❖ 第356回「誕生日」
12月の後半と言えば、年末だ。
年末と言えば、一年の総決算ともいえる時期だ。
さらに進めば、世の中がお祭り騒ぎ。ハッピーニューイヤーが始まる一歩手前。
しかし、モンスターにそんなことは関係ない。
そして、人が集まる時期にこそ、活性化する犯罪者にとってはハッピータイムだ。
更に言うならば、世の中の仕事スケジュールとして、観光業や運行会社は置いておいて、基本的に年末年始は仕事を休むのがお約束。
ならば、何かをしたい時に。
自社の社員が使えない時に手段として挙げられるのが、基本的に傭兵業を始めとする、委託・請負業界だ。
「ま~~~~た、パーティーかよ?」
「そうだな」
SeeDの依頼は多岐にわたる。
とは言えども、時期によって依頼内容は傭兵市場として変化していく。
モンスター討伐は、ハンター業界の年末年始も稼ぎたい者達でお祭り騒ぎが多いので、討伐系の任務がSeeDに回ってくることは少ない。
どちらかと言えば年末年始は特に、警備業者との兼ね合いや、仕事の奪い合いが多い。
要するに、パーティー会場における任務が、非常に多い。
会場警備に護衛任務。パーティースタッフに扮した潜入から、依頼者が用意したダミーの身分や会社役員を名乗っての、参加者としての潜入からと。業務内容をあげればきりはなく。
「回せるのかよ?」
「回せるのかじゃない。回すんだ」
バラムガーデンのSeeDは、現状において人手不足だ。
先の魔女大戦で、怖くなって降りた学生も多い。
かと思えば、魔女大戦の終結から、伝説のSeeDのネームバリューや、G.F.を利用した戦闘方法、そもそも10年以上に渡る優秀な卒業生の送り出しなど、知名度と評判は徐々に上がっている。
そのせいか、入学希望者は後を絶たない。
序でに、スパイの潜入も後を絶たない。
知名度の上昇とバラムガーデン内部の組織改革。その後押しとして、高額と言えど前マスターがいた時代より、比較的に良心的になった依頼料。
試しに頼んでみようとする依頼も、後を絶たなくなった。
世はまさに、バラムガーデンのSeeD業務の繁忙期。
その需要の一方で、SeeDは基本的に少数精鋭の傭兵集団。
合格ラインも厳しい数値。
試験回数を増やした所で、SeeDの人数がさくっと増えるわけもない。
「サイファー。これにサインして、SeeDにならないか?」
「嫌だ」
あまりの多忙に、そろそろスコールの頭も鈍ってきたらしい。
SeeD認定の書類を突き出して、サインを強請り始めたので、サイファーはそれをぺいっと床に捨てる。
「だから言っただろうが。断れよ」
「……断って、これなんだよ」
「狸はどうしたんだよ」
「学園長も、色々といっぱいいっぱいだ」
「はぁ~~ん?」
ずらっと並んだ、指揮官室に積まれた任務の束。
データ化が追い付かないその山を、サイファーは横目に見て、仕方なく執務机を立ち上がる。
死んだ目でサイファーを見るスコールに、苦笑しか零れない。
「お前、少し寝ろよ。俺がある程度は捌いといてやるよ」
「嫌だ」
「プライドで駄々こねんな。さっさと仮眠室いけ」
「嫌だ」
「スコール」
「嫌だ」
「おい」
「嫌だ!」
仮眠室に促すように、サイファーがスコールの腕を掴むが、反撃されて逆に腕を掴まれた。
ぎりぎりと強い力で握りしめられて、サイファーの顔が思わず歪む。
「スコール。力、緩めろって」
「あんたも」
「……ん?」
「仮眠するなら、あんたもだからな」
「いや、一緒に寝たら意味がないだろうが」
「じゃぁ寝ない」
「スコール」
「寝ない」
「…………おい、どうしたんだよ?」
「サイファー」
