❖ ハンプティダンプティは覆せない【上】 - 3/5

 

アルパレド・ルッティンは、ティンバー生まれティンバー育ちの両親から生まれた、ドール公国育ちの男である。
両親がティンバーから仕事の関係で、ドール公国に引っ越した先で生まれた子供である。そして、すくすくと育った成人後、アルパレドはティンバーに引っ越した。
情勢がドール公国以上に不安定であり、ティンバー住民と占領国ガルバディアの間で小競り合いが横行する故郷に、息子が引っ越す事に両親は難色を示したが、アルパレドは説得して旅立った。
目的はただ一つ、好奇心のままに働く事。
元々、冒険記や旅行記が好きだった。見知らぬ場所の情報を、見知らぬ旅路に思いをはせる事も、大好きだった。
なので、旅行雑誌も扱うマスメディア系会社に突貫した。
コアなファンが多い、マイナー情報誌を取り扱う会社だったが、そんな情報誌を取り扱うからか。大なり小なり、アルパレドと同じような変わり者や、趣味人も多かった。
波長が合ったのか、採用通知が届いてから、アルパレドは好奇心と仕事の赴くままに、様々な場所で取材をしたり記録を書いた。
もちろんその中で、ティンバーのレジスタンス活動に関する、あれやこれやの騒動に巻き込まれたり、ひやりとした時がなかったわけでもない。
それでも、彼はティンバーに馴染み、ティンバーを故郷として生活する事に決めていった。
仕事として遠方に行く時も、必ず帰ろうと万全に準備をして、旅立つ程度には。
非日常を味わうためには、日常は大切な要素である。
今回の仕事も、その一つ。
南の大陸。
略称として、かつてあったセントラ。
もしくは国として滅んだ都合上、通称としてセントラ地方とも呼ばれる場所に、注目する者などいない。
約400年前に興ったセントラ文明。その名を遺したセントラ国家は、100年以上前に月より飛来した〝月の涙〟で滅亡した。
即ち、過去の存在だ。
大規模な災害であった為に、今ではセントラクレーターと呼ばれる代表的な、死の大地が有名である程に、かつてと言われる〝過去の舞台〟。
現代においては、大半が荒れ果てた土地を有する場所に、腰を落ち着ける者など、ほとんどいない。
もちろん、セントラ遺跡を調べる考古学者等が来ることもあるが、一般人の旅行者など殆どいない。

 

――――だからこそ、調べる価値がある。

 

ざっと調べたが、やはりというべきか。
ここ数十年の間、セントラ地方を調べた競合他社はいない。
誰も調べた事がない場所。なんて素敵な地なのだろう。
社内でも奇人方面と言われるアルパレドは、上司に直談判してGOサインをもらい、意気揚々とセントラ地方に旅立った。
もちろん、下調べはしっかり行った。
なんせ荒廃したというセントラ地方に行くのだから、宿泊施設の有無や、食料の有無も調べなければ、取材所ではなくサバイバルが開幕してしまう。
幸いにも、取材許可も承諾してくれた奇特な人を引っ掛けて、逃がさないように齧り付いて、交渉を練りにねりねり重ねて了承も取れた。
話の流れで、宿泊も許可して貰えた。
……こんなチャンスを逃す手はない!
「アルパレド・ルッティンさん?」
「はいっ!」
本名を呼ばれて、気合一発入れていたまま振り返る。
視界情報に一瞬止まり、反射的に視線を修正。そのまま顔を上に向ける。
……でっか!?
赤っぽい髪に、黒色の目。身長は目測でおそらく2mを超えている。
地元ティンバーでは、あまり見かけない高身長だ。
「ご本人かな?」
「本人です」
「おやま、本当にいらっしゃったや」
「はい、本当に来ました」
齧り付いて交渉を重ねながら、本当にこっち来るのかと何回か言われていたが、本気にしてくれて安心する。交渉を重ねた甲斐があった。
うーん、と唸りながらも、迎えの人間だと思われる彼は、笑顔を浮かべて手を差し伸べてきた。
「ようこそセントラ地方へ。俺はクーヴァル・マルギス。御客人のご案内と、護衛を兼ねている」
「よろしくお願いします!」
きっちりと挨拶をして、がっしりと手を握る。
今回の取材含めた自分の好奇心の先。お楽しみの案内人であり、目的地までの生命線だ。
アルパレドは戦えない。
モンスターが出てきたら、悲鳴をあげて逃げるしか手段を持たない、所詮一般人である。
先の魔女大戦において失態を重ね続けた軍国ガルバディアの勢いが弱まり、新体制に伴って活発化した、ティンバー名物と化しつつあるレジスタンスでもないので、武器もからっきしだ。
心の底からお願いしますと、意思を込めて手を握る。
「あいよ。任せなさいな」
そんなアルパレドに、クーヴァルはニカッと明るく笑って見せた。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

