いつも通りの仕事。
指揮官室で、現在出動しているSeeDの面々の経過報告を確認し、優先順位を元に並び替えて、各担当者が見やすいように纏めていく。
稀に入っている、緊急案件は優先順位を引き上げて、意味不明な謎の要望は捨てていく。
「サイファー」
「あ?」
その声色には、どこか申し訳ないような、力の無さがあった。
眉間に皺を寄せて振り返ったサイファーは、スコールがこちらに向けて掲げる〝嘆願書〟と書かれた文章を見て、真顔になった。
サイファー・アルマシー個人に嘆願される事など、何一つありはしない。
たった一つ、一ヶ月前に斬り捨てた、要望以外は。
「冗談か?」
「正気だ」
頭が痛い、という顔で溜息を深々とつくスコールに、冗談ではなさそうだと書類を手に取った。
一枚目は、嘆願書。
二枚目は、就任書。
――――サイファー・アルマシーを、〝臨時〟風紀委員長に任命する。
SeeD総指揮官スコールと、学園長シドのサイン入り。
「現役の、風紀委員の顛末を知っているか?」
「知ってるわけねぇだろ」
「各クラスに一人づついる、風紀係との関係の話は?」
「知るわけねぇだろ」
蹴り出したのだ。
それだけ言うなら、手助けも引継ぎもせず、自分たちの力だけで派閥を掌握しろと。
バラムガーデンを、ガーデンという組織を対外的に守って見せろと。
正直に言えば、風紀委員が機能不全に陥っても、学内警備組織はまだある。
対外的には、名前からして予想できないだろう。
それでも何とかなるように、歴代の各委員会がバラムガーデンの防衛と維持の為に作り上げてきた結果だ。
だからあの四人がどれだけ大失敗しようと、なんとかなると、サイファーは思っていた。
「あの四人の内、一人が重傷、一人がガーデンから逃亡、一人が退学届けを提出、一人が部屋に引き籠った」
「…………は?」
流石にスコールの口から飛び出た現状に、サイファーは耳を疑った。
提出された現状の報告。
暫定のガーデン逃亡者に向けて、捕獲に向かったSeeD部隊の詳細。
壊滅状態どころか、各クラスに一人いる風紀係との情報共有どころか、繋ぎさえ真面にできていなかった状態。
「ごめんな、サイファー」
本当に申し訳ないという顔で、頭を下げるスコールの後頭部を見ながら。
ごっそりと、サイファーから表情が抜け落ちた。
もし誰かそこにいたならば。
もし誰か、サイファーの顔を見たならば。
何もかもを捨てて逃げるだろう。
――――〝鬼〟が、そこに立っているのだから。
―――――――― ▼ ――――――――
バラムガーデンの、SeeD指揮官室。その補佐官という地位は、正直に言えば〝スコールが、サイファーを使うために出来た役職〟だ。
その為、やろうと思えばスコールの補佐の為という名目の下。指揮官同等の権力にて、バラムガーデン内部の情報は筒抜けだ。
だから現職の風紀委員会がやろうとした事は、すぐにわかった。
「アホがいるもんよ」
「馬鹿」
「くそ野郎どもがよ」
風紀委員になくてはならない素質には、必ず理由がある。
思考停止に陥らず、反骨精神を持ち我が強い者とは。
〝不良の領域(アングラ)〟に、足を踏み入れることができる素質とは。
即ち〝あちら側〟に足を踏み入れたとして、自分を見失わない素質という事だ。
武力と策略もそうだ。
あちら側と交渉するにしても、力がなければ意味がない。
こちらは、ぬくぬく揺り籠にいる学生。
あちらは、裏社会で生き抜く猛者。
交渉カードは多い方がいい。そして何より、交渉カードを利用できる策略がなければ、生き残って帰還できない。
現役のフリーで活躍する傭兵が行う事を、学生の内に熟せるようにしなければならない。
――――それが、風紀委員会だ。
彼らは、それを理解しなかった。
業務日誌を読んだくせに。
歴代の案件を見たくせに。
何一つ理解することなく、何一つ危険を察知できず、あちらの底に失墜した。
歴代の風紀委員長の中でも、最も不名誉かつ名前さえ抹消されるような、案件だ。
……ふざけろ死ね。
「雷神」
「おう」
「風神」
「了解」
二度と、足を踏み入れないと誓った風紀委員会に宛がわれた、委員会室。
その場所で立ち上がったサイファーは、ハイペリオンを手に取った。
詳細は必要ない。
ただ名前を呼べば、自らの手足となってくれている二人は、其々の役割を行うと信じている。
「サイファー」
「どうだ?」
「先方、了解」
「そりゃよかった」
「準備完了だもんよ~」
馴染みの先方には、風神が連絡済み。雷神は荷物を背負って笑っている。
白いコートを羽織って、瞬き一つ。
「いくぞ」
――――その日の夜。
バラムの警察組織は、大混乱の事態に陥った。
先方から情報提供があったにしても、動きが速すぎる。通報があった現場に赴けば、半死半生の逮捕者が転がっている事態。拠点も壊滅。資料は残留。
まるで、誰かにお膳立てされているような有様。
「どうなっているんですか、これ」
「んぁ? あ~~~~、簡単なこったよぉ」
今年配属された新人が、呆然とした顔で現場整理をする中で、ベテランの先人は肩を竦めた。
「歴代でも突き抜けた、武力特化のやんちゃ鬼坊主が返り咲いただけだろ」
「は?」
「上層部の情報通りってこった。さ~、仕事仕事」
通報の発生から24時間。
たったそれだけの時間で、バラムに進出してきた、バラム警察が最近頭を悩ませていたマフィア組織の先発隊が壊滅。
リーダーは確保したが、その補佐が行方不明な事に、魔女大戦前のいつもの事だとベテラン警察は書類に顛末を書く。
曰く、〝モンスターに襲われて行方不明〟。
街中で、そんなことが滅多に起こるはずもない。
しかしバラム警察は、街中で行方不明者の項目に、これを書くことに慣れていた。
何故ならこれは約十数年前から、そしてこれからも代々続くであろう、バラム警察に受け継がれた〝暗示の言葉〟。
即ち――――。

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