✟ オムレツとオニオングラタンスープ ✟
……よく考えたら、チキンライスの他はどうするんだよ。
料理で使った洗い物を終えて、溜まってしまっていた洗濯物を片付けて、軽く掃除まで終わった。
休日とはいえ、家事を満喫して過ぎている自覚はある。
しかし何一つ予定のない休日。
かつ一人というのは珍しい。
最近は、スコールも一緒が多かった。
そもそも同居の事情が事情だ。一緒に休むというのは、管理者と監視対象という立場で見れば、理にかなっている。
その表向きの理由を振りかざして、実態は違う事を知っているが。
貰った権力は行使する為にあるんだぞサイファーと、曇りなき瞳で言われた日を、今でも思い出す。
時々の話。
俺の任務を勝手に修正して、勝手に却下して、勝手に自分の任務に追加人員で入れているのを知っているんだぞ俺は。困りましたねぇと、全く困っていない顔で、狸に言われる俺の身にもなれ。どうリアクションすればいいんだ俺は。
今日だって、不満そうな顔で出ていったスコールを見送っている。
何があったのか知らないが、最近は執着心か独占欲か。何かが爆発しているのか知らないが、束縛されている気がしてきた。
それを執務室で仕事中に、何気なく呟いたら、キスティスに引き攣った顔をされたが。
「考えても仕方ねぇか」
行きつく先は、スコールが諦めるか、俺が諦めるかの二択しかない。
なるようになるだろうと頷いて、キッチンに戻る。
冷蔵庫から卵を四つ取り出しつつ、時間を確認する。
そろそろ帰ってくる時間だ。準備してしまっていいだろう。
卵を片手で割って、ボールに入れていく。
泡立て器で混ぜて下準備。
フライパンにバターを投下。コンロの火をつけて、バターを緩く溶かして。
「……あ」
コンロの火を消す。
焼く作業に移る前に、炊飯器を開ける。
湯気と共に、赤く染まった米と、程よく火が通った具材を確認。しゃもじで満遍なく混ぜる。偏っていた味と具材が混ざった頃合いで、二枚の皿の上にチキンライスを盛り付ける。
残りはそのまま、炊飯器の保温機能を使って放置。後で冷凍しよう。
……冷凍分、あるよな?
最近の腹減り男を思い返しつつ、冷凍分があると信じよう。おわかりされても何とかなるだろう。きっと。おそらく。多分。
もう一つの、高性能すぎる炊飯器を開ける。もわりと広がった湯気と、甘いバナナと焼けたパンケーキの匂い。
まな板を取り出して、シンクに置く。
キッチンミトンを両手に嵌めて、内釜を持ち上げる。まな板の上に、内釜をひっくり返して、何度か上下に振る。ぼこんっ、と内側が剥がれてまな板に着地した。
「……へぇ」
思ったよりケーキだ。
配置していた輪切りのバナナが焼けて、パンケーキの上を飾る丸い模様になっている。
生地の見た目も、フライパンで焼くよりもふわふわになっている気がする。
余熱を考えて、このまま放置。
キッチンミトンを外して、脇に置く。
忘れていたやるべき事は終わった。
「さて」
コンロに再び火をつける。
溶けたバターの具合を確認。少し冷えていたので、温めてから、溶いた卵の半分を入れる。
菜箸で、ガシガシと混ぜながら焼く。ある程度固まってきたら、液体状態がある内にフライパンを動かして畳む。
綺麗な楕円形にはならない。というかするつもりがない。
どうせ食べるのはスコールと自分だ。お綺麗にした所で気にしない。
真ん中に包むものもないシンプルなオムレツだから、なんとなく形になればいい。
程よく加熱されたオムレツを、ひっくり返してチキンライスの上に配置。
皿の半分にオムレツが乗った状態で、完成。これをオムライス風に食べるのも、オムレツとした食べるのも自由にすればいい。俺はどっちも食べるが。
もう一度、同じことを繰り返して盛る。
これで二人分が完成。
……もう一つ、行くか。
インスタントスープの袋を引っ張り出す。
その中に入っている、オニオンスープの素を二つ。
備蓄しているパン袋の一つから、スライスされているハード系のパンを二枚。
冷蔵庫からスライスチーズを二枚。
「んじゃ、やるか」
