✟ ツナとクリームチーズのハニートースト ✟
どこぞで聞いた気がするが、人間の身体は怠けるようにできている。
戦闘職についている身の上だ。
鍛錬をサボれば、次に身体を動かした時に感覚が違うので、すぐわかる。
……とは、言えども。
現在はSeeD総指揮官なんて、やらされている身の上だ。
理想的な鍛錬スケジュールの通りに動くことができるかと言えば、そんな都合のいい時間を捻出ができる事なんて、現実的には稀だ。
指揮官室は、SeeDの運営を統括する以上、休日なんてあってないようなものだ。
抑々として、傭兵部隊SeeD自体が依頼があれば動く都合上、依頼主の都合に合わせて動く。
土日祝日は、バラムガーデンの学生として学業が休みだとしても、傭兵業としては基本的に繁忙日だ。
その両立を熟せないと、SeeDは難しい。
もちろん、任務に伴う学業免除制度だってある。
しかしながら、卒業に必要な授業単位を早々に取得し、SeeD業務に専念して貯金して、準備万端で卒業する猛者もいる。
理想的な行動ではあるが、ここまで実行できる学生等、基本的に存在しない。
逆に、そこまでできるのに、意図的にやらない奴もいる。
……そういう、噂はあった。
しかし現実問題として、ありえないと思っていた。やらなければ、ガーデンを卒業できないからだ。卒業後の進路や、それこそSeeDになっていたら評価に響く。
だから、所詮は噂だと思っていた。
……思って、いたのにっ!
あまりの事態に、書類を持つ手が震える。
いけない。
冷静になれ。
そう、冷静に………っ!
「……おい」
「んだよ?」
ドスの効いた声になった、自覚はある。
けろりとした何でもない声で、帰ってきた応答が、余計に自分の神経を逆撫でした。
一度。
深々と溜息を吐いて、心を落ち着かせる。
瞼を閉じて、気合を入れて目を開けて、もう一度だけ書類を見る。
『サイファー・アルマシー〝17歳〟/ 卒業資格条件達成まで:あと2科目』
何度見ても、文字が変わらない。
いくら見ても、いくら調べても。
全然、
まったく、
何一つ変わらない!
――――1年前の目の前の男の、成績表は変わらない!!
「あんた、さっさと卒業資格を取得しろ!!!」
「うるせぇなぁ」
「2科目だぞ2科目!? あんたそれで一年以上、単位が取れないとか嘘つけよ!!」
「そうでもない」
「あんた18歳になって結構立つだろうが!? SeeD実地試験に何度も行ってた癖に、なんで出来てない!?」
「デキナイカラ」
……嘘つけ!!!!
一切こちらを見ずに、雑誌を捲っている男に、口から出そうだった十個ぐらいの文句を噛み殺した。
勢い余って、手元の書類が破れたが。
―――――――― ▼ ――――――――
卒業資格条件は、バラムガーデンの生徒が、必ず目指すべきものだ。
なぜならばと、考える必要もない。
理由なんて一つだ。これがないと、ガーデンを卒業できないからだ。
バラムガーデンは、入学資格が5歳~15歳と幅広い。
だからこそ、カリキュラムに差が生まれるし、在校年数だって学生の数だけ違う。
その様々な経緯で入学したバラムガーデンの学生が、共通して持つことになる目標。
――――それが、卒業資格の条件達成だ。
バラムガーデンの指導を十分に受けて、能力を身に着けた証。
学園長の承認と、本人の意志確認にて、受理される〝ガーデンの卒業生〟という証明。
この卒業資格条件を取得しなければ、卒業可能な15歳~19歳の間に卒業できない。
また、卒業資格の条件を達成できないまま20歳を迎えると、卒業資格ではなく放校処分として中途退学になる。
また逆に、早々に卒業資格を取得してしまったとしても、自分で卒業時期を選ぶことができる
ついでにSeeDであるならば任期満了になる、満20歳まで在校できる。
魔女大戦以後。
バラムガーデンは組織改革として、人手不足からSeeD満了を満25歳まで拡張した。
