❖ その息の根を止める ~S.L.Birthday 2025~ - 5/8

 

……暑い。
想像以上の暑さに、深々と溜息をついた。
正直言うと、昨日の記憶がない。
ずっと寝ていた気がする。それはそれとして、とても幸せではあった。
……そういえば、これだけ〝予定がない日〟も久しぶりだ。
正直言えば、SeeDは任務を受けなければ休日がある。しかしながら、学生生活は続いている。その為、学生生活とSeeDの両立は、上手に調整を行わなければ休日がなくなる。
時々、SeeDになりたての生徒が、疲労で廊下の片隅で寝落ちをしているのも、ある意味ではバラムガーデン校内風物詩である。
「おい」
暑さのせいか、ぼうっとしていると、前から声が飛んできた。
「おい」
返事をせずにいると、二回目の声掛け。同時に、顔面に剛速球で何かが飛んできた。
反射的に掴むと、中身がたっぷり入ったペットボトルだ。思わず睨みつける。
「生きてんのか?」
「見てわかるだろうが」
呆れた顔でこちらを見下ろすサイファーに、舌打ちしながら答える。
そもそも、こうして木々が生い茂る小高い森林の道を歩いている時点で、生きているのは明確だろう。ゾンビでもあるまいし。
なんとなく腹が立って、投げつけられたペットボトルのキャップを捻り、中身を一気に呷る。
少しぬるくなっているが、外気よりは冷たいミネラルウォーターが、喉を通って胃に流れ込む。その感覚が気持ちがいい。
喉が渇いていた、という事を実感しつつ、半分残ったペットボトルを握る。
先を歩いているからこそ、自分より高い位置を歩いていく背中を見る。
……ムカつく。
こいつは、なんだかんだで姿勢がいい。
そして、憎たらしい程に体格がいい。
普段は分厚い白いコートに覆われて、身体のラインをしっかり見ることはできない。
今は違う。暑い日差しの中、木々に遮られて少し涼しい緑の道を歩いている薄着の背中は、しっかりと筋肉の付いた身体を連想させる。
……本当に、腹が立つ。
人の気も知らないで、後ろの相手が自分についてくると信じて疑わない。そんな背中をいつも見ていた事を思い出しながら、残りのミネラルウォーターを呷る。
柔らかい素材で出来たペットボトルを捻り潰して、ズボンのポケットに突っ込む。
「なんなんだ、あんた」
大股で歩いていけば、あっさりとその背中に追い付いた。
「何がだよ」
「目的はなんだ」
「はぁ~?」
お互いに足は止めない。
靴底から森林独特の土の感触を感じながら、それを踏みしめて突き進む。
目的地さえ分からない中、言われるがままについてきたが、何が目的なのかさっぱり分からない。
ハイキングをするような趣味でもあったのだろうか。
いや待て。
確かに今よりもっと若い頃。サイファーはバラムガーデンを抜け出して、ティンバーに遊びに出かけたりしていた。確かにサイファーは出かける事が好きだけど、なんで森を選択したんだ。
黙々と歩きながら、溜息をつく。
突然に与えられた四泊五日の隔離休暇。
混乱していた一日目。
ひたすら惰眠を貪った二日目。
そして迎えた三日目は、コテージから出発して森林浴というか、山道の移動。
正確に言うと、サイファーに用意された朝食を寝ぼけ半分で食べていた所、適当に服を用意されて着替えを催促されて。
なんとか朝食を食べ終えて、着替え終わったタイミングで、コテージから蹴り出される形で出発したので、本当に分からない。
「目的ね」
サイファーが、ふいに呟きながら立ち止まる。
振り返ったサイファーは、真顔のままこちらを見下ろしてきた。
何を言われるのかと、心の中で少しだけ身構えて。

 

「お前の天日干し」
「ふざけるな」

 

返答された言葉に、殴りかからなかったのは褒められていいと思う。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

……自分の体力が減っている事に、気づいてないんだろうな。
ふぅ、と本人は溜息を付いているだけのつもりだろうが、息が微かに上がっている。
足を進めながら、つらつらと今までのスコールのスケジュールを考える。

