❖ 第326回「臆病」
【!】受けの女装。 ※サイスコ版ワンドロ:第325回「シャッフル」→第076回「離さない」の続き
地毛と同じ、長髪のウィッグ。ストレートではなく、長いゆるふわウェーブにされたそれは、可愛すぎる事もなく、落ち着いた女のイメージに合う。
紅を塗った瑞々しい唇。
目元を上品に化粧で纏め上げた、目尻の下がった灰交じりの青眼。
鏡を見れば、不本意ながら女顔と言われるだけあり〝美しい女〟がそこにいた。
他にもべたべたと塗られた化粧のせいか、両親のどちらにも似ていない。どちらか言えと言われれば、母親かもしれないが、やっぱり似ていない。
目線でゆっくりと、自らの服装を下へ辿る。
美しく落ち着いた上品な碧色の、両足を隠すふんわりとしたバルーンロングスカート。
すっきりと落ち着いた型の、シンプルな黒一色の長袖タートルネック。
その上から羽織っている派手過ぎない白色。体格が誤魔化せる型で、ゆったりとした形状の、花柄レースカーディガン。
腰にその全てを纏め上げる、シンプルなベルトを固定。
首元には大きな三日月のシルバーペンダント。
耳には、大きな十字架のピアス。
偽物の膨らんだ胸のせいで、足元が見えない。頭を横切る仲間達を考えつつ、すごいなとちょっとだけ感心した。
深呼吸を三回。瞼を閉じて、もう一度開く。
視界の先にいる男へ、ゆっくりと微笑みかけた。
骨格も体格も、よくよく見なければ気づけないような、美しい女が笑いかけた先。椅子に座ってふんぞり返っている男が、もったいぶったようにゆっくりと口を開く。
「 下 手 く そ 」
どこか楽しそうな声で、ゆっくりと一言づつ区切って発音され、ばっさりと一刀両断された評価。
言われた言葉に、現状〝美女にしか見えないスコール〟は、盛大に顔をしかめた。
「…………どこが」
「誰が来ても、どうにかできるって自信が透けて見える。笑い方が演技慣れしすぎてる。やり直し」
「………………」
むっすりと不服そうに黙り込んだ指揮官に、サイファーはにまにまと楽しそうに笑う。
……楽しすぎる。
一か月前の女装任務を思い出すと懲り懲りだが、目の前の男の女装姿が見れるなら、もう一回やってもいいかと思う程度には、サイファーは気分がいい。
二度とやりたくないけれど、女装セット一式が自室のクローゼットの奥に鎮座しているのも事実なので、もう一回と言われそうな予感はゴミ箱に捨てておく。
「任務内容からして、〝臆病な恋人〟がオーダーだろ?釣れる餌にしないと、寄ってこねぇぜ?指揮官様」
駄目だしされて負けず嫌いに火がついたのか、スコールにぎろりと睨まれたが、残念ながらサイファーには怖くない。むしろこれで負けたくないと思う、これがおかしい。負けとけ。
懲罰目的の任務にでもするかと、適当に選んだ高額報酬の依頼の一件。
そこに書かれていたのは、重度のストーカーに悩まされた、とある企業役員の男からの依頼だった。
恋人がいる身の上である彼は、愛する恋人が魔の手にかかるのを防ぐべく、有り余る金を積み上げてSeeDに依頼を願い出た。
その条件の中に、恋人が嫉妬するので同性にして欲しい事、同性だとストーカーが釣れないかもしれない事、まだストーカーは恋人がいると把握していない事、できれば女装して欲しい旨が書かれていた。
出来れば女装と言っているが、依頼者と打ち合わせをしたときに、女装して欲しいと凄く熱心にお願いされた。
どうやらバラムガーデンと調整している間に、ストーカーに恋人がいて女だとバレたらしい。申し訳なさそうに謝罪する、げっそりと頬がこけ始めた男に追及するほど、バラムガーデンのSeeDは鬼ではない。
という事で、依頼者から恋人の情報を聞き出し、恋人の身長が175㎝という書類を読んだ時点で、指揮官室の視線は一点に集中していた。
――――身長が175㎝程度で女装できそうな男。
そう、スコール・レオンハート17歳。身長177㎝かつ自分は否定したいが女より綺麗な女顔と呼ばれ続ける男。ピンポイントすぎる最適解がここにいた。
幸いにも、彼の恋人は女装経験(不本意)があるサイファー・アルマシーである。女装と女装指導と女装メイクしてこいと放り出された二人は、しぶしぶ自室で衣装合わせをする序でに練習をしていた。
なお女装用の服は、バラムガーデンが保管している、潜入調査などで利用する共有貸出衣装の一覧から選んで拝借した。
「〝臆病な恋人〟ってどうやるんだ」
「お前、昔から下手だからな~。交渉術や潜入調査とか、演技して対話するやつ」
「うるさい」
依頼の内容から、ストーカーを現行犯で捕まえるのが最適だと判断された。ならば、襲ってもらわないと困る。ぼこぼこにできない。
そこでコンセプトされたのが、〝臆病な恋人〟だ。身長が高いと言えど、臆病な人間なら勢いで襲ってきそうである。
情報収集を担当した者達からの報告では、ストーカーらしい人間は、余程切羽詰まっているらしい。近々暴発しそうという状況も届いている。
「おら、もう一回してみろよ」
にやにやと笑っているサイファーに、スコールは段々と腹が立ってきた。罰ゲームでも勝負も結果でもなく、ノリと流れで女装をすることになってしまった事に、今更腹が立ってきた。
