❖ 第357回「年末」
こくり、と喉を通っていく、軽いアルコールの刺激。味は好みだ。ここでなければ、ゆっくり飲みたいぐらいには。
ゆらりと揺れるグラスの中で、酒が揺れる。こういうパーティーに提供されるだけあり、上等な分類なのだろう。
あまり興味はないけれど。
んく、ともう一口。舌で舐めるように味わって、余裕のある態度を演出する。
「おい」
頭上からの声に、ちらりと視線を向ける。
どこか呆れたような、胡乱な瞳がこちらを見下している。
……地味に身長差に腹が立つ。
けれどこういう時に、身長差は利用できる要素に過ぎない。
「どういうつもりだ」
「見ての通りだが?」
足を組み直す。安定感のある、触れるぬくもりが心地いい。
三度目に口づけて、一気にグラスの中を飲み干す。追加は必要ない。
ぺろりと唇を舌で湿らせていると、グラスをするっと手から引き抜かれた。
空っぽのグラスを手に持つサイファーが、鼻を鳴らす。
テーブルにそっと置かれたグラスを尻目に、身体を横に傾ける。
「おい、いい加減にしろ」
頭上の声は不満だらけだ。そうだろうなと、内心で納得する。
サイファーは、出先で俺とべたべたするのが嫌いだ。
恥ずかしい等の感情論ではなく、何かあった時に咄嗟に対応ができないのが気にくわない。常時戦場の思考回路を有する男らしい一面だ。
けれど、時々それを崩して、滅茶苦茶にしたくなる。
外出先で二人、任務のメンバーとなった時に、サイファーは俺を優先する。
それはバラムガーデンSeeDの指揮官として、役職者として俺が上だから。
補佐官という立ち位置に収められた自分が、上司を守るのが当然だから。
あくまで仕事として、彼は俺を守るための思考回路が働いている。
……気にくわない。
守ろうとする行動が、普通に気にくわない。
俺は俺の面倒を見れるし、なんなら俺がサイファーを守るつもり満々なのに。
権力は使ってこそだ。こういう時のアピールに、自分の立場は都合のいい玩具にできる。
新年早々に何か言われるかもしれないが、この年末パーティーは華やかなものだ。上流階級のあれこれが、ぽろっと漏れる事も多い。
……今回の任務が、そのぽろぽろ漏れる情報の収集なのも、都合がいい。
ピアスに擬態した超小型のインカムが、任務の状況報告を時々告げるのをBGMに、周囲の気になって仕方がない視線を感じて愉悦に浸る。
「……はぁ」
「ふふ」
深々とした溜息が聞こえて、笑ってしまった。
小さく耳に聞こえるサイファーの心臓の音を聞きながら、視線を向ければ苦虫を噛み潰したような顔と、目線があう。
「拒否しないんだな?」
「言っても、無駄だからな」
「正解だ」
パーティーの会場は、大盛況だ。
魔女大戦が終わり、ガルバティアは混迷を迎え、エスタは沈黙を打ち破って出てきた。
未だに、ガーデンもSeeDも国際情勢に天手古舞だ。
それでも。
それでも。
「……なんだよ?」
「いや」
自分が上に乗っても、そのままにしてくれる。
アルコールを摂取しているから、万が一の為だろう。崩れ落ちないように、そっと背中に添えられた手が、擽ったい。
こんな事を俺にしてくるなんて、魔女大戦以前には、絶対になかったことだ。
これほど人に執着するような男だったと、自分自身で納得できることも、きっとなかった。
「サイファー、部屋に行こう」
「あ?……まだ時間あるだろ」
「大丈夫だ」
インカムから届く音声は順調だ。
自分達が注目を集めた分、別働隊は想像以上の成果を上げているらしい。
そっと首元に口を添えるように、小さく呟く。
「……ホテル、いこう」
「酔ったか?」
「酔ってない。今日は、直帰でいいって、確認済みだ」
そっと首に口づける。痕は残さない。
触れるだけの口づけをして、その場所を塗るようにべろりと舌で舐める。
「……溜まってるのかよ?お前」
