✟ チキンライスとバナナケーキ ✟
少しの間だけであろう、新しい生活リズムにも慣れてきた。
弁当の手間を減らすには、夕飯を多めに作って冷凍用に回して、それをどこかで使うのが個人的に楽だ。次の日の弁当に出さなければ、またこれかという飽きもない。それに、リメイクしやすいものなら、印象も変えられていい。
……なんでここまで考えなきゃいけねぇんだよ。
昔の多忙な頃。
特に、風紀委員を引き継いだ直後。
自炊申請なんて制度もない頃に、弁当を持参して時間をやりくりしたことがあった。
その時でさえ、こんなこと考えなかったのに。
脳裏に横切る男の影を振り払い、仕方がないかと自然と溜息が出た。
……最近、よく思い出す。
好きだと付き合ってくれと、言われ始めた頃から、時々見る昔の夢。
もう忘れてしまおうと、忘れたと思っていたのに。
本人のように、とてもしつこい夢。
……嫌う事なんて、遥か昔に諦めたはずなんだが。
かと言って、愛しているかと言われると、何とも言えない。
そもそも、あいつに対する感情を、何か一つに選別するのが難しい。
「どーでもいいか」
思考を切り上げる。
今は、今晩の飯の段取りが優先だ。
玉ねぎを微塵切りに、鶏肉をざくざく一口サイズに切る。
研ぎ終わった米が入っている、用意していた炊飯器の内釜を手元に持ってくる。
常備している缶の中から、トマト缶を取り出して開ける。中身をひっくり返して釜の中へ。塩と胡椒に、コンソメも入れる。不足分の水を足して、米と釜の中で掻き混ぜる。
混ぜ終わったら、下拵えした玉葱と鶏肉を放り込む。
……肉の量。
見てわかる。
凄く見てわかる程、目安の量より鶏肉を多く入れてしまっている。
切っている時は、何も違和感がなかったのに。いざ全て合体してみると、よくわかる肉の量。
気恥ずかしさを誤魔化すように、追加要因として冷凍のコーン袋を取り出して、豪快に袋を切る。中身を全て釜の中へ。
最後にバターを投下。
中身が全て入った釜を、炊飯器に戻してセット。蓋を閉めて、炊飯ボタンを押す。
順調に行けば、夕飯のメインがこれで完成。
……こっちは、これでいいとして。
現実から逃避したとして、見て見ぬふりをするにはデカすぎる。
出てきそうな溜息を飲み込んで、シンクの端の方に置いていた、〝もう一台の炊飯器〟を見る。
渡された仕様書をペラペラと捲るが、
……こんな多機能になった家電なんざ、まだ慣れねぇな。
スイッチ一つで、やれることが一気に増えている事しか、分からない。
――――こんなに頭を悩ませる羽目になるなんて、考えもしてなかった。
エスタが沈黙を破ったことで、あらゆる科学技術が一気に水準を引き上げた。
もちろん水面下で軍事技術も底上げされているだろうが、本質はどうあれ表向きは小競り合いはあれど、そこそこ平和な世の中になっている。
沈黙前とは違うという事を示す為、エスタ視点で見れば〝時代遅れ〟の技術さえ、国際的に見れば高水準の科学技術を惜しみなく協力関係を結んだ場所に教えている。
結果として、活発化した貿易に技術交流は、あらゆる家電製品の性能を底上げして市場を活性化させている。
そんな高性能な家電が、いち早く手元に持ち込まれるのは、全部スコールが原因だ。
バラムガーデンは〝あの魔女大戦〟の後に、エスタ協力の元に大改修された。内装から設備から、実験を兼ねて試験導入されたシステムだってある。
その縁から、完全中立を掲げるガーデンではあるが、技術交流という点に置いてエスタと関わりが深い。
――――というのが、表向きの話。
実際は、エスタ大統領とSeeD総指揮官が、血縁関係であるという事実も後押しをしている。
なるべく彼らが交流できるように、または彼らが何らかの関係性を構築できるように、クレイマー夫婦とエスタ上層部が緩い協力体制を敷いている影響が強い。
その一環として、父親として息子に何かしてやりたいという思いが、エルオーネを含めて周囲の相談から贈り物という形に落ち着いたらしい。
その贈り物の内容を決めるべく、任務を口実に訪れたスコールに、ボーナスとして欲しい物がないかと尋ねた。
それが切っ掛け。
それが原因。
それが今、巡り巡ってサイファー・アルマシーを苦しめている元凶。
「……オーブンが欲しい」
これが数ヶ月前。
これが、スコールが購入してきた高性能な、オーブン機能付き電子レンジの出所である。
つまり息子の為に、父親が購入した物。
そして、
「サイファー、使い心地をこれに書いてくれ」
「……はぁ?」
「次回、これで家電の買い替えが安くなるんだ」
「変なサービスやってんなぁ」
アンケート用紙と書かれていたそれに、律儀に書いてスコールに渡して。
それで、終わったと思っていたのに。
「サイファー、これ使ってくれ」
「……は?」
数日前。
今度は、高性能なエスタ製炊飯器を持ち帰ってきたスコールを問い詰めて。
あの電子レンジが贈り物である事実も、アンケート用紙が実は開発元が答えて欲しかったテスターアンケートであった事実も。
そのテスターアンケートが好評だったせいで、さらにサービスでもなんでもなく、継続テスターに勝手にされた事実を最近知った。
「あー」
あの大統領も可愛そうにな、と思った事も既に遠い。
息子への贈り物が、よりにもよってかつての敵対者に使われているなんざ、さぞ嫌な思いをしそうだと思っていたが。