故に卒業資格受理の条件は変わらず。学業を満了し卒業しても、本人の意志があればSeeD専任として、25歳までガーデンに所属できるようになっている。
ただし、スコールは違う。
他の者達は違うが、スコールは卒業資格条件が達成されても、満25歳になってSeeDの現役では無くなっても。
SeeD総指揮官として、SeeD運営を担う運営側として、勤める事は決まっている。
それは〝伝説のSeeD〟という、未来まで語られる英雄を、国際的に〝中立〟にするために必要な処置であり、スコール自身も納得しての将来だ。
魔女大戦の英雄である仲間達が、満25歳のなった頃には、国際情勢も比較的に落ち着いているだろう。
そうであると信じているし、そうなる事を目標に動いているのだから。
だから仲間達の未来は、どういう道に進むのか自由だ。
彼ら自身の道は、彼ら自身が見つけていくだろう。
ただ、サイファーもまた立場が違う。
国際情勢的に〝外堀〟をせっせとスコールが埋め立てようとも、未来の魔女に仕えた〝魔女の騎士〟として動いた事実は変わりがない。
例えばそれが、頭を弄られ、心の隙間に手を入れられて、握り潰されていたとしても。
そもそも真実は、サイファーとアルティミシアの二人にしか分からない。
そして現実問題として、サイファーには味方もいるが、敵も多い。
ーーーー何よりも、隠れ信者も多い。
別に信者は、サイファーが集めたわけでもないし、サイファーが願ったわけでもない。
それでも未来の魔女に、絶大な神秘に晒された〝魔女の騎士〟である事実は、魔女の信者にとって魅力的で。
未来の魔女の先兵としてでも、ガルバディア軍を指揮して、猛威を振るった軍事に関する素質と采配は本物で。
そして何よりも、〝伝説のSeeD〟と単騎でやりあえる、天賦の才を有する優れたる戦士。
その力量がある事実も、変わらない。
むしろ、最後に至っては魔女の先兵ではなく、〝ただのサイファー・アルマシー〟である方が、強いという疑惑まで出る始末。
故に、スコール・レオンハートよりも、サイファー・アルマシーの方が、国際情勢的には〝中立〟であって欲しい人間だった。
何処かの魔女信者に戦力にされるよりも、ガルバディア旧軍の象徴にされるよりも。
そして何より、どこかの軍に就職されるよりも。
〝伝説のSeeD〟共々に〝魔女の騎士〟は、バラムガーデンという〝中立組織〟に繋いでおく方が、内外的に安全である。
――――と、いうところまで。
シド学園長とイデア、そしてスコールを筆頭として。大国エスタの後押しもつけて、サイファーの不安定な立ち位置の〝外堀〟を埋め立てた。
一先ず仕事が終わったと一息ついていると、シド学園長はスコールに一つ、依頼をしてきた。
それはSeeD指揮官としてではない。存分に、スコール個人のプライドを刺激する案件だったわけで。
―――――――― ▼ ――――――――
時計を見れば、世の中おやつ時。
15時を示している事を確認して、キッチンに足を向けるべく立ちあがる。
読んでいた雑誌をテーブルに置いて、ちらりと横目で見た先、スコールが頭を抱えて沈黙していた。
……どうせ大方、狸に何か言われたんだろうな。
小腹を満たすための材料を取り出しながら、事態の詳細を予測する。
きっと強ち、間違いではない。
卒業資格の条件達成は、やろうと思えば簡単だった。
実を言えば、16歳の段階で取ろうと思えば取れた。
……でも、取るのをやめた。
別に卒業資格の条件を満たせば、問答無用で卒業しなければならないという事はない。
けれどあの時は、マスター派と学園長の間のあれやこれやが、凄まじい勢いで悪化していた時期でもあった。
もし自分が卒業資格の条件を達成していれば、しれっと卒業させられていたかもしれない程度には。
……敵対勢力の排除、早かったからなアイツら。めんどくせぇ事に。
金は、人の心を狂わせる力がある。
先代マスターは確実に、それに狂わされ、それの為だけに動くようになった。
