❖ 第346回「試験」
その日、多くの生徒は思い出した。
その日、多くの候補生は思い出した。
サイファー・アルマシーと、スコール・レオンハート。
あの魔女大戦にて、その立場を変えた二人は、しかしながら。
――――同じ、バラムガーデンが誇る〝似た者問題児〟であった事を!
戦場のコンディションは同じ。
第三者(モンスター)から見れば、こちらは同じ敵対生物だ。
しかしこちらと、あちらには、格差がある。
一つ一つ、モンスターを倒しているこちら側は、服装から武器から、凄まじい事になっている。
相次ぐ連戦。
相次ぐ敵襲。
服はモンスターの血や魔法攻撃で汚れているし、武器も連戦を重ねすぎて、一度は整備をしたいと思う頃だ。
対して、相手はどうだ?
……馬鹿げてるよ。本当に。
チェックポイントの番人だ。だからこそ、こいつはこのエリアから、一歩も動いていないはずだ。
こちらよりも、長時間そこに立っているはずなのに。
このモンスターだらけの、縄張りの只中に、いるはずなのに。
火薬の匂い、
斬撃の余波、
肉が砕けて、
血飛沫が舞い、
一切の汚れなき白い裾を翻し、
まるで森の主の様に立っている。
「ど~したよ?」
人の形をした死神が、何でもない日常会話の様に話しかけてくる。
それに答える余裕はない。
―――――恐るべきは、この男が一歩もその場を動いていない事。
推測だが、恐らく間違っていない。
構えてさえいない、すらりと立つ男の足元。
恐らくモンスターの血と肉……だけだと、流石に信じたい汚れは、男の足元を一切汚していない。
まるで男の足元を汚す事さえ、恐ろしいというように。
美しい円形のみを残して、放射線状の汚れが散らばっている。
「考え事か?」
ごくん、と生唾を飲み込んだ。
ゆるく首をかしげる動作をしているが、それさえブラフだと知っている。
知っているのだ。
何年、見てきたと思うのだ。
同じ実践授業を受けた者達は、全員が共通して抱いていた感情。
「ふ~~」
知らずに知らずに、深く息を吐く。
……我ながら、緊張感が凄い。
相手が〝本気ではない〟と分かっているせいで、余計にだ。
ざわざわと周囲の空気が煩い。総合時間で、結構な時間をここで過ごしているからだろう。周辺のモンスターたちの様子が変わってきている。
そろそろ、恐らく終了時間。
本部は恐らく、撤退の準備をしているかもしれない。
「聞いていいか?」
「戦場でか?」
「今は少し違うだろ?」
「まぁな?」
「……なんで、ここにいる?」
全体のマップを頭から引っ張り出す。
最終チェックポイントから考えれば、この道は外れ道だ。
なんせ、この周辺一帯の中で、討伐難易度が高いモンスターがうろつく場所だからだ。
普通ならリスクを回避する為に、この道は選ばない。
選ぶとしたらそれは――――。
「気づけたか?」
揶揄い交じりの言葉に、頭を振る。
自分で聞いたくせに、自分で回答を導き出してしまった。
なんて無様な。まんまと完全に術中にはまっている!
「この〝問題児ども〟が!」
「はっ」
経過チェックポイントの番人。
このエリアの中、最終チェックポイントの通り道の中で、一番モンスターが集結する道。
ようするに難易度が高いモンスターの縄張りが集結する道を、突っ切るとすればそれは、問題児か戦闘技能だけが高い生徒だ。
つまりこれは。
「くそったれが!」
成績の中で、〝実戦戦闘能力だけが高い者〟を炙りだし、処刑する為のルート。
他の成績が疎かになりがちの者達に、お灸をすえる為の番人。
もしくは、自分の様にSeeDに成るつもりがなく、面倒だから〝成績で手を抜く者〟を見つける為の罠!
「残念だったな、先輩?」
独特の片手で構える姿。
疑似魔法の演算が空気を揺すり、超常の結末を生み出すカウントダウンが始まる。
疑似魔法をG.F.のジャンクション無くして、これほど精密にコントロールして編み込む者を、自分は彼以外に知らない。
「先輩・後輩のよしみだ。手加減してくれよ?」
暗に、SeeDになるつもりがなかった者同士、融通してくれと言ってみるが。
「……残念。任務なんだよこれが」
すっぱりと、仕事の都合で断られてしまった。
……全く持って、有能な問題児だな此奴は!
