順調なはずだった。
ティンバーと距離が近いが故に、あちら側の裏社会関係者の影響が強くなっているバラム。
観光地としての地位を築く半面、ガルバディアに比べれば、生温い程の裏社会の秩序。
加えて、先の魔女大戦以降において、何故かバラムの裏社会の秩序に乱れがあった。
自分たちが介入するには、十分な隙間。
――――そのはず、だった。
まるで地獄のようだった。
理解した。
理解させられた。
バラムに何故、裏社会が積極的に進出しないのか。
なぜ、裏の著名な者達ほど、バラムを警戒するのか。
――――〝教材〟にされるからだ。
裏社会の在り方の、
存在の抹殺方法を、
物理的・社会的な殺害方法を、
諜報活動の在り方を、
裏側に入ってしまっても生還するやり方を。
そしてまるで、漁師が魚を網の中に入れるように、逃げ道を塞いで追い込む漁法のように、対象を捕まえるやり方を。
ガルバディアにあるガーデンは、軍に近しい。
何かあれば、軍の機関が出てくる可能性がある。
トラビアにあるガーデンは、そもそもが雪深く自然環境に厳しい。
居住区も限られて人口も少ない為、裏社会が発達しづらい。
バラムにあるガーデンは。
全てのガーデン組織の、中枢ともいえるバラムガーデンが、抱える存在を頭に入れるべきだった。
傭兵部隊そのものを示す名。
同時に、バラムガーデンが抱える傭兵のコードーネーム。
それこそが、SeeD。
――――〝裏社会の任務〟も担う、精鋭部隊。
それを抱えるバラムガーデンが、自らのお膝元に来る裏社会の組織に、なぜ何もしないと言えるのか。
……〝そんなことあるはずがない〟じゃないか!
遅かった。
遅すぎた。
気づくのに遅れてしまった。
バラムの警察組織の動きが鈍い事に、笑っている場合ではなかった。
こちらを探っていた〝四人の馬鹿共〟を、逃がしたのが手痛かった。
一人拷問にかけ、一人を殺して、一人に裏切りを唆した所で、一人を無傷で取り逃がした。
取り逃がした拘束担当を半殺しにして、色々と帳尻合わせをしている最中に、訪れた襲撃者。
白いコートを羽織った、無表情の若い男は、こちらを一瞥しただけ。
どこかで見た事がある顔だと、理解する前に目が合った。
それだけで、悪寒が走った。
殺されない事が、不思議だった。
鬼が来た。
鬼が出た。
鬼が、鬼が、鬼が。
我々を殺すための、鬼が来た。
拠点の壁一面に、血潮が飛んだ。こちらの攻撃は全て届かない。回避され、叩き潰され、銃撃さえ何をどうやっているのか刃で打ち返されて!
化け物。
もはやあれは化け物だ。
……冗談ではない。
あの無能をリーダーにしたのは、スケープゴートに丁度良かったからだ。自分が貧乏籤を引く羽目になるなんて、予想していない。
あらゆる者を足蹴にして、逃亡を図ったのは、間違いではない。
間違いでは、なかったはずなのに。
「おはようだもんよ」
意識が刈り取られ、目が覚めたら個室の中。
拘束された身体は身動きできず、口も拘束されている。動かせるのは眼球だけだ。
黒い肌の大男。屈強な男が、ニッコリと笑ってこちらを見下ろしている。肩に担がれた大きな棍棒が、嫌にミスマッチに見える程に無邪気な笑顔。
「本当に、世話が焼けるもんよ~」
「無駄口止、教育必須」
「そうなんだもんよ~。困っちゃうもんよ~。後輩なんだから、しっかりして欲しいもんよ~」
「同意」
いつの間にいたのか。部屋の隅に、すらりと立っている銀髪の女がいる。
まるで警備をしているように、仁王立ちで後ろで両手を組んでいる。
そして、その銀髪の女の足元。
頭を抱えてガタガタ震える、裏切りを諭し見逃した男がいる。
ゆっくりと視線を向けた先で、ニコニコと大男が笑っている。
「お前、馬鹿だもんよ?」
首を傾げて言われた言葉に、疑問が浮かんだ。
「あいつら言ってたもんよ。裏切り者を迎え入れた今のガーデンは馬鹿だって。指揮官は頭が狂ったって。狂ってるのも馬鹿なのも、お前らだもんよ」
ニコニコ笑って、肩に担いでいた棍棒を、くるりと回して手に持ち、柄を地面に下した。
大男がいうあいつらとは、おそらく我々の事だ。
あの〝鬼〟に叩き潰された、有象無象の者達。
「無駄馬鹿」
ふぅ、と銀髪の女が溜息を付いている。
呆れ果てたその声色に、腹が立つ前にゾッと背筋が凍った。
「サイファー、裏切ってないもんよ」
ニコニコ笑顔で、疑問がいっぱいだというように、大男が首を傾げた。
「バラムガーデンが先に、サイファーを退学にしたもんよ」
「同意」
「サイファーは、在学期間中に裏切ってないもんよ」
「任期大事」
「サイファーは、スコールが伝説なんたらだって、伝えてないもんよ」
「秘匿情報完璧」
「サイファーは、ちゃんと風紀委員の仕事をしたもんよ。退学になってから動いたもんよ」
「契約解除」
そこで、やっと気づく。
大男は笑っている。笑って、〝こちら〟を見ていない。
銀髪の女も、頷き話してはいるが、〝こちら〟を見ていない。
つまり、自分に話しかけていない。
なら彼らが話している者は、誰なのか。
「お前、在学中に、しかも風紀委員なのに裏切ったもんよ」
ゆっくりと大男が、ガタガタ震えているモノに、視線を向ける。
笑っていた顔は、真顔になっていた。
びくびくと震えている男は、言い返しもせず、視線も上げず。
ただただ、頭を抱えて地べたで震えている。
「罰則」
「お前の裏切りとサイファーを、さも同列に語るなだもんよ。不愉快だもんよ」
「同意」
「でもお前ちゃんと裏切らなかったもんよ。沈黙はセーフだもんよ」
「微量許与」
「でも裏切る事に頷いたのも、捕まったのも駄目だもんよ」
「我絶許」
「風神は厳しいもんよ。でも俺は優しいもんよ」
「疑問」
「ひどいもんよ~」
ぽんぽんと飛び交う会話が、軽いノリは、とても見慣れた空気だった。
裏社会ではよくある事だ。
拷問部屋、尋問部屋、そういう場所に慣れた者達には〝そんな場所でも日常会話ができる〟ようになる。
「だから〝教材〟で教育するもんよ」
「ひっ」
銀髪が、ガタガタ足元で震えていた男を足蹴にする。
ごろんと転がった男は、蒼白な顔で、べちゃべちゃに顔があらゆる液体で崩れていた。
目が合う。
視線が合った瞬間に、ざぁっと蒼白な顔が、一気に真っ白に染まった。
そのガタガタ震える男の手には、鞘に入ったナイフが一つ。
もはや何を考える事もなく、理解も自覚もしてしまった。
己が縛り付けられている意味は、逃がさないためだ。
情報を吐き出す口を、閉ざした意味は、情報などもはや不要だからだ。
つまりこの二人は、指導員だ。
「ほら」
このガタガタ震えている無様な男は、指導対象だ。
「はやく殺るもんよ」
――――ここに縛られた自分こそ、無様な男への〝教材〟なのだ。

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