❖ 第339回「感謝」
……重てぇな。
情報端末の画面を見ながら、サイファーは内心で溜息をつく。
椅子に座ったまま、自分に跨って膝の上に座り、くったりと身体を預けて眠る男。自分程ではないが、そこそこに図体は良い。何がよくて、身長177㎝の男を抱き締めなければならないのか。
くぅくぅと居心地良さそうに眠っているその様に、起こす気も失せる。その安心したような寝息に、怒りも湧かない。ただ、自分の有様にため息が出る。
情報端末に、ずらりと流れる情報を読み込んで、整理していく。エスタとの技術交流が進み、ガーデン内部の機械設備も便利になってきた。この情報端末は、その中でも代表的な物だ。
片手で扱える、薄型のモニター類に属する形。電話機能にメール機能、果てはネットワークに接続し、ネットワーク上の情報閲覧もできる。専用の開発ソフトを導入すれば、機密情報のやり取りも行える。その代わり、手軽さが増すので防犯意識の強化が必須になる。
……便利になったよな。
魔女大戦が終結してから、一年も経過していない。
それでも、これだけの技術が外に飛び出して、世界中は今や電子機器の開発ラッシュ及び更新フィーバーだ。この影響が、エスタという科学超大国が沈黙を破り出てきたせいというのが、恐ろしい事実でもある。一国だけの影響力が強い。
フリック操作で、情報ページの画面をスライドしてページを進める。この前の大規模な護衛任務。エスタとガルバディア間の、国交樹立に向けての極秘会議に伴う任務報告書を読む。
「……んぅぅ」
「ん?」
首元で呻き声が聞こえた。起きるのかと思ったが、もにゅりと口を動かしてから、スコールが腕を回してくる。頭を少しだけ下げて、胸元でぴったりと張り付いて、もう一度くぅくぅと深い眠りに落ちていく。
……せめて、仮眠室で眠れよ。
口から出そうだった文句を飲み込んで、仕方がないので背中をぽんぽんと空いている片手で叩いて、身体を支える。
普通に重い。
何も分からない内に、リノアに親指を立てて笑顔を向けられ、スコールと恋人関係に落ち着いていた。
了承した覚えはないが、やることは全て終えてしまっている。
今でも思うが、どうしてそうなったのか理解できない。
それどころか、気が付けば外堀を全方位に埋め立てられ、知らない間に「あ、すこーるしきかんの、おとこだ」「ちがうよぅ。こいびとって、いうんだって」「そうなんだぁ!」と年少クラスにも言われる羽目になっている。
……どこまで広がってんだよ。
「……あー」
思わず関係ない事を考えてしまったが、現実が重くの圧し掛かる。
何度でも思うが、重い。
あと暑い。
執務机の上の書類は、片付いていない。そもそも、自分の前にスコールの身体があるので、サインをすることもしにくい。
スコールの足は、だらりと力が抜けている。尻の下に敷かれた両足をどうにかしようにも、動かすと起きそうだ。
先程まで、少しの身動きが出来ていた上半身も、スコールの腕が回って抱きしめられてから動かしにくい。唯一自由なのは、情報端末を操作できている右腕ぐらいだ。左腕は、スコールが落ちないようにする支えにしているせいで、あまり動かせなくなっている。
……それもこれも、全部これのせいだ。
ちらりと情報端末を見れば、情報更新が届いていた。ティンバーの有名なニュース雑誌が発信している電脳記事だ。タイトルが分かりやすい。
<<エスタ大統領に隠し子疑惑!?真相に迫る!>>
……迫らなくていい。
はぁ、とため息が出る。情報端末を執務机の上に置いて、右手でスコールの頭を撫でる。首を傾けて顔を覗き込めば、べったりと目の下に浮かぶ隈がある。
事の起こりは、数日前のスコールの誕生日だ。
俺もスコールも、誕生日を気にしていない。石の家にいた頃は、まま先生が祝ってくれていたが、バラムガーデンに入学してから重要視したことはなかった。
しかし、彼は違った。
今更に父親面をしようとは思っていないようで、スコールを一人の人間として思っている。
だが、これとそれは別らしい。
自分の娘の様に思っているエルオーネ経由で、人生で初めて、実の息子の誕生日プレゼントを、気合を入れて探したらしく。
それを、マスメディアにすっぱ抜かれた。
