世の中には、友人や知人である場合はそうでもないが、恋仲になると豹変するタイプの人種がいる。
そういう話は、聞いたことがあった。
ただ、その話はひらすらに他人事だった。
自分はそういうタイプではないし、身近にそういうタイプもいない。
『どうしたらいいのか、わからなくなっちゃうのよね』
『あ~、慣れるまでぞわぞわしちゃう感じ?』
『わかんないわ』
『ふーん。あの人がねぇ』
『でもね、嫌なわけじゃないのよ』
『そうなの?』
『うん、ただ戸惑っちゃう』
『なるほど~』
だから、ティンバーの街角の一角で、そういう話を聞いたことさえ、忘れていた程だ。
聞こえてきた恋人談義と言えるそれに、くだらないと思いつつ、さっさとその場を後にしたあの日。
――――自分が当事者になるとは、思ってすらいなかった。
「おはよう、サイファー」
「………………おはよう」
カーテンから差し込む朝日が、起床時間を告げる。
幸いにも寝起きはいい。早朝に訓練に行くことだってある。
ただ、昨晩は任務先から直帰で、色々ありすぎて疲労困憊ですぐさまベッドに潜り込んだ。
こういう時に、自分の寝起きは悪い。
身体回復を優先するのか、いつもの時間に起きれない。
それを、知っているのか。いないのか。
「朝ごはん、出来てるぞ」
「……お、う」
そっと捲られた布団に、頭上から額に振ってくる口づけ。
ご丁寧に、お互いに対になった額の傷に、そっと落とされたそれに、ぞわぞわと背筋が騒ぐ。
するりと乱れた髪を梳いて、何でもないように自室から出ていく後ろ姿を見送って、深々と溜息を吐いた。
「…………はぁ」
恥ずかしいとか、らしく無いとか。
そういう感情が来る前に、ひらすらに困惑が降り積もる。
好きだとか、愛しているとか。
そういう告白は、一切していない。
そもそも、相手には交際相手がいると思っていた身だ。
――――ふと振り返って遡る事、半年前。
任務地で二人っきりの時、唐突に始まった。
ふいに訪れた沈黙の最中。
そっと顔が近づいてきて、何かを反応する前に、口づけられて。
『……嫌か?』
嫌かどうかだけを、尋ねられて。
……別に、嫌ではなかった。
不快を抱くこともなく、胸に生まれた疑問をいう事も出来ず。
『嫌じゃ、ねぇけど』
『そうか』
満足そうに微笑んだ顔が、馬鹿みたいに綺麗に見えた。
それからだ。
スコールの態度が、なんだか違う。
寮の部屋から出れば、今まで通りだ。
ただ二人っきりの時。プライベートの時だけ、何かが違う。
それから、思い起こして、二ヶ月前。
『サイファー』
任務の事後処理に手間取って、二人で深夜に帰ってきた日。
呼ばれてスコールの部屋に行けば、唐突に腕を引かれて。
寝台の上に、二人で縺れ合うように崩れ落ちて。
予想していなかったわけではないが、このタイミングでかと、驚いている間にも。
『サイファー、嫌か?』
目元を赤く染めて、隠せない羞恥心に顔を赤らめる美貌の男。
馴染みのある知っている男だが、コンプレックスの塊の癖に、プライドも山ほど高い男の、精一杯。
自分の下敷きになった事も、想定通りなのだろう。
愛しているのかと言われると、何とも言えない感情しかない。
そもそも、スコールに対して抱いている感情を、一言で表現しろというのが難しい。
嫌ではなかった。
腰に足が回って、抱き寄せようとする仕草も。
余裕のような顔をしていて、心臓が馬鹿みたいに鳴っている様も。
そして何よりも。
プライドが高い男のくせに、気に食わないはずの自分に、抱かれようとしている男に対して。
……あのスコールに求められる事に、何も感じない事もなく。
ましてや自分のあっち方面が、枯れていても、衰えてもいるわけもなく。
据え膳をありがたく頂いて、食べてしまったわけだが。
それから。
そう、それから。
スコールの態度が、豹変というには甘ったるく、変貌というには足りないような態度になった。
それが、どうにもこうにも、ぞわぞわする。
「……はぁ」
深々と溜息をついて、思い返したところで切っ掛けなど分からない。
思いつく心当たりと言えば、昔々に街の片隅で聞いた、恋仲になると態度が変わる人種の話だ。
スコールがそうであると、考えたこともなかった。
そもそもの話。
「……あいつの彼女とか、聞いたことねぇし」
リノアがあれと付き合ったと聞いて、寝耳に水どころか。
やっていけるのか。あのお転婆がコンプレックスの塊野郎と。
そんな事を考えて、少し不安になっていた程だったが。
二人だけで話している時に、垣間見えた光景は、予想に反して順調そうだった。
だから、そのまま一緒にいるのだろうと思っていたのに。
何がどうして別れて、何がどうしてこうなっているのか。
皆目見当もつかないが。
「…………飯、食うか」
考えたところで仕方がないし、そもそも考えることも億劫だ。
もし罰ゲームや、何らかの思惑の結果だとしても、それはそれでいいだろう。
自己暗示のように言い聞かせて、布団から抜け出して、身支度をしてから部屋を出る。
共用エリアのソファーの上で、こちらを振り返り微笑むスコールに、ハニートラップができるとは全く思えないが。
思えない、が。
……まぁ、なるようになるか。

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