「溜まってない」
男特有のモノじゃない。いや、もしかしたら男だからこそなのかもしれない。
「足りない」
そっと首に手を回す。
座っているサイファーに対して、横向きにその上に座り込んでいる。丸めていた背中を伸ばして、唇同士が触れそうな程に近づく。
驚いている自分の男に、微笑んでみせた。
「あんたが足りない」
最近、お互いに忙しかった。
同室のはずの寮で、一緒に過ごす事なんて、全然できていない。
「一緒に、自堕落になって?サイファー」
明日は休みだから、準備も万端だ。
ホテルも予約してある。
寄っていた身体を放して、胸ポケットから取り出した鍵を見せて、仕舞う。
サイファーの綺麗で美しい、俺が大好きな碧の瞳が、ゆるりと光を変える。
補佐官の眼差しから、俺が打ち堕とした恋人の眼差しへ。
「明日は、早起きがご希望か?」
「別に」
組んでいた足を解いて、するりと立ち上がる。
エスコートするみたいに、サイファーに手を伸ばせば、パシッと軽い音で拒否させる。
「寝坊してくれ」
朝早く起きて、訓練施設で身体を動かすことがある男に。
寝台の中で抱き合った時、くたくたの俺の為に早起きする男に。
年が明けて昇る太陽を見る事もなく、寝台の中で一緒に自堕落に寝て欲しい。
願望を囁きながら笑いかけて、そっとサイファーの手を取り、口づける。
今度は拒否はされなかった。
我ながら、上出来の行動だった。
だってどこかから、騒めく音がしたから。
そんな有象無象の声を無視して、視線を向ける。
俺が周囲へ向ける嘲笑交じりの視線に、ただ呆れたように、また深々と溜息をつかれた。
「お前がそういうことして、ど~すんだよ?」
「どうなると思う?」
「さぁな?」
二人で並んで、パーティー会場を後にする。
後ろから突き刺さる視線の数々を振り切るように歩きながら、俺は楽しみだった。
「年明けが楽しみだな、サイファー?」
「惨劇が見えるぜ。俺は」
パーティー会場の扉が閉まるのを背中に聞きながら、サイファーから与えられる口づけに、俺はそっと目を閉じる。
触れるだけの口づけを堪能して、サイファーの視線を存分に浴びて、優越感が凄い。
今年の残り時間が、楽しい恋人との時間になりそうで、嬉しくて俺は笑ってしまう。
そんな俺の様子に呆れたような眼差しで、それでも楽しそうに、仕方がないというような家族の視線に交じって。
夜の寝台の中で感じる、あの熱のある視線を向けてくるのが、本当に嬉しくて。
この美しく、時に脆い騎士様は、もう〝あの魔女の道具〟ではなくて。
……正真正銘、俺のモノだ。
あの日、あの暗がりの中で、振られた手を忘れていない。
別れを告げる、あの仕草を忘れていない。
でも。
石の家で共に過ごして、
バラムガーデンに共に入校して、
腕を競い合い、
勉学を競い合い、
時に教師への言い訳に使ったり、
使われた事を察しながら何も言わなかったり、
早朝訓練で血を流しあったり、
訓練施設でお互いに暴れたり、
いつだって俺の成長と共に、隣にいた男は、サイファーだけだ。
サイファーだけが、変わらないモノだった。
……俺の、〝お兄ちゃん〟だ。
アルコールのせいか、疲労のせいか。
なんだかすごい、ムラムラしてきた。
ホテルについて、部屋に入って。
堪らなくなって寝台にサイファーを押し倒して、秒で引っくり返された。
こういう時の手際の良さだけ、凄いムカつくし男として悔しい。
じとりと睨みつけた先で、悪童の顔で笑うサイファーに、抗議の為に噛みついた。
新年早々の情報誌で。
今を時めく英雄ことSeeD指揮官と、何かと話題にあげられる魔女の騎士。
そんな二人の年末パーティーでの様子に、世間がざわつくのは、ものすごく近い未来の話だ。

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