食器棚から取り出したスープボール二つに、其々オニオンスープの素を入れる。
ポットからお湯を注ぎ、ティースプーンで掻き混ぜる。
其々にパンを一枚づつ入れて、ティースプーンで沈める。程よくスープを吸って沈んでいくパンを見送りつつ、スライスチーズを一枚ずつ乗せる。
……これで終わっても、余熱でスライスチーズは溶けるが。
店のものを知っている分、焦げた部分がない事が味気なくて、昔からやっている一手間もやる。
右手で、親指を中指に乗せる。
頭の中で、緩く演算を開始する。本来ならば、対象に向けて小さな爆発を起こす炎属性の攻撃系疑似魔法を演算。
けれど、それを結実させない。
指を鳴らしながら、
「ファイア」
唱えた疑似魔法が〝失敗する〟。
フィンガースナップを行って疑似魔法を使う際に、疑似魔法の演算を〝あえて不発〟させる、自らの脳に刻んだ〝自己暗示〟。
長年に渡って使用してきた、呼吸をする程度に簡単なもの。
スープボールの上で、火花がバン! と、弾けて消えた。
上に乗せたスライスチーズに焦げができて、美味しそうな匂いが漂ってくる。
我ながら、編み出した当時は何しているんだと遠い目をした事もある。本当に火花が出る程度の失敗を、〝意図的に引き起こす〟無駄な技術だ。
けれどそれが、無駄ではないと実感することが多々ある小技だ。
主に野営の時に。
「…………何してんだ、あんた」
「あ?」
よしよしと、自己満足で頷いていると聞きなれた声。
顔を上げると、唖然とした顔でこちらを見ている、帰ってきた同居人がいる。
「おかえり」
「ただいま。いや待て。あんた何して、……え?」
「裏技」
「待て。色々と待ってくれ。後で聞かせてくれ」
着替えてくる、と驚いた様子で自室に向かうスコールを見送り、テーブルに夕飯を並べていく。
……何を驚いているんだ、あいつ。
この裏技は狸に、数年前に報告済みだ。
今更、何も驚くことなんてないと思うが。
「おっと」
しまった。忘れかけてた。
キッチンに戻り、まな板の上で余熱を覚ましていたバナナケーキに、包丁を入れる。
半分にカットして、半分はラップで包んで冷蔵庫に保管。明日の朝食の足しだ。
もう半分は、さらにカット。四分の一のサイズにして、小皿に乗せる。
それを持ってテーブルに向かうと、丁度スコールが私室から出てきた所だった。
「サイファー、さっきの事だが」
「見りゃわかるだろ。ファイアでチーズを焼いただけだ」
「…………あんたが、色んな意味で規格外だという事だけは、改めて実感した」
深々と溜息をついたスコールは、頭を緩く左右に振った。
「後で、そのやり方を、教えてくれ」
「い~けどよ」
ん、とバナナケーキが乗った皿を差し出すと、反射で受け取る。
きょとん、とした顔で見つけるスコールに、笑ってやった。
「てめぇが貰ってきたエスタ製炊飯器の試作だよ。食ってレポート手伝え」
「……ああ、あれか。ケーキ作れたのか」
「ケーキもパンも焼けるし、肉も焼ける。やろうと思えばスープもできる」
「すい……はん、き?」
「炊飯器だな」
炊飯器という概念に頭を捻りだしたスコールを無視して、椅子に座る。
味の追加用に持ってきたケチャップを絞り、オムレツの上にかける。これで良し。
スプーンを手に取り、まずは一口。
チキンライスと、オムレツと、ケチャップ。口の中はオムライス状態だ。
我ながら自画自賛だが、普通にオムライスだ。
次はオムレツのないところから、一口。
個人的に考えると、肉肉しいチキンライスを噛みしめる。バランスが偏っているが、個人的に美味い範囲内だから、良しとしよう。
適当に作ったオニオングラタンスープも、想像通りの味で満足だ。チーズもきちんと焦げ付いている。
過去にガスバーナーの購入も考えた事があるが、使用用途が限られているし、個人的にはそれほど活用する未来が見えなかった。
……それに、ファイアで代用できると気づいたしな。
やり方にコツがあるが、ストック魔法とは違って、使用理論の演算だと強弱がつけやすいのは利点だ。失敗と成功によるものだが。
このやり方を教わって、スコールは何をするつもりなんだ?
