ただただ、疲れていた。
これだけの大立ち回りは、自分が在任中になかったような、あったような。
ただ、馬鹿みたいに疲れている事は、自覚出来た。
「お帰り、サイファー」
部屋に戻ってきたと、頭が認識できない。
扉を開けて、帰ってきたはずなのに。
頭がまだ戦場にいるような、戦いが続いていると錯覚したような。
帰還命令を認識できない、壊れた機械のような気分だった。
「サイファー」
ただ共用エリアのリビングで立っている。
いつの間にか、いたのか。
それとも、俺が認識できていなかっただけか。
そっとスコールが近づいてきて、両手で顔に触れてきた。
片手がゆっくりと、瞼を遮る。
それに誘導されるように、一度目を閉じる。
「お帰り、サイファー」
「…………ああ」
耳に届いた言葉が、ゆっくりと脳を回る。
久しぶりの〝裏の仕事〟に、脳が戦闘態勢から戻ってこれなかったようだ。
ハイペリオンの入ったガンブレードケースを握っている自覚がつき、手からゆっくり手放した。
床に落ちる寸前に、スコールの片手に掴まれたガンブレードケースが、そっと床に置かれたのがわかる。
そんな事をすればガンブレードケースが落ちると、理解できなかった。
……どうやら頭がおかしいらしい。
自然と首に手が回されて、前に体重がかかる。
「サイファー」
呼ばれるままに、誘導されるままに、スコールの首元に顔を埋める。
身嗜みに神経質になりがちな男が選んだ、微かな香水の香り。それに重なる、訓練施設にいたのか硝煙の臭いが混じる、スコールの匂い。
「お疲れ様、サイファー」
返事もできないまま、スコールを抱きしめた。
久しぶりに全力で思考を巡らせて、策略を考えて、制圧しやすい武力を使い、警察組織と交渉して、狸爺に報告して、歴代風紀委員の記録から四名の馬鹿を除名して、各委員会に報告を投げ飛ばして、後任の風紀委員の選別に入り。
「スコール」
「うん」
殺したマフィアの幹部から、聞き出した話。
SeeD指揮官の暗殺なんて、よくも一介のマフィアが計画出来たものだ。
馴染みの場所に依頼も投げたし、そのうち情報が集まるだろうとわかっていても、疲労感が酷い。
しかも後任候補達のみならず、現職各委員長達から、「そのまま1年は続投してくれ」という返事と事実上の拒絶連打に、頭の血管がキレそうな程の殺意が湧いて。
……俺様を続投させるとか正気か。早く誰か後任やれ。
「んっ」
抱きしめていたスコールから、声が聞こえて腕を緩める。
いつの間にか、締め付けていたらしい。
悪い事をした。
「サイファー、お疲れ様」
「……」
返事が、できない。
瞼が半分落ちてきた。嫌になるほどに眠い。
……このままだとまずい。
鉛のように重たい身体をスコールから剥がせば、そっと手を取られて誘導される。
振り払う意識は、出てこなかった。
誘導されるままに足を動かして、スコールの寝室に入る。そのまま導かれるように、寝台に寝転がった。
「もう寝るか?」
「……ああ」
「お休み」
普段の自分らしくないとわかっていて、目を閉じる。
スコールを腕の中に入れて眠る事に、何一つ違和感を感じないまま。
―――――――― ▼ ――――――――
生気の欠けた顔に、想像以上に脳を使わせてしまった事を自覚した。
……サイファーは馬鹿ではない。
武力に関していえば天賦の才を持ち、圧倒的な才覚と努力により開花した怪物級の技量は、多方面に影響力を与えるに相応しい。
鍛錬や訓練で、何度も激突してきた。
分類でいえば、こちらはパワー型の威力重視の剛剣。あちらは、テクニカル型の手数重視の柔剣。
力任せに振るえばこちらが有利で、技に関していえばあちらが有利。
けれどそれは身内の間、俺との戦いだから分かる隙だ。
普段は他人を馬鹿にしてるように振舞うサイファーが、本当に本気になった時に、凄まじい技量と冷徹さを発揮する事を、俺は知っている。
今回の、バラムに侵入したマフィアの先発隊を壊滅するなど、最もたる例だ。
それを24時間以内で、かつ元風紀委員の三人で決行・終結させるのは、正気の沙汰ではない。
歴代でもあらゆる意味で突き抜けた風紀委員長として、バラムの警察組織で囁かれた評判は伊達ではないし。
ここ近年の〝裏社会のバラム嫌い〟は、明らかにサイファーの影響のせいだ。
