❖ 第334回「無意識」
とにかく、疲れていた。
只管に疲れていた。
繁忙期が続いたといえば聞こえはいい。だが激務が続いたと言えば、それはそれとして疲弊する。
誰だ。大型依頼を七つブッキングさせた戦犯は。おかげで指揮官室がパンク寸前である。
それでも何とか捌き切った。
SeeD候補生まで駆使して、何とか捌き切ったのだ。
安堵感で眠気まで襲ってくる。最近、十分な睡眠がとれなかったせいだ。見かねた居残り組の一人、アーヴァインが仮眠室に行くように誘導してくれたので、残った面々に声をかけながら隣室に入る。
ざわつく仕事場から壁一枚を隔てたとしても、抜け出すことができて、ホッとする。
緊張感から僅かにでも解き放たれた解放感が凄い。そして眠気も凄い。瞼がもう上げてられない。
ふらふらとした足取りで、何とか一番近い寝台に辿り着く。
三方をパーテーションに区切られ、一面が出入り口用にリングカーテンが付いている簡易個室だが、リングカーテンを開けて、寝台の隅っこに倒れ込む。
余裕をもって、仮眠室に設置した寝台はダブルサイズだ。たっぷりと広い寝台は評判もいい。
くわっと小さく欠伸をして、目を閉じてごろりと転がる。途中で何かにぶつかった気もするが、もう何でもいい。とにかく眠い。
意識はあっさりと手放した。すごい安心感のある温もりに引っ付いて、深い眠りに落ちていく。
「…………すこーる?」
途中で何か聞こえた気がしたが、もう何も気にならなかった。
ただ、腕の中に掴んだそれを手放したくなくて、抱きしめて眠りについた。
サイファーは、懐かしい夢を見た。
私立の兵士養成学校であるバラムガーデンが、稼働した直後の話だ。
当時、戦争孤児が多くなり経営難の孤児院も増えてきた時期だった。その為、バラムガーデンは身寄りがなく先も見えない孤児を率先して受け入れた。
在校中の学生でも給金が出るバイト仕事を増やし、幼い時期でも自立できるお手伝い支援を増やし、将来を生き抜く為の手段の一つとしてガーデン入学を案内していた。
事実、当時は戦争で荒れた土地にモンスターが入り込み、モンスター被害も多発していた。戦争需要が無くなっても、戦闘技能がありモンスターが絶滅しない限り、ハンターとしての仕事はある。
例え戦争関係に嫌悪があっても、対人戦闘に忌避感があっても。モンスター討伐を公的に認めるライセンスを在学中もしくは卒業後にもらえるならと、バラムガーデン入学を選択する孤児も多かった。
石の家から、バラムガーデンに到着し、正式入学した後。
サイファーとスコールは、一年間同じ寮室で過ごしていた。
それは他の孤児院出身者と同じ扱いだった。ただでさえ見知らぬ土地、見知らぬ養成機関に入ったのだから、人間ぐらいは見知った者たちがいいだろうという、大人たちの配慮だった。
もちろん、相性も鑑みての選出でもある。
サイファーの場合は何でもよかった。ここから夢の為に、自立の為に、一歩踏み出すことができる。理由は分からないが時々辛そうな彼女を、まま先生を見る事が無くなる。彼女の為にも、勧誘に乗ったことは後悔していない。ただ悲しそうな、申し訳なさそうな彼女の視線は、嫌に頭に刻まれた。
手を引いたのが、彼女の夫であるシドだったのもよかった。もし見知らぬ男なら抵抗していたと思う。出稼ぎで世界中を放浪する、ぱぱ先生だったから、サイファーは勧誘に頷いた。
スコールは知らない。ただ、バラムガーデンに入学した直後から、自分から全く離れなくなった。
石の家では、「ぼく一人で大丈夫だもん」「お姉ちゃんを探すんだ」と言っていたが、いざバラムガーデンに到達したら人の多さからか、すすすっとサイファーに近寄ってきて、背中に引っ付いて出なくなった。
サイファーとスコールが、同室として扱われるまで。ペアとして扱われるまで、時間はかからなかった。
今でも覚えている。
初めてバラムガーデンの寮室に入って、サイファーは驚いた。
十歳以下の子供に割り当てられた部屋だったが、広々としていた。個人用の部屋もあり、共同生活用の場所まである。ほぼ個人の部屋の無かった石の家からは、考えられない待遇だった。
サイファーはそれを喜んだ。
けれどスコールは、それが不安だったらしい。
「……一緒に寝てもいい?」
寝る時間になって、おずおずとサイファーに提案してきたスコールの顔は、今でもわかる。
不安と怯えを抱えて、新しい生活の見通しが分からなくて、人見知りと環境の変化に戸惑っていたスコールを、サイファーは受け入れた。
「ほら、こっちこいよ」
真新しい寝台の上で、布団を捲って言えば、スコールは嬉しそうに微笑んでいそいそと入ってきた。
そして、広いはずの寝台の中で、サイファーにぴったりと引っ付いて眠りについた。
そこでやっと、サイファーは気づいた。
スコールは物心ついた時から、石の家にいるのだ。
彼には姉がいたが、姉しか彼の本当の家を知らない。そしてスコールは幼すぎて、生まれた家を知らない。
石の家だけが、スコールの知っている実家だった。
サイファーとは違う。記憶は遠く、擦れている。それでも血に塗れた母の首と、暮らしていた家があったことは覚えている。外観はもう覚えていないが、石の家だけが世界ではないとサイファーは知っている。
