❖ 第337回「朝帰り」
そして現地に急行している今まさに、先発隊から入ってきた緊急の知らせに、バラムガーデンの指揮官室は混迷を極めていた。
「……おい」
呼びかけに、応じる声はない。ただ、呼吸をしているので死んではいないだろう。
トレードマークの真っ白なコートは、血に塗れていて、先程までの出血量を物語る。
腹立たしい程に、自分よりも高い身長と鍛えられた筋肉量を誇る、死ぬほど羨ましい身体を抱きしめて、抱えなおす。
気配を殺して周囲を伺うが、生きているモンスターの気配は遠く、攻撃の攻防音は近くにない。
「……サイファー」
ルブルムドラゴンと、メルトドラゴンの攻防戦争。その余波受けて構築された、崖の下に身を潜めて、スコールは腕の中の男に呼びかける。
返事はない。
厄介な事になったなと、スコールは溜息を零す。それに安堵が滲んでいる事を、自分でもわかっていて無視をする。
緊急の依頼を受けて、指揮官室で即座に身動きができた、スコールとサイファーの二人が中心となってSeeD先発隊を結成。そのままラグナロクに乗り込んで、現地入りしたまではよかった。
予想外だったのは、現地住民の地図が、全く役に立たなくなっていた事だ。
ルブルムドラゴンとメルトドラゴン。ドラゴンの名を双方が冠しているのは、伊達ではない。
G.F.のジャンクションによる底上げと、傭兵という戦闘職だからこそ対応できるだけで、地元住民がこんなモンスターパレードを対応できるわけがない。
激戦区である地点は、既に地形が変わっていた。
抉られ崖になった場所も、大穴が空いた場所も、焼け野原になった場所も、攻防の余波を物語ってた。
油断してはいなかった。
ただ、相手の行動が予想に反していただけだ。
まさか、双方争っていたルブルムドラゴンと、メルトドラゴンの一部が、同時に先発隊に襲い掛かってくるとは思っていなかった。三つ巴を想定したいた分、対応が遅れた。
最初に被弾したSeeDは、なんとか回収されたのは目撃した。
囮になったサイファーが、メルトドラゴンの攻撃を防衛した直後、連携する様に攻撃したルブルムドラゴンの一撃を避け損なった。その身体が崖下に転落したのを見て、反射的に動いていた。
落下途中で激突したのか、血に塗れたサイファーを回収して、即座にケアルガを行い、念のためにリジェネも行った。幸いにも頭を打った形跡はなかったが、出血量が多いのが気になった。
ケアル系であれリジェネであれ、体力の回復や傷の治癒には優秀だが、失われた血液を即座に増血してくれるわけではない。
過去の例からして、傷口を塞いだ後に、即座に輸血に入らなければならない大怪我だってある。
崖下の暗がりに身を隠して、正面から抱きしめた身体をもう一度抱えなおす。
嫌でも視界に入る、だらりと力なく垂れた両手と、首元に寄り掛かったままの頭。その顔を覗き込めば、普段は鋭い眼差しの美しい碧色は隠されて、ただでさえ白い肌が、血が足りないのか余計に白く見えた。
自分の利き腕近くの地面に突き刺したライオンハートと、その近くに何とか回収できたハイペリオンが転がっている。
ふぅ、と思わず零れる溜息を零して、スコールはこれからの段取りを考える。
サイファーの情報端末は、物の見事に破壊されていた。ただ、その無駄に頑丈だった情報端末が防具になって、致命傷にならなかったのは幸いだった。
一方のスコールが持つ情報端末は、恐らく生きているが画面が盛大にひび割れ、見事な程に黒一色。電波が届けば通信を受信できそうだが、電波受信の判別ができる画面がご臨終している。
「サイファー、起きろ」
耳元で囁くが起きない。このままだと、この図体のでかい身体を自分が運ぶ事になってしまう。崖の上、木々の隙間から見る空は、すっかり太陽が沈みかかっている。
このままだと、野宿である。
非常食や万が一の装備はたんまり持っている。ただ、動ける二人で過ごすのと、動ける一人と意識不明者一人では、難易度が段違いに違う。
「なぁ、起きろよ。サイファー」
手袋をはめたまま、サイファーの頬を撫でる。
根性と諦めの悪さが形になったような、頑丈な男がサイファーだ。傷も治癒できたので、何とか動けるはずだ。
「サイファー」
幾度も呼びかけると、瞼が微かに震えた。意識の覚醒が近い事を知って、ふっとスコールは笑ってしまった。
こんなに誰かが起きる事を渇望したのは、リノアを背負って旅に出たあの日以来かもしれない。
結局、スコールは臆病なままだ。
自分の知っている世界が広がろうと、自分が一番大切にしたい所は狭苦しいまま。一番大切な所だけ、一番大切な自分の日常だけは、絶対に変えたくない我儘なまま。
無意識にサイファーの頬を、頭を、片手で撫でて梳きながら、ふとスコールは思い出した。
自分たちは恋人だが、恋人がするという朝帰りをしたことがない。
なんせ四六時中、一緒にいるような関係だ。
同居しているし仕事場も一緒。離れる時は、お互いが任務の時だけだ。
そういう行為の時だって、負担がかかるスコールを気遣って、サイファーは優しい。スコールは最近、恋人の理性をいかに剥ぎ取るか考えている程だというのに。だから朝帰り所か、夜もすやすや満喫して眠れる程だ。
なんか関係ないが、暇すぎてそこまで考えてしまい、スコールはイラっとしてきた。
久方ぶりの二人っきり。
その朝帰り予定が、これというのは、いかがなものか。
どうせなら自分を抱き潰してからの、色気のある朝帰りがよかった。
「サイファー。こんな色気のない朝帰り、俺は嫌だ」
「ん」
呻き声が聞こえる。眉間の皺が寄り、覚醒がより近づく。
その様子を見つめながら、相手の意識がある時は絶対にやらないような甘ったるさで、スコールは額にそっと口づけを落とした。
「サイファー」
「…………ぁ?」
太陽が隠れ、月が顔を出す、黄昏時。
崖下の暗がりであれど、微かに届く光に照らされて、美しい碧眼が再び現れた。
スコールが人生の中で最も見つめ続けた、碧の色。
「すこーる?」
意識がまだ覚醒しきれていないらしい。血が足りないせいもあるだろうが、どこかぼうっとしてこちらを見る男に、スコールは微笑んだ。
今の状況も分かっていない自分の恋人に、悪戯を思いついた顔で言う。
「どうせなら、あんたが俺を背負って、朝帰りしてくれ」
「なんの……はなし、だ?」
「恋人がするという、朝帰りの予定話だ」
スコールが思いつきを試すのは、いつもの事だ。
ただ、その思いつく場面が、予想外に物騒な時が多いだけで。
指揮官と補佐官が、行方不明になって約12時間後。
血塗れの白いコートを羽織ったままの補佐官と、背中に指揮官を背負って口喧嘩をしながら帰還した二人に、残りの先発隊は歓喜の声を上げ、幼馴染たちは盛大に溜息をついた。
なお、重傷者が軽傷者を背負って帰還するという、逆すぎる有様に、我らがカドワキ先生より雷が落ちるのは、また別の話。
後日のさらに、別の話。
彼らが真っ当な恋人のような朝帰りができたかは、彼ら二人だけが知っている秘密の話だ。

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