腹の底はどうあれど、「いつもありがとうな!」と、笑って言われてしまった。その言葉を聞いたこちらは、もう何も言えない。
何も言えないから、電子レンジは有難く使うし、次もよろしくと押し付けられた炊飯器を使うしかない。
……で、何を作るか。
考えても仕方がない事を頭から追い出して、高性能な炊飯器を前に考える。
米を炊く炊飯器としての機能はそのままに、玄米・雑穀米など米の種類でモードチェンジまである。需要あるのかよこれ。
パンを焼く機能もある。炊飯器とは何だったのか。
発酵をしたい場合は、パンのモードスイッチを押した後に保温ボタン。無駄がねぇな。
ケーキ? まぁ、パンを焼く機能があるって事は、同じようにケーキも焼けるんだろうが。
「ケーキねぇ」
仕様書を読んでみるが、ケーキはケーキでもスポンジケーキよりは、パンケーキが向いているらしい。パン機能があるのだから、それはそうだろうが。
「……パンケーキか」
これでいいか。
レシピを決めれば、あとは行動するだけだ。
明日の朝飯にでも出そうと購入した、バナナを保管場所から引っ張り出す。
房から三本捥いで、残りは置いておく。
三本の皮を剥ぎ、ボールへ入れる。
一本の半分を輪切りにして、残りの半分をさらにボールに投下。
ボールに入れたバナナを、フォークで潰す。
適当に潰し終わったら、卵と牛乳を適量入れて、泡立て器で混ぜる。
……潰すの、後にすりゃよかった。
混ぜにくいのを腕力で捻じ伏せて混ぜ、パンケーキミックス粉を投下。さらに混ぜる。
いい具合に混ざった所で、炊飯器の内釜を取り出して、釜の内側にバターを薄く塗る。
底に、輪切りにしたバナナをなんとなく円形に配置。それを崩さないように、そっとボールの中身を投入していく。
これで終わり。
後は炊飯器に中身の入った内釜をセット。蓋を閉めて、炊飯モードを米からケーキモードに選択。
……パンかケーキか悩むが、こっちでいいか。
一先ずこちらを試す。そのままスイッチを入れれば、焼き上がり時間を勝手に計測して表示してきた。便利なものだ。
「さて、と」
……洗い物したら、洗濯でもするか。
―――――――― ▼ ――――――――
「有難うございました」
「いえ」
卒業資格に必要な単位を取る行動を、サイファーがしている。
その出来事が嬉しいのだろう。シドは、スコールの報告にニコニコと上機嫌に笑っている。
……本当に嬉しそうだ。
それだけシドが、サイファーに心を砕いていたという事だ。
「スコールのお陰ですね」
「学園長が言っても、同じだったと思いますが」
サイファーは、なんだかんだ言っているが、学園長の事を嫌いではない。
むしろ、かつていたマスター派にとって邪魔になるような、学園長派筆頭として影で知られていた。
スコールが指揮官業務について、バラムガーデン内部の派閥のことを聞いてから知った事実だ。
「……いいえ。僕では、駄目でしたよ」
スコールの言葉に、シドは困ったように頭を掻く。疑問を感じたスコールの視線を受けて、なんとも言えない顔をした。困ったような、悲しそうな、曖昧な表情を。
「……学園長は」
考える前に、もうスコールの口は動いていた。
声も、抑える事なく出ている。
「学園長は、サイファーが卒業するつもりがないと、お考えでしたか?」
口を濁すようなシドの態度に、スコールが考えたのは、サイファーが卒業をするつもりがなかったという事だ。
そして、その卒業するつもりがない事を、シドが知っていたかもしれない疑惑。
スコールの疑問を受けて、シドは首を振った。
「いいえ。彼は卒業するつもりだったと思います」
「……なら」
「でも今のままでは、卒業する為の行動は、絶対にしなかったでしょうね」
どこか遠くを見るような、昔を思い出すように視線を宙に向けて、シドは悲しそうに笑っている。
「彼は卒業するつもりはあっても、ずっと待っていただけです」
それはきっとスコールの知らない、サイファーの情報だった。
スコールがここ最近、ずっとずっと頭を悩ませていた。
サイファーを本当に捕まえるために必要な、最後の一欠けらの情報。
「約束が果たされるのを、律儀に」
「約束、ですか」
「ええ」
シドが、スコールを見た。
その視線に、スコールは何かが引っかかった。
まるで核心をしているような、スコールに何かを伝えているような、そんな視線。
「スコール」
「はい」
「これは、サイファーにも告げていることですが」
ゆっくりと目を閉じて、再び瞼を開けたシドは、穏やかないつものシドだった。
いつもの、学生たちを見守る、穏やかな学園長の姿だった。
「僕のことを、決して、許さないでくださいね」
その態度からは想像がつかない言葉が、出てくること以外は。
「……は?」
予想外の言葉を言われて、スコールが硬直する。
そのスコールの態度も、きっと予想通りだったのだろう。
「お願いしますね。スコール」
念を押すように告げたシドの態度こそが、きっと答えだった。
スコールが知りたかった事。
きっとスコールが忘れた、サイファーの在りし日の姿に対する情報だった。
報告を終えて、勢いよく学園長室を出る。
指揮官室に戻る間に、凄い勢いで誰かに二度見された気がしたが、そんなもの構ってられない。
……サイファーは、誰と約束したんだろう。
いや、約束した相手は俺だ。
絶対に俺なんだ。
そして、それを学園長も知っている。
……律儀に、約束を守るために、卒業資格を取らない?