スコールにそれはない。石の家だけが彼の世界で、バラムガーデンは彼にとって初めての〝次の家〟なのだ。
ぱぱ先生ことシドは、それほど孤児院にいなかったこともあって、スコールの人見知りの対象だ。
だから〝サイファー〟だけが、スコールにとって〝前の家から持ってきた同じもの〟なのだ。
「……仕方ねぇやつ」
せっかくの一人部屋を満喫できない不満を飲み込んで、サイファーはスコールの頭を撫でてやった。
ぴったりと引っ付いているスコールの世界が、これから少しでも広がればいいと思いながら。
背中に衝撃を感じて、サイファーは目を開いた。
懐かしい夢を見たという感想と、目の前にあるパーテーションの壁に、ここが仮眠室であると認識する。
背中が温かい。人の吐息も感じるし、何よりも気配が死んでも分かるだろう程に、昔から馴染んだ男のものだ。
「…………すこーる?」
小さく呼びかけるが、いつの間にか腰から前に回されていた腕が、呼びかけに反応する様にぎゅぅっと力を込めて抱きしめてくる。絶妙な場所すぎて腹が圧迫されて、少し苦しくて眉間に皺が寄る。
「スコール」
小さく呼びかけるが、返事はない。ただ深く眠っているようで、寝息だけが耳に届く。
「……お前、記憶がねぇのに、こういう時だけ変わらねぇな」
昔々の話。
二人がここに入学して初めての一年間。二度と訪れないと思っていた、同室の時期。
スコールはいつも、サイファーに引っ付いて眠っていた。サイファーが離れようとすると、むんずと腕を掴んで引き止めたり、抱き枕の様にして張り付いていた。
起きた時にスコールに聞いても、スコールは覚えていなかった。きっと今日も、聞いても覚えていないだろう。
「……せっま」
ぽつりと文句を口に出して、サイファーは再び目を閉じる。
背中に張り付く男は完璧に無視をする。この寝台の先住民は自分である。もう好きにすればいい。
カシャンッ、と小さく響いた電子音に、スコールは目を開いた。
ぼうっとした視界の中で、広々とした何かが見える。それが何かを理解する前に、「あっ」と焦りを込めた声が聞こえて、首をぐるんっと後ろに回す。
「…………りのあ?」
「……………えへ♡」
ぺろりと舌を出して、リノアは悪戯が見つかった子供のような顔をして笑っている。
「ごめん。起こしちゃった?」
「……いや、大丈夫だ」
「えへへ。ごめんね。すごく良い光景だなぁって。カメラチャーンス!って思って撮っちゃった」
「…………かめらちゃんす?」
寝起きの頭に、リノアの言葉がするりと入り込む。瞬きを繰り返し、スコールは自分が片手で確保している物体に視線を向けた。
それは温もりがあり、自分よりでかい身体をしていて、広々とした背中は見惚れるほどに形がいい。
「え」
頭が真っ白になるとは、この事である。
それはどう見ても、見間違いでもなければ、自分の勘違いでもない。
まごうこと無き、サイファー・アルマシーを片腕で確保して、抱き枕の様にして、スコールは仮眠していた事実がそこにある。
サイファーの背中を見て固まっているスコールに、リノアはくすくすと笑う。
ぐぅぐぅ寝ているサイファーは、まだ起きない。
起きないという事実が、リノアは嬉しい。野性の獣のような気配察知を持つサイファーが、スコールとリノアが近くにいても起きない。その事実は、彼女に少しだけ誇らしい気持ちを抱かせる。
彼女がサイファーの群れの中、守るべき仲間の内、もしくは同胞にカウントされている証だから。
それはそれとして、リノアは携帯端末に視線を落とす。複数撮影した写真データの中で、一番のお気に入りを画面に表示する。
「スコール君、スコール君」
「……なんですか、リノア先生」
頭が混乱しているままなのか、気分なのか。
ノリのよい返事が返ってきて、本日最後の依頼人を連れてきた無敵の紹介者リノア先生は、呆然とこちらに視線を向ける寝ぼけた生徒に携帯端末を見せた。
「スコール君は、本当に!サイファー君が大好きですねぇ!」
携帯端末の中、眠っているサイファーの背中にぴったりと頬を寄せて、安心した顔で爆睡するスコールの寝顔がある。
リノアが画面をスライドさせて表示した二枚目には、しっかりとサイファーの腰を片手で確保して、彼が何処にも行かないようにしているおまけ付き。
「そんなしっかりと夢の中でまで自分の!って主張しなくても、サイファー君はどこにも行きませんよ~」
によによと楽しそうなリノアの顔を見て、サイファーの背中を見て、スコールは何も動きだせないまま、顔を赤面させた。
可愛い元彼の、可愛い写真を確保したリノアは、上機嫌のまま写真データをロックした。
あまりの騒がしい気配に、起きてしまったが起き上がるタイミングを逃し、眠ったふりをしているサイファーが、どうすればいいのか途方に暮れる中。
「……消してくれ」
「いや」
スコールが自分の背中に顔を押し付けているのが分かって、サイファーは他所でやれと内心で吐息を吐いた。
――――彼の眠ったふりがばれるまで、あと3分。

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