❖ 獅子の執着と騎士の達観 - 2/2

 

丁寧に手入れされている事が分かる、長く美しい黒髪。
トレードマークになっている、白い翼のマークを背中に背負って、彼女は街中でぐるりと振り返った。
「サイファー、今日は本当にありがとう!」
「別に、俺も受け取る物があったからな」
「また弄るの?」
「よくわかってるじゃねぇか」
「その袋を見れば、わかりますぞ!」
何が楽しいのか、にこにこと満面の笑みを浮かべてリノアが笑う。
馴染のジャンク屋に頼んでいた、ガンブレードの部品が入った袋を片手に、サイファーも笑う。
普段はティンバーの独立運動に勤しみ、弱小ながらも〝後天的要因〟からじわじわと存在感を拡大するレジスタンス〝森のフクロウ〟。
全てが終わった後、そのサブリーダーに正式に就任した女は、強かさを全開にして元気いっぱいだ。
持ち前の明るさと、人と人を繋ぐ事が出来る彼女の人柄は、彼女が魔女になっても変わらなかった。特に、昔からリノアを知ってるティンバーでは、彼女はそのまま受け入れられた。
その後の独立活動を行いながら、マスコットやアイドル的な扱いではなく、国籍に関係なく、父が誰であることも関係なく、彼女は個人として自らの意思で立っている。
彼女個人が、立派なティンバーの民として認められる程に、それは力強く魅力に満ちたものだ。
彼女の全身から満ち溢れる自信に溢れた魅力は、街中で彼女に声をかける、人々の顔からも伺う事が出来る。
髄所に見える、きりっとした彼女の真面目な空気。
それは数々の経験を得て成長した事と、本人の弛まぬ努力と、彼女の〝元彼〟でありながらも継続したまま繋がる〝魔女の騎士〟である、あの男のカリスマ性を真似ている影響かもしれない。
とはいえども、外面がどうなろうと、サイファーにとって彼女は彼女のままだ。
「んふふー!今度の企みは楽しいものになります!サイファーが手続き知っててよかった~!」
「まぁ、いーんじゃねーの?お前にしては周到な準備だなぁ」
「何言っちゃってんの!サイファーもだよ」
「あ?」
「だから、サイファーも!風神も雷神も一緒だからね!」
「……」
ズビシ!と勢いよく指でサイファーを指さして、リノアは胸を張る。
自分が人員に入っていると思っていなかったサイファーは、深々とため息をついた。
「任務がなかったらな」
「いれないようにするの!」
約束だよ、と微笑む彼女の顔を見ながら、彼は肩をすくめて明言を避けた。
それは彼女の気づいているはずなのに、何も言わなかった。
話の話題は二転三転したまま、二人はティンバーの町を自由に歩く。
二人の足取りも声も明るく、恋人というよりは兄妹のように思える雰囲気で、彼らは楽しい一時を過ごした。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

