❖ サイスコ版ワンドロLOG2 - 4/6

 

❖ 第335回「ストレッチ」

 

無駄に幻想的に表現するならば、落雷があったような。
無駄を削ぎ落し事実を言うならば、まるで骨が折れたような。
――――そんな音が、した。

「…………」
「…………」

この時、確かに二人の世界は止まった。
スコールは天井を見上げたまま立ち尽くし、サイファーは書類を見ていた目の動きが止まった。
カチコチと時計の鳴る音と、沈黙だけが指揮官室を満たしていた。
「なぁ」
「……なんだ」
「最近、ストレッチぐらいしてるよな?」
「……………………」
何も言えない沈黙だけが満ちた空間で、サイファーは溜息をついた。
「訓練施設も行けてねぇのか?」
「……もうすぐ、SeeD認定試験だぞ」
書類を置いて、サイファーは立ち上がる。
自分の椅子から立ち上がったまま、顔を背けてぼそぼそと言い訳をしているスコールを、何とも言えない顔で見つめながら近寄る。
要するに、最近スコールは運動をしていないらしい。
必死にサイファーの方へ向かないように顔を背けるスコールの、その耳がほんのり赤い事を目ざとく見つけて、見なかった振りをしてやった。
「……で、どこが鳴ったよ?」
「…………たぶん、腰」
「……ジジイじゃねぇか」
「そんなこと、ない」
会話をしながら、スコールの背後に回る。
そっと腰に手を触れると、びくりとスコールの身体が揺れた。両手で腰を掴むようにしてから、親指でそこそこ分かりやすいツボを押す。
「ぅっ!」
刺激から逃れる様に、スコールの背中が微かに反る。
ぎしぎしと軋むブリキの玩具のような動きで、スコールが少し涙目になりながらサイファーを睨んできた。
「……保健室行くか?」
「いやだ」
少しだけ震えている声が、彼の悲しきプライドと現状の情けなさに、メンタルが致命傷を負った事実を伝えてくる。
「痛みは」
「……そこまでは、ない」
首を緩く横に振るスコールの顔に、嘘はない。痛みがないのは良い事だ。
立ち上がった瞬間に、バキボキゴキゴリボキ……あれはなんと形容すればいいのか。サイファーでも聞こえる程の、よく分からない音が鳴ったのは事実だ。
痛みがある時に行うのは、逆効果だ。けれど、腰以外の部分なら、まぁ大丈夫だろう。
本人が痛がっているなら話は別だ。でも、今はそれほどでもないというなら、少しは動かせば違うだろうと、サイファーは一人頷く。
「おら」
「え」
「背中」
「……ああ、なるほど」
心持ちゆっくりと椅子から離れて、広めの場所に抜け出して、スコールは背中を向ける。
サイファーは準備ができたスコールの背中に、自らも背中を合わせる。
「ん」
「うん」
サイファーとスコールは、示し合わせたように手を上に伸ばした。そして、伸ばさせたスコールの両手首を、サイファーはしっかりと両手で掴む。
サイファーはそのまま前に身体を折る。背中にスコールを乗せる形だ。
スコールはサイファーの背中に乗る形で、全身の力を抜く。悔しい事に、身長差ゆえに足が浮く。弧を描くように背中が反って、脇腹と腹筋の筋肉が気持ちよく伸びる。
「あ~」
凝り固まった筋肉が、無理なく伸びる感覚の良さに声が出る。
分かっていた事だが、スコールはしみじみと実感する。サイファーの安定感がすごい。流石、三半規管がどうなっているのか悩むような戦技の数々を持つ男だ。バランス感覚が怪物過ぎる。
「ジジイ」
「うるさい」
たっぷり三十秒。
サイファーが前に倒れていた姿勢から、ゆっくりと元に戻る。ぶらりと垂れ下がっていたスコールの足が、床につく。ふーっと深呼吸をして、スコールは姿勢を元に戻した。
「ほら」
「ん」
一端、サイファーがスコールの両手を離し、また繋ぐ。
今度はぐるりと前にきたサイファーが、スコールの両手を引く。動きに促されるように、スコールは前に上半身をゆっくりと倒していく。
サイファーは、心持ち体重を背中側に寄せて、倒れる寸前の姿勢をキープする。スコールは程よく引っ張られる位置まで前に身体を倒していく。
何も言わずとも、スコールに無理のない所で引っ張る力が止まる。
肩と背中の筋肉がぐぐーっと伸びる心地よさに、はふっと溜息のような満足感がスコールから零れる。
「お前さ、ストレッチぐらいやれ」
「……うん」
「最近忙しかったからな。面倒なのも疲れるのも分かるけどよ、指揮官様がこんなんじゃ駄目だろ」
「うん」
