サイファーの様子が少しおかしいのは、バラムガーデンに捕獲した頃から知っていた。
いつも自信満々だった男が、普通に自信を損失している。しかも自信の損失のせいか、精神状況が不安定に思えた。
サイファーらしくない言動も、時々飛び出してくる。風神と雷神もそれを気にかけているからこそ、素直にサイファーを回収した俺についてきたと思う。
だから、
「脳に損傷があるでおじゃる。面白いから研究するでおじゃる」
けろっとした顔でサイファーの身体解析を頼んできたオダイン博士が言った言葉に、
「おじゃじゃじゃじゃ」
「何してんだスコール!?」
――――普通にキレて首を絞めた。
絞めていたら、様子を伺いにきた仕事脱走犯の大統領に止められた。
元々は、魔女の影響を調べたいと暴れているというエスタ側からの要請に、サイファーの健康診断を兼ねて許可を出した。
それが、こんな爆弾になって返ってくるとは思っていない。
冷や汗を流したオダイン博士と向かい合い、詳細を確認した。
おろおろしているエスタ大統領が横目に見えるが、今は知ったことではない。
横道に逸れまくるが、オダイン博士の見解を簡単にまとめてみると。
――――サイファーには、明確に〝脳を弄られた痕跡〟があったらしい。
それは科学的な痕跡というより、魔法的な痕跡であり、身体不自由や意識混濁などの分かりやすい後遺症には繋がっていないという。
現に、サイファーは元気に回収時に暴れてくれたので、日常生活および戦闘行為に支障はないようだった。
ただし、軽い後遺症はある。
俺たちサイファーを知っている者から見て、らしくない自信喪失は、自らの精神状況の欠如が原因である事。
安定した精神の欠如は、薬物でいう依存対象の損失が類似する。
正確に表現すれば、イデアの肉体から抜け出たアルティミシアが、サイファーに直接命令を下すために仕組んだ〝魔法的なアンテナ〟の痕跡が、命令受信先を見失って混乱しているから起こった状況の可能性が高い事。
「こればかりは、データ不足でおじゃる!今は正確に分からんでおじゃる」
不謹慎にもわくわくしている、この博士の顔を殴りたいと思いながら、話を聞く。
おろおろしていた大統領も、いつの間にか近くに持ってきていた椅子に座って、真剣に話を聞いている。
なんでだ。
「ガルバディアの多くの国民が、魔女の支配から正気に戻った時とは違うでおじゃる」
ガルバディア国内で幅広く蔓延した、大多数を標的にした魔法とは違う。
彼らは意識や思考を〝汚染〟されていても、元凶がなくなれば、すぐに正気に戻っていた。
けれどサイファーは、違う。
「魔力の密度も精度も段違いの魔法が、直接脳に入ったわけじゃろ?状況から聞くと、じわじわと汚染が進んで、魔女の騎士自身がもう止まれなかったはずでおじゃる」
交渉ではなく、積極的に戦いに出た事。
ドール試験時の素早い撤退に対して、堂々と正面からぶつかってきた魔女の騎士としての有様。
その他にも、心当たりは山ほどある。
「おそらく、戦闘意欲の急上昇。戦闘時の意識変容も、効果に含まれているでおじゃる」
過去において使える、使い勝手のいい道具を、使いやすいようにするための魔法。
それを長時間、頭に入れられていた。
ジャンクションの副作用等、どっかに吹っ飛ぶような、大きな地雷。
「魔法的な痕跡でおじゃる。魔法供給が現在は失われている都合上、自然と解消されるはず。……後々の経過は、把握しておきたいでおじゃる」
研究馬鹿は、うんうんを頷いて、自己解決をしている。
その把握は何を指しているんだ。
研究対象とししてか。
患者としてか。
前者なら、やれる事を全てやらかして帰る。
「なんなら、オダインのジャンクション研究とも関わっている、脳神経専門医を紹介するでおじゃる」
……患者としてだった。
なら許してやる。
そして確定事項として、サイファーの脳が損傷している事実が確定してしまった。
「〝魔法的なアンテナ〟の残滓は、明確に魔女の騎士の命令先。システムでいうコントローラーを探している状況でおじゃる。治療の為にも、気を付けて対応するでおじゃるぞ」
その言葉を聞いた時に、視界が一気に広がった気がした。
サイファー。
サイファーの、頭の、脳の損害部分が。
〝魔法のアンテナ〟が、なんだって?
コントローラーを探している。
支配者を探している。
依存先を探している。
それは、つまり。
サイファー・アルマシーは、現状において、
――――〝支配されやすい状況〟と、いう事だ。
誰に対してというわけでもない。
サイファーは今、〝誰かの言う事を聞きやすい状況〟下に置かれているという事だ。
……嫌だ。
サイファーを捕まえたのは俺だ。
……嫌だ。
サイファーを、ガーデンに回収したのは俺だ。
……嫌だ。
サイファーの根本を、一番理解できるのは俺だ。
……嫌だ!
イデアなら、まだ我慢できた。
アルティミシアは駄目だった。
……嫌だ!!
リノアの為でもあった。仲間の為でもあった。誰かの為でもあった。
俺の為でもあった。
……絶対に、嫌だ!!!
サイファーを、自由に使われるなんて、冗談じゃない。
サイファーを使っていいのは、
サイファーを拘束していいのは、
サイファーを閉じ込めていいのは、
サイファーを、
サイファーを、
サイファーを、
――――サイファー・アルマシーの、生死与奪の権限を持つのは、俺だけでいい。
同胞として愛してる。
仲間として愛してる。
同じ生き物として愛している。
兄として愛してる。
家族として愛してる。
ライバルとして愛してる。
同じ男として愛してる。
その殺意を愛してる。
その技量を愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
――――だから、俺を追いていかないで。
あの魔女のように、
俺から離されるならば。
俺から奪おうとするならば。
俺の傍から連れていく気なら、
例えそうなっても、俺の所に何があっても帰ってくるように。
―――――俺に依存して、溺れてしまえ。
悪魔が囁いた。
天恵という、悪魔が俺に笑いかける。
オダイン博士の言葉は、もはや脳に届かない。
隣の大統領の、見てはいけない物を見たような表情など、気にしていられない。
確かに悪魔が囁いたのだ。
魔女の置き土産を、利用しろという。
悪魔が確かに、天恵という恩恵を渡してきた。

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