「楽しそうだったな?」
「あ゛ぁ?」
共同エリアのソファに押し倒された状態で、サイファーは恋人を睨みつける。
額に青筋まで浮かべて睨みつけてくるサイファーを、彼の両腕を掴み上げながら、彼の腹の上に腰を下ろしたスコールが薄っすら微笑んで見下ろした。
最近、一部の部品にガタが来ていたハイペリオンを、満足の行く仕上がりに調整が出来た。
気分のいい夜だったのに、それを打ち壊す様に共同エリアで、なぜか襲撃してきたスコールにソファーの上に押し倒されて気分は悪い。ただでさえ短気である。一度沸点がつけば早い。
この野良猫指揮官をどうしてやろうかと、プランをざっと七つ組み上げて、サイファーは機会を伺う。
けれど、
「楽しそうだったな?リノアと」
「………はあ?」
ぐっと顔を近寄らせて、脳に刻むように囁かれた言葉。
その言葉の羅列が、煮えたぎりそうなサイファーの怒り着火に待ったをかけた。睨みつける眼光が微かに柔らかくなる。ゆっくりと瞬きをして、サイファーは彼の言葉にやっと考えを巡らせた。
……確か、こいつは。
本日のSeeD指揮官のスケジュールを、脳内からなんとか引っ張り出す。
確か、本日の業務はガーデン特集記事の為に、狸とキスティスと護衛学習の為のSeeD候補生を引っ張って、取材をするマスメディアの所に――――。
発行される記事が載る、雑誌の名前を思いだして、サイファーは呆れてしまった。
「はぁ~~」
「…………」
これ見よがしに、大きくため息をつく。薄っすらと微笑んだまま、顔を固まらせているスコールに視線を向ける。
「おい、手を離せ」
「……」
「スコール」
名前を呼べば、そっと手を離された。
思ったより力強く掴まれていたせいで、血流が元に戻っていくじんわりとした軽い痺れを感じる。
……仕方ねぇ奴だな。
もう一度、恋人の名前を呼ぶ前に、サイファーの口はスコールの口に強引に塞がれた。ぼやける視線の先で、じっとこちらを伺う灰青色が見える。
素直に口を開いてやれば、ずるりと舌が潜り込んできた。スコールの両腕が、サイファーの顔の両側に置かれ、口づけがより深くなっていく。
重力に惹かれて滴る雫を、素直に飲み込んで、サイファーはスコールの後頭部に腕を回す。もう片方の手は、ゆっくりとスコールの身体を辿り、自分の腹部に跨ったままの足を撫でる。
ふるり、とスコールの足が震えたのを感じながら、そっと片足を促す様に押す。素直に体勢を崩して、サイファーの身体の上にスコールは全身を預けた。
深く口づけしながら、サイファーは身体から力が抜けていくスコールの腰を撫でる。
自分で仕掛けたのに、咥内で攻勢を逆転されて、眉間にせつなく皺を寄せながら、スコールはサイファーの耳を塞ぐ。
それを振り払うように、サイファーはぐるりと身体を反転させる。器用にスコールの身体を自分の下へ、自分の身体はその上に。
「ん、ぁっ」
「はっ」
ぐるり、と体勢が逆転した事で、反射的に口が離れる。お互いに唾液の糸ができるほど、濃厚な口づけに息があがる。

スコールは、サイファーを見た。
サイファーは、スコールを見た。

じんわりとした口づけの快楽に潤む、灰交じりの青眼が美しい。その瞳の奥に揺らめく炎に、サイファーは苦笑する。
「なんだよ。元カノに嫉妬か?」
揶揄うような言葉を告げれば、スコールが眉間に皺を寄せる。
「それとも、俺に嫉妬か」
「…………ちがう」
サイファーの視線から逃れる様に、顔をふいっとスコールは横にした。どこか拗ねたような顔で、何かを言おうとして口を閉ざす。むくれたまま沈黙するスコールに、サイファーはまた脳内で独り言を言い続けているんだろうなと察した。
月日がたっても、スコールが会話を出力するのが苦手であることは、変わっていない。
一言を出力するまで、頭の中でその十倍は確実に話している。それを全て出力しろとは言わないが、もうちょっと何とか発言力を増やせとは常々思っている。
「黙ってたら、わからねぇだろ」
むすっとした顔で、スコールがサイファーを睨む。その目線が言っている事を理解できる。何が言いたいのかも、手に取るようにわかる。そのことに、文句を言っていることも分かる。
それでもサイファーは、スコールの口から直接聞きたかった。
「……二人とも、何してたんだ」
するりと首に腕を回して、ぐっと顔をサイファーの胸に押し付けて、か細く零された言葉にサイファーは笑うしかない。
「仲間外れで拗ねるなよ?ガキかよ」
「ガキでいい」
「っ!……おい」
スコールに首筋を強く吸われて、痕をつけられる。スコールは痕をつける事が好きだから、いつもそういう行為の時に、サイファーの肌に痕が付く。
サイファーだって、スコールを抱くときは痕をつけるが、スコールの頻度よりも低い。まるで獣がマーキングするように、スコールはサイファーの肌に自分の痕跡を刻むことに執心する。
「お前なぁ」
「ん」
「っ!」
文句を言おうとした口は、再びスコールから塞がれる。
するりと首に回された腕が、ぐっとサイファーの首を下に傾けて、呼吸を攫うように舌同士が再び絡み合う。まるで、舌同士でSEXしてるような、絡みつくように貪り喰らう。
その誘いに、サイファーは乗った。そもそも、やられっぱなしは性に合わない。
口づけをしながら、サイファーは身体を沈める。大柄な男が寝転がるには狭いソファーだが、軽い戯れならば十分な幅がある。ソファーと自分の身体で、スコールの身体を挟みこんで固定する。
「ん、ぅう」
ぎゅぅっと眉間に皺を寄せて、スコールがこちらを睨んでくる。大方、重いと言いたいのだろう。知った事ではないので、サイファーは目を閉じて口づけを深くする。
お互いの唾液の中を泳いで、舌を絡めて、口の中を擽る。スコールの弱い所をこすれば、ぶるりと彼の身体が震える。後ろに回された両手が、不満を示す様にぎゅうっと服を掴んで引っ張るが、それも無視する。
ぴくぴくと身体が震えて、スコールの目尻に涙が滲む頃。たっぷり注いだ唾液をこくんっと飲み込んだのを確認してから、サイファーは口づけから解放した。
「はぁっはぁっ……っ」
飲みきれなかった唾液が溢れて、スコールの顎と首筋を汚している。激しく呼吸を繰り返しながら、潤んだ瞳でこちらを強気に睨み返して、スコールはぐいっと服の裾で口元を拭う。
誤魔化されないぞ、と訴えてくる瞳に、サイファーは笑うしかない。
「本当に、仕方ねぇ奴」
「はっ、なにが」
「……別に、俺はリノアに頼まれて店を紹介しただけだよ」
「…………店?どんな?」
「それは、お楽しみってやつだよ。あいつはサプライズ好きだからな」
「…………」
結局教えてもらえないという事に気づいたスコールの顔が、不満のままこちらを見つめてくる。その頬を撫でて、先程とはまるで違う、親が子供にするように優しく頬に口づける。
「わかった」
「ん?」
「……聞かない条件だ。俺とも遊べ、サイファー」
「おっ?」
ソファーとサイファーの身体の隙間から、ずぼっと両足を器用に引っこ抜いて、スコールはサイファーの腰に足を絡める。
「久し振りに、俺と駄目になってくれ」
「……なんだ、欲求不満か?指揮官様」
「そうだよ」
揶揄うように告げた言葉に同意されて、サイファーはまじまじとスコールを見下ろす。そんな驚いたようなサイファーに、スコールは子供染みた不満を隠すことはしなかった。