きっと種族的な特性もあるのだろう。
金を稼ぐ事が趣味になってしまったからこそ、趣味の為に生き様が変化した。
……最初は違ったのかも、しれねぇけどよ。
複雑そうな顔で深々と溜息をついていた、いつかの狸を思い出して、秒で消し去る。
今は、小腹が空いたので。
考えるのは、後にする。
備蓄品の中から、常備しているツナ缶を取り出す。
備蓄している缶詰商品の中で、最も多いのがツナ缶だ。
なんだかんだで使い勝手がよく、手軽に一品作れるので、気が向けば買っている。
油漬けや水煮等の種類は問わない。ようするに手軽に使える魚肉である、ツナであればいい。
拘りはないし、その時の安売り品を纏め買いしている。
……とは、言えど。
ツナ缶を開けながら、備蓄棚を見る。意外とツナ缶が減っている。
……また買っておくか。
というところまで考えて、首を振る。
……いや、意外でもない。
消費量が爆上がりした元凶が、すぐそこにいる。
美味しいと、大きな口で頬張って、目をキラキラさせる食いしん坊が。
そこまで考えて、何とも言えない気分になる。
表現できない複雑怪奇な感情を噛み殺して、油漬けタイプだったツナの油を切る。面倒なので、缶詰の蓋で押して、缶を傾けて油を出す。
神経質でもないので、そこそこ余計な油が落ちればいい。
見た目、干乾びかけた中身のツナ缶をシンクに置いて、冷蔵庫を開ける。
使い切りタイプ。便利な個包装のクリームチーズを、少し考えて二つ取り出した。
キッチンに転がして、冷凍庫を開ける。
数日前に買っておいた食パンが、カチコチに固まっている。
長期保存用に冷凍させた食パンを、保存袋から二枚取り出す。
そのまま、トースターに食パンを二枚並べる。
その上に、先ほど油を切ったツナを半分ずつ乗せる。
次に、クリームチーズの個包装をぺりぺりと剥がして、そのままツナの上。食パンの中央にポイッ。
そのまま、トースターの扉を閉める。
タイマーを適切なところにセットして、過熱する。
ゴミをぽいぽいとゴミ箱に捨てて、食器棚から皿を二枚取り出してスタンバイ。
ついでに、ハチミツも用意。
「……ん」
適当に買っておいたティーパックを二つ出して、マグカップに入れる。
保温になっていたポットから、適当にマグカップに注ぐ。そのまま、キッチンタイマーをセットして、蓋をして放置。
タイミングよく、トースターから音がした。
扉を開けば、十分に加熱されて、熱々になったトーストが出てくる。
一枚づつ皿にのせて、クリームチーズをフォークで適当に伸ばす。
ハチミツの瓶蓋を開けて、適当にトーストの上に垂らす。少ないと味気ないので、心持ち思い切ってぶっかける。
飾り付けや見た目など気にしない。
食えば同じ腹の中だ。
キッチンタイマーも鳴った。
マグカップの蓋という名の小皿を外し、ティーパックも取る。
すんっと匂いを嗅げば、十分に紅茶の香りがした。適当にしては上出来だろう。
共用エリアのソファーの上。仕事の資料やら端末やらが広がっている中、脳内で目まぐるしく言葉が回っている男の目の前に、食欲の暴力を置いた。
「……え?」
いつもなら作り始めた瞬間、そわそわする程に、食い意地が天元突破している。
そんな男でも、今日はそこまで余裕がなかったらしい。
……そんなに気にしなくていいだろうがよ。
内心でため息をつきつつ、どっかりと横に座る。
キョトンとした顔で、資料を汚さない所に置いた皿と、マグカップに絶句している様が面白かった。
「小腹が減ったからな」
返答を待たずに、口を無造作に開いて、一口嚙み千切る。
我ながら、普通にいつもの組み合わせの味だ。
食パンとツナ、クリームチーズにハチミツの味が、満遍なく口の中に広がる。
……バター塗ってもよかったな。
カロリー追加の暴挙になるが、バター入りも美味いと知っているので、今度はそちらにしよう。
今日は気分でハチミツを多めにしたが、これはこれでいい。
「んっ」
三口目を口に入れた頃。横から声がしたので、ちらりと視線を向ける。