「……サイファー、ご褒美くれ」
「はぁ?」
「やる気が出ない。なんか、任務が終わったら何かいい物くれ」
苛立ちを顔にべったりと張り付けて、目を半眼にしてスコールはサイファーを睨みつけた。サイファーが楽しそうなのが、気にくわないらしい。
それがサイファーには気にくわない。こっちが女装させられた時は、なんだかんだで楽しそうだったのに、逆になった途端にこれである。本当に俺様王様黒猫様な、どうしようもない男だ。
「ご褒美ねぇ」
突然に言われても、中々ネタが出てこず、サイファーは考え込む。
別に律儀に彼のいう事を聞かなくてもいいが、今は気分がよかった。
それはスコールの女装姿がよかったからというよりは、スコールを好き勝手に着飾れたからかもしれない。結論が女装なのが残念だが、スコールを好き勝手にできたのは気分がよかった。なんせ、女装が嫌すぎて全く動かなかったのだから、この男。
ふと、視界にスコールが外した、彼が愛用するシルバーアクセサリーを発見する。
「いいぜ」
「?」
「ご褒美だろ?くれてやるよ」
サイファーはにやりと笑って、自らの指で、自らの片耳を摘まむ。
「きちんと任務を達成したら、〝開けて〟いいぜ?」
「――――本当か?」
「本当」
「二言は」
「ねぇよ」
不機嫌だったスコールの顔が、途端に明るくなる。灰交じりの青眼が、きらきらと喜色で色づいていく。頬を仄かに染めて、嬉しそうに微笑む姿は、衣装と化粧のせいもあって女そのものだった。
座っているサイファーに、スコールは歩いて近寄っていく。その足取りは軽くて、不機嫌だった時など嘘のようだ。
目の前に陣取って、サイファーの両耳に両手で触れる。うっとりとした眼差しで見つめる様は、欲しかったものを与えられた子供そのものだ。
「本当に、いいんだよな?」
「しつけぇ~な。撤回してもいいんだぜ?」
「嫌だ。開ける。俺が開けるからな。両耳ともきっちり開けてやる」
「……お前、俺がピアス穴を開けるの、そんなに嬉しいか?」
「嬉しい」
「……お、おう」
「最高のご褒美だ。がんばる」
「がんばれよ」
「がんばる。グリーヴァでサイファーを飾るために」
「お前、俺の耳にあの獅子ぶら下げるつもりか?邪魔だからやめろ」
「大丈夫だ慣れる」
「アホか」
ぽんぽんとお互いに会話を楽しみながら、どんどん距離が近寄っていく。
座っているサイファーに近寄って、吐息が重なる程の距離まで顔を近づけて、スコールは困ったように目尻を下げてゆったりと口を開いた。
「……私、ひとりぼっちは寂しいの。ひとりだと、不安で仕方ないの」
聞いたこともないような口調で、声色は高く、周囲を怖がり囁くような小さな声。
「貴方が誰かに盗られないか、いつもびくびくしてるの。私のものって、刻まないと夜も眠れない。毎日朝まで、不安で仕方がないぐらいに。……ねぇ、知っていた?」
弱弱しい表情で、震えるような怯えた声で、心の底の恐怖を吐き出すような声。
声色で彩って、吐息を吐くように余韻を引きながら、言葉を結ぶ。
愛しい男の耳を撫でて、スコールはそっとサイファーの顔の傷に口づけた。口紅がつかない程度の、優しい触れ合うような口づけを。
――――それはまさしく、任務条件に相応しい〝臆病な恋人〟の姿だった。
知っていて、知らない声を聞き届けて、サイファーは溜息を吐いた。
「てめぇは、俺のことを、ずるいずるいってよく言うけどよ」
腰に腕を回して、膝の上に誘導する。
サイファーの腕に素直に引かれ、スコールは膝の上に横向きに座った。
先程までの表情や声色とは雲泥の差で、したり顔で微笑むスコールを見て、サイファーは苦笑した。
「ずるいのは、てめぇだろ」
「あんたのほうが、ずるい」
スコールが、サイファーの首に腕を回す。
お互いの顔が、お互いの瞳に写りこむ。
一度目は、記憶と共に零れ落ち / 忘れられて。
二度目は、他に盗られて / 自ら手を放して。
三度目は、きっちりと手を繋いで / 捕まって。
何でもできる器用な男なのに、生きる事は不器用な男は、首輪をしっかりと結ばれて。
死ぬほど不器用な男なのに、生きる事だけはしっかり器用な男は、首輪をがっしり掴んだまま。
繋いで繋がれて。
それでも対等な場所に立って。
お互いに男のプライドで取り繕いながら、それでもお互いに見抜けてしまう臆病な自分を隠して、二人は口づけを交わした。
これだから、記憶を思い出した後の幼馴染なんて、厄介極まりない。
「今から胃が痛くなってきた。サイファー以外の男を恋人だと思えない。演技できるか?」
「変な所で律儀だよなぁ、お前」
「もうあんたも女装で出てこい。友達枠で」
「やるわけねぇだろ」
狙われたスーツと男と、〝花柄のレースカーディガンで羽織る美しい女〟の美男美女カップルを襲った。とあるシティの街中事件。
犯人の刃物を持つ女の頭を、高いヒール靴で踏みつけている、かっこよくて美しい青色ドレスの〝女装の大男〟が新聞を飾るまで、あと三日。

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