この男は、何時もずるいとスコールは思う。

色々な事があって、スコールが隣に引きずり込んでから、彼は落ち着いたと言われ始めている。
そんなこと、ありはしないのに。
落ち着いたのは、そう見えるのは、彼が牙を隠した方が有利だと気付いたからだ。そして、スコールに従ってもいいと、彼自身が認めたからだ。
もしスコールが本当の意味で、腐り落ち堕落したならば、サイファーは何を言われてもスコールの首を斬り落とすだろう。
愛していても、愛しているからこそ、憎悪を燃やす事もなく、美しい姿のまま首を斬り落としに来る。サイファーが愛したスコールのまま、終わらせに来る。
それが分かっているから、スコールはそこらで腐ってるわけにもいかず、苦手な事だって頑張る羽目になっている。そのストレスで、若干子供みたいにサイファーに当たり散らしていることだって、わかっている。
それなのに、この男だけが。
このサイファー・アルマシーだけが、さも俺は知りませんよ見たいな顔をしているのが、腹が立つ。

さも自分は大人になりましたと、外面がよくなっているのが、腹が立つ。

「……へぇ?」
だから、そんな大人のような顔をした、薄っぺらい外面を剥ぎ取るのが快感だ。
今もそうだ。二人だけで、他に誰もいない。そしてスコールから誘えば、その瞳は素直に獣の本性を露にしてくれる。
「なにが欲求不満だ?俺様が、叶えてやろうか?」
「ああ、叶えてくれよ」
「どっちがいい?訓練施設か?寝台か?」
「そうだな」
にやにやと悪童の顔で笑うサイファーに、スコールはうっとりと見惚れて見つめ返す。
彼が大好きな、幼い頃から傍にいた人。取り繕うとも、根本的にどこか壊れた戦闘狂いの男を抱きしめて、スコールはその喉に口づける。
自分も同じ穴の狢だと、安堵を抱きながら。
「どっちもヤりたいな」