かつてセントラ王国が座した、寂れた南の大陸。
ヨーン山脈とセントラクレーターに隣接する、セレンゲッティ平原。
そこにはセントラ地方で、そこそこ名前の知れたコロニーと会社が存在する。
――――モンスター事業専門株式会社〝LeaF〟。
モンスターの討伐・捕獲・保護・調査の四項目を運営支柱として活動し、モンスター関係事業を一手に引き受けてくれる、モンスター専門の何でも屋だ。
セントラ地方は、かつて大規模な〝月の涙〟が激突した地だ。
だからこそ、大地は荒廃し、同時にモンスターの苗床ともなる要因を兼ね揃えた、人間が住みづらい大地と化した。
しかしそれを物ともせず、この会社は創立され、やがて会社を中心に一つのコロニーを形成する。
それが、〝リーフコロニー〟。
会社の名を冠する、コロニーの中では新しい集落地であり、セレンゲッティ平原で最も活性化されている場所である。
そんな〝LeaF〟を運営する、当代社長の名前をハヌス・ラティオーン。
二十代後半という若さながらに、難しい地方で難しい舵取りを行う会社を任された、自他共に認める有能な男だ。
その時に、求めている技能を持つ人材を引っ張る鬼。
必ず〝正解の人材〟を引き当てて、捕まえる男。
本人が気づかない才能を見つけ、育て上げて使う男。
知る者は彼をこう称する。

――――〝人材発掘のハヌス〟と。

そんなハヌスが会社にスカウトした人材は、多くが配置された場所で手腕を振るってくれる、有能な者達だ。
現在、ハヌスに対面越しに座る〝シーア・S・ガードナー〟も、その一人である。
モンスターハントに欠かせない実働部隊。
それを束ねるチーフに座している男と、今日は受注任務の打ち合わせを行っていた。
机の上に並べられ、見やすく整理された書類を見ていく。
セントラ地方では紙もまた貴重品だ。
古紙を何度もリサイクルして使われた紙は、白紙とは遠い色をしているが、文字が読める分だけ上等だった。
「んん~~?」
ずらりと並んだ討伐依頼。
「今回の討伐依頼は、ワイルドフック。ダブルハガー。ブリッツ。はぁ~、ここら一帯の有名どころオンパレードじゃねぇか」
この時期は特に多いと知っているが、仕事を遅滞させず捌ける量しか受注できないので、選ぶしかない。
ならばその判断基準は、いかに会社に利益があるかと、相手側がどれほど切羽詰まっているのかに当て嵌める。
ハヌスは今回、前者の視点で考えていた。
特に、食糧確保はどのような生物であれど、永遠の課題だ。
「骨格標本系のブリッツは食えたもんじゃねぇ」
剣を携えた骨のモンスター・ブリッツ。
安らかに墓場に還って欲しい№1モンスター。
しかし、墓場から出てきた説が出てくるきっかけになった、何らかのお宝を引っ掛けて生まれてくる可能性があるので、古代ロマンの一発ネタを求めた考古学者に地味に評価が高い。
「……が、ワイルドフックは熊に類するからな。熊肉なら処理が大変だが、食える旨味も加工素材としても十分だ」
凶悪な熊からモンスターに変じたのが祖と言われる、ワイルドフック。
大きく広げられた四つの鎌のような腕と、どっしりとした足。なぜその進化を選んだと思いたくなる、独特の形状に頭を悩ませる研究者もいる。
ちなみに、面倒な手間と処理がかかるが、熊肉のように食える。
そして二種と同列に語られる事が多い、このラインナップの問題児。
「うーん、ダブルハガーなぁ?厄介なモンスターだから、討伐は必須だが、旨味が一番ねぇから嫌われるんだよな」
なんと形容したらいいのか分からないモンスター・ダブルハガー。
能力がころころ変わるので、対応が面倒なモンスターとして、セントラ地方のハンターに嫌われている。
嫌われ者の一方で、討伐依頼が後を絶たないモンスターでもある。
利用部位が少ないからこそ、モンスターハンターにもお断りされる確率が高い。まさに、依頼する側にとって、この辺り一帯では泣きっ面にオチューの代表格だ。
「……その事ですが」
悩んでいると、声がかかった。
視線を上げたハヌイの視線に飛び込むのは、いつも通りのシーア・S・ガードナーの姿。
書類を束ねて、情報の整理をしながら、手元の紙にペンで纏めている。
ハヌスから見ても、無駄に姿勢がいい、仕事のできる男だ。