頭の弱い学生が唆されれば、その元凶を血祭りにして、ついでに学生も血祭り。
素行不良の学生がいれば、逐一の行動を詳細に調べ上げて報告書を提出し、そのままボコボコにして懲罰室に放り込む。
ガーデンの情報を買った存在がいれば、細切れにして情報を秘匿して。
バラムガーデンに侵入しようとする存在がいれば、鬼ごっこの鬼のように周到に追い込んで追い込んで処刑する。
雷神は武力及び拷問担当。
対象からサイファーの悪口が飛び出るものなら、ニコニコ笑顔で死体を埋める。
風神は交渉と情報収集、そして暗殺担当。
静かに行動して静かに交渉し、サイファーが有利になるように段取りを整えて、全てが終われば死体を沈める。
サイファーは、突撃と制圧・指揮と策略担当。
情報を整理して作戦を立てるのも、武力により先制制圧も熟す。全てが終われば死体は燃やす。
誰が欠けても齟齬が出る。
不足分を補う息の合う三人。それが一つで動くだけで、並みの軍隊よりも成果を上げる。
つくづく本当の意味で、敵に回したくない三人衆がいたものだ。
今までの三人の活動を垣間見れば、魔女の騎士の時にサイファーが頭を弄られていたのは明確で、風神と雷神は手抜きをしていたとよくわかる。
それほどに、それを呼んで背筋が凍る程に、
――――学園長に提出された、風紀委員の〝裏〟業務日誌は凄まじい。
裏からガーデンの防衛を一手に引き受ける、学内警備組織の一つなだけある。
……簡単に言えば、頭がおかしい。
なんで学生三人で、事実上バラムの裏社会を牛耳っているんだ、こいつら。
この三人の上司が俺とか正気かと、学園長に全てを教えられた際に、頭を悩ませた事もある。
しかも他にも類似組織が、あと二つ存在する。
まだ正式に顔合わせしていないが、今から頭が痛い。
そして何よりも、
――――サイファーたち三人が、自分たちの影響力の見積もりが甘い。
後任の風紀委員は、常に前任三人と比較される。
その比較される状況に、耐えられなかったのが今回の四人だ。
自分たちならできると粋がって、空回って、自滅してしまった者たち。
……後任の選別が難しい。
〝サイファーの後任〟という評価を、サイファー自身が低く見積もりすぎてる。
一度、〝バラムの鬼〟がバラムから離れたという話が裏社会に流れた時、バラム近隣の裏社会は確かに乱れた。
新規参入の、今回のマフィア先発隊のように、バラムが裏社会的に空白地であることに目をつけて、乗り込んできた者達だっている。
バラムは観光地だ。
そしてバラムガーデンに通う学生が、所要で街に降りることだって多い。
年少組が、ふらっと街歩きを楽しむことだって多い。
だからこそ、バラムが荒れるかと思っていた。
しかし予想に反して、
――――その多くが、バラム近隣の〝裏社会の重鎮〟によって沈められた。
一見バラムと無関係な〝裏社会の同業者〟に、バラムに意気揚々と乗り込んだ者達、乗り込もうと準備していた者達は、叩き潰されるように沈められた。
それは彼ら、バラム近隣の裏社会から、バラムガーデンに発信された〝確かなメッセージ〟だった。
裏社会が荒れる前に、自分たちの縄張りが煩わしくなる前に。
安全なる観光地という、バラムの評価を維持してやるという彼らの意識表明であり、
――――〝バラムの鬼を戻せ〟という、催促だ。
それを〝明確なメッセージ〟として受け取った、バラムの警察組織が、バラムガーデンに相談。
学園長はそれを受けて、〝緑花委員会〟と〝用具委員会〟の委員長二人に〝裏の仕事〟を要請。
……正直、知りたくなかった。
バラムガーデンの常駐委員会の全てが、何らかの裏の仕事を粉しており。
中でも風紀・緑花・用具が三大裏委員会。学内ヤク……いや、うん。
……本当に、知りたくなかった。
歴代の風紀委員長に、番長系が多い理由がそれか。
歴代の風紀委員長が、あらゆる意味で凄い人材だらけなのもそれか。
緑花と用具の委員長とも少しだけ顔を合わせたが、二人とも癖が強そうだったな。
……セルフィの臨時委員会なんて、楽しい遊びだとよくわかる。
よくよく考えれば、当たり前だった。
ここは、バラムガーデン。
ガーデンとは、私立の兵士養成学校だ。
そして何よりも、バラムガーデンは独立傭兵部隊SeeDを抱える、ガーデンの中枢だ。
……なぜ〝学内警備組織〟がない?