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

『ねぇサイファー!なんかいいお店しらない?!』
『はぁ?』
切欠なんて、些細なことだ。
約一ヶ月後に迫った、我らがバラムガーデンのSeeD総指揮官様の誕生日。その日にサプライズがしたいと、携帯端末に電話がかかってきたことが事の発端だ。
どこから番号を知ったとか、そういう細かい事よりも、前後の話が抜け落ちた会話にまずツッコミを入れた。
どこかに食べに行くのではない。バラムガーデンにデリバリーできるような、ちょっとイイ感じの料理店を知らないかという、リノアからの電話。
確かに、理にかなっている。
それはリノアの現所属がレジスタンスである事も、彼女の血筋もそうだ。けれど何より、バラムガーデンの中枢が一気にごっそり外に出かけると言うと、ちょっと業務的に難易度が上がる。
それならば、料理を頼んでデリバリーできれば警備上の問題もない。料理だって事前に検査してしまえば、毒やらの心配もない。
そして都合よく、サイファーはそういう面倒な対応をしてくれる店を知っていた。
裏メニューとして、リーズナブルな料理も提供する、知る人ぞ知るティンバーの隠れ高級店の一つ。頼めば情報秘匿料を込みで、普段デリバリーできそうにない場所にも、デリバリーしてくれる変わり者の店主と、なんでそこにいるんだと言いたくなるシュミ族の料理長。
悪い意味で名を売ったサイファーが行ったとして、元々馴染の店だとしても、対応してくれる保障はない。それでも裏口から顔を出せば、「おや久しぶりだね」と何事もなかったかのように対応されて、呆気に取られてしまった。
唖然としているサイファーの後ろから、ひょっこりリノアが顔を出せば、「いらっしゃいませ」と微笑み対応してきた。
この店は色んな意味で規格外だと、改めて実感する羽目になった。
話もとんとん拍子で進んで、費用の話になった時に、リノアから「シド学園長とイデアさんが払うんだって!」とすんなり共犯者の名前が出たので、全てに納得してしまったが。
あの時のメンバーで集まるのだと、頬を高揚させて嬉しそうなリノアをあしらいながら帰路につけば、念を押されてしまった。

『サイファーも!風神も雷神も一緒だからね!』

スコールの誕生日会になんて、出るつもりは一切ない。ましてや、あの時のメンバーが集まるなら、余計にだ。
風神と雷神は好きにすればいい。でも、サイファーは行くつもりはさらさらなかった。
だからもう、その日を含める様に、2週間の長期任務も入れている。
どうせ何処かから情報が洩れる。ならば、対外的に邪魔になる要素は極力排除した方がいい。例えプライベートでも、すぐに手を離せるようにしておくのが一番いい。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

ふっ、と意識が浮上したサイファーは、息苦しさに顔を顰めた。
見下せば、素っ裸のスコールが、くぅくぅと深く眠っている。ご丁寧にサイファーの身体に足も腕も絡めて、ぎゅぅっと抱き着いてきたままだ。もちろん、サイファーも裸だが。
あの後、ソファーからサイファーの自室に移って、そういうことを二人で楽しんだので。
くわっと欠神をしながら、サイファーはぐしゃぐしゃとスコールの頭を撫でる。
「……最近、多いなお前」
眠っている時に、スコールはサイファーに抱き着いてくる。それを振り解こうとすると、眉間に皺を寄せて不機嫌になる程度に、スコールはサイファーにべったりだ。
寝苦しくないのかと思うが、苦しくないらしい。むしろ無理やり腕を振り解くと、一気に目が開いてぎろりとこちらに鋭い眼光が向いてくる。正直言って怖い。
「……まさか、な」
気づかれているとは思っていない。気づかせるような事を、したこともない。
ただ何もしていないだけだ。この部屋の中だって、同居してからそこまで変えていない。
何も変えていない。ただそれだけだ。
「お前が、健やかである様に」
スコールの髪を撫でて、軽く頭を抱きしめる。そっと零す様に告げた言葉は、彼の本心だ。
自分という厄介な荷物を抱えて、疲れてしまうなら、とっとと手放せばいいのに。兵士であれ傭兵であれ、重い荷物は捨てて行くのが生存への近道だ。
だから、サイファーは捕まってしまったあの時から、手放される日を待っている。

静かな寝息が頭上から聞こえてきて、スコールは目を開けた。
その目は爛々と、執着と憤怒に燃えている。ますます自分より逞しい身体を抱きしめて、歯軋りさえしてしまう。
「……あんた、本当に、馬鹿だな」
手放す気があると思っているのだろうか。スコール自身が死に物狂いで捕まえた、自分の部品ともいうべき同族の男を。
頭の中では、逆算が始まっている。イベントに疎いと言えども、リノアが張り切って、サイファーに手伝わせる近々ありそうなイベントなんて、思い浮かべるだけで一つだけだ。
「……せいぜい、油断してるといい」
不穏な事を呟きながら、スコールは目を閉じた。
頭の中で、この外面を取り繕う事だけ上手になった、分からず屋をどうしてくれようかと思いながら。

一ヶ月後に開催された、スコールの誕生日パーティーの中。
無理やり参加させられたサイファーに、スコールが普段使いし難い、ごついシルバーの指輪をぶん投げ、サイファーの薬指に無理やり嵌める一騒動まで、あと―――?

 

 



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