――――ただ一つだけ、異様な物が張り付いている事を除けば。

「いつも思うけどよ。お前、もうちょいデザインを何とかしないか?」
「お断りします」
シーアの表情は見えないが、呆れた声を出したことは分かる。
その顔面には、のっぺりとした白い仮面がついている。
酷い火傷を負った事で、皮膚の損傷からか空気に触れると痛む後遺症がある。だからこそ、顔を守るために、シーアは常に仮面を被っている。
ただ、その仮面は職場内でも不評だ。
特に夜に遭遇すると、闇夜からのぼっと出てくる幽霊のような存在感を発揮する。ついに囁かれるようになった、深夜のランダムホラーの原因だ。
「変えるつもりはありません」
「はいよ。んで、話の続きは?」
「……はぁ」
話の腰を折ったのはそちらだろうに、という沈黙を読み取りつつ、ハヌスは続きを促した。
こういう時に、シーアが齎す情報が役に立つと知っている。
「ダブルハガーについてですが」
「おう」
「アルマージ山脈の第138コロニーで、食用にされているようです」
「…………マジで?どこ食うんだよ」
「この、ちょっと伸びてる触手を代々伝わる漬物にすると、食べれるそうです」
「はぁ~~~~!先人の知恵~~~~~~!!」
ダブルハガーという、この一帯では嫌われるモンスターの討伐に、少しでも旨味が出たかもしれない。
問題は、味だ。
至急、仲間に現物を確保させようと、頭の中にメモをとるハヌイを無視して、シーアは肩を竦めた。
「ブエルも多いですね」
「あ~~、ブエルなぁ?」
例年とのデータを比較してみても、ブエルの遭遇率が上がっている。
生息範囲が広いモンスターだが、不毛の大地ゆえにセントラでは目撃例が少なかった。
それが今では、どんどん上がっているこの現状。
「あちらの大陸から、ブエルも流れてきているという情報もあります。生態系が狂うのは癪ですね」
「まー、ブエルはな。うん。ブエルは普通にうちの会社で対処できるだろ」
「そうですね」
物理攻撃にめっぽう弱いので、腕力系ハンターの的にされやすいモンスター・ブエル。
ただ防御をしっかりやっておかないと、うっかり死ぬこともあるので要注意。
「うし、決めた」
ハヌイは、シーアが纏めた資料の束を、しっかりと手に取った。
「ダブルハガーとワイルドフックを受けるぞ。ワイルドフックは良いとして、ダブルハガーは勉強素材にでもするか。……後、まじで食えるか知りてぇし」
「では、そのように手続きいたします」
最後の言葉を聞かなかった事にして、シーアは立ち上がる。
其々が仕事場に解散しようとする中で、ふと扉を開けたハヌイはシーアを振り返った。
「そういえばよ。今日から二人増えるぜ」
「……また拾われたのですか?」
「ちげぇ。フリーのモンスターハンターが一人。セントラを取材したいっつー奇特な人間が一人だよ」
「ハンターは就職予定で?」
「いや、迷ってるみてぇだ。〝体験所属〟って感じか」
「……わかりました。部屋を二つ用意するように、手配しておきます」
「おう、頼むわ」
ハヌイとシーアは、会議室から出ると、其々の場所に旅立った。
お互いに忙しい身の上だ、行動方針さえ決定すれば、後は独自の采配でフォローしあう。
二人は不思議と、息の合ったコンビだと会社の中で有名だ。
実は、ここで再会した実の兄弟説が、違和感もなく囁かれる程度には。

 

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