せめてスコールに繋がらないように、全力を尽くしてくれているらしい。
話を聞いた所、キロスにぎゅっと首を締められているという目撃情報がエルオーネより届いた。あちらもてんてこ舞いらしい。
しかし、この影響でエスタとガルバディア両国の極秘会議の日程に修正が入り、任務を受けていたこちらも余波で忙しくなってしまった。
スコールなんて、自分が切欠だと発覚して、何をどうリアクションすればいいのか、固まってしまっていた程だ。
日程の修正目途が立ったのが、今日の早朝四時半。
あまりにも疲弊しているため、引き継ぐから寝ろと言ったのだが。
……俺様を枕にするとは、な。
執務机から立ち上がり、ふらりと幽鬼の様な動きで近寄ってきたかと思えば、そのまま抱き着いて眠った男をどうしようか悩む事、数秒。
その後、そのまま仕事をしていたが、やりづらくて放り投げたのが三十分前。
時計を見れば、もうすぐ朝の六時。
そろそろ、朝食タイムとして食堂が開く時間だ。
ちらりと顔を覗く。
スコールの瞼は閉ざされて、早々に起きる気配はない。そして、そろそろ身体も窮屈だ。
朝出勤するいつもの面々と、この抱き着かれた状態で遭遇するのも嫌だ。
「っし、行くか」
スコールの尻に手を添えて、椅子から立ち上がる。
ずり落ちるかと思ったが、眠っているのに意地でも離れない両腕が怖い。それどころか、ぎゅむっと力を強めてきた。地味に怖くなってくる。
大股で歩いて、仮眠室の扉を開ける。
誰もいない仮眠室は、当たり前だが、しんと静まりかえっている。一番近くの寝台にスコールを寝転がらせたら、仕事に戻るか。
「……おい」
張り付いてる。
すごい、張り付いている。
寝台に寝転がらせたまではいい。
腕が離れない。
くの字に曲がった身体を元に戻すと、普通にスコールの上半身が起き上がる。もうお前起きてるだろと、顔を覗き込むが普通に眠っている。
寝たふりをしている空気もない。すやすや深い眠りの中だ。
剥がれない。
本当に、剥がれない。
「あ」
思いついたので、実行する。囲いになった腕の輪から、自分の身体を下にして引き抜く序でに、トレードマークと化した白いコートを置き去りにする。
「んぅう゛~~」
ぎゅむり、と眉間に皺が寄り呻き声も挙げているが、白いコートを抱き締めて、スコールは寝台に素直に寝転がっている。
一応、疑似ボディとして横に積まれたタオルケットを丸めて、一張羅のコートとスコールの腕の隙間にぎゅっと詰め込んでみる。
眉間に皺が薄くなり、スコールが居心地良さそうに白いコートを被っている、丸まった疑似ボディ(タオルケット製)にコアラのように抱き着いて止まった。
……なんなんだこいつ。
こういう、無意識化の時の、スコールの生態がよくわからない。
稀に垣間見える、〝絶対に逃がさない〟という意思が末恐ろしい。
バラムガーデンに帰還するつもりがなかった自分を、あの手この手で捕まえた手腕も。
自分を補佐官なんて言う、謎の役職に突っ込んだ手腕も。
そして何よりも、「スコールだから仕方ないよね」という空気に満ちた、サイファー・アルマシーがバラムガーデンにいる事を、受け入れる空気を作ったことも。
何もかもが、スコールの手の平の上のようで、何とも言えない気分にされる。
それでも。
「……まぁ、よくやってんなぁとは、思うぜ」
サイファー・アルマシーという男が、場所が限定させるとはいえ、普通に生きていくことができる空気を作った事は、感謝してもいいと思っている。
「Happy birthday. Squall」
数日遅れだし、周回遅れもいい所だ。
日頃の感謝と今回のトラブルへの労わりを込めて、珍しい程に穏やかで優しい声で囁いて。
バラムガーデンに入学してから、告げた事などない言葉を口にして、そっと額に口づけを落とす。
仕事に戻るかと、身体を起こしたその直後。
ぱちりと開いた灰交じりの、鋭く光る青い瞳の猛獣と目が合った。
「どこに行くんだ?俺のBirthday present?」
サイファー・アルマシーが、最近不眠症気味だったスコール・レオンハートの安眠抱き枕として、永久就職デビューする、三秒前の出来頃である。

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