❖ 言葉なき境界を踏み越えて ~Valentine’s Day 2025~ - 2/5

 

誰が言い出したのか。
いつから始まったのか。
その日は、親しい人や大切な人に、贈り物を送るプレゼントデーだった。
親や兄弟に友人や子供や孫に、いつもありがとうという何気ないお礼を告げる、そんな心優しい日だった。
いつからだろうか。
それが、恋人の日と言われるようになったのは。
もちろん、親しい人にプレゼントを贈る事は続いている。
しかし。
だがしかし。
スコールにとって下らないことに、いつの間にか〝恋人に送るプレゼントはチョコレート〟と相場が決まっていた。
この世界にはモンスターがいる。
そのためか、この世界では戦時中ではなくとも、死は身近な隣人だ。
だからだろうか。
大切な人との繋がりを、後悔しないようにべったり強固にする人々は、とても多い。
ようするに、大切な人にプレゼントを贈る事は、変な事ではない。
それが一般的だから。
そしてそれを商機と捉えて、宣伝して富を築き上げる会社だって、別に悪くはない。
悪くはないのだけれど。

2月14日。

恋人にチョコレートはどうですかと、最初に宣伝した奴は名乗り出てほしい。
全力で殴りに行くので。
本当に殴りたい。

「………………」

現実逃避に、チョコレート文化に文句を言ったところで、現実は何一つ変わらない。
目の前にあるものが、変わる事はない。
……こういう方面で自分が不器用だと、自覚していた。
しかし、レシピ通りに行えば、そこそこ料理はできる。
面倒だからやらないだけで。
だから思ったよりも、なんとかなると思っていたのに。
「……う」
高望みはしていない。
していないのに。
菓子作り用のチョコレートを購入し、テンパリングして、型に流して固める。
それだけなのに。
「…………はぁ」
なんか白っぽくなった。
おそらく、何か失敗したのだろう。なんか形も型に入れて固めたのに、歪だった。
今の時間は、朝の8時。
休日ではなく、らしくもなく朝早く起きて、出勤前に手を出していたが。
「………………」
脳裏にちらりと横切るのは、基本的に何でもできる同居人の事。
今日はサイファーがいない。昨日から任務で出ており、帰還予定は夕方頃。
作り直す時間はない。
気まぐれを起こすとこれだ。素直に、あの女性だらけの店に突貫した方が。
それはそれで嫌だ。
「………………………………はぁ」
深々と溜息をついて、適当に失敗作を冷蔵庫に入れる。
棚に置いてから、少し考える。
気休めだが奥の方に詰め込んで、隠すように前方に物を置いておく。
幸いにも今日はトラブルがなければ、午前中に終わる。サイファーの帰ってくる予定時刻までには、仕事が終わっているだろう。
台所の片づけを急いで行い、簡単な隠ぺい工作をしてから、仕事に行く。
季節のイベントを、重要視したことはない。
それでも今日に限って手を出した理由を、わかっていて飲み込んだ。

 

―――――――― ▼ ――――――――

 

サイファー・アルマシーは、SeeD同等の扱いを受けているが、SeeDではない。
基本的に彼の役職は、バラムガーデンのSeeD指揮官たるスコール・レオンハートの直属配下。要するに直属の部下。
対外的に言えば、指揮官専属補佐官。
身内のノリと悪乗りを言えば、公私混同できるスコールの下僕である。
その身内のノリのごとく、彼は様々な部分で役に立つ者として、文字通りに〝使われている〟状態だ。
あの魔女大戦より前。命令違反に独断行動という、よくある彼の行動原理は全て、スコールが掌握し、統率・管理を行っている。
実態はどうあれ、対外的にはそう映っている。
ならばこそ、サイファー・アルマシーのよくあるマイナス面が消えれば、後に残るのは一国の軍隊を指揮できる能力を持ち、今を時めく〝伝説のSeeD〟と歌われる英雄率いる仲間たちと、〝単騎〟でやりあった男。
すなわち、最高峰の武力を持つ、頭の回転も悪くない仕事できる男だ。

 

「チッ!」

 

対外的な評価は上がっている。
しかし、根が変わったとは言っていない。
本日も、金に物を言わせて無謀な任務を入れてきた、旧マスター派からの定期依頼者に、二度と依頼を持ってくるなと事実上の三行半を叩きつけて、サイファーは颯爽とコートを翻して帰還した。
不機嫌な気分そのままに、指揮官室によることもなく、気分を変えるべく寮へと大股歩きで帰っていく。
不機嫌なサイファーの道を邪魔する者はいない。そもそもとして、サイファーは立っているだけで存在感が目立つ男だ。今までの評判もあり、彼が不機嫌で歩いていると、災厄が闊歩しているがごとく、回れ右をする者達もいる。
誰にも邪魔されず、気が休める寮の自室のキーロックを外して、するりと部屋に入る。
もはやトレードマークと化した白いコートをはぎ取って、近くにあるソファーに投げ捨てる。
とにかく今は、落ち着きたかった。
「ふーー」
意図的に大きく息を吐いて、目を閉じた。
二度三度、深呼吸を繰り返してから、目を開ける。
ふつふつと湧き上がる苛立ちを下げて、冷蔵庫に向かう。
ガチャリと音を立てて開けば、しずしずと食料のための冷気がサイファーの身にかかる。
常に確保しているミネラルウォーターのペットボトルを引っ張り出して、キャップを捻る。
勢いよく仰げば、冷えた水が心地いい感触と共に、喉を通っていく。
「っは」
ごくごくと喉を鳴らし、一気にペットボトルの半分を空にする。
キャップを占めて、冷蔵庫にペットボトルを仕舞おうとして、ふと気づいた。
……なんか、配置変わってねぇか?
任務に行く前より、どこか冷蔵庫の中が雑多だった。
サイファーは一人で暮らしているわけではなく、スコールと同室だ。だからこそ、冷蔵庫も共用で使っており、其々が使いやすいように使っている。
ただそれでも、暗黙の了解がある。
使用頻度の高いサイファーが使いやすいように、配置が偏っているのも事実だ。
違和感に目線を上げた先、何かを隠すように、雑に並べられた物。
……何かやらかしたか?
地味にプライドの高い同居人が、何かを隠すことはよくある。
ただ、冷蔵庫に隠されると、サイファーは不安だ。腐るようなものを詰め込まれているかもしれないと、少しだけ思ってしまう。
過去に一度。サイファーが留守の間に、野菜室の野菜を萎びさせたり、腐敗で絶滅させた男を知っているから余計に。
見ては悪いという意識は横に添えて、居住区の危機管理から、手を伸ばす。
前に雑に積まれているものを避けて、後ろに押し込まれていた物を手前に。
取り出した物は、
「…………あ?」
予想外の代物だった。

 

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