……まぁ、いいか。俺が考えても仕方がねぇ。
メインは食べ終わっていないが、出来上がりが気になるので寄り道。
バナナケーキを一口サイズにフォークで切って、口に入れる。
……炊飯器やべぇ。
思ったよりも、パンというよりケーキだ。
スポンジに近い食感に焼き上がったバナナパンケーキに、感動さえ覚える。
……炊飯器を二つ持ってどうするんだと思ったが、これはありかも知れない。
これなら、主食とおかずで炊飯器を二つ使って、時短もできる。
一人分の夕飯を作っていた時は、何も思っていなかった。
けれど食い扶持が二人に増えたことで、世の中の家事をする人間がいう〝時短〟という言葉に納得がいく。
それに時々、細々とした事をしながら飯を作ることも増えてきた。
そういう時に、これは便利だ。
材料切って調味料入れてスイッチオンで、鍋の前で待機していた時間を別の事に回せる。
まさにエスタのお家芸になりつつある、機械調理の本領を発揮した家電だ。
それはそれとして、これは正規品で買うとしていくらなんだよ。
「さいふぁ」
「……あ?」
考えに沈む前に、呼びかけられて意識を向ける。
スプーンに乗る限界ギリギリでも攻めているのか。ごっそりと持ち上げたチキンライスをがぶりと口に含み、頬を大きく動かして噛みしめるスコールがいる。
よく見ると、皿の上は既に半分が消失している。いつものことだが、一口がデカすぎるので、すぐ消えやがる。
食べながらこちらを見るスコールの言いたいことは、すぐに分かった。
「追加はいいけどよ。弁当用は残せよ」
「ん」
腹減りの獅子が頷いて、オニオングラタンスープに手を伸ばす姿を見守る。
スプーンで掬ったハードパンに引っ付いたチーズが、伸び伸びと伸びる様に、眉間に皺を寄せて不機嫌になる姿に笑ってしまった。
豪快にスープを吸ったパンを、チーズごと噛み千切る姿に、なんだか満足感さえ感じていた。
―――――――― ▼ ――――――――
最近は、馬鹿だなと思う事が増えた。
本当にサイファーは、自分がどんな顔で俺を見ているのか、自覚してないんだと実感する。
もし自覚していたら、俺の事をとうに受け入れていると思う。
……そんな顔をして俺を見るから、あんたと俺はとっくに付き合ってると思われているんだぞ。
誰が何を言い触らすわけでもなく、バラムガーデン公然の事実になった。
実態は知られていないが、虚言が事実になる日だって近い。
いや、確実に事実にする。
逃がすつもりなんてない。
言い訳のしようがないぐらい、完膚なきまでに逃げ道を塞いで、サイファーの何もかもを手に入れる。
口から出ないなら。
あんたが訴えないなら。
恨み言さえ飲み込んで、〝なかったこと〟にするなら。
……過去から聞くだけだ。
俺が忘れてしまった俺のことを知るために、最終兵器の姉には頼み込んだ。
だから、俺は〝あんたと約束した俺〟を探りに行く。
あんたが諦めた事を、掘り起こして掴み取る。
内心で意気込んでいると、振り下ろすフォークの力加減を間違えて、バナナケーキに貫通させた。
「何やってんだ」
「……手が滑っただけだ」
行儀が悪いがフォークを引き抜いて、綺麗にやり直す。
バナナケーキを半分に割って、その上にフォークを突き刺した。
呆れた視線を感じるが無視をする。
……好きにしろと言ったのは、そっちなんだからな。
持ち上げたバナナケーキを、口いっぱいに詰め込んだ。バナナの味が程よく馴染んだ、美味しいバナナケーキだ。生地も想像よりふかふかしている。
「……ケーキだ」
「…………ケーキだな」
先にバナナケーキを食べていた、サイファーの感想に頷く。二人で食べながら、視線は自然と重なった。
……炊飯器のはずなのに。
ケーキモードがあると言っても、あくまで炊飯器。米を炊くのが本領発揮のはず。
それなのに、思ったよりも本格的にケーキだった。パンモードだと、もっとパンみたいになるのだろうか。
エスタ製の家電は、どこに行こうとしてるのだろう。
サイファーの視線からも同じ疑問を感じつつ、素直にバナナケーキを食べることにした。
二口目。
やっぱり普通に美味い。
……あんたが何を、隠していても。
全部受け入れて、一緒に背負えるなら背負って進むと、決めたんだ。
あんたは知らないだろうし、思いもしてないだろうけど。
―――――リノアと一緒に、そうすると決めたんだ。
「サイファー」
「んぁ?」
「また作ってくれ」
自分なりに美味しいと伝えて、今後の要望を言う。
感想を言うのは、昔から苦手だ。
口から言葉を伝えて、相手がどう思うのか考えたくもない。
けれど、あんたに対しては言いたいんだ。
どんなことを思われても、憎まれても、嫌われていたって。
あんたが好きだっていう、自分の気持ちに嘘はつきたくない。
それに、感想を伝えた時のあんたの顔を見れば、俺の不安はすぐに吹き飛ぶんだ。
「わぁったよ」
自覚しろ。
もう自分からも、俺からも、逃げられないという自覚をしてくれ。
この俺が心の底から自信を持って、あんたを口説いている原点に、早く気づけよ。
美味いと伝えただけで、とろとろに慈愛が溶けた視線で、俺に笑いかけてくるんじゃない。
食うぞ。
「なんだよ」
「…………なんでもない」
不思議そうな顔でこっちを見るな。
本当に自覚して欲しい。
あんたの視線を見て、三度見する生徒だっているんだぞ。
面倒なのに、俺がなんで弁当を食べる為だけに隔離部屋を用意したのか、察してくれ。
ああ、本当にイライラする。
一か月後、エスタの任務の後が楽しみだな。
―――――帰ったら絶対に食う。
美味しいものを、腹いっぱいに詰め込んでも。
幸せな日々を過ごしていても。
心の飢えと欲求だけは、満たされないまま。
獰猛な獣の前に置かれた皿は、美しく手入れされて置かれている。
その上に乗せられる予定のご馳走を目前に、獣はゆっくりと目を細めて狙いを定めている。
ここに飾られるご馳走は、すぐ目の前だ。

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