❖ 僕らのハロウィン★ナイト! - 6/8

 

「はぁ」
あまりの息苦しさに、サイファーは被っていたカボチャ頭を放り捨てる。
ガラゴロンと転がる音に、人の頭に乗せる重量じゃないと改めて実感して、苦虫を噛み潰した顔をしながら、ぜぇぜぇと自然と上がっていた息を整える。
汚れる事も厭わずに、勢いよくどっかりと座り込めば、全身に纏った金属鎧と床がガチャガチャと重苦しい音を響かせる。
しれっと腰の留め具に差し込み、そこそこ重さのあるマントのせいで気づかれなかったペットボトルを取り出して、キャップを捻る。
生温くなった中身のミネラルウォーターを一気に呷れば、水分不足の体によく染みた。
「あ~~~~!くっだらねぇ」
空っぽのペットボトルを横に転がして、そのまま背中から床に転がる。
ガチャガチャと鎧が鬱陶しいが、次の見回りは一時間後だ。
わざわざ着替えるのも面倒だと、サイファーはそのまま休憩に入る。
いつもならば、こそこそと何人もいるこの場所も、今は誰もいない。
バラムガーデン校内の一部がイベント関係になっている都合上、この場所は厳重に閉鎖されているからだ。
ただし、サイファーに閉鎖など関係がない。補佐官の権限で開いて、突破してしまえばいいだけだ。
碧色のサイファーの目に、晴れ渡った空が見える。
雲がゆっくりと動くその様を眺めながら、ごちゃごちゃと頭に散らばった全てを鬱陶しく感じつつ、目を閉じる。

 

「――――やってくれたな、あんた」

 

どれぐらい時間が経ったのか。
瞼を閉じて、遠くの祭りの音を聞いていたサイファーは、ドスの効いた声に目を開ける。
目を開ければ魔女に扮したスコールが、仁王立ちでサイファーを頭上から見下ろしていた。
気配で分かっていたが、重要な何かがあるわけではないと悟り、サイファーが目を閉じるその寸前で、
「俺の計画が台無しだ」
耳に飛び込んできた言葉に目を開ける。
地面に転がっているサイファーの視線と、見下ろしているスコールの視線がぶつかり合う。
ドレスが汚れる事も考えず、スコールがサイファーの頭上で座る。
そのまま、逆さまの状態で覆い被さるように見下ろされて、サイファーは顔を顰める。
お互いに逆さまのまま、視線を交わしあうが、スコールが不機嫌である事しかわからない。
今のサイファーは被り物のせいで疲労していて、脳味噌を働かせるつもりがないので、余計にわからない。
ぐっと身体を倒して、スコールの顔が近づいてくる。
「あんたと」
「……なんだよ」
ゆっくりと目を細めて、ギラギラとした殺気にも似た不満を隠そうともしないスコールの視線を、真っ向から受け止めてサイファーも反射的に睨みつける。

「色々気にして、ガーデンの外に任務以外で出もしない、あんたとデートがしたかったのに」

耳に届いた言葉に、驚いて目を見開くサイファーの額に、スコールがそっと口づける。
「それなのに」
チッと、重々しい舌打ちが至近距離から聞こえててきた。
驚くサイファーの視界に、睨んでいるスコールの視線が突き刺さる。
「何してくれてんだあんた。有名になりすぎて、誰でもないあんたと出かけられなくなっただろうが」
「……はぁ?」

二人にとっては、散歩道も同然。
一般のガーデン生徒にとっては、そんなピクニック感覚で歩く事は自殺行為になる。
モンスターが跋扈する訓練施設の奥。
秘密の場所と呼ばれるそこで、恋人二人が仲良く仮装で転がっている。
傍から見れば、バカップル同然の字面。
しかしその実態は、不機嫌丸出しの獅子と、何が起こっているのわからない男だった。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

事の起こりは、一つの屋台の崩壊だった。
バラムのハロウィンイベントは、町全体の規模で行うには、突貫工事と言えるスピードで準備が進んでいた。
元々がバラムガーデンが行うはずだったイベントに、行政が便乗した形だ。学校規模と町規模では、必要な準備が段違いだ。
だからこそ、その迅速な準備の呷りを受けて、屋台の支柱が欠陥品だったことを見抜けなかった。
屋台の主は、色んなものを覚悟した。
これから先の人生、賠償金やら何やらの借金だらけになる覚悟だ。

しかしそんな人生の瀬戸際で、彼は〝お化けの騎士〟に出会った。

バラムガーデンには有名な〝魔女の騎士〟がいるが、それとは違う。
大きなカボチャ頭を背負った、全身甲冑姿のハロウィンお化け。最近巷で流行りのハロウィンの代名詞たる〝ジャック・オ・ランタン〟。それを模したニヒルに笑う被り物。
その空洞の暗黒の中で、炎のように極めく何か。
まるで、スローモーション。
どこかの映画のワンシーン。
背中に背負う大剣を引き抜いて、右手でくるりと一回転。柄を握りしめて、一歩前。
配下の猫たちの前に出て、片手で大振りに一線。