どういうことだ。
それに、学園長のあの視線。
許さないでくれという、あの言葉の意味。
予想図は頭にある。
でも、それに核心はない。
……なんとかしないと。
たぶん、これが本当に最初で最後の機会なのかもしれない。
俺が、本当の意味でサイファーを捕まるために必要な、最後の一つ。
サイファーが心の底から頷いて、俺の腕の中に落ちてくれる為の、駄目押し。
早くしないと、きっと手遅れになる。
俺の言葉に、頷いてくれるのは嬉しい。
でもきっと、心の底から同意してくれないままだ。
あの〝まだ駄目だ〟という言葉は、きっとサイファーが諦める為のタイムリミットだ。
……嫌だな。
それは嫌だ。
絶対に嫌だ。
妥協で俺の腕の中にいるサイファーなんて、解釈違いだ。
何も諦めないで、いつだって全力で生きているのが、サイファーなのに。
何とかしないと。
俺の予想図が正しいなら、サイファーと昔、約束をしたのは俺で。
……サイファーはずっと、俺との約束を守っていることになる。
なんだそれ、色んな意味で恥ずかしい。
なんだ。
昔の俺は、何をサイファーと約束した?
それとサイファーが卒業する為の行動をしない事と、何が関係する?
落ち着け。
落ち着け。
サイファーは、口が硬い。
それは昔から知っているだろう。
誰にも言わないとサイファーが言った口約束は、きちんと守られ続けると知っている。
そうだ。
何時だって、本当に大切な情報は、守りたい大事なモノは絶対に口に出さない。
余計なことはぺらぺら喋るくせに。
あの時もそうだった。
あの、魔女との戦いの時だって。いつだってサイファーは、肝心な事を教えてくれなかった。
だから暴かないと。
こっちから暴かなければ、一生サイファーの腹の中だ。
冷静に。
冷静になって。
――――なれるかぁ!!!!!
逃亡の旅をしていた自分にとって、外に出て仕事をするというのは、少し怖い。
何よりも今は、エスタ国内に公表された事で、義理とはいえエスタ大統領の娘という立場に納まっている。
警備上の都合からも、なるべく大統領官邸にいる方がいい。
それでも、大人になったのだ。
逃げ続けた人生だったけれど、今は穏やかに暮らせている。
時々オダイン博士がやってきては、研究所の職員に引きずられていく様を見守れる程度には、強くなった。
だから、働きたくなった。
義理とはいえ弟が働いているのに、姉の自分が仕事をしないで、義理の親の脛を齧って生きるのはちょっと……こう、姉のプライドとして嫌だ。
今まで大変だったから、もう少しゆっくりしてもいいという周囲の反対を押し切って、最近始めた在宅の仕事。
とある研究所から送られてくるデータを、提出できるように整えて、テンプレートに収めるデータ入力だけの仕事。簡単なようで難しいこれが、真面に仕事をしたことがない自分には、丁度良かった。
今日も、研究所から送られてきているデータを確認する。纏める為に内容を確認して、時々メモ書きのように『研究に協力するでおじゃ!』と書かれている、落書きのような言葉に『嫌です』と丁寧に返事を書く。
さて、今日も頑張ろうかなとソフトを立ち上げた時に、可愛い弟から電話があった。
鳴り響く携帯端末の、受信ボタンを押す。
「……エルオーネ」
「一か月後の、エスタに赴く任務の時に頼みがある」
「俺を、俺にジャンクションさせてくれ」
「頼む」
「人生の瀬戸際なんだ!」
とりあえず、マグカップに入れていた珈琲を、一口啜る。
頭の中で色々と考えては見るが、事前情報が一つもないので、答えは出ない。
ただ、そう。
「スコールが、とても面白いことになっているのは、わかったわ」
なんだかわくわくして面白いから、協力してあげようと思った。
相手には悪いけれど。

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