的な一歩を、無遠慮に踏むことがない。
そういう事を理解する、他人を気遣うアンテナが強い。
もし踏み込むとしたら、その結果をきちんと正面から受け止める覚悟があり、ずっと付き合うと決めた時だけ。
「わぁ~ったよ」
「本当!?」
正直、母について知っていることは少ない。
俺が3歳の頃に、死んでしまった女。
それでも記憶があるのは、お節介なG.F.のせいだ。
「そうだな」
きっと、こちらを気遣っていると分かっている。
分かっているが、こいつの為になる話でもしてやるかと、頭の中を探って……。

 

「襲ってきた奴を、蛙にして家畜の餌にした話はどうだ?」
「なにそれこわい」

 

リノアの顔に、魔女ってそんなことできるの、と書いてあるのを理解して。
笑いながら、母親が遭遇した馬鹿げた事件を話す事にする。
馬鹿げているけれど、きっと役に立つ〝魔法の話〟を。

 

 

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