それだけで、斬撃が飛んだ。

屋台の店主は一般人だ。
戦闘をお目にかかった事なんて、遥か昔の記憶だ。それでも理解できるのは、斬撃ってそんな気楽に飛ぶものだっただろうかという疑問だ。
何よりも恐ろしいのは、飛んできた斬撃が他の何も傷つけず、屋台の折れ崩れそうな屋根部分だけ斬り取った事。
正確無比の射程。
精密操作のような切れ味。
吹っ飛んだ屋根に気を取られている間にも、奇跡は続く。
ハロウィンの怪物が、指を鳴らした。

パチンッ!と、一回目で屋根が浮いた。
パチンッ!と、二回目で屋根の周りに球体ができた。
パチンッ!と、三回目で球体の中が激しく燃え上がった。
パチンッ!と、四回目で球体が弾けて、上から氷の小玉が降ってきた。

頭にぽこぽこと落ちてきた氷は、確かに痛かった。
痛かったが、通行人の人々を巻き込む事無く、お祭りを安全に続けられる事に何より感謝した。
駈けつけてくれたイベント運営委員会の人々が、簡易的な防火布で出来たテントを張ってくれて、屋台を再開できた。
再開できると分かった時に、何かが羽のように軽かった。
吊り橋効果だとしても、何も後悔はない程に、じんわりとした感謝と感動があった。

――――魔法のようだった。

指を鳴らすだけで、場面を切り替えていくような、まさしく魔法のようだった。
頭の中では、疑似魔法だと分かっている。
本物の魔法を使えるのは、魔女だけだ。
それでもまるで、奇跡のような魔法だったと思ってしまった。
「そうだ!」
屋台の出し物は、クレープだった。
メニュー表を書き換える。
焼き終わったクレープの生地の上に、カボチャのクリームを中心にした、今回の屋台の目玉だったハロウィンクレープ。
その一部を変える。
取り出したウエハースにチョコペンで即席に大剣を描き、それをクレープに突き刺した。
上にドカッとインパクト重視で盛っている、バニラアイスにはチョコペンより黒に近い、チョコソースをかける。
あまりにも即席だ。
それでも、今はこれしかないと頭の中で、自分が叫んでいる。
「ご迷惑をおかけいたしました!これより再開します!」
周囲に声を張り上げる。
売るのだ。
これを売って、売って、売れるだけ売って、売れなくても高らかに叫べ。
来年も開催するならば、もっともっといいモノを作る事を誓って、即席で作り上げた〝新作〟を声高らかに叫ぶ。

「お化け騎士のクレープ、いえ。――――〝ハロウィンナイト〟!」

自分を助けたカボチャ頭の甲冑騎士。
礼を言えないまま去ってしまった、その恩人に伝われと叫ぶように。

 

「感謝を込めた、ハロウィンナイトクレープです!ぜひ食べてみてください!!」

 

この日。
クレープ屋台は、彼の屋台運営歴の中において、人生で一番の売り上げを記録した。
帰り支度の中、彼はバラムガーデンに向かって拝んだという。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

ネットワークが活性化し、情報化社会への道を走っている時代。
科学超大国という、化け物のような大国エスタが沈黙を破り、表に出てきた時代。
行政もまた、あらゆる意味で方向転換を模索する日々だった。
「――――素晴らしい」
今回のハロウィンイベントの評価・感想・話題、それら全てを眺めていたバラム島国側の役人は、惚れ惚れするような成果を噛みしめていた。
お祭りであれ、イベントであれ。
あらゆる意味で必要なのは、話題性だ。
人の噂話にしやすい、形ある代表コンテンツ。
キャラグッズや象徴にしやすい、これを見ればこれだと分かる、象徴物。
それらがなければ、一般市民の頭の中に残りづらい。様々な話題と情報が流れていく世の中、生き残りをかけた評価と噂話の戦国時代は、目前である。
バラムは島国だ。
人気の観光地だ。
しかし変化しなければ、胡坐をかいたままでは、飽きて忘れられるかもしれない。
真偽不明も多々あれど、田舎の情報もパパッと出てくる電脳世界。それが活性化していく中で、バラムが人気〝だった〟観光地になったら目も当てられない。

だからこそ、バラムガーデンのハロウィンイベントは渡りに船だった。

先の魔女大戦で色々あった事で、お互いに話を通しやすい事もあった。
便乗と言われようと、乗っ取りと言われようと、バラムを盛り上げる為なら鬼にでもなる。そんな役人率いるハロウィンイベント陣営は、大盛況の成果を噛みしめていた。

そんな中で飛び込んできた、素敵なお祭りアイコン候補。

いそいそと電話を取って、バラムガーデンに電話をする。
〝ハロウィンナイト〟の使用許可を取る為に。

 

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