一見すると、ゲートに駐在がいるがそれだけだ。警備員と呼ばれるような者達がいない。
――――ならば、それを担うのは誰だ?
我々バラムガーデンの生徒が、笑って楽しく一般的な学生生活を熟せている、その理由。
人知れずそれを守る者達が、いたからだ。
……学内警備組織を、委員会が担っているとはな。
盲点だった。
確かにできる。
我々、兵士養成学校の生徒ならば、それができる。
そして何よりも、学生の間に裏社会や情報の扱いを経験できるという、メリット。
デメリットは沢山あるが、それを覆すメリットをバラムガーデンは取った。
……あの狸。
サイファーが、学園長を事あるごとに狸と言っているが、ようやっと理解した。
バラムガーデンにおいて、確かに派閥争いがあった。
俺は知らなかったし気づかなかったが、マスター派か学園長派かと、ガーデン内部でさえ派閥争いがあるのだ。
けれど、どれだけ内部が揺れても、バラムガーデンの防衛は揺るがなかった。
……俺も、あの戦いがなければ気づかなかった。
きっと、いつまでも気づかなかった。
卒業しても気づかなかっただろう。
――――隣に立っていた男が、裏社会に名を轟かせた〝鬼〟であると。
魔女に頭をおかしくされても、ガルバディア軍を掌握できるはずだ。
魔女に頭をやられた国の軍隊など、裏社会に比べれば規律に守られたぬるま湯だったに違いない。
……知れたのは、きっと俺の幸運だ。
これほど近くで、サイファーの仕事を目撃できたのは、幸運だった。
緑花と用具の委員長二人の目が、こちらを冷静に、冷徹に見定めていた理由を、実感できた。
……その理由も、実感できた。
確実に〝スコール・レオンハート〟に対して、不信感を抱いているという事を。
〝SeeDである事〟そのものを、疑問視されている理由を。
真っ向からお手並み拝見だと言われて、やっと気づいた。
気づくことができた。
彼らと同じように、俺に対して不信感を抱く派閥が、いるという事を。
そして同時に、理解する。
自分が出したサイファー再就任の一手が、明確に彼ら〝反SeeD派閥〟に関して、俺自身が干渉を始めたという、メッセージとして受け取られた事を。
……これでサイファーが、いや臨時とはいえ〝風紀委員〟が〝指揮官の派閥入り〟したと思われたかもしれない。
代々の風紀委員は、必ず学園長派筆頭だった。
緑花と用具は分からないが、少なくとも中立。甘く見て学園長派だろう。絶対にマスター派には、なっていない。
……対外的に、三大〝裏〟委員会の一角が、俺の手に落ちたと二人に認識されたかもしれないな。
それは、それでもいい。
まずは指揮官室の面々で、委員会の実態を知る事から始めよう。
おそらく対外的には、指揮官室は学園長派に分類されている。
間違いではないが、後々どうなるのか分からない。
……目指すべきはトリプルコア。
教育の学園長、経済のマスター、実働可否の指揮官。
俺に求められているのがこれだと、今回の案件で理解してしまった。
ふざけるな人手を寄越せ。
「……ん、ぅ」
上から吐息が聞こえてきて、思わず動きを止めてしまった。
思考に耽りすぎたようだ。
いつの間にかしがみ付いていた腕を少し緩めて、顔を上に向ける。
深い眠りに落ちている、サイファーの寝顔がある。
腹が立つぐらいに、普通に見慣れた漢前の顔だ。
起きることなく、俺を腕に抱えて眠っている姿に、少し安心感もある。
考えるのはまた明日にしようと、目を閉じる。
この腕の中が、最高に居心地がいい事を、昔から知っていた。
知っていた事を、思い出せた幸運を噛みしめて、眠りに落ちる。
早く。
早く。
一秒でも早く。
俺に依存すればいい。

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