❖ 第327回「純真無垢」
でも、そのたった一人が軍事バランスを崩さないとも言い切れない。
未来はわからない。
でも現状として、そういう視線に晒されていることは皆が理解している。
――――だからこそ、学園長はガーデン内部の組織改革として、正式に〝指揮官室〟を作った。
先の魔女大戦で表立って活躍した学生を、守るための揺り籠として。
そして序でに、マスター派が担っていたSeeD運営を、SeeDの現状が分かる者達に託すために。
ガーデン側の動きを、各国上層部はわかっている。わかっているからこそ、現状のバラムガーデンの大規模な組織改革に賛成しているのだ。
私立の兵士養成学校だとしても、十数年に渡って、優秀な戦闘職を育成してきた実績は消えない。
現状、英雄と称されるスコール・レオンハートを中心に、彼らの技術を幅広く学んだ優秀な戦闘職が増える事は、各国上層部が歓迎する事だったから。
――――それを、この女は台無しにしようとしている。
熱心にスコールを勧誘しているのが、透けて見える。
セルフィは任務前に頭に叩き込んだ情報を引っ張り出す。目の前の女は、確かガルバディア国の片田舎ともいえる端っこに本拠地を置く、繊維工場を運営する金持ち一家の次女だ。
ただ、その裏の顔は確か、ガルバディア現政府に反感を抱いている一人。ある反政府組織に属している、幹部だったはず。
表の顔でパーティーに来ているかと思ったけど、どうやら裏の顔の用事もあったらしい。
療養地として、スコールを誘っている風に見せて、自らの属する組織に入らないか誘っているのが透けている。
こんなパーティーで話す事ではないし、わかる人にはわかる事をしている。安易な行動ともとれるが、彼女にとっては千載一遇のチャンスなのだろう。
スコール・レオンハートという、世界最高峰の単独戦力に出会えた、またとないチャンス。
でも、彼女は禁句を言った。
彼に向って言ってはならない、唯一の禁句を。
『貴方も、戦犯の監視や裏切りに危機を抱く日々ではなくて、好きに生きていいのではなくて?』
ぞっとするほどの、冷たい空気が産まれた。
目の前の女は気づいていない。気づいているのは、隣にいる自分と、そして後方支援の仲間達。そして戦闘職を経験している軍事系の人々だけだ。
目の前の女は、微笑みを絶やすことなく、バラムガーデンが確保し監視している〝戦犯〟について、オブラートにこき下ろしている。
ふざけないで欲しい。
この空気を作った自覚をもってもろて。
『それは』
女が口を閉ざした。
ようやっと口を開いたスコールに視線を向けて、セルフィは笑顔が硬直した。
それは美しい微笑みだった。
見る者を魅了する、女顔と称される程に整った各種の部位パーツを、美しい造形に整えたような、魔性の美貌。
けれど、その瞳だけは。
灰が入り混じる青い瞳だけは、絶対零度の冷たさで女を見据えている。
『私の、補佐官の事ですか?』
ようやっと、自分が伝説の男の地雷を踏んだことを自覚した女が、悲鳴を喉の奥で噛み殺すのが分かった。
『誤解があるようですが。あれは、――私を絶対に裏切りませんので、ご心配なく』
ふるりと震える女を睨めつけるような視線を浴びせながらも、スコールはその微笑を崩しもしない。
ゆったりと開いた口は、堂々と女の言葉を反論した。
「俺への悪口をだしにスコールを勧誘した?」
「そうそう!それがむっちゃ気に食わんかったみたいでなぁ~!こわいねん!!」
ガタガタと椅子を揺らして絶叫するセルフィを見ながら、サイファーは首を傾げた。
話を聞いて思ったが、そこまで怒り狂う言葉があるように思えない。
「はぁ~ん?」
「信じてへんな!信じてへんな!!」
「うるせぇって」
セルフィが勢いあまって、サイファーの身体をガタガタ揺する。
生憎と、なにがそこまでスコールの怒りに火をつけたのか分からず、ずらずらと理由を考えてみるがよくわからない。
「……ああ、そうか」
「へ?」
「アイツは、俺が〝裏切る〟って思われてる事に怒ったんだよ」
セルフィからの状況説明と、スコールの女への返答に、ようやっと理由に辿り着く。
ガシガシと頭を掻いて、何と言っていいのか分からず溜息をついた。
「あいつは信じてるんだよ。俺が裏切らねぇってな」
「いや、それはそーやないん?」
「多分、お前が思っているのとは違ぇえよ」
何と言っていいのか、分からない。
ただこれは、昔からスコールがサイファー・アルマシーに対して、思っていた事だ。
「アイツはな、サイファー・アルマシーは、何があってもスコール・レオンハートを裏切ることはしないと信じてる」
「いや、魔女大戦の時、サイファーあっちいってたやん?」
「そうじゃねぇよ。あー」
最もなことを言われたが、そういうわけではない。
そういう事ではないのだ。
「確かに、俺は魔女大戦の時にガーデンを飛び出した。飛び出して、何度もてめぇらと戦った。でもそれは、アイツの中では裏切りじゃないんだ」
そう裏切りではない。
あいつにとっての裏切りは、たった一つだけ。
「アイツにとっての裏切りは、自分に何も言わずに、目の前から消える事だ」
かつて姉が、一言も言わずに去ってしまったように。
まま先生がどこかに行ってしまったように。
自分の世界から、知っている存在が消える事こそ、アイツにとっての裏切りだ。
まるで親が消えるはずがないと、信じている赤子の様に、アイツは俺を見つめている。
信じている。
サイファー・アルマシーが、スコール・レオンハートに、何も言う事なく消えるはずがないと。
だからそれが揺らいだ時。俺が処刑されたと言われた時に、なんかよくわからない暴走をしたらしい。
それが撤回されて、俺が堂々と魔女のパレードで姿を現して、やっぱりサイファーは裏切ってないとさらに盲目的に信じた。
「だから、アイツにとって〝俺が裏切る〟っていうワードが、一番腹が立つんだろ」
何も知らない癖に。
サイファーの事を、何も知らない癖に。
俺とサイファーの事を、何も知ろうともしない癖に。
勝手なことを、言いやがって。
少し前の話だ。やっと思い出した。
パーティーの任務から帰っていたスコールに、寝台に押し倒されて、服を剥ぎ取られて、乗り上げられて。
突然、何してんだコイツと固まっている俺に抱き着いて、ぼそぼそと言い続けていた言葉の意味は、ここに繋がってたわけだ。
その後に、自分で俺のナニを立たせて入れようとしたから、添え善として普通に食ったが。
「なんかなぁ」
「あ?」
「そう聞くと、スコールって、サイファーに対してだけ純粋やんなぁ」
「……はぁ?」
「赤ん坊みたいに、いつもいつも、サイファーの事だけ疑うことなく、真っ直ぐに信じてるって事やろ?」
「……」
「愛されちゃってる~!って、言っていい?」
「……どっちだと思う?」
こちらを見つめているセルフィを真っ直ぐに、サイファーは見つめ返す。
その碧色の瞳は静かで、真剣な色を讃えていた。
愛か、依存か。
問われる言葉を正確にくみ取って、セルフィは満面の笑みで微笑んだ。
だって彼女は知っている。
サイファーの背中を、真っ直ぐに見つめて、子供のように安心して微笑む彼の姿を。
「そりゃぁ、愛やろ!!」

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