ぎらぎらと寝不足のスコールの青い瞳と、訝し気なサイファーの碧い瞳が、交差する。
一秒か。一分か。それとも数分か。
刹那のような長い時間。
お互いの視線を向けて、先に白旗を振ったのはサイファーだ。
「わかった。一緒に寝るか」
「……ん」
一緒に眠るというサイファーの言葉に、スコールは緩く微笑んだ。
瞳がとろりと眠気に染まっていく様に、これはだめだなとサイファーは執務机から椅子をべりっと引き剥がして、スコールをそのまま抱きかかえる。
「なにするんだ」
「移動するんだよ」
「歩ける」
「やめとけ」
じたばたと抵抗する足をさくっと片手で纏めて、担ぐようにしてスコールを仮眠室に運ぶ。
この状況なら、スコールを寝かせれば自分は戻れるだろうと算段をつけて、仮眠室の扉を開ける。
しんっと静まっている仮眠室の電気スイッチをつけて、一番近い仮眠ベッドにスコールを転がした。
どてんっと抵抗もせず転がったスコールの、上着を適当にはがす。
抵抗できない軟体生物のようなスコールを、ベッドでごろんっと転がして、剥ぎ取った上着は近くの椅子に掛けておく。
「んじゃ、俺は隣のベッドに」
「ここ」
「……は?」
「サイファーも」
「おい!!?」
言葉は続かなかった。代わりに、スコールの手が言葉を続ける。
サイファーの腕を力任せに掴み、寝不足からか頭が疲労しているからか。
火事場の馬鹿力のように、サイファーをベッドに引き摺り倒す。
強引に傾いた身体に、このままだとスコールの上に落ちると咄嗟に判断。サイファーはスコールを押し潰さないよう、両手を突き出して身体を支えた。
大の男がベッドに倒れた事で、ギシリと激しい動きでスプリングが軋む。
「あっぶねぇな!何しやがるっ!!」
「さいふぁー」
文句を言おうと顔を上げたサイファーに、スコールの両手が伸びてきた。
自分の下敷きに成りかけたスコールの顔を覗きこみ、サイファーは息を飲む。
「さいふぁー」
眠気で、とろとろに溶けた瞳。
理性が崩れ落ちているのか、へにゃりと緩んだ微笑み。
何一つ警戒する事がないような、全身で力を抜いて、こちらを見つめてくる姿。
「……なんだよ」
何を言っても無駄だと悟って、サイファーは深々と溜息をつく。
この眠気が勝っているスコールに、何を言っても無駄だと、経験上知っている。
「さいふぁー、だっこ」
「へーへー」
へらへらと笑って、両手を差し出すスコールを、素直に抱きしめる。
正気だったら食べているところだ。
わざと全身の体重を預けてみても、楽しそうに笑うだけで、抵抗はない。
啼き声のようにこちらの名前を何度も呼んで、頭を抱え込むようにして、髪まで梳いてくる。
こちらが眠くなりそうで、なんとなく癪だ。
寝かせようと思い、サイファーが体を起こそうとするが、
「おい、スコール」
「だめ」
その度にスコールが邪魔をする。
両足でサイファーの身体に巻き付いて、両手でサイファーの腕や肩を掴んだり、頭を抱えて髪を梳いたり。
「……なにがしてねぇんだよ。てめぇは」
「もうちょっとだけ」
くわぁ、と大きな欠神をするスコールが、うつらうつら船を漕いでいる。
それでも、サイファーの身体を絶対に放さない。
それどころか、ぽんぽんと一定のリズムで、背中まで叩いてくる。
……俺様をお子様扱いとは、いい度胸じゃねぇか。
起きたら泣かそうと決意を固めて、据わった目をしたサイファーの耳に、ピピッという時計のアラーム音が聞こえてくる。
日付が変わった合図だ。
「おい、日付が変わっちまって」
「サイファー」
捗らない仕事のイライラも、中々素直に寝ないスコールの駄々っ子ぶりも。