バラムガーデンの組織改革に、狸親父と共に外部に向けての説明やら交渉。
SeeDの採用・管理・運営に、抜本的な改革に伴うSeeDの定義の再設定。
先の魔女大戦で明確に確定した、G.F.ジャンクションに伴う副作用と、それを軽減する枠組みの試行錯誤。
G.F.の研究をしたいと名乗り出た、エスタの研究所と交渉。
〝伝説のSeeD〟という代名詞が張り付いたが故に、有名人会いたさに任務を入れてくる、金持ちのアホ共との交渉や任務受注。
〝魔女の騎士〟こと、俺の事についてのあらゆる機関からの質問状への返答。いやこれは狸がしてるかもな。
指揮官室の面々や、狸にイデアに、教職員の一部。役職持ちに仕事を分けてはいる。
それでも積み上がる指揮官しか扱えない仕事に、もくもくと仕事を片付けていた姿。

……段取りが悪いんだよな。
対人関係を忌避して、今まで一人で過ごす事を好んだツケが回ってきている。現状のスコールの段取りの悪さは、人を使う事に不慣れだからこそ起きた惨劇だ。
……これでよくSeeD部隊の隊長が務まったな。
スリーマンセル。SeeDが任務を効率よく回すために導入された、三人一組の最小単位チーム。その一方で、まだソロで活動できない新人に、よく採用される方式だ。
……後々の思惑はあっただろうが。
よくぞ当時の一人大好き対人能力滓のスコールを、スリーマンセルだとしても隊長に据えたものだと、情報閲覧中に思ったものだ。
今はマシになったとはいえ、スコールはまだまだ、他人を使う事に慣れていない。
そもそもとして、知らない人間と会話することがストレスになる、隠れ人見知りだ。
風紀委員長を務めた視点から見ても、対外的な対応で悪戦苦闘しているスコールが、バラムガーデン内部の派閥調整ができるとは思えない。
……だからこそ、俺だったのかもしれないけどよ。
人選ミスにも程がある。
そんな今までを考えながら、歩きついた先。

 

――――唐突に、視界が開けた。

 

昔に地滑りでも起きたのか。大きく切り立ったような崖。
その先に、足を進めてみる。
生い茂った木々を背中に、崖の下を覗き込めば、大きな湖が広がっている。
この島に流れている川の全ての源流。
程よく整備された道によって、その風景と表情を変える、絶景スポットの一つ。
「へぇ」
透き通る湖の水は美しく、ギラギラと輝く太陽の光を散りばめている。
微かに鼻を擽る潮風の匂いは、不快感を感じさせない。少し小高い山だからこそ、木々に遮られることなく海がほど近い事を伝えてくる様は、ここが非日常の場所だと思えるアクセントだ。
……ここが一番のおすすめ、か。
スコールを背負って島に降りた際、案内人が笑って告げていた言葉を思いだしていると、後ろから気配がした。
「……やっと、ついたのか」
ふぅ、ふぅ、と小さく息を荒げているスコールが、唇を噛みしめながら、声を絞り出している。
何か言いたそうな目で見つめてくるが、あえて無視をする。
指摘しなくても、もうわかっているだろう。
自分の仕事の段取りの悪さも、抱え込みすぎた案件も。
訓練施設に、前より通えていない多忙さも。
その結果、自分の身体に起こった変化を。

――――〝天日干し〟の本当の意味も、既に理解しているだろう。

なら、指摘する事じゃない。
スコールが腐っていないなら、すぐに元に戻るはずだ。
もし戻らないならその時は、首を切り落とせばいい。
戦えない奴に、興味はないのだから。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