「…………聞いてるか?」
「うん」
はぁ、とサイファーは溜息をつく。まったく聞いてない。
一方のスコールは、確かに何も聞いていない。声が反射で零れているだけだ。
久しぶりに動かせた、錆びついた筋肉と骨の動きを満喫していた。自分にストレッチの負荷をかけてくれる男が、よくわかっている人間なのも安心感がある。
たっぷり四十秒。
「しまいだ」
「ん」
ゆっくりと促されるように、姿勢を元に戻る。ふー、と深呼吸をして、いつの間にか目を閉じていたスコールは目を開ける。
腹筋と背筋が中心のストレッチだったが、すっきりとした感覚と達成感がある。腰に違和感もないし、今日は少しだけ時間がある。訓練施設に行くかと、ぼんやりと考えてスコールは気づいた。
視線と意識を、目の前にいるどこか呆れた顔のサイファーに向ける。
馬鹿だなこいつ、と顔面に書かれている男に、少しだけむっとした苛立ちを覚えた。
「あんただって、忙しいだろ。真面に動けてるのか?」
「動いてるに決まってるだろ」
「え」
あっさりと開示された言葉に、スコールは驚いて声が出た。
現状、バラムガーデンのSeeD運営陣営こと指揮官室の面々は、SeeD認定試験の準備に忙しい。特に教師不足故に非常勤講師枠として返り咲いたキスティスと、情報系に強いセルフィと彼女の補佐に回ってるアーヴァインが忙しい。
候補生側の認定試験の合否、実地試験の為の任務の選定及び、同行するSeeDの選定。まだまだノウハウが十分ではなく、マスター派がいなくなったが故に、毎回一から段取りを考えて、手順を確かめて改良している段階だ。
今回が指揮官室が正式に設立されてから、裏を返せばスコールが指揮官という役職についてから、三回目のSeeD認定試験だ。ようやく、基本的な段取りが出来上がりそうなので、逆に予断を許せない状況で忙しい。
そんな多忙極まる中で、他の指揮官室の面々も休息を取れない日々が続く中で、サイファーは余裕があるらしい。
どういう事だろう、とまじまじと見つめていると、サイファーは仕方なさそうに口を開いた。
「俺様は、てめぇらと出来が違うんだよ」
「いや出来が違うってなんだよ」
「……必要な睡眠時間が三時間か四時間でいいんだよ俺様は」
「え」
「いわゆる、ショートスリーパーってやつ」
「え?」
こいつ何を言っているんだろうと驚いているスコールに、サイファーは笑ってしまった。
サイファー自身、自分がいわゆる短時間睡眠で十分な休息が取れる肉体遺伝子を持っている事に気づいたのは、現役の風紀委員長で多忙を極めていた時期だ。平均睡眠時間が三時間程になった時が、二週間続いたが、眠気が一切訪れない。
流石に少しだけ不安になり、カドワキに突貫して相談したが、簡易検査によってショートスリーパー体質であることが発覚しただけだった。つまり遺伝子的に睡眠時間が短くても問題なく、健康被害も報告が少ない。
ならいいだろうと、サイファーは忙しい時は三時間か四時間睡眠で、現在まで生きてきた。
「だから俺は、てめぇが寝ている時に訓練施設で暴れたり、ストレッチも十分にやってる、完全無欠の俺様なわけだ」
「なんだそれずるいだろ!」
「ずるくねぇよ」
「ずるい!」
「てか、気づいてなかったのか?俺はとっくにお前が気づいてると思ってたぜ」
「なんで」
スコールはたっぷり睡眠をとらないと、疲労感が取れない。眠るのは好きだし、休日はたっぷり眠っていたい。任務の時は思考が切り替わり、短時間の仮眠でも動けるが、そんな毎日は無理だ。
それでも、そこまで違うと羨ましくなる。サイファーに負けた気分になって、苛立ちが顔に出ているスコールに、サイファーは悪童の顔で笑って耳元に顔を寄せた。

「てめぇと満喫した夜の後も、俺様はぴんぴんしてたのに?」
「―――――――っ!!!!」

最近ご無沙汰のせいもあり、一気に思い出したスコールは顔面を赤面させた。
「……で、今日はどうだ?身体もほぐれただろ?」
揶揄い交じりの言葉に、まだ勤務中なのに、スコールがごくんっと生唾を飲みこむ。
赤面したスコールの顔を見ながら、サイファーはただ笑ってスコールの腰を撫でる。流石に心配だが、まぁ若いしなんとかなるだろうと自己解決をして、一つ頷いた。

二人の今夜がどうなったのかは、彼ら二人だけが知っている。

 

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