地味にストレスが蓄積されたサイファーが、スコールに文句を言おうとした口は、あっけなくスコール自身に塞がれた。
驚くサイファーの瞳と、スコールのトロトロに惚けた瞳が、至近距離で見つめあう。
驚いて引き結んだサイファーの唇に、舌でノックをすることもなく。
ただただ、ちゅぅちゅぅと吸い付く、小さな子供のような拙い口づけ。
「サイファー」
何も言えないまま、こちらを呆然と見つめてくる腕の中の自分の男に、スコールは微笑んだ。
とても気分がよかった。
最近、多忙を極めすぎていて、今が何日であるかを把握することも億劫で。
たまたま見た報告メールの日付が、どう見ても12月21日で。
何かを忘れていると首をひねり、思い出したのは夕方で。
一緒に指揮官室で奮闘する相方の、サイファーの方をこそこそ覗いても、本人も日付を気にしていない。
それどころか。
ロマンチックが好きだと豪語する口を放り捨てる勢いで、恐らく誕生日という概念さえ、頭から抜け落ちているのが分かった。
……どれだけ多忙でも、俺の誕生日は、忘れなかったのに。
8月に誕生日を祝われてから、ずっとずっと、サイファーの誕生日を祝うのだと心に決めていたのに。
いざ当日が迫ってきたら、この惨劇の有様だ。
プレゼントも用意できていない。
ケーキなんて、クリスマスケーキを予約した事だけ数日前の萎びたセルフィから、うっすらと聞いたような気がするが。
サイファーの誕生日ケーキなんて、頼んだ覚えもない。
何もない。
このままだと、何もない。
ただ仕事をして終わって、眠って。次もまた仕事だという空気で、年末まで終わる気配がある。
……それは、嫌だ。
恋人だぞ。
ちょっと色々あり過ぎて、自分でも頭が馬鹿なんじゃないかと思う経緯を得ているが。
恋人になって、初めての誕生日なんだぞ。
あれだけサイファーは祝ってくれたのに。
俺がこの体たらくはどうなんだ。
いや、きっとサイファーは気にしないけれども。
俺が嫌だ。なんか嫌だ。
男として、負けた気分になる。
それは絶対に嫌だ。
ならチャンスは、夜しかない。
このままの仕事のペースだと、今日もきっと日付が変わる頃まで終われない。
日付が変わる時が勝負だ。
頑張れ、スコール・レオンハート。
何もかも不器用で気が利かなくて、サイファーと比べて時々鬱になりそうな、俺でもできる事だ。
それなのに、今日。よりにもよって眠気がハイパーモードすぎて、死にたくなってきた。
頑張れ負けるな俺。
どうにかしろ俺。色々誤魔化して触って気を紛らわせて。
ちょっと待て。なんなんだよ、あんた。
なんか髪の手触り凄く良いし、頬もなんかすべすべしてるんだが?女子か?見た目男らしくて頬の手触り女子っぽいとか何なんだよあんた。
頬なんてお姉ちゃんとリノアとかまま先生しか触ったことないけども。
「サイファー」
鳴った。
日付の変更アラームが鳴った。
今日は12月22日だ。そうだよね?本当にそうだよな?誰かそうだと言ってくれ。
言わなくていい。信じろ俺。信じられないけど俺の目を信じろ。
ここまで頑張ったんだぞ。眠い。本当に眠い。死ぬほど眠い。日付が合っていると誰か言ってくれ。
もう何でもいい。
意識が途切れそうだ。
でもこれだけは、
「誕生日おめでとう。サイファー」
伝えるんだと、ずっとずっと決めていたんだ。
ぼすんっと、力尽きたようにスコールの頭がベッドに落ちた。
それを呆然と見つめていた、サイファーは片手で顔を覆う。
「………………かんべん、してくれ」
その手の平の下。
隠された肌は信じられない程に、真っ赤に染まっていた。

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