ここまで歩くだけで、呼吸が荒くなった事が、想像以上にショックだった。
思い返せば、最近は全く訓練できていない。任務もモンスター退治を始めとした、身体を動かすというよりは交渉や会議が多かった。
……天日干し、か。なるほど確かにな。
昔からの話だが。
一才違いは、他人が思うよりも腹が立つ。
肉体が成長するのも一歩先。
出来る授業が増えるのも一歩先。
コミュニティが広がるのも一歩先。
武器を選ぶのもあちらが早く。
こちらは必ず一歩遅い。
……けれど。
本当に悔しい事に、本当に腹が立つことに。
スコールという個人を、最初に〝同じ戦う者〟として認めてくれたのは、サイファーだ。
最初に競う相手だと、並び立てる男だと認めてくれたのも、サイファーだ。
いつもスコールという個人を認めてくれたのは、サイファーだった。
……だから、余計に腹が立つ。
俺の中で、サイファーの要因が占める比率を、過小評価している点が腹が立つ。
人生の半分以上、一緒にいるんだぞ。
……たかがあの戦い程度で、切っても切れると思うなよ、くそ野郎。
少し前から思っていた決意を固めて、身体を伸ばす。
深呼吸をすれば、木々の匂いに湖の匂い、そして微かに混じる潮騒の匂いが交じり合う。
もっと近くで湖を見ようと足を進めて、立ち止まる。
都会を離れ、社会文明から離れて、

――――剥き出しの自然の中に、置き去りにされたような錯覚。

任務時のような、モンスターの気配はなく。
かといって、獣の気配さえも遠い。
時々、遠くの方で鳥と虫の鳴き声が響いている。
それが、どうしようもなく美しかった。
「……綺麗だな」
「そうだろ?」
「ああ」
「気に入ってくれたなら、よかったぜ」
「…………?」
サイファーの声が近い。
先程まで、少しだけ距離があったはずだ。
自分が無意識に近づきすぎたのかと思ったが、何かがおかしい。
確認する為にサイファーに視線を向けようと思った瞬間には、既に後手に回っていた。

 

――――ふいに訪れた、強烈な衝動。

 

たたらを踏むことも出来ずに、滑り落ちた足。
一瞬の浮遊感。
思考停止は一瞬。
微かに横にずらした視界の中。
自分の立ち位置とズレが生じた位置で、足を振り上げたサイファーの姿。
悪戯に成功したような、昔よく見ていた意地の悪い顔。
自分の背中を蹴り押されたと理解した瞬間、急速に視野が狭まっていく。
体感0.1秒を経たずに復帰する思考回路。
無駄に引き延ばされた、無駄に発揮されるSeeDとしての底力。
ドロー式の方が利用時に面倒が少ないので、滅多に使わない手法。
普段は使わない、脳内使用演算による、疑似魔法の装填。
この分野において、相手の方が一枚上手だが、油断しきっているなら話は別。
もはや、ここまでくると意地だ。
不発でいい。
完成しなくていい。
相手も自分を落とすために、ギリギリの位置にいる。
片足を上げている現状、姿勢を崩せればいい。
足元に目掛けて、トルネドを発動。
案の定、慣れない手法で疑似魔法は不発に終わる。それでも、トルネドにまで至らない、ごく小規模な竜巻――――舞い上がる風が、サイファーのバランスを崩したのがわかった。
サイファーが、ぱちり、と驚いた様子で瞬きした瞬間。
結末を見る事ができないまま、身体が水面に叩きつけられた。

――――視界の中、ぶわりと泡に包まれる。

独特の浮遊感と、熱い身体に染み込むような、冷たく美しい水。
ごぼり、と口から零れる気泡を見送りつつ、視線を向けた先。
遅れてドボンと、重たいモノが泡に包まれて落ちてきた光景に、自分の口元に笑みが浮かぶのがわかった。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

色んな腹いせに、スコールを湖に蹴り落とせたのは、我ながらいい事をした。
間抜け面で落ちていくのは、楽しい催しだった。
しかし、思ったよりもスコールは鈍っていないらしい。
まさかトルネドもどきで体勢を崩されて、自分も湖に落とされるとは思わなかった。
もう少し踏ん張っていれば、結末は違ったが、油断しきっていて足元を掬われたのはムカつく。
湖から浮上すると、ずぶ濡れのスコールと目が合った。
こちらの様子を窺っていたスコールが、どんどん満足そうな顔になっていくのが、さらにムカつく。自分の顔が、真顔になっている自覚はあった。
「ざまぁみろ」
「……お前、この状況でよく言えるな?」
「はは」
お互いにずぶ濡れ。
どちらかが勝った負けたという事でもない。
それでも、肩を震わせて小さく笑うスコールに、深々と溜息をつく。
想像していた通りだが、これの負けず嫌いは魂にまで刻まれているらしい。

 

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