思考も資料も放棄した男が、大口を開けてトーストに齧りついていた。
……相変わらず、でっけぇ口。
肉を食べているわけでもないのに、ブチブチと引き千切る音がしそうな食い方。
「んっ、んむ、ぅっ」
「……大口すぎだ」
口の端から、上に乗せた具材が落ちそうになって、慌てている男に笑えてきた。
いつも思っている事だが、スコールの食い方は欲張りすぎる。
指摘すれば、むすりとした顔でこちらを見ているのも、自覚している証拠だ。
「は、ふっ」
ごくん、と大きく喉を動かして飲み込み、吐息を吐くスコールから視線をそらして、紅茶を啜る。
……安物だが、これいいな。また買うか。
―――――――― ▼ ――――――――
我関せず、という態度で紅茶を啜る隣の男。その様子に、有難いおやつに舌つづみを打つ反面、イラっと苛立ちが募っていく。
それを誤魔化すように、美味しいトーストを食べ進めるが、やはり頭の片隅にあるのはサイファーの成績だ。
……出来ないはずがない。
サイファーは優秀だ。頭の回転も違うし、関係ないかもしれないが体格だって俺よりいい。
絶対に、出来ないはずがない。
ただ、そう。
――――やらないだけで!!!
大方、考えている事は読めている。
……俺が考えなしに、あんたの成績を探ったと思っているのか。
過去の俺には分からなかった。
でも、今の俺ならば。
指揮官についた俺なら、わかる。
当時のバラムガーデンは、派閥競争と混沌の中にあったという事が。
あんたはリスクを回避した。強制的に卒業させられるかもしれないという、そのリスクを考えた。
それを重大なリスクだと考えていた、その真意は一つしかない。
……あんた、なんだかんだで、学園長のこと好きだったよな。
口や態度でなんと言おうとも。おそらく最後の最後まで、学園長派筆頭として在り続けた。
ノーグが目の上のたんこぶだと思うほどに、何もしていないけれど邪魔をし続けた。
でも、その相手ももういない。
「…………あ」
最後の一口を飲み込んで、ふと気づいた。
頭の中にある自分の成績と、目の前にあるサイファーの成績を、照らし合わせる。
――――思い付きは、実現可能だ。
「サイファー」
「……なんだよ」
「俺たち、まだ20歳じゃないよな」
「そりゃそうだろ」
「つまり俺たち、まだ学生だよな?」
「……SeeDの運営側だぞ? 厳密に学生と言えるとは思えな」
「学生だよな?」
言葉を食い気味に被せて、サイファーをじっと見つめるスコールの瞳は、獲物を逃がさない獣のようだった。
思わずソファーの上で、少しだけ隙間を開けたサイファーの、その隙間を埋める勢いでスコールは詰める。
上半身を屈めて、上目遣いになるように見つめてくる獅子の瞳。それを訝しげに見下ろす。
「俺、受けようと思っていた授業があったんだ」
「……なら、受ければいいだろうが」
「ああ、あんたもだ」
「…………は?」
「あんたも、一緒に、これを受けよう」
「…………遠慮す」
「指揮官命令だ。俺と一緒に受けろ」
「………………なんで」
「俺はどうしても、あんたに卒業資格を取って欲しい。俺もこの授業を受けたい。ついでに」
「ついでに?」
「弁当も頼む」
「………………………………………………は?」
驚いたサイファーが目を丸くすると、爛々と輝く獅子の瞳のまま、それはとても美しく微笑んだ。
「仕事と学業の両立のためだ」
「いや、お前には必要な」
「できるよな?」
言い終わる前に言葉をぶつけられて、サイファーの口が閉じる。
うろん、と視線をさ迷わせたサイファーの顎を掴み、くいっと自分の方に向ける。
どこか戸惑った美しい壁色の瞳に微笑み、スコールはゆっくりと口を開く。
「できるよな?」
有無を言わさぬその言葉に、サイファーは不服そうに顔を顰めて、舌打ちをした。

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