「十一人目、と」
意識を失って崩れ落ちた〝試験対象〟のバラムガーデンの先輩が、連絡を入れた回収部隊にえっちらおっちらと運ばれるのを見送り、サイファーは撃破数を数える。
とは言えども、この撃破数はあくまで生徒だ。
それ以外の、このチェックポイントに到着した直後から続く、モンスターの襲撃。小規模の群れ二つ分と、単体数を合わせた合計37体の襲撃者を除いた数だ。
近況を報告する為に情報端末を取り出そうとして、ふと手を留める。
「……なんで、ここにいるんだよ?」
「いたら駄目か?」
「駄目だろ普通」
するりと、サイファーの警戒網の隙間。
意識の狭間から抜け出すように現れたスコールに、サイファーは溜息をつく。
「なんでいる?」
「気分転換」
流石に缶詰は疲れてな、と呟きながら、スコールはサイファーの近くに近寄っていく。
片手に握っているライオンハートから、微かに血が滴り落ちる様を見て、気分転換という名の殺戮をしていた事は明白だった。
騒めいていた周辺のモンスターが、今では静かなのはそれかと、サイファーは納得して視線を情報端末に戻す。
「なら、気分転換は終わっただろ?帰れ」
しっしっ、と手を振って退去を促すサイファーに、スコールは肩をすくめた。
「つれないな」
「仕事中だっつってんだろ」
「そうだな」
「……邪魔は」
するなと、呟く前に、サイファーは首を引っ張られた。
白いコートの襟を無造作にぐっと掴まれて、下に引っ張られる。スコールの方へ視線を向けていなかったのが、仇となった。
何をするんだと抗議をするためにサイファーが睨みつけるのと、スコールがサイファーの唇を塞ぐのは同時だった。
何しやがると睨みつける、サイファーの碧色の瞳。
うっとりと見入るように見つめる、スコールの青灰色の瞳。
その異なる色彩を帯びた、二つの視線が、至近距離で交差した。
お互いに一歩も譲らない有様に、しばしの膠着状態に陥る。
やがて一秒にも満たない時間の中で、不本意そうにサイファーがそっと目を閉じた。
そっと触れるように腰に回った腕に、スコールは逆らわずに、サイファーに密着していく。
迎え入れるべく口を開けば、素直にぬるりと舌が入ってきた。
「んっ」
ずるいな、とスコールは思う。
火薬の匂いに、
モンスターの血肉の匂い、
白いコートに染みた戦闘時の独特の匂い。
そして何よりも、分厚い布の下から香る、サイファーの汗の匂い。
全て、一般人には嫌な匂いだろう。
けれど、スコールにとっては安心できる、昔から居心地のいい匂いだ。
弱い所を擽るように刺激されて、ふるりと腰が震え始める頃に、サイファーがスコールから離れた。
「ふはっ」
呼吸を一つ乱していないサイファーと、はふっと呼吸が乱れたスコール。
頬を赤らめてスコールは満足そうに、唇の残滓を拭うようにぺろりと舌で舐める。
その一方で、対比するような有様だが、サイファーはどこか呆れ顔だった。
「一般生徒と候補生入り混じりの、実践授業の試験中だぜ?指揮官様」
「……分かっている癖に」
時計の針は、試験の終了時刻を超過していた。
つまり、サイファーの仕事が終わる瞬間を狙っての襲撃。
「撤収作業はどうしたよ?」
「それは、俺が居なくても大丈夫だろ?」
サイファーがさらに一歩、スコールから離れようとするが、それを阻害する様に、今度はスコールがするりとサイファーの腰に腕を回す。
眉間に皺を寄せるサイファーに、うっとりと見惚れるような笑みをスコールは浮かべていた。
「だって、あんただけ、ずるい」
SeeD指揮官という、役職は窮屈だ。
何かあった時の責任者になる覚悟はあるが、それはそれとして、戦場の第一線に出るよりも、後方部隊に入れられるのだけは、鬱憤が溜まる。
それにもう、見てしまっては我慢ならない。
回収部隊が見ている、定点カメラに映っていた、サイファーの戦闘。
久し振りに見た、戦場で泳ぎ舞う、漆黒のガンブレード。
一切の衣服に汚れをつけない、馬鹿みたいに精密な間合いの掌握と、相手側に主導権を与えない戦法。
ずるい。
本当にずるい。
俺が、後方部隊に繋がれている時に、こんなに楽しそうに遊びやがって。
「俺も混ぜろ」
存分に振るいたい。
この刃を振るって、モンスターの血飛沫を散らせて、げらげらとあんたと笑いたい。
最も美しい瞬間のサイファーを見ながら、俺も一緒に踊りたい。
昔から、あんたが戦う姿が、好きだ。
「ばぁ~か」
呆れ果てた声で、サイファーが溜息をつく。
そして、バシッとスコールの頭をはたいた。地味に痛い。
むすっと顔を不満そうに歪めるスコールに、サイファーはその顎を掴んで視線を合わせる。
「俺様の試験が必要かよ、指揮官様?」
言葉の意味を理解して、スコールは笑って答える。
「あんたの試験は厳しそうだな、補佐官殿?」
「ぬかせ」
その日、バラムガーデンが実戦授業の会場に選んだ森の一角が、謎の局地的な崩落を起こしたという。
原因は闇に葬られたが、指揮官と補佐官の机の前に、山のような